調査 その3
翌日、朝早くから自分達は行動を開始していた。朝食を済ませると、足早に買い出し表に書かれた品々を購入すべくボルスの酒場を後にする。
日の出からあまり時間は経過していない筈だが、既に朝市の開催場所では人で溢れかえっていた。また、朝市程ではないが王都内の主要通りは人の密度が濃い。
朝早くから活気に溢れる声がそこかしこから聞こえ、店頭には先ほど朝食を食べたと言うのにお腹が空いてきそうなほど新鮮で彩り豊かな野菜や果実などが並ぶ。
「ショウイチ、レナお姉ちゃん。見て見て! 美味しそうなリンゴが売ってる!」
「おいカルル、あんまりふらふらするなよ。人が多いんだから」
「ふふ」
店頭に並ぶ真っ赤に熟した美味しそうなリンゴに目移りし、かと思えば別の店頭に並ぶ青リンゴに目移りするカルル。
目移りするのは構わないが、はぐれて迷子にでもなったら大変だ。特にカルルは特徴的だが身長が低い分、この様な人込みで探すとなるとかなりの苦労になるだろう。
因みに、迷子対策という訳ではないが自分達は全員正装、と言うより仕事着と言えるか。自分もレナさんも各々の鎧を身に纏い、背には大剣を背負っている。
私服と呼べるものも持っていない訳ではないが、やはり着なれた格好の方がいい。
「迷子になったら大変だもんね。……そうだ、カルル君。手、繋ごっか」
「うん!」
レナさんの差し出した手を取り、手を繋ぐカルル。その姿は、何処か本当の姉弟のように見える。
「そうだ、ショウイチも手、繋ごう!」
「え、あ、あぁ」
予期していなかったカルルからの提案に、少々面喰いながらもその提案を受け入れ、空いていたカルルの片方の手が自分の手と繋がる。
カルルを中心に自分とレナさんが並ぶ形となったのだが、この状況にふと思う事があった。
それは、これって傍から見れば自分達は親子のように見えるのだろうかと思う事であった。
自分の血を分けた本当の子供が生まれたら、こうやって仲良く歩いたりするのか。そして、その子の母親はやっぱり。
なんて妄想に発展しそうになるが、そんな事はなかった。何故なら、場の空気を読めないあの骨格野郎が声を挙げたからだ。
「いいですな、いいですな。カルルさんが手なら私はレナさんの豊満な胸元で抱っこされたいですな」
いつの間にかカルルの頭の上に立っている骨格野郎、もといリッチ4世さん。紳士のしの字も感じられない下心丸だしな台詞、或いは願望を吐いている。
こんな人ごみの中で目立つ場所に立ち、しかも本人を目の前にしてなんて事を口にしているのか。
気づけば、カルルと握っていた手を離し、その手はリッチ4世さんの後頭部目掛け鷲掴みにしていた。
「そんなに抱っこされたいなら、自分の硬い胸元でしてあげようか……」
「おほほほ……。私としたことが紳士にあるまじきに振る舞いをしていたようで。それでは失礼!」
自分の怒りを感じ取ったのか、リッチ4世さんは鷲掴みにした手から抜け出すと一目散にカルルが尻尾で持っている袋へと逃げ隠れた。
そんなリッチ4世さんの姿に、自分は小さくため息を漏らした。
「私は気にしてませんよ」
「……、すいません」
笑顔で気にしていないと言うレナさんの対応を見て少し気持ちが晴れはしたが、それでも申し訳なさから謝罪の言葉が漏れた。
と、そんな感じで少しばかりハプニングのような事もあったが。その後は特に何か起こる訳でもなく順調に必要な物を買い揃え、朝市を後にする。
朝市を後に、一路向かったのは王都内の一角。そこは通称『道具屋通り』と呼ばれている場所である。
文字通り道具屋が多く立ち並んでいるが、道具屋と言っても調理道具や日用品のみを取り扱っている訳ではない。短剣から長剣、果ては弓矢から爆弾、更には馬用の鎧に出所の怪しい品物まで。食料と魔法のアイテムを除けばあらゆる場面に必要な殆どの物がこの通りで手に入れられるのではと思うほどの充実ぶりだ。
