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猫の気持ち その2

「まったく、何やってるんだ!」


「いや~、いい形の()がいるって言われて、つい」


 成る程、どうやらレオーネは大きさではなく形の良し悪しに重点を置いているのか。

 なんて、レオーネが女性に魅力を感じる部分の分析をしている場合ではない。


 今回の目的、依頼主と面会すべく更に店の奥へと足を進める。


「いらっしゃいませ。二名様でよろしいでしょうか?」


「あ、すいません。自分達は客じゃないんです」


 メインフロアの前で待ち受けていた上下黒のスーツに黒の蝶ネクタイで身を固めた男性スタッフに、自分達が店にやって来た目的を伝える。

 すると、確認すると言い残し、男性スタッフは一旦メインフロアの彼方へと姿を消す。


 それから暫くした後、戻ってきた男性スタッフは依頼主のもとへと案内いたしますとの事なので。

 彼の案内に従い、自分とレオーネは店の奥へと更に足を進めた。


「凄いっすよ、ショウイチ。煌びやかで華やかっす」


「そうだな」


 幾つものテーブルや椅子等が置かれたメインフロアには、煌びやかな衣装に身を包んだ人間や亜人の女性達が、客である男性をもてなしていた。

 更にメインフロアには、パフォーマンス用の舞台も設けられており。

 どうやらこのマダムベッロのドルフは娼館とは違い、所謂キャバレーや高級クラブの性質を持った店のようだ。


 そんな店内を見た感想を、案内している男性スタッフに聞えないよう小声で言い合う自分達。


 こうしてギルドのメンバーではあまりお目にかかれない女性達が輝くメインフロアを後に、スタッフ案内のもと、自分達は二階以降に設けられている店の従業員用スペースへと足を踏み入れた。


