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猫の気持ち その4

 翌朝。

 いつも通り目が覚め、日課となった軽めのストレッチを経て身支度を終え戸締りを終えると、一階へと下りて行く。

 そして、既にカウンター越しの定位置に佇んでいるマスターに朝の挨拶を交わす。


「おはようございます、マスター」


「おはようございます、ショウイチさん。今日の朝食は、どの様なものにいたしますか?」


「ん~、今日はパンとスープでお願いします」


「かしこまりました」


 朝食のメニューを注文し、マスターが朝食をカウンターへと料理をもって来てもらうまでの間、自分は酒場の内部を見渡す。

 いつもと同じ、昨晩とは打って変わってまばらな客の姿が見られるだけ。


 そんな変わらぬ酒場の様子を眺めていると、鼻の奥の食欲をくすぶる匂いが漂ってくる。


「お待たせいたしました」


 マスターが手に持つ食器に盛られたパンとスープが美味しそうな湯気を立てている。

 目の前のカウンターに置かれたそれを、いただきますの挨拶を経て美味しい食事に手を付け始める。


 美味しい食事は手の進むスピードも速くなる。

 程なくして食器の中の朝食が空っぽになり、同時に自分の胃と心が満たされた所で、マスターから食後の一杯が運ばれてくる。


 食後の一杯を数度口に運んだ頃。階段を下りる音が耳に届く。

 階段を下りてきたのは、レナさんとルナちゃん、それにレオーネやカルルにリッチ四世さんとフェルのパーティーメンバーだった。


「おはようございます、ショウイチさん」


「おはよう、レナさん」


「おはようっす」


「おはようショウイチ!」


「レオーネにカルルも、おはよう」


 下りてきた面々に挨拶を交し、再び食後の一杯を一口飲む。


「ニャー」


 と、レナさんに抱っこされたルナちゃんが、私への挨拶はないの、と言わんばかりに鳴き声を挙げる。


「ルナちゃんも、おはよう」


「ニャー……」


 おはようと返してくれた。と、思っておこう。


 こうして全員への挨拶を終え、下りてきた面々がいつものカウンター席へと腰を下ろすと、マスターが各々の朝食のメニューを伺っていく。

 そんな様子を食後の一杯を堪能しながら眺め、暫くして各々の朝食がカウンターへと運ばれてくる頃には、食後の一杯はすっかり空となっていた。


「ショウイチさん、あちらの猫ちゃんには、ミルクでよろしいでしょうか?」


 各々が朝食に手を付け始めると、ふと、マスターがレナさんの膝の上に乗っているルナちゃんの朝食について尋ねてくる。


「あ、はい。それでお願いします」


「かしこまりました」


 特に問題もなかったのでマスターに合意の意思を告げると、マスターは底の深い食器にミルクを注ぎ、ルナちゃんの前へと差し出した。


「……」


 差し出されたミルク入りの食器に鼻を近づけ、くんくんとにおいを嗅ぎ始めるルナちゃん。


「……ニャ」


 飲むのか、と思って眺めていると。

 ぷいっと顔を背け、口にしようとしなかった。


「人前で飲むのは恥ずかしいのでしょうか。では、私は一旦カウンターの奥に行くとしましょう」


 マスターもルナちゃんの事を眺めていたのか、ルナちゃんがミルクを口にしないと見ると、変に気を使ってカウンターの奥へと姿を消してしまった。

 こうして、酒場には他の客がいるものの、近くに自分達以外耳を立てている者がいないと分かるや。ルナちゃんは猫を被るのを止める。


「にゃにこれ、こんなミルク口にできにゃいわ」


「ルナちゃん、お口に合いませんか?」


 口に出来ないと言うルナちゃんに、レナさんがその理由を尋ねる。


「私、普段はアプズコットを混ぜた餌を食べている牛から絞ったミルクを口にしているの。だから、アプズコットを混ぜた餌を食べてない牛から絞ったミルクなんて、私は口にしないわ」


