重さ その3
螺旋階段を使い下りた先は上とは異なり基本的には一本道であった。また、幸いに下りた先も篝火等により視界が確保出来る状況にある。
「どわっ!」
もっとも、その分トラップが多く。今もこうして自分の目の前に槍が突き刺さっている。
「ごめんごめん、解除したと思ってたらまだ残ってたみたい」
後ろからフィルのあまり真剣さが伝わらない謝罪の言葉が飛んでくるが、もはやこれで三度目なので怒る気力も沸かない。
斧が倒れ、矢が飛来し、そして今回の槍。何れもフィルが解除したと安全を確保した矢先に、見事なまでに作動させている。もう、わざとなんじゃないかとも思えてくる。
とは言え。フィルがいなければこの回数以上のトラップを作動させ、もしかしたら二度目となる現世との別れを経験していたかもしれないと思うと、無暗にフィルに怒りをぶつけられるものではない。
「でももう直ぐよ、もう少しでアタシ達の目指す最深部に到着する筈だから」
トラップの設置されている間隔が狭まっていると言う事は、間違いなく重要なものが眠る場所。即ち、最深部へと近づいている事を意味する。
「さ、最深部目指してレッツゴー!」
「お、おぉ」
あと少しで今回の依頼は七割がた終わる。遺跡内にいる自分たち以外の人の痕跡や、脱出方法など、まだ解決すべきものは残されているが。今は、目の前に迫ったクリスタルの栗の首飾りを目指して足を進めよう。
それから更に一本道を進むと、遂に目的の場所が目の前に迫ったのか、重厚そうな扉がその姿を現した。
「ここよ、ここの先こそ遺跡の最深部! クリスタルの栗の首飾りが眠る部屋よ!」
「やっと着いた……」
ゴールを目前に安堵する自分を余所に、フィルは扉へと近づくと仕掛けがないかを探り始める。
程なくして、仕掛けも鍵もかかっていない扉だと判断すると、自分に扉を開けるようにお願いをする。
「それじゃ、開けるよ」
フィルのお願いを聞き入れ、扉に手をかけると、ゆっくりと扉を開け始める。
その外観に違わぬ重量感を感じさせながら、ゆっくりと開いていく扉の先には、部屋。と言うよりも、開けた空間が広がっていた。
「おいおい! 俺たちゃ客を呼んだ覚えはねぇぞ!」
まるで教会の内部のような光景が広がる空間、地下だと思われる中にあってステンドグラスまではめ込まれている。
そして、そんな空間の奥にある祭壇の前には、予期せぬ先客達の姿があった。いや、予期せぬというのは少々違うか、その痕跡は既に目にしているのだから。
「てめぇら、ナニモンだ?」
元からあったのか、それとも彼らが持ち込んだのか。
少々古びた木製の椅子から立ち上がった男性は、食事中だったのか手にしたフォークの先端を自分達へと向ける。
立派な髭を蓄えたその男性は、害獣か或いは動物か、何かしらの毛皮で出来た衣服に身をまとっていた。
ただ、その上から施された装飾が、男性がただの旅人や遺跡学者でないことを証明していた。棘、まさに見るからに自分は悪人ですと言わんばかりの棘が足に腕に、そして肩パッドに施されている。
そして、そんな攻撃的な装備を身にまとうにふさわしい体格を有した男性は、その顔も善人とは思えぬほど悪い人相をしていた。
「ん? 何だ? よく見れば女がいるじゃねぇか?」
「本当だ、アニキ! 女だぜ!」
「女だ女! 久々の女!!」
そして、そんな男性のほかに、棘の装飾を除けば似たような装いをした人相の悪い男性が四人。
合計五人の男性達が扉を開けて入ってきた自分たちの存在に気づき、各々声を挙げている。
「おい鎧の兄ちゃん、ここに何しに来たか知らねぇが。そっちの女を置いていくって言うんなら、殺さずに生かしておいてやってもいいぞ」
部下なのだろうか、アニキと呼ばれた立派な髭を蓄えた男性は、フィルを置いていけば生かしていやるなどと言ってきた。
「ちょっと! 何勝手に話進めてるのよ! って言うか、そもそもあんた達何者なのよ!!」
当然勝手に話が進んでいることにフィルが文句をつけると、アニキと呼ばれた立派な髭を蓄えた男性は丁寧にも自己紹介を始めた。
「あぁ? 俺達をしらねぇのか!? 俺達は泣く子も恐れる山賊集団、『ドリドル山賊団』だぞ!」
「……知らない」
「グハッ!」
ドリトル山賊団と名乗った同山賊団のリーダーであったが、フィルの知らないとの回答にショックを受けていた。
「て、てめぇ! このアマ! 俺達ドリトル山賊団を知らないだと!!」
「見るからに五人しかいなさそうな、そんな小さい山賊団の名前なんて知らないわよ」
「て、ってめ! このアマ!! 黙って頷いてりゃ優しく回していやろうと思ってたが、もう容赦しねぇ!! おいお前ら! あの鎧野郎を片付けてあの女をヒーヒー言わせてやれ!」
「へいサー!」
かと思えば、フィルの言葉に逆上し。
リーダーの一声に、座っていた部下の四人は立ち上がると、各々傍に立てかけていた剣や斧などを手に、こちらに歩み寄ってくる。
「ショウイチ、任せたわよ!」
「え、あ!」
