違和感 その3
かつては高価な調度品などが飾られていたであろう城の内部は、手入れが行き届いておらず埃やカビ等が所々に見られ、まさに廃城の名に相応しい寂しさを感じる。
そんな城の内部を進み、途中幾つかの部屋を調べてお目当ての品物を探すも、結局それらしいものは見つけ出せず。
出来れば山賊集団に気付かれる事なく見つけ出し帰りたかったが、仕方がない。知っていそうな者を捕まえて吐かせるほかないだろう。
と思った矢先。とある扉の向こう側から、野太い男性の笑い声が漏れ聞こえてくる。
気になって扉を少しだけ開き空いた隙間から扉の向こう側を覗けば、そこは城のメインホールとも言うべき広い部屋が広がっていた。
そんなメインホールの部屋の中で、一際目立つ人物が一名、奥の椅子に腰を下ろしている。
害獣或いは動物の毛皮を用いたと思しきレザーアーマーを着込み、髭を生やしスキンヘッドに筋骨隆々のその身体、笑ってはいるが他を威圧する鋭い目元。そして、酒の入ったジョッキを片手に野太い声で先ほどから笑い声をあげている男性。おそらく彼こそが、この廃城を占拠している山賊集団の首領なのだろう。
周囲にいる十数人ほどの山賊達は、一定の距離を置きながら首領の男性の機嫌を損ねないかのように接している。
最高責任者ならば当然奪ったものの在り処も知っている。となれば、捕まえて在り処を吐かせるのにこれ程適した者はいない。
小声でレナさんとどのようにあの首領の男性を捕まえるかを議論した結果、正面から堂々と乗り込むことになった。
煙玉等を使って混乱させその最中捕まえる案も出たが、後に他の山賊達が探し慌てるのを考慮すると、一か所に多く集まっている今の内に方を付けておく方が賢明という判断となった。
互いに大剣を鞘から抜き手に取ると、いよいよ部屋へと乗り込んでいく。
「あぁ? 何だてめぇら!」
突然部屋の扉が勢いよく蹴破られた事に気付いた山賊達は一斉に扉の方へと顔を向ける。先ほどまで上機嫌であった首領の男性も、その顔から笑みが消え、険しい表情で自分とレナさんを睨み付ける。
「お客を呼んだ覚えはねぇがな? ……それより、どうやってここまで来た? 見張りの連中はどうした」
「見張りの連中なら疲れて眠ってるさ」
「あぁ? んだと! てめぇら何者じゃぁ!」
「ただの運送屋ですよ。取られた物を取り返すだけの」
自分とのやり取りで頭に血が上って来たのか、首領の男性は椅子から立ち上がると手にしていたジョッキを投げ捨てる。どうやら相当御立腹の様だ。
「何者でも構わねェ! お前ら、こいつらを血祭りにしてやれ!」
首領の男性の命令に、周囲にいた十数人ほどの山賊達が各々武器を構えるとじりじりと距離を詰めてくる。
しかし彼らは幸い弓などの遠距離武器は有していない、短剣や斧等の近接用の武器ばかりだ。とは言え、数では山賊側に分があるので包囲されればただでは済まない。
だが、山賊達は自分とレナさんの実力を測り兼ねているのか、一気に襲い掛かろうとはせずじりじりと距離を詰めている。
相手が躊躇している今なら、一気に押し込んで崩せるかもしれない。レナさんに視線で合図を送ると、レナさんも理解したらしく軽く頷いた。
そして、山賊達との距離が踏み込める間合いまでやって来ると、山賊達よりも先に一気に仕掛けた。
一気に距離を詰められた動揺で反応が遅れた山賊達に自分とレナさんの大剣が猛威を振るう。盾や鎧と言った類の物を有していない、基本的には軽装の山賊達。剣を使って受け止めようとする者もいたが、刃こぼれし限界に近づいていた剣では大剣の一撃を受け止められず持ち主同様剣も真っ二つに折れる。
短くも激しい時間が終わり、剣と剣がぶつかり合う音が聞こえなくなると、自分とレナさんの周囲にはもはや物言わなくなった山賊達の哀れな姿があった。
頭と胴体が離れている者もいれば、複数の投げナイフが刺さっている者もいる。そしてそのどれもが、血の海にその身を沈めていた。
ふと自分の着ている鎧に目をやると、黒光りする鎧に赤い液体が付着しているのに気が付く。害獣ではなく人間の、真っ赤な返り血が付着していた。
そう言えば、いつから自分は人に対して己の剣を振るう事に躊躇しなくなったのだろうか。
