調査 その6
そんな重たい空気を抱えたまま一体どれほどの時間が経過しただろうか。体感的には長く感じたが、実際はさほどではないかも知れない。
不意に部屋の扉が開いたかと思うと、数人の男女が部屋へと入って来た。おそらく、残りの参加者達だろう。
何故かその後ろからオルファーさんが姿を現す。
「規則として出発前の皆様の会話を記録させていただきます。何方かに不利益を被らせたり自らの個人的復習に利用されては困りますので」
一体どうしてオルファーさんがと思っていると、自らがこの場にやって来た理由を述べる。
成程、依頼中の負傷等によるギルドのメンバーの生死はその当人の自己責任には違いない。しかし、それが他人の干渉による、即ち故意に誰かを死傷させる為に依頼が利用されたとしたら、それはその件に関わった当人達を含めギルドという組織のイメージすらも悪くさせる可能性がある。
前世の様に明確に情報が出されないエルガルドにおいては、例え噂であったとしても一度そのような情報が広がれば、最悪ギルドと言う存在自体の存続が危うくなるかも知れない。
であれば、事が起こる前に起こらないように策を講じればいい。即ち、例え小さな可能性であっても多数のギルドのメンバーが集まるのなら釘を刺しておくのだろう。記憶をとるのも事前の密談等が無いかの確認かも知れない。
「俺はんなこたぁしねぇけどな。……っと、自己紹介がまだだったな。俺はグラン、後ろの二人がコルとメビーだ」
男性三人組のパーティー、リーダーであろうグランさんが自身を含めパーティー全員の紹介を行う。皆筋骨隆々の体格を有し、その肉体美を余す事無く見せる為か動き易さを重視したレザーアーマーの類を着込んでいる。因みに、各々剣であったり斧であったりと言った武器を背負っている。
「始めまして、私はラミス。この娘がリーシャ、この娘がコパ。最後にこの娘がキコよ」
女性四人組のパーティー、こちらもリーダーであろうラミスさんが自身を含めパーティー全員の紹介を行う。
剣と弓が二人ずつのバランスが取れたパーティー。しかしそれ以前に特徴的なのが彼女たち全員の装いであろう、それは防具がもはや防具としての体を成していない事だろう。
まさに必要最小限、大事な部分以外は太ももとかお腹とかまさに丸見えだ。
健全な男性ならば誰でも食い入るように見とれてしまうであろうその恰好。そして、身近にも食いつくであろう確信に近いものを考えざるを得ない人物が約一名。
ふとその人物の方に目をやると、案の定リッチ4世さんが今にも飛びつきそうな勢いで興奮していた。
とりあえず飛びつかれると色々と後が厄介なので、素早くリッチ4世さんを鷲掴みにすると余計な事はするなと無言の圧をかけておいた。
その後、自分達とハイドルトさんのパーティーの自己紹介が滞りなく終わり。今回の依頼内容に関する話し合いが行われていく。
因みに、何故かカルルはラミスさんのパーティーのメンバー方にも気に入られたようで。レナさんとラミスさんを除く女性陣に引っ張りだこにされている。
これが穢れなき者の特権と言うやつなのだろうか、少し羨ましい。
「でだ。トンドの森の探索方法だが、俺としちゃぁ各パーティーがパーティー単位で行動して、事前に決めた集合場所に同じく事前に決めた時間に集合。んで、探索中に集めた情報の共有。とまぁ、そんな感じがいいんじゃねぇかと思うんだが」
グランさんが具体的な提案を出す。調査方法に指定は無いのでどんな方法でも問題は無い、しかし、そんなにも荒削りで大雑把な方法で本当にいいのだろうか。
とは言え、今のところ対案が出される事がないので暫定的にこの案で話は進む。
「そんじゃ、誰も意見がねぇようだから話を進めるが。……今回の依頼の特別報酬の分配についてだが、悪いが俺達のパーティーは見ての通り一番数が少ないんだ、だから少しばかり優遇してくれねぇか? 頼むわ」
「はぁ? ふざけんじゃないわよ! そっちのパーティーは数が少なくても全員男でしょ! こっちは全員うら若きか弱い女性ばかりなんだから、こっちこそ優遇してもらいたいわよ!」
グランさんの提案にラミスさんが噛みついた。特別報酬、おそらく調査中に討伐した害獣に対する別途報酬の事だろう。確か、あれは基本の報酬とは別に分割されず一括で支払われると書いてあった。