 口にしない理由を述べた中に出てきたアプズコットの単語。似たような名前の果実を聞いたことがあるな。

 しかしアプズコット自体はあまり聞き馴染みのない名前だ、一体どんな果実なのだろう。


「アプズコットって言うのは上流階級御用達のワインなんかにも使われてる高級果実の事っす」


 と頭の中に疑問を浮かべていると、レオーネがタイミングよく自分に耳打ちして説明を行ってくれた。

 アプズコットがどういう果実かは分かった。そして、ルナちゃんの言葉の意味も、同時に理解できた。


 つまり高級果実も食べていない一般庶民向けのミルクは口に合わない。か。


「ルナちゃん……。その、今はどうか我慢して飲んでください。何れルナちゃんのお口に合うものを用意しますから」


 しかし生憎と、普段ルナちゃんが口にしていた高級ミルクやその他高級食材はボルスの酒場には置いていない。変わり種なら、色々とあるが。

 なので、今は我慢して口にしてもらおうとルナちゃんにお願いする。


「ショウイチ、何下手に出てるんっすか。ここはガツンと飲めって言えばいいじゃないっすか」


「ルナちゃんはお嬢様なんだ。そんなお嬢様に自分達と同じ味を強制させるのはよくないだろ?」


「でも今は俺達が預かってるんっすよ。だったら、俺達と同じ味に慣れてもらわないと困るっす!」


 だが自分の下手な態度に、レオーネは本人に聞えないよう耳元で異議を唱える。

 確かに自分達は預かっている側ではあるが、だからと言って無理強いさせて良い訳ではない。


 万が一無理強いさせて何も口にしなくなって最悪な事態にでもなったら、それこそ跳ね返って自分達に最悪な事態が降り懸かりかねない。

 だからここは、下手に出て、何とかあるものを口にしてもらわなければ。


「万が一があったら、困るのは自分達だ。だから、分かってくれ」


「……、了解っす」


 説得し渋々納得した様子のレオーネは、止まっていた自身の朝食に再び手を付け始めるのであった。


「はぁ、仕方ないわね。いいわ、今は我慢して飲んであげる」


「ありがとう、ルナちゃん」


「でも、ちゃんと後で私の口に合うものを頂戴よ? いいわね?」


「勿論」


 一方のルナちゃんも納得したようで。

 目の前に置かれたミルクを可愛く舌を出してチロチロと飲むのであった。



 それから暫くして、各々の朝食が終わると、自分の追加で頼んだ一杯を含め食後の一杯を皆で堪能しながら本日の予定を皆で話し合う。

 ただし、ルナちゃんがいるため当然、ギルドで依頼を受けることは出来ないし王都の外に連れて行く事も危険なので出来ない。


 となると、必然的に王都の中で過ごしていく事になる。


「どうっすか、遊技場に行って遊ぶっていうのは?」


 遊技場、それは王都の一角に設けられた複合施設だ。

 射的をはじめ、宝箱くじや丸太早斬り。更にはドッグレース並びに競技用害獣レース等など。様々な娯楽を楽しめる一大施設だ。


「確かに遊技場なら一日いても飽きないが、ルナちゃんはどうかな?」


「興味はあるけど、今はそんな気分じゃにゃいわね」


 しかし、どうやらルナちゃんはそうした施設に行きたい気分ではないらしい。


「はいはい! ならオイラ、散歩がいい!」


「散歩?」


「うん! のんびりお散歩!」


「あら、いいじゃにゃい」


「なんか俺が提案した時と態度が違うっす……」


 所で、カルルの提案には乗り気なようで。こうして本日は王都内を散歩する事となった。

 だが目的もなくただ歩き回るのは味気ないので、何かしらの目的を付け加える事にする。


「それじゃぁ、ウィンドウショッピングにゃんてどうかしら?」


 するとルナちゃんがウィンドウショッピングを提案したので、その案を採用する事となった。


 こうして予定が決まると、残っていた一杯を飲み干し。

 カウンターの奥へ消えていたマスターを呼びお勘定を済ませると、ボルスの酒場を後に一路王都内のお散歩に出かけるのであった。

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