重さ その2
遺跡の内部に足を踏み入れてから一体どれ程の時間が経過したのだろうか、日の光も入らぬ空間の中にあっては、時間感覚が狂ってしまいそうだ。
だが、そんな自分の気持ちを汲み取ってくれたのか。自分達が進む先、不意に小さな光が現れた。
「え?」
暗闇の中に現れたその小さな光、それに吸い寄せられるように近づいていくと、光は徐々に大きくなっていく。
やがて、光の発生源の前まで足を運ぶと、そこにあったのは篝火であった。
暗闇を照らし出す炎が台の中で燃え上がるその姿は、何処か幻想的でさえあった。
が、ここでふと疑問が浮かび上がる。一体何故こんな遺跡の中に篝火が存在しているのだろうか。
「ちょっとどいて」
と、どうやら自分と同じ疑問をフィルも抱いたらしく、篝火の台へと近づくとその状態を調べ始めた。
時折熱さで顔を伝う汗を拭いながら、篝火の台の状態を調べ終えたフィルは、調査報告を始める。
「どうやらこれは、ここに置かれてからそれほど年月は経ってないわね。少なくとも、一年は経ってない」
「え、それじゃ!」
「事前に仕入れた情報じゃ、遺跡内には害獣以外住み着いていない筈だけど……。これは警戒したほうがいいかも」
このワナワナ遺跡内に住み着いている害獣が自ら篝火を設けるとは考えられない、そもそも、松明の火を見て怖がったかもしれない程だから尚更だろう。
一年も経過していないと言う事はこの遺跡に放置された物でもない。と言うよりも、放置されてから今までずっと炎が燃え続けていたなどとは考えられない。
ならば考えられる可能性は一つ、自分達以外の誰かが、この遺跡内に足を踏み入れているという事だ。
同業者ならばまだいいが、もしも敵意を持つ者なら、対処するしかない。
こっち(エルガルド)に来てからというもの、害獣とは戦い慣れているが、人間と刃を交えたことはない。当然、前世でなんてある筈がない。
前世に比べればこっち(エルガルド)は命の価値が低い。だがそれでも、同じ人間と刃を交えて、果たして自分は躊躇なく戦えるのだろうか。
考え込む自分に気付いたのか、不意にフィルが声をかけてきた。
「ねぇショウイチ、どうしたの?」
「え、あ。何でもない」
「あ、そ」
おそらく、フィルにとっては人間同士の殺るか殺られるかのやり取りなどもはや当たり前の事過ぎて、悩むこと自体しないだろう。
だから、フィルに相談したところでこの悩みは理解してはもらえないだろう。そもそも、彼女からすれば自分は生まれも育ちもエルガルドの人間なのだから。
適当に誤魔化して考え込むのをやめると、先ずは最深部を目指すことに集中するよう頭を切り替える。
「でも、これはこれでアタシ達にとっては良い道しるべになるわね」
フィルの言う通り、篝火はこの一つだけではなかった。
まるで最深部への道を指し示すかのように、幾つもの篝火が置かれているのだ。
「だけど、誘い込まれてる気がしないでもないけど」
「確かにそうだけど。でも、進まないことには目的の物にたどり着けないでしょ」
フィルの言う事にも一理ある。確かに、最深部に辿り着くには前へと進むしかない。
篝火のお陰で灯りも確保できたので松明を片付けると、篝火に導かれるように自分達は足を進めた。
それから進むこと幾分か、自分達の目の前に、下へと続く螺旋階段がその姿を現した。
篝火は設けられていないが、螺旋階段の壁には松明が掛けられ灯りが途絶える事はない。
「どうやら下に下りるみたいね」
「何だかまた、トラップが仕掛けられてる気が……」
「あら、それは大丈夫じゃない? だってほら」
この手の螺旋階段は下ってる途中で上から巨大な鉄球が転がってくるとか、そんなトラップが仕掛けられてるんじゃと想像してしまう。
しかし、フィルが指差す方へと視線を向けると、そこには何やら切断された鎖レバーの残骸とも言うべきものが垂れていた。