なので、通りに溢れる客層も自然と多種多様になり。王都内に住む者達から、放浪の旅人や行商人、または同業者の姿も通りのあちらこちらに見られる。
「かの天才鍛冶屋アドラッツが作り上げた珠玉の一品! この切れ味見てよ。分厚い骨付き肉だってほら、骨までスラスラこの通り!」
通りに構える店たちは各々の営業スタイルで営業を行っている。店頭で客引きの為の実演販売する店もあれば、特に客引きをすることもなく黙々と営業をしている店もある。
そんな中で自分達は、御ひいきに、と言っても特に自分が御ひいきにしている店へと足を運んでいた。
主に投げナイフや煙玉等を購入する際によく利用している店で、リーズナブルな値段設定ながら良い物を数多く揃えている。しかしながら、何故か客の入りは少ない、まさに隠れた名店とも言うべき店である。
「いらっしゃい……。と、あぁ、あんたか」
まさに仙人の如く白い髭を生やしている年齢不詳の、おそらくかなり高齢であろう男性が店主を務めるこの店。既に何度も足を運んでいる自分は、所謂常連さんとして店主に認識されている。
「こんにちは。商品を見てもいいですか?」
「どうぞ」
軽く挨拶を済ませると、必要な物を買い揃える為に店内を物色していく。
このお店の品ぞろえは結構すごいですね、とレナさんが言葉を漏らしたり。オイラこの剣欲しい、とカルルがおねだりしたり。何故かリッチ4世さんが袋の隙間から店主の様子を窺っていたりと。
色々とあったが無事に必要な物を買い揃えると、またの御ひいきにとの店主の言葉を背に、店を後にした。
御ひいきにしている道具屋を出た自分達は、次なる目的地目指して道具屋通りを通り抜けようとしていた。
だが、そんな自分達の足を止めるかのように、誰かが後ろから声を掛けてきた。
「よぉ、ちょっと。待ってくれよあんた達」
突然声を掛けてきたのは何処の誰なのか、無視してもよかったのだろうが、反射的に立ち止まり顔を声の方へと向けていた。
そこにいたのは明らかに王都の住人でも商人でもない、おそらく同業者であろうと思しき恰好をした二人の男性。二人とも動きやすさを考えてか鎧を着崩して着用しており、腰には剣を下げている。
因みに、こう言っては失礼かもしれないが、二人の顔だけを見てその人柄を判断するならばあまり良いとは言えない。
「あんたアレだろ、何日か前にシャガート商会の御眼鏡に適って依頼に行ったって奴だろ」
自分の顔を指さしながら、何処か見下したような態度で言葉を並べる二人組の片割れ。それを見て、もう一方も同じような態度で言葉を挟む。正直言って、不愉快だ。
「えっと、すいませんが自分達に何か用ですか?」
しかし、ここで感情の赴くままに行動しては目の前の二人と程度が同じ、いやそれ以下になる。
なのでここは感情を押し込め、丁寧な対応をとる事に。
だが、かえってそんな対応が気に食わなかったのか、突然二人が声を荒げ始めた。
「何用だぁ? 余裕ぶっこきやがって! おいてめぇ、どんな手ぇ使ったかは知らねぇがよ、実力なら俺達の方が断然上なんだ! イシュダン王国王都支店のデポンとデルボと言やぁ、ちったぁ名の知れたもんだろが!」
「そうだ! それに先に指名されたのは俺達が先だったんだ、それを何処の誰とも知らねぇてめぇに横取りされて! 怒りが収まるかっての!」
どうやらこの二人、シャガートさんの依頼の件に関わっていたらしい。しかし、二人の話からするにシャガートさんの御眼鏡には適わなかったようだ。
この短期的な性格や会って間もないが二人の素行を鑑みるに、シャガートさんがこの二人に不合格の烙印を押したのも分かる気がする。
しかし、自分達の素行の悪さ故に不合格になったと言うのに、反省するどころか合格した自分に当て付けしてくるなんて。お門違いも甚だしい。
