最初の第一歩 その3
店を後に歩き続ける事十数分。自身が最初にいた広場よりも更に広い広さを誇り中央に巨大な噴水が存在する、おそらくこの王都のメイン広場であろう場所に辿り着いた。
マスターが教えてくれたギルドの場所と言うのが、このメイン広場の一角だとのこと。つまり、所謂一等地に在るということか。
「お、ここだ」
メイン広場周辺の建物を見て回り、遂にギルドの建物を見つける。
やはり王都の一等地に在るだけの事はある。周囲には二階建ての建物が多い中、ギルドのそれは三階か四階建ての高さを誇り。所々には華やかさを見せつける装飾が光る。
この建物だけ見ても、ギルドという組織がいかに巨大で王国内でも相応の立ち位置に在るのかが窺える。
「……、よし」
一度深く息を吸い込み呼吸を整えると、いざギルドの中へと足を踏み入れた。
重厚な扉を潜った先には、ボルスの酒場とはまるで別世界と思うほど人で溢れていた。
奥行きのある広い建物内はボルスの酒場同様に木で統一されてはいたが、やはり名の知れたギルドという存在を体現するかのように、各所には贅沢な内装が見られる。
そんな内装に釣り合うかのように、受付であろう複数のカウンターには派手とは言わないまでも気品を感じさせる清楚な服装を身に纏った方々が、各々の作業に没頭していた。
しかし、対照的に内装には全く無縁とも思えるような恰好をした人々の姿が、奥の飲食スペースたるテーブルには見られる。もっとも、似つかわしい装いの人々もちらほらと見られるのだが。ま、一部の方は健全な男性である自分にとっては少々刺激の強いのもまた事実。
祝杯だろうか、ただ飲みたいだけか。昼間から酒を酌み交わし、自身の武勇伝や噂話更には上質な料理を酒のつまみに彼らは賑やかな時間を楽しんでいる。
内装の雰囲気と訪れる者との差が明確に表れている。これこそ、このギルドと言う組織がいかに特殊なものかを表している一つの例なのかもしれない。
などと、いつまでも扉の前で分析している場合ではない。目的を果たす為、とりあえず空いている受付カウンターの一つに近づく。
「いらっしゃいませ。本日はイシュダン王国王都支店にどのようなご用件でしょうか?」
営業スマイルを欠かさないギルドの職員の言葉を聞き。ここが支店と言う事は本店は別の場所か或いは別の国にでもあるのか、と言う事はかなり国境を越えてギルドは存在するのか。
などとギルドという組織の巨大さを再認識しながらも、職員にギルドで働きたいと伝える。
「あの、それはギルドの職員としてですか? それともギルドに登録しメンバーになりたいのですか?」
「あ、こ、後者です」
どうやら言葉が足りなかったのか、危うく裏方としてギルドで働く事になりそうだった。無論、縁の下の力持ちあってのギルドメンバー達ではあるのだろうが。
「ギルドに登録ですね。それでしたら、あちらのカウンターで手続きが行えます」
そう言って職員の方が指示したのは、並びの一番奥に在るカウンターであった。
職員の方の言葉に従い指示された奥のカウンターへと足を運ぶと、改めてギルドのメンバーの一員として登録してほしいとの旨を伝える。
「では、登録料及び初月会費合わせて一千ガームのお支払いと。こちらの用紙の必要事項をご記入ください」
登録カウンターの職員の言葉に、一瞬金が要るのかと驚いたが。手渡された用紙の注意事項などを読む限り、どうやらギルドはメンバーとなった者の身元保証まで行っているようだ。
身元の保証を行ってくれるシステムがあるのなら、それはそれだけで金を払うだけの価値があるだろう。特に、前世と異なりそのようなシステムが当たり前に存在しているとは限らないこのエルガルドにおいては。
「最後に、こちらに拇印を押していただけますか」
代金を支払い、初めて使う羽ペンに苦戦しつつも必要事項を用紙に記載し、最後に言われたとおりの場所に拇印を押して登録に必要な手順をすべて済ませる。
こうして晴れてギルドメンバーの一員にかと思いきや、代金や書類に不備が無い事を職員が確認すると、しばらくの間待っておくように言われた。
言われるがままに立ち尽くして待っていると。一旦何処かへと姿を消していた職員が、その手になにかを持って再び現れた。
「それでは、こちらがショウイチ様のギルドカードとなります。そしてこちらが、来月分からの会費用紙や他国の各支店などを記載した用紙等となります」
ギルドカードと呼ばれる金属かなにかで出来たそれや、今後必要な用紙等を受け取り。どうやら、今度こそ晴れてギルドメンバーの一員になれたようだ。
さて、こうしてメンバーとなった訳ではあるがそこから先はどのようにしようか。
ギルドカード等と共に手渡された用紙の中には、ギルドでの依頼に関する手引書があり。それによれば人材の不必要な消耗などを抑える為に、経験や過去の履歴等を基に受領出来る依頼の質に制限が設けられているようだ。
ま、簡単に言えば一定のレベルにならないとその依頼は受けられない。と言ったゲームなどではよくあるシステムと本質は一緒だろう。
となると、登録したてのルーキー真っ盛りである自分は出来て当たり前のようなごく簡単な依頼しか受けられない事になる。
「どれにするかな……」
とはいえ、新米でも受けられる依頼と言ってもその数はかなりのものだ。事実、目の前にある依頼内容提示の掲示板には、もはや掲示板本体が見えなくなるほど依頼文が書かれた紙で溢れかえっていた。
お決まりとも言うべきモンスター、こちらでは『害獣』と称されているものの討伐や。店の番に宅配代行、果ては子供の御守など。まさに多種多様な内容の依頼が掲示されている。
そんな依頼内容を一つ一つ吟味し続け悩んだ挙句に選んだのは、定番とも呼べるモンスター、もとい害獣の討伐依頼だ。
「下級スライム種の討伐、最低討伐数は三体……ね」
受付カウンターで依頼の受領の手続きを行い、依頼内容の中に書かれていた討伐地点の場所を教えてもらうと。いざ、初依頼となる害獣駆除を始めるべくギルドを後に討伐地点目指して歩きはじめる。
スライム種という事は、もはや剣と魔法の世界等ではおなじみのグミのような見た目のあの生物だろう。それに、下級と付いているからには個体能力はさほど高くない。
となると、案外あっという間にこの剣の錆になってしまったりして。
「なんて、な」
人込みを避けながら王都内を討伐地点目指して歩きながら、気が付けばまだ見ぬ討伐完了の光景を思い浮かべながら剣の柄の部分を撫でていた。
後になって思えば、何故あんな事をしてしまったのかと後悔の念が消えない。
そう、もっとよく考えてから行動すべきだったのだ。
天高くその姿をさらしていた太陽が今では地平線の彼方へと沈み行こうとする頃、悲鳴を上げる体を引きづりながらも、ようやくとギルドの前へとたどり着く。
衣服には所々に汚れや小さな傷ができ、体はもはやつま先から頭の先まで文字通り全身から悲鳴の嵐。一言で言って、限界寸前であった。
何故こんな悲惨な状態に陥ってしまったのか。その答えは簡単、自分がこの世界の、エルガルドの基準を甘く見ていたからだ。