前世では、当然ながら人に切先を向けるなんて事は考えられなかった。しかし、ここ(エルガルド)ではそうした場面が必ず訪れる。訪れない道を選択する事も出来ただろうが、自分はその道を選んだ。
最初に剣を振るったのは、そうだ、フィルとパーティーを組んでいた頃だ。懐かしのワナワナ遺跡。そこで少数の山賊集団と対峙し、己の剣を振るった。初めての事を終えた後、人を殺めた感情が一気に襲い掛かり自分の手が震えていた事は今でも覚えている。
その後、回数を重ねている内にそんな手の震えも感情も、だんだんと薄れていった。そして気が付けば、何も感じたくなっていた。人は慣れる生き物、それは例え命のやり取りでも同じ事だ。
これもまたここ(エルガルド)の色に染まった証拠の一つ、と言えなくもない。しかし、少しだけ、前世と変わってしまった自分に恐怖を覚えている部分もある。それもまた事実であった。
「さぁ、もう味方はいないぞ」
血の付着した大剣の切先を首領の男性に向けながら、降伏勧告ともとれる言葉を投げかける。
首領の男性は歯を食いしばりながら自身の置かれている危機的状況をどう打開するか考えを巡らせているのだろうか。特に返事はない。
再度言葉を投げかけるかと思った矢先、それまで歯を食いしばっていた口元が不意に不敵な笑みを浮かべる。
「ヴァレリー! ヴァレリー! 出てきやがれ!!」
そして、突然声を張ったかと思うと何者かの名を呼び始めた。しかし、特に返事も返ってこず空しく声だけが響いていた。
自分達の気を逸らす為の嘘か、とも思ったが。刹那、部屋の一角に在る扉が不意に開き、そこから一人の人物が部屋へと入ってくる。
「なんだよボス、そんな大声出して」
緊張感がまるで感じられない声と共に入ってきたのは、もはや毛皮の衣服を着て眼帯をした二足歩行の熊と表現できる人物。恐らく亜人であろうその者は、その巨体に似合った巨大な斧を手に持ちのそのそとやって来る。
「ヴァレリー! てめぇこの一大事に何してやがった!」
「昼寝してた」
「昼寝だぁっ!! てめぇこのや……。いや、それよりもヴァレリー、あいつらを片付けろ!」
首領の男性はヴァレリーと呼ばれた亜人とやり取りをしながら、自分とレナさんを指さし排除しろと命令を出す。
しかし、命令を受けたヴァレリー本人はと言えば。まるでやる気がないのか、動こうとしない。
「めんどくせぇ……」
更には、そんな言葉を零す始末だ。
当然、そんなヴァレリーの態度に首領の男性が激高しない筈もなく、次の瞬間には更に言葉を荒げる。
「てめぇ! ゴラァ! 俺様の命令が聞けねぇのかぁ!」
「戦うのめんどくせぇ。それに、戦ったら腹が減る」
「てめぇは年がら年中食う事しか……。いや、そうだヴァレリー。もしあいつらを片付けられねぇって言うんなら、今日の晩飯は抜きだ」
晩飯は抜き、その言葉が出た瞬間ヴァレリーの表情が変わった。
「晩飯抜き、……それもっとめんどくせぇ」
「晩飯にありつきたかったらあいつらを片付けろ!いいな!」
「オレ、あいつら片付ける」
先ほどまでのやる気の無さは何処へ、両手で巨大な斧を構えたヴァレリーは自分とレナさんを排除しようとその巨体を揺らしながら近づいてくる。
姿は兎も角、人間とは異なるその巨体から繰り出される力はかなりのものだろう。その力を駆使したあの巨大な斧の一撃をまともに食らえば即死も考えられる。
しかし、こちらは二人で相手は一人だ。数の有利を生かせば勝機はある。
「ショウイチさん、ここは私一人で大丈夫です」
と思っていたら、突然レナさんが一人で相手をすると言い出した。
当然ながらそんな事はさせられないと反論するが、レナさんは頑として聞き入れなかった。
「大丈夫です、あの程度なら今までも何度か相手にしてますから。それよりショウイチさんは首領の男を捕まえに行ってください」
そして前へ出ると、レナさんはヴァレリーと対峙する。
レナさんの助けにとも思ったが、彼女の自信に満ちた言葉を信じ、彼女の言葉を聞き入れて首領の男性を捕まえるべく回り込む。
「女? めんどくせぇから女だからって手加減しねぇ」
「ふふ、どうぞ」
「余裕ぶって、ムカつく。おめぇムカつくぅっ!」
レナさんとヴァレリーとの戦いが始まり、開始早々ヴァレリーはその巨大な斧を振りかざすと、その巨体から発せられる有り余る力を込めて振り下ろす。
対してレナさんはと言えば、迫る巨大な斧を避けようともせず。寧ろ大剣で受け止めようとしている。