そんな光景を目にしたフィルは、素早く自分の後ろに下がると、自分を押し出すように背中を押した。
「へへへっ、黒の鎧のナイト様、彼女の前でどれだけ勇敢でいられるかな」
「きききっ、先ずは軽く準備運動ってやつだ」
「本番前に準備運動は大事だからな」
「へへっ、楽しませてくれよ」
四人の男性達が歩み寄ってくる中、自分は鞘から大剣を抜き構えると、四人と対峙する姿勢を見せる。
が、心の中では当然ながら不安と迷いが渦巻いていた。
「おりゃぁぁっ!」
だが、そんな渦巻く感情の整理などさせてもらえる間もなく、四人は各々手にしたものを振りかざすと一気に突っ込んできた。
「くっ!」
咄嗟に大剣を盾替わりにして振りかぶられた剣を受け止めるも、四人一辺ではない。その隙を見て、斧を手にした者が横から切りかかってくる。
「っ!」
受け止めた剣を払いのけ、斧が自分の体を捉える寸前で飛び避けるようにして何とか回避することに成功する。
だが、四人はまだまだ殺意を向け終える事をしない。
「どうしたどうしたナイトさん?」
「ははは、その装備は見かけ倒しか?」
「きしししっ」
「ぐふ」
最初に刃を交えて自分が対人戦に対して不慣れだと分かったのか、そこからの攻撃はまるで自分を弄ぶかのようで。
わざとらしい挑発にわざと大振りに振るい、或いは後ろから蹴りを入れるなど。完全に自分はなめられていた。
「ショウイチ、何やってるのよ!」
そんな自分の姿を見かねて、扉の陰に隠れているフィルから声が飛ぶ。
「聞いたかナイトさん? 彼女さんがだらしないって怒ってるぞ」
「ぎしししっ!」
「へへ、なさけねぇ」
「だらしねぇなぁおい!」
なめられっ放しは嫌であった。しかし、相手に大剣を振るおうとすると、躊躇が芽生え、そしてその分動きが鈍る。
相手は自分を殺しにかかってきている、ならば殺られる前に殺るしかない。それに相手は山賊だ、罪人なのだ。しかし、頭では分かっていても、体がついてこない。
「おいお前ら! いつまで遊んでんだ! さっさと鎧野郎を殺して、あの女を引っ張ってこい!!」
と、いつまでも自分の相手をしている事に耐え切れなくなったのか、苛立つリーダーの男性から四人に新たな命令が飛ぶ。
「っち、お遊びは終わりだとよ」
「なら、俺がトドメをさしてやるよ」
すると、自分を囲んでいた四人の内、一人を除いて他の者たちは一歩後ろへと下がる。もはや、完全になめられている。
「へへ、すぐ楽にしてやるよ!」
自分に引導を渡すと宣言したその者は、手にした剣を振りかざすと、自分目掛けて殺意を振りかざしてくる。
そんな殺意を大剣で受け止めるも、一度ならず二度三度、その殺意が自分を斬りつけるまでその手は止まらない。
「ははは! 楽になっちまえよ!」
そして何度目かの殺意を凌いだ時だった。凌いだ拍子に、大剣を手放してしまいそうになる。
何とか手放すまいと気を取られた瞬間を、相手は見逃さなかった。
「死ねよ!」
すかさず振り下ろされた剣先が、自分目掛けて近づいてくる。
その時、まるで時間の流れが緩やかになったかのように感じていた。あの剣で斬りつけられれば痛いであろうな、なんて、呑気な考えが頭を過る。
二度目の死、それが数センチ先まで迫っている。緩やかに、緩やかに。
折角手に入れた二度目の人生、ここで終わるのか。まだまだやりたい事はあるのに。
嫌だ、死にたくない。まだ死にたくない。
次の瞬間、自分は大剣から片手を放すと、片手で大剣を使い迫りくる殺意を払いのける。が、それで終わりではない。
空いたもう片方の手で投げナイフを素早く抜き取ると、唖然とする相手の首を目掛けて投げナイフを振り掛かった。
首を守る物を身に着けていないし、近距離なので回避も難しい。なので、もはや必中とばかりに相手の首に投げナイフの刃が食い込む。
「あ、が」
刹那、綺麗な鮮血が飛び散った。
「てめぇ!」
仲間の姿を目にした他の三人が、僅かに間を置いて一斉に襲い掛かってくる。
が、自分は取り乱すことなく。先ずは一人を死に追いやった投げナイフを、視界内にいる一人の足元に対して投げる。
「ぐあ!」
投げナイフが突き刺さり、バランスを崩し一人が倒れこむ。が、その間にもまだ二人、襲い掛かってきている。
再び両手で大剣を構えなおすと、襲い掛かる二人の方へと向き直し、振りかざされた殺意を受け止める。
刹那、押し返すように大剣を振るうと、勢いに負け隙ができた二人に対して一閃を加える。
鎧の類を着ていない二人にとって、大剣の切れ味は文字通り体を真っ二つにするに十分すぎるものだった。
「ひ、ひい!!」
仲間の三人が目の前で殺られ、もはや数の優位もなくなったと悟った残りの一人が、這いずる様に逃げ出そうとする。が、もはや躊躇なんかない。
足を引きずる様に這いずる彼に近づくと、彼の胴体目掛け、手にした大剣を突き刺した。
「がは!」
彼を中心に、床に赤い水溜りが出来ていくが、特にそれを目にして何かを感じることはなかった。




