遺跡 その4
新たに進むべき道を指し示したその扉の向こうは、先ほどまで通って来た道筋とは異なるものであった。
幅などにあまり違いは無かったが、一番の違いは何と言っても松明が不要という点だろう。何せ、所々に空いた穴から光が差し込んでいたのだから。
「ほらショウイチ、先頭なんだからとっとと行ってよ」
「あ、あぁ」
松明が必要でない為に両手が使える。その為、先ほどとは異なり背中の鞘から大剣を抜き取ると、注意しながら奥へと足を進めていく。
先ほどの道筋とは異なり、ここから先は害獣と遭遇する確率がかなり高くなる筈だからだ。
なんて思っていたら早速、下級のスライム種がその姿を現した。とは言え、一体だけなので慌てる程ではない。
落ち着いて処理すると、一旦止めた足を再び進め始める。
「分かれ道だけど、どっちに行けばいいんだ?」
「えっとね、右よ、右」
幾つかの曲がり角を曲がり、分かれ道を進む事幾分か。目の前に、再び扉がその姿を表す。しかそどうやら、仕掛けのない扉の様だ。
途中、何度か下級スライム種と遭遇したが大群と言うほどの数は無く、多くて三体程度のものだ。
そんな障害を乗り越えてやって来た扉の先、そこには再び開けた空間が広がっていた。
ただ、先ほどの空間と異なるのは、所々に穴が開いてはいたが天井に大穴が空いていない事。そして、所々に誰かが生活した痕跡が残されていた事であった。
「名残って訳か……」
落ちた衝撃かはたまた別の要因か、壊された食器の破片。それにかなりの埃が積っている木製のテーブルとイス等。生活の名残がそこにはあった。
それを目にした瞬間、エルガルド大百科に書かれていた言葉を思い出す。数十年前までここが賊のアジトであった事を。
当時どれ程の規模の賊がアジトとしてこのカユーイ遺跡を使用していたのかは分からないが、この場所をかなり自分達の家として使用していたのは窺える。
古びた樽に木箱、木箱の中を開けると生活の必需品である食器などが幾つか残されていた。当然、もう食べられる状態ではないが。
「昔ここはある山賊集団の根城だったみたい。ま、今から数十年前の話みたいだけど」
自分が木箱等を触っていたからか、補足説明とばかりにフィルが仕入れていたのであろう情報を口にする。
実は既に知っていましただとは流石に口には出来ないので、初めて知った風に装いながら返事を返す。
「その。その山賊集団って結局どうなったんだ?」
「さぁ、ある日突然居座ってある日突然居なくなったって話もあるけど。結局どうなったかは分からないわ」
フィルはそう言うと、自身の仕事を始めるべく手元の資料を凝視し始めた。
片や自分はと言えば。山賊集団の残り香を触り終えると周囲を見渡して軽く害獣に対する警戒をしてはみたが、それ以上は特に自分の仕事は無さそうなので古びた木製のイスに腰を下ろした。
再び訪れた暇な時間。再び攻略情報を見る事も出来たが、一度だけならまだしも二度目ともなるとフィルも流石に怪しまずにはいられないだろう。
それに、知ってしまって歯がゆい思いをする位ならいっそ知らない方が良い。
とは言え、何かしらで時間を潰しておかなければならないのも事実。一体何をして時間を潰そうか。
等と考えていると、先ほど自分達が入って来た扉の方から下級スライム種がその姿を表した。
「とりあえず少しは時間つぶしができるな……」
零れるように独り言を零すと、害獣の担当である自分の仕事をこなすべく大剣を構え、足を踏み出した。
程なくして、構えていた大剣を背中の鞘に納めると、周囲に転がっているスライムの核を拾い集める。
特に苦戦する事もなく片付け、仕上げとばかりに拾い集めたスライムの核を小物入れ用のポーチに入れる。
「こんなもんか」