「失礼いたします。オーナー、黒騎士様とお連れの一名様、ご案内いたしまいた」


 とある扉の前まで案内された自分達は、案内をしてくれた男性スタッフが入室の確認を取ってくれた事を確認すると、一声かけ、扉を開け向こう側へと足を踏み入れる。

 扉の向こう側は、今回の依頼の依頼主にしてマダムベッロのドルフのオーナー、マダムベッロのオーナー室であった。


 マダムベッロの私邸が如何程豪華かは分からないが、オーナー室に飾られている絵画や調度品を見るに、勝手な想像だがシャガートさんといい勝負をしそうだ。


 そしてそんなオーナー室の主、黒を基調とした高貴なドレスに身を包んだ妙齢淑女。

 マダムと名が付くに相応しい美しさと、上に立つものの力強さを兼ね備えた女性。

 マダムベッロは、自分たちが入室するや執務机で行っていた事務の手を止めると、椅子から立ち上がり、自分達を迎え入れた。


「あら、ようこそ。(わたくし)の執務室へ。はじめまして、私が今回のご依頼を出しましたマダムベッロです」


「この度はご指名をしていただき、本当にありがとうございます。既にご存知かとは思いますが、ショウイチと申します」


「お……、じ、自分は、レオーネっす!」


 横に並び立ったレオーネが危うく俺と言ってしまうそうだったので、肘で小突いて寸での所で訂正させる。

 こうして無事に自己紹介を終えると、握手を交し、室内の一角に設けられている応接用のソファーに腰を下ろす。


 応接用とは言っても、室内の雰囲気を壊さぬよう相応の高級感を醸し出し、その座り心地も申し分ない。


「ショウイチさん、それにレオーネさん。皆さん方のパーティーのご活躍は私の耳にも聞き及んでおります。素晴らしいご活躍ぶりのようで」


「お誉めにあずかり光栄です」


「そんなショウイチさん達だからこそ、安心できると信じ、今回私の用件をご依頼させていただきました」


「はい。……それで、ご依頼の内容と言うのは?」


「実は、明日から私、新しい従業員の雇用の為一ヵ月ほど王都を離れる事になっているんです」


「はい」


「それで、その間、私の代わりに『ルナちゃん』のお世話をお願いしたいのです」


 一体どんな依頼を頼んでくるのかと内心身構えていると、肩透かしを喰らったように特に大変そうでもない内容であった。

 子供のお世話だろうか、それならば一人だった時にもパーティーになってからも、過去に何度か受けた事がある。


「分かりました。ご安心下さい、マダムがお帰りになるまでの間、責任を持ってお世話させていただきます!」


「まぁ、心強いお言葉。……そうだわ、ルナちゃんを紹介しておかないとね」


 刹那、マダムベッロはソファーから立ち上がると、執務机の上に置いていた呼び鈴を手に持ち鳴らす。

 すると、程なくして店のスタッフが訪れる。


「ルナちゃんを連れてきてくださる?」


「かしこまりました」


 スタッフが一旦姿を消し、戻ってくるのを待つ事数分。

 再び姿を現したスタッフの腕には、スタッフに抱っこされた一匹の黒猫の姿があった。


「さぁルナちゃん、おいで」


 スタッフの腕の中からマダムベッロの腕の中へと移った黒猫。

 どうやら、この黒猫が今回自分達がお世話する事になったルナちゃんのようだ。まさか、猫だったとは。


「ルナちゃん。こちらの方々が、私がお仕事でお世話できない間代わりにルナちゃんのお世話をしてくれる方々よ」


 再びソファーへと腰を下ろしたマダムベッロに抱っこされたルナちゃんは、紹介された自分達の事を交互に見つめると、短い鳴き声を挙げる。

 挨拶してくれたのだろうか。


 愛情たっぷりに育てられているのか、ツヤツヤとした毛並みに黄金に輝く瞳。

 そして、愛情の証か、耳には金色に輝くピアス。更に前足には同じく金色に輝くアンクレットが見られる。


「ショウイチさん、この子がルナちゃんよ。可愛い五歳の女の子なの」


「はじめまして、ショウイチと言います」


「ニャァ」


 返事をしてくれたのか、再びルナちゃんが短い鳴き声を挙げた。


「それでは、ルナちゃんの為の籠を用意してきますので、暫くお待ちになってくださいね」


 こうして、ルナちゃんの紹介を終えると、マダムベッロは再びソファーから立ち上がりルナちゃんを抱っこしたまま部屋を後にする。

 それを見送った自分とレオーネは、張り詰めていた緊張の糸を少しばかり緩めるのであった。


「はぁ……緊張したっす。でもショウイチ、何も猫に敬語使わなくてもよかったんじゃないっすか?」


「飼い主もいる手前、ぞんざいには出来ないだろ?」


「それじゃ、例えば飼い主がいなかったら敬語は使わなかったっすか?」


「んー……、いや、多分使ってたかな」


 緊張を解すかのようにレオーネと他愛も無い会話を楽しんでいると、不意に、扉が微かに開く音が聞えてくる。


「ん?」


 音に反応するように扉の方に視線を向けると、そこには、先ほど紹介されたルナちゃんの姿があった。


