手続きは大事です その4
声を挙げる職員の方へと近づいていくと、そこには老若男女、人種や国籍を越えた様々な人々が集まっていた。
待合椅子に座ってる間は職員以外の者はそれこそ数えられる程度の者しか居なかったはずなのに。一体、あの短時間で何処からこれだけの人数がやって来てんだ。
「それでは、異世界へとご移転する皆様。只今よりご移転用のバスへと案内しますので、どうぞ私の後ろをついてきてください」
そう言って目印の代わりだろう、小さな旗を片手に持ちながら移動を開始する職員。そして、そんな職員の言葉に従うように後ろについて移動を開始する移転組の集団。
さながらその光景は、傍から見れば観光ツアーに参加している添乗員と団体客のようだ。
「では皆様。こちらが、皆様を異世界へとお運びするバスになります。ご乗車される前に、窓口で渡されましたチケットがお忘れでないかのご確認をしてご乗車ください」
職員の誘導に従い別館内を移動して役所の外へと、最初に入った出入り口とは別の出入り口から外へと出ると。そこには、職員の言葉通りにバスが一台停まっていた。
それも、路線バスや高速バスとは異なる。まさに観光バスと言わんばかりの色鮮やかな大型バスである。
しかもご丁寧に、バスの側面にはでかでかと『異世界へレッツゴー』との安っぽい謳い文句が描かれている。
これだけ見ると、異世界に転生するのかはたまた異世界に観光に行くのか。もはや目的がどちらだったか迷いそうだ。
いやそれ以上に、もはや自分が想像していた移転とは全く異なる現実に、呆れを通り越してしまいそうだ。
事実は小説よりも奇なりとは言うが、これは奇抜すぎる。
などとくだらない事を考えながらも、職員の誘導に従いながらバスに乗り込む。車内は別段変わったところもなく、四列シートの標準的な座席配置。
集団の中でも後方にいたためか、乗り込んだ時には既に多くの座席が埋まっていた。だが指定ではなく自由な為か、埋まり具合はバラバラだ。
そんな中で、特に外の景色を見たいから窓側とか後ろや前の座席がいい。というこだわりのない自分は、中間程の位置にある座席に腰を下ろす事にした。
既に窓側の座席には先客がいたため、自分は必然的に通路側の座席に座る事になる。
因みに隣の先客は、その外見からして同じ日本人であり年齢的に近いであろう女性であった。
綺麗で可愛い。まさに大和撫子のようだ。
女性を見る目が肥えている訳ではないが、それでも隣の座席の女性は今まで出会った異性の中でも上位にランクインする。
「それでは、皆様ご乗車いただけましたようですので、これより出発したいと思います」
添乗員のようなトーク運びで、職員がバスの発車を告げるアナウンスが車内に流れる。
刹那、エンジンの音と共に振動が伝わりバスが動き出す感覚が椅子越しに伝わってくる。ふと窓を見れば、比較対象である役所が徐々に見えなくなっていく。
「異世界へとご移転する皆様。第二の人生の門出を祝しまして、僭越ながら職員を代表いたしまして私の方から祝福の言葉を述べさせていただきます」
職員のアナウンスが流れる中、車内にはアナウンスの声以外の声などは聞こえてこない。
観光ツアーのような和気藹々とした話し声も、楽しみに満ちた声も聞こえてこない。おそらく、車内の全員が皆初対面であろうからだろう。
かく言う自分も、隣の座席の女性とお話をする事もなく、移転の時を待っている身だ。
「では、残り数分でご移転の時を迎えます。その前に、皆様には眠りについていただく事になります。眠りから目覚めましたら、そこは既に異世界という運びとなります」
座席に座りアナウンスを聞きながら、ふと第二の人生となる異世界での暮らし、その人生設計を思い描いてみた。
一体どんな世界なのかは分からないが、出来る事なら何かで名をあげてみたい。或いは、伴侶を得て平凡な家庭を築くのも悪くない。
少なくとも、前世の様に恋人もおらず人生を終わらせるのだけは避けたい。そう、長続きする恋がしたいな。
でも待てよ、異世界と言われても必ずしも剣とか魔法の世界だとは限らないのではないか。特に事前の説明で移転するのはこんな世界ですと説明は受けていない。
下手をすれば前世と全く同じような世界で第二の人生をスタート。なんて事も考えられる。
斜め上すぎる世界も嫌だが、前世と何ら変わらぬ世界もそれはそれで嫌だな。
出来れば、少し刺激的なオーソドックスな世界がいい。
「異世界での生活に関しましては、初期支援といたしまして必要最低限の物は支給いたします。ですが、その後の生活基盤等につきましては皆様ご自身で築いていただく事になります」
相変わらず流れ続けるアナウンス、流れ続けるその音は心地のいい子守歌にでもなっているのだろうか。徐々に眠気が襲ってくる。
いや待てよ、これが先ほど言っていた眠りにつくと言う事なのだろうか。
「それでは、皆様方。よい第二の人生をお過ごしくださいますように」
職員の締めの言葉と共に、自身の意識は深い眠りの中へと誘われた。