「あの糞な守衛らさえいなけりゃ俺達がものにしてたんだ! それをくそっ、んな変てこな亜人連れてるてめぇにどうして負けんだよ!」
「あぁそうだ、てかなんだよそいつ、戦えんのか? ガキは家に帰ってミルクでも飲んでろよ!」
怒りの矛先が自分にだけ向けられているならまだ耐えられた。しかし、それをカルルにまで向けられたとあっては我慢も限界になりつつある。
一度この二人の顔を殴って頭を冷やさせてやろうか、等と拳に力が込められた矢先、自分よりも先に二人に対して行動を起こした者がいた。誰であろう、それはレナさんだった。
「貴方達、ショウイチさんやカルル君に怒りをぶつけるのはお門違いじゃありませんか? 本来ぶつけるべきは未熟な貴方達の性格の筈ですよね」
「あぁ? なんだよてめぇ。てめぇは関係ねぇだろ、引っ込んでろ!」
「確かに貴方達の言う依頼には関わっていませんけど、今の私はショウイチさんやカルル君のパーティーの一員です。だから、黙って引っ込んでいる訳にはいきません!」
一歩踏み出し二人の前に立ちはだかるようにレナさんは立っている。二人の圧に負けじとレナさんも堂々とした態度をとってはいるが、やはり女性一人対男性二人。あまり有利とは言えない。
ここは自分も前に出てと思った矢先、デポンとデルボどちらかは分からないがレナさんの顔に手を添える。
「お? なんだよく見たらいい顔してんじゃねぇか、それに体型も……しし」
レナさんの顔と体をまじまじと眺めながら、程なくしてあの不快な声を発する。
「そうだ。ならアンタが今晩俺達の相手をしてくれるって言うんなら、今回の事は忘れてやってもいいぜ」
何をふざけた事を言ってるんだ。
もはや我慢の限界を通り越し自身の拳をあの二人の顔にぶつけてやろうかと一歩を踏み出そうとした矢先、事態は予想外の方向へと向かう事になる。
自分が一歩を踏み出すよりも早く、レナさんが自身の顔に添えられていた手を握ったかと思うと、本来ねじるべき方向とは真逆の方向へと思いっきりねじる。
当然ながら正常ではないねじりの為、相手の男はその痛みから顔を歪め、先ほどの威勢からは想像も出来ない情けない声を挙げている。
「あら、ごめんなさい。私、あまり下品な殿方は好きじゃないんです」
笑顔を浮かべながらも手を放す事無く、相手の手を使用不可能にする勢いでねじり続けているレナさん。笑顔のせいだろうか、その怖さが倍増している。何だろう、レナさんの背後に恐ろしく黒い何かが見える気がする。
「て、てめぇ、このアマ! デポンに何しやがる!」
「あら、私はこのデポンさんが嫌いだと言う事をはっきりと示しているだけですよ」
「だぁぁぁっ痛っ、いてぇぇっ!」
やがて、泣き叫ぶデポンの声が嫌になったのか、或いは引き際だったのか。レナさんがデポンの手を放す、すると痛む手をもう片方の手で庇いながら腰を曲げその場で小さく縮こまる。
そんな相方の心配をしつつ、デルボはレナさんは睨み付けるが。やがてその表情は、大量の冷や汗と共に焦りのそれへと変化していく。
「あ、あぁ! て、てめぇ、その黒い鎧、その背の大剣。……ま、まさか、脱退したって聞いてたが……あの!」
「あら、私の事を御存じだったんですか。なら話が早いです、先ほども言いましたが私は今はショウイチさん達のパーティーの一員です。そのパーティーに文句をつけると言うのなら、その先は分かりますよね?」
「は、はいいい! 申し訳ありませんですたい! もう金輪際関わりません! 文句も言いません! ……って訳で、失礼しやしたぁぁぁっ!」
一体何がどうなっているのか。突然デルボは開いた口が塞がらなくなったかと思うと、次の瞬間には手負いのデポンを連れて何処かへと足早に去って行ってしまった。
事なきを得たのはいいのだが、同時に、レナさんが一体何者であるのか。その疑問が浮かばずにはいられなかった。