「篝火を置いた奴らと同じだと思うけど、アタシ達よりも先に進んでる分、色々とトラップの処理も行ってるみたいね」
本当にこれでトラップは発動しないのだろうかと不安な部分も残っているが、フィルの言葉を信じて、自分達は螺旋階段へと足を踏み入れた。
一体何段ぐらいあるのかは分からないが、何処までも続くような長い螺旋階段を下へ下へと下っていく。
松明のお陰か害獣の姿もなく、またトラップも発動せず、淡々と下っていくのであった。
「いや~、事前に処理してくれてると楽だわ」
「でももしかしたら、まだ残ってたりして」
「ショウイチは心配性だね。アタシの見立てに狂いはな……」
とフィルが言葉を締めようとした矢先、何かが作動する音が聞こえる。
「い、よ?」
「え?」
足を止めたフィルの足元に視線を動かせば、そこには階段の一部が沈み込んでいる所にフィルの足が入っている。
いやこの場合は、階段の一部に偽装したトラップの作動スイッチを、フィルが見事に作動させたと言ったほうがいいだろう。
それを嫌でも分からせる音が、上から近づいてくる。
「あ、あのフィル。これって、もしかして……」
「い、言わなくても分かってる。確かにこれはマズいわ」
自分達が下ってきた螺旋階段を何やら恐怖の音を立てながら何かが下ってくる。
その何かを確かめるべく、恐る恐る後ろを振り返ると。案の定と言うべきか、鉄球ではなかったが、そこには避ける事は不可能と思しき巨大な石球が自分達目掛けて転がってきていた。
「ぎゃぁぁっ!!」
「のわぁぁぁっ!!」
このまま立ち止まっていてはぺちゃんこなんて比じゃない、辺り一面真っ赤に染められてしまう。
ならばどうするか、答えは簡単だ。三十六計逃げるに如かず、だ。
「止めて! ショウイチ止めてとめてぇぇぇっ!!」
「無理無理無理! あんなの止められる訳ないだろ!!」
どう考えても人間の手で止められる石球ではないのに、フィルは無茶を言う。
「そもそもフィルがトラップ作動させたから!」
「んなこと言われたって!!」
自分達目掛けて迫り来る巨大な石球から逃れるべく、自分達は肩を並べて全力疾走で螺旋階段を駆け下りている。
と言っても、やはり階段と言う段差がある場所なので、どうしても迫り来る巨大な石球との差が徐々に狭まってくる。
「ま、やばい! 迫ってる!!」
ちらりと振り返り距離を確かめてみると、もはや足を止めた瞬間に潰されてしまいそうなほどの距離に迫っていた。
もっと早く走りたいが、そもそも足場が悪い上に軽いので重さの問題はないとは言え、鎧を着ての全力疾走はかなり疲れる。
なので、徐々にフィルと肩を並べて走っているのがしんどくなってきた。
「あ、ゴール! ゴールだ!」
と思っていた矢先、螺旋階段の終わりが目に飛び込んでくる。
ゴールである門の大きさからして後ろの巨大な石球は潜れないだろう。ならば、あそこを潜りさえすれば助かる可能性が高い。
「どりゃっ!」
「キャッ!!」
最後の力を振り絞り、一気に螺旋階段を下りきると、ゴールの門を飛び込むように潜り抜ける。
刹那、読み通り門を潜れず、自分達を追いかけていた巨大な石球は門を塞ぐようにしてその動きを止めた。
「は、はぁ……。助かった」
飛び込んだ拍子についた埃を払いながら立ち上がる。そして肩で息をしながら、膝に手を置き何とか助かった事に安堵していると、とある疑問が生まれてくる。
それは、ひょっとして自分達は閉じ込められたのではないのかと言う疑問だ。
今のところ上に上る方法は、今しがた塞がってしまった螺旋階段を使う以外に知らない。
「で、でも、これって閉じ込められたのかも」
「ま、まぁ、他の道があるかも知れないし、とりあえずは最深部まで行ってみよう」
全力疾走の疲れが引いた頃合を見計らい、自分達は再び最深部を目指して歩き始める。