拾い残しが無い事を確認すると、再びイスに腰を下ろそうと振り向く。
すると、振り向いた先には先ほどまでの光景には見られなかった変化が起こっていた。
「な、何だこれ」
少し前までは何の変化もない周囲と同様の壁であった筈の場所が、そこにはいつの間にか扉が現れていた。
壁の奥に隠されていたのか、はたまた仕掛けで隠れていたのか。どちらにせよ、今まで見た扉とはまた異なる、何処か禍々しささえ感じる黒い扉がその存在感を漂わせている。
「フィル、この扉って一体?」
「この扉を抜けたその先、その先にアタシ達が求める黄金のナイフが眠っている筈なのよ。だから、言わば最後の障害って所かな」
黒い扉へと近づいてみると、この扉を出現させた張本人たるフィルが説明を加える。
禍々しく黒いその扉には複数の模様が刻まれており、やはり最後の障害と言う事だけはあり簡単には開きそうにない。
「ま、アタシに任せなさいって。さっきはいいとこ見せられなかったけど、今度こそはってね」
しかし、フィルは自信満々に扉に近づくと、資料を片手に扉を調べ始める。
彼女のやる気を削がない為にも、ここは何もせずに見守るのが一番。そう思い、彼女が調べるのをただ見守り続けた。
「ここをこうして、これで……、よし?」
複数ある模様は押し込むことが出来るようで、押し込んでいく順番があるのかは分からないがフィルは次々と模様を押し込んでいく。
そして、全ての模様を押し込み終えるも、特に変化のようなものは見られない。
「あれ、違った?」
刹那、押し込んだ筈の模様が勢いよく戻ってくる。のだが、それ以上は特に何も起こる様子はない。
「やっぱり違ってたみたい」
特に困惑した様子もなく、フィルは再び資料に視線を落とすと再度調べ始める。
一方の自分はと言えば、特にやる事もないので見守り続けようかと思っていた。ところが。
「何だ?」
ふと後方から物音が聞こえたので振り返ってみると。そこには、信じがたい光景が広がっていた。
先ほどまで影も形もなかったはずが、いつの間にか自分達が入って来た扉の方に新たな害獣がその姿を現していたのだ。
しかも、下級スライム種等ではない。今まで出会ったことのない新たなる種、人の形をしているも人ならず、カユーイ遺跡に入る前に言われたアンデッド系のそれであった。
まさにアンデッドの名に恥じぬ事のない醜い外見、赤黒く焼けただれた様なその肉体は、所々骨まで見えている。
そんな醜さを隠すように布などで覆ってはいるが、やはり見た目を隠せても全身から発せられるその臭いまでは隠せそうにない。
そして、元人間だった頃の名残なのか。剣や鎧など、厄介な事に武装している個体も見られる。
「ショウイチ、頼んだわよ!」
「お、おう」
初めて対峙する害獣、しかし、今は戦うしかほかに道が無い。
背中の鞘から大剣を抜くと、迫りくるアンデッド系に向け大剣の刃を向けた。
今まで戦ってきた害獣とは明らかに異なる行動。剣を使い攻撃し、盾を駆使して攻撃を防ぐ。全くもって戦い難い。
とは言え救いもあるといえばある。それは、やはり一度死んでいる為か、俊敏性や耐久性に関しては今まで戦ってきた害獣の中でも低い部類に入る。なので、上手く横から薙ぎ払えれば一撃で倒す事も可能だ。
「っ!」
振りかざされた剣を大剣で受け止めると、そのまま力押しで叩きつけるかのように大剣を振るう。勢いに負け態勢を崩した先ほどのアンデッド系一体が、叩きつけられるように地面に倒れ込む。地面で強く強打したからか、二度と動く事はない。
しかし、やはり俊敏性や耐久性が低いとは言え、力に関してはそれなりにある為、そこに加えて道具も使ってくるとなると厄介なことこの上ない。