「あれ? 猫だけっすね?」


「先にやって来たんだろう。おいで」


 時折見かける野良猫とは異なる、高貴なる飼い猫ゆえの優雅で気品のある動きでとことこと室内を歩くルナちゃん。

 そんなルナちゃんを試しに呼んでみる。人懐っこければ来てくれるかも知れない。


「あ、来たっすよ!」


 すると、とことこと自分が差し出した手の方へと近づいてくるルナちゃん。

 そして、差し出した手の先までやって来ると、鼻をくんくんと動かしにおいを嗅ぎ始めた。


 呼んでやって来てくれたのみならず、手の匂いまで嗅いでくれた事に感動していたのだが。


「うわ! くさっ!」


 刹那、ふと手から顔を背けたかと思うと、ルナちゃんが人間の言葉でにおいの感想を言い放ったのだ。

 しかも結構きつめに。


「え?」


 そのあまりに衝撃的な出来事に、自分もレオーネも言葉が出てこない。


「あ~、ヤダヤダ。これだから生活水準の低くて体のお手入れに無頓着な方って嫌なのよね~」


 その後も、ルナちゃんは言いたい放題言って、満足したのかマダムベッロの執務机の上にひょいと飛び乗った。


「な! なんなんっすか! あの化け猫は!!」


「失礼ね、私は化け猫にゃんかじゃないわよ!」


 やがて正気を取り戻したレオーネが、早速ルナちゃんに食って掛かる。

 執務机の上で毛づくろいするルナちゃんは、そんなレオーネの言葉に反論する。


「ただ人の言葉を話せるだけの猫よ」


「それが世間一般では化け猫って言うんっすよ!!」


「まぁ、レディに対して指を指すなんて。本当に分をわきまえない方ね!」


「むきーっ! 猫の癖に生意気っすよ!!」


「まぁまぁ、落ち着けレオーネ」


 言い争いならばまだしも、手を出されては色々とまずい。

 頭に血が上るレオーネを宥めて、何とかルナちゃんに飛び掛らないようにする。


「確かにその、言葉はきついかもしれないが、ルナちゃんをお世話するのが今回の依頼なんだぞ。だから落ち着け」


「あんな喋る化け猫だなんて知ってたら、絶対断ってたっすよ!」


「まぁ、それは此方の台詞だわ。私だって、貴方の様な分をわきまえていない方にお世話されるなんて知っていたら、断固拒否していたわ」


「な、なんなんっすか! あの憎たらしい化け猫は!」


「落ち着けレオーネ! 確かに喋った事は驚いたし意外だが、それ以外はいたって可愛らしい黒猫じゃないか」


「その喋る事が俺にとっては超不愉快なんっすよ!」


「そんなに喋る事が不愉快なのかしら? 世の中には猫の獣人だってごまんといるのよ。彼ら彼女らだって貴方達と同じ言葉を話す。私も似たようなものじゃない」


「大違いっすよ!!」


「まぁまぁ落ち着けって!」


 一向に沈静化の目処が立たないレオーネとルナちゃんの言い争い。

 このままヒートアップすれば、本当にレオーネの奴が手を出しかねない。


 そう危惧していた矢先、部屋の扉が開き誰かが足を踏み入れてくる。


「あらルナちゃん、こんな所にいたのね、探したのよ」


 それは、籠を持ったマダムベッロであった。


「まぁ、ルナちゃん! 机の上に乗っては駄目といつも言ってるでしょ」


「ニャ~」


 慣れた手つきでルナちゃんの首をつまみ執務机から下ろすマダムベッロ。

 そんな光景を目にしたレオーネは、ざまぁみろと言わんばかりの表情で眺めていた。


「さ、少しの間だけどこの籠に入っていてね」


「ニャー」


「まぁ、お利口さんね」


 こうして床に下ろされたルナちゃんは、マダムベッロの指示に素直に従い、彼女が用意した籠の中へとその身を収める。

 そして途中で逃げ出さないように蓋が閉められると、ルナちゃんの入った籠が、マダムベッロの手から自分へと手渡される。


「落とさないようにお気をつけになってね」


「は、はい。……あ、あの、一つ、窺ってもよろしいでしょうか?」


「何かしら?」


「ルナちゃんは、その。……人の言葉を喋ったり、しませんよね?」


 マダムベッロが現れてから、先ほどまでの饒舌振りが嘘のように人の言葉を話さなくなったルナちゃん。

 そこで、意を決して飼い主であるマダムベッロに直接尋ねてみると。案の定、笑われてしまった。


「ショウイチさん、貴方、可笑しなことを仰るのね。ルナちゃんが人の言葉を喋れる訳ないでしょう」


「そ、そうですよね。変なことをお尋ねしてすいません」


 どうやら飼い主であるマダムベッロの前では、可愛らしい黒猫を演じきっているようだ。

 ではあの饒舌な一面は何故自分達の前に曝け出したのか。

 その答えは本人のみぞ知る所か。


 しかしこれは、猫が猫を被ると言うべきか、何だそれは。


 苦笑いを浮かべ手渡された籠を受け取りつつ、そんな事を思うのであった。

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