「無駄無駄ぁ! オレのパワーの前じゃ無駄無駄ぁぁぁっ!」
幾らレナさんが自身の身の丈ほどもある大剣を操るとは言っても、あの巨体が操る巨大な斧を受け止めるなんて無茶だ。
やはり無理を通しても自分も一緒に戦うべきだったかと思った瞬間、遂に大剣と巨大な斧がぶつかり合った。
甲高い音を響かせぶつかり合った両者。だが、その結果はその場にいた者全員が予想だにしていなかったものであった。
「どうしたんですか? ご自慢の怪力は?」
「う、ぐぬぬ」
あの巨大な斧の一撃を受け止めたレナさんは、まるでまだまだ余裕とばかりに涼しい表情で言葉を発している。
対してヴァレリーはと言えば、自身の身の丈の半分ほどしかないレナさんを押し潰さんばかりの勢いで前かがみになりながら力を込めてはいるが、まるでその効果がない。
鎧を脱げば筋肉質とも言えないレナさんの身体の一体何処に、あれ程の巨体から繰り出される力を相殺する程の力があるのだろうか。
経験の差、それとも、レナさんも自分と同じ境遇の者だ、もしかしたら自分は受けられなかった何らかのプライズを受けているのか。
いずれにせよ、先ほど思った心配はこの光景を目にし完全に吹き飛んだ。
「なら、今度はこちらからいきますよ!」
「ぐ、ぬ、……あ」
膠着状態が長く続くかとも思ったが、それも長くは続かなかった。
レナさんの宣言の後、間髪入れずにヴァレリーの体勢が崩れた。原因はレナさんの大剣が振るわれたからだ。
自慢の怪力で押さえられず反動で体勢を崩すヴァレリー。その瞬間を、レナさんは見過ごさなかった。
レナさんの大剣がヴァレリーの巨大な胴体目掛け一閃する。刹那、巨大な胴体から鮮血がほとばしるとそのままその巨体を横たわらせる。
当然ながら、ヴァレリーは起き上がろうともせず、それどころか動き出す気配すら無い。
「ヴ、ヴァレリー!」
そんな哀れな姿を目の当たりにした首領の男性は声を挙げた。どうやら敗北を予期していなかったのか、その声には動揺が見られる。
また、あまりに予期せぬ結果に呆然と立ち尽くしている。自分が回り込んで近づいているのも気づかずに。
「……うごっ!」
それ幸いと一気に距離を縮めると、首領の男性が自分の存在にようやく気が付いたと同時に、思いっきりタックルを食らわせる。
ほぼ不意打ちに等しいタックルは見事に決まり、そのまま首領の男性は床に突っ伏す。だがそれで終わりではない、そのまま自分は首領の男性に馬乗りになると、投げナイフを一本手に取りその切先を彼の喉元に突きつける。
「大人しくしろ!」
「ひ、ひぃぃぃっ」
先ほどまでの威厳や風格は何処へやら、恐怖に引きつった首領の男性の表情と共に、何とも情けない声が響き渡る。
他の山賊達が聞けば、自分達の首領の情けないその姿に落胆しただろうが。生憎と、この場にはもう首領の男性以外の山賊達はいない。いや、厳密に言えば動いている山賊、だが。
「こ、殺さないで! 頼む、ころさないでぇぇっ!」
大の大人が人目を憚らず懇願する様は、あまり気持ちの良いものではない。仮にも人の上に立っていた人間だろうに。
ドリトル山賊団のリーダーといい、賊の長には責任意識と言うものが欠如しているのが当たり前のものなのか。それとも、そんな責任意識よりも生への執着心の方が簡単に勝ると言う事なのか。
心の底から湧き上がる苛立ちを押さえつつ、強めの口調で目的の物の在り処を吐き出させるべく声を飛ばす。
「返答しだいだ。言え! お前らが今まで奪ったものは何処に保管してある!」
「そ、それは……」
違法な手段で得たとは言え彼らにとっては大事な物だ。流石に即答は出来ず言葉に詰まる。
しかし、自分もはいそうですかと引くわけにもいかない。更に口調を強め詰め寄る。
「もう一度聞く。何処に保管してある、言え! 言わないなら、その自慢の髭と耳を綺麗に剃ってやるぞ」
「ひいいいっ! 言います、言いますから! それだけは、助けてぇ!」
まるで泣きじゃくる子供の如く目に涙を浮かべ痛みから逃れようとする首領の男性の姿に、もはや自分の苛立ちは限界を超えていた。
手にしていた投げナイフを収めると、空いたその手で拳を作り、首領の男性の顔目掛けて思いっきり振り下ろした。
刹那、鈍い音と共に首領の男性の短くも情けない声が響く。