その分配方法は参加者たちで決めろ、つまるところギルド側は余計な問題を抱え込みたくないので問題を参加者に丸投げした形となる。当事者たる自分達としてはギルド側で決めておいて欲しいと思わない訳でもないが。
「グラン、あんたの提案には納得できないわ! ここは公平に特別報酬は一人頭で割るべきよ!」
「んだと、一人頭で割るだと! それじゃ俺達のパーティーのうまみはねぇも同然だろう!」
双方の意見はもっともだがそれ以前に、どうも話の流れが脇に逸れている気がしてならない。更に言えば、少々強引な話の持って行き方も気になる。
「まぁまぁ、落ち着きなよ二人とも。そんな見苦しい言い争いは『剛腕』や『剣女神』の名の価値を下げるだけだよ」
それまで大人しく話の推移を見守っていたハイドルトさんが声を挙げ二人を諌める。
『剛腕』と『剣女神』、これが個人のあだ名なのかそれともパーティーに対しての名あのかは分からないが、少なくともグランさんとラミスさんに関する名である事は確かだろう。
「おいおい、突然割り込んできたかと思えば、えらく余裕の態度だな『金騎士』。……そうだ、なんならお前さん達の取り分から俺達に少しばかり恵んでくれるってんなら。この話、引いてもいいぜ」
『金騎士』、おそらくだがこれがハイドルトさん個人に付けられたあだ名だろう。あのド派手な装いから想像もしやすいし。
「ふ、生憎だが手持ちに関しては余裕がないものでね。悪いが恵んではあげられないよ」
「ならどうするって言うのよ。剛腕の筋肉馬鹿の言う通りだって言うんなら、私の所はこの依頼、抜けさせてもらうわよ」
一体この局面をハイドルトさんはどうやって乗り切るのか。そのお手並みを黙って拝見していると、次の瞬間、予想もしていない方向へと事態は動く事になる。
「ならどうだろう。ここにはあの『黒姫』が認めた頼れる『黒騎士』さんがいらっしゃるんだ。彼に意見を求めると言うのは?」
にこやかに笑みをこぼしながら、ハイドルトさんは向けられた矛先を自分へと逸らしたのだ。
予期せず三人の視線が自分へと向けられる。おいおい、自ら割り込んでおいて最後の処理は自分に丸投げですかハイドルトさん。
「じ、自分の意見、ですか」
これまでの口調からある程度の面識を持っている三人に、新参者で面識も殆どない自分が意見をする。少し、ハードルが高いような気がする。
しかし、ここで意見を述べなければ何も解決しないだろう。それに、逆に考えれば折角駆け引きに参加する機会が向こうからやって来たのだ、有効に使う手は無い。
一旦深呼吸して気持ちを落ち着かせると、自らの意見を述べ始めた。
「確かに報酬の分配については大事かもしれませんが、それ以上に今回の依頼に関して大事な事があるのでは?」
「あ? なんだそりゃ」
「つまり、終わった後の事を考えるのもいいですが、実際に害獣と遭遇した時の事。即ち、今回の依頼の主な目的である調査対象となる害獣についての情報の整理、とか」
言い終えて、オルファーさんに今回の依頼で調査の対象とされている害獣の目撃情報について資料か何かがないかを尋ねる。
すると、オルファーさんは手に持っていた紙の束から数枚を抜き取ると自分達に手渡してきた。
「一応、二日前時点に確認された最新の目撃情報がそちらになります。この二日の間に新たな種の目撃情報がないとも限りませんが……」
手にした紙に書かれた目撃情報の数々。知った名もあるが、大半は知らない名前の害獣だった。
地域によって害獣の生態系は異なるようだが、知っている地域ならまだしも知らない土地の生態系となるとあまりピンとこない。
「レナさん、ここに書かれている目撃情報で知っている害獣とかっていたりします?」
「蟲系の害獣、特にそれらの名前が多い気がします」
蟲系。前世において昆虫観察なんて学生時代に経験した事があるが、もはや手のひらに乗る大きさのそれらは可愛いものである。
ここは摩訶不思議な世界エルガルド、しかも害獣に部類されるほどの蟲だ。当然ながら大きさは桁違いだし、唯一前世のそれと似ているといえば繁殖能力が高いことぐらいか。
なお、目撃情報に書かれた中には繁殖能力が特に蟲系の中でも高い部類の物が何種かいるらしい。幸いな事に、それらの種は個体能力があまり高くないとの事だ。