また。切っても、叩きつけても、投げナイフを頭に突き刺しても。倒しても倒してもまるで数を減らす様子が無い。
「おいおい……、ちょっと多すぎだろ」
流石に多くの数を相手にしているので肩で息をしながら愚痴を零す。正直言って、ここまで多いとは思わなかった。まさにアンデッドの名に恥じぬ数だ。
これだけの数となると、フィルに援護の一つでもしてほしいものだが。どうもそれは望み薄の様だ。
彼女の方をふと見ると、未だに開く様子もない黒い扉と熱心に向き合っている。
「正念場、ってか」
前世では、よくダンジョン等の捜索の場面では往々にして最終目的の部屋の前等で手ごわい敵と戦うものだ。
ボスと呼ばれる存在が仮にいなくても、それに匹敵する存在がいるとすれば、今の自分からすれば目の前のこいつら(アンデッド系)だろう。
奮い立たせるような台詞を吐くと、フィルの作業の邪魔をしようと押し寄せてくるお客を相手に、ある意味でさばいていく。
ま、大剣なので三枚おろしなんて器用な事は出来ないが。
「はぁ、はぁ……」
それから結局何体ほど相手にしたのだろうか。更に荒く肩で息をしながらも周囲を見渡すと、まさに死屍累累の光景が広がっていた。
もっとも、元から死んでいるのにまた死んでしまっているという、よく解らない死体の数々なのだが。
「打ち止め、かな」
そんな死屍累累な状況を作り上げた原因。湯水のごとく湧き出ていたアンデッド系が、突如として打ち止めとなった。
一体何が起こったのかは分からないが、自分としては歓迎すべきことだった。何故なら、そろそろ体力の限界が近いと感じていたからだ。
「疲れた……」
勢いよく腰を下ろしたためか、木製のイスが今にも壊れそうな音を立てる。しかし、何とか持ちこたえてくれたようだ。
イスに座り体力の回復を図るが、完全に回復するには時間がかかりそうだ。
「あれ、フィルは?」
とここで、ふとある事に気が付く。それは、少し前まで黒い扉を調べていた筈のフィルの姿が見当たらない事だ。
しかもよく見れば、いつの間にかあの硬く閉ざされていた筈の黒い扉が開いているではないか。
黒い扉が開きフィルの姿が無い。となると考えられるのは彼女が一人先に進んでいる、と言う可能性だろう。
「追いかけるか」
おそらく、自分がアンデッド系の団体さんを相手にし手が離せないでいた為に、フィルは一人で先へと進んだのだろう。
となると、一刻も早く彼女に追いついて自分の役割、即ち護衛役としての役割を果たさないと。
体力の回復具合は十分とは言い難いが、黒い扉の先が安全であるという保証がない以上、一刻も早く追い付かねばならない。
そして、椅子から腰を上げ追いかけようと一歩を踏み出したその時であった。黒い扉の奥から、誰かの足音が聞こえてきたのだ。足音と言っても歩くそれではなく、走っているそれであった。
その足音の主が誰であるか、考えるまでもなかった。何故なら、黒い扉の向こうには、今現在一人しか行っていないのだから。
「あ、フィ……」
「ショウイチ、脱出よ! 走って、走って!」
案の定足音の主はフィルであったが。彼女は何故かこちらに気付いている筈なのに、足を止める事もなくよく解らない言葉を残しつつ、来た道を戻るように走り過ぎて行ってしまった。
一体何があったのかと、彼女が走って出てきた黒い扉の方へと視線を戻すと。次の瞬間、見たくもない光景が表れる事になる。
それは、黒い扉を潜ってアンデッド系の、それも新たな団体さんがその姿を現したのだ。
そしてその時、自分はフィルの行っていた言葉の意味を理解する事が出来た。
と同時に、自然と体は来た道を戻るように走り始めていた。生存本能がそうさせたのか、危機管理能力が働いたのか。何れにせよ、ここは三十六計逃げるに如かずだ。




