仲間 その2
「ねぇ。もしかしてお探しのものって、これだったりします?」
力強さなど感じさせない透き通るような甘い声が聞こえ。と同時に、目の前のカウンターに滑るように皮製の袋が一つ、その姿を現した。
何処かで見覚えのあるその袋、否。それはどう見ても今自分が一番欲している袋そのものであった。
「あ! あぁ」
思わず声が漏れつつも、もう放すまいと袋を鷲掴みにする。
と同時に、この袋を差し出してきた隣の人物に視線が移動した。刹那、再び声が漏れた。いや、もはや叫んだと言った方が正しい。
「あぁぁっ!」
「ちょっと、いきなり大声出さないでよ!」
隣に座っていたのは深々とフードを被った人物で、しかもその姿は一度何処かで見た事がある。と言うよりも、もはや限りなく黒に近いであろうと呼んでいたあの人物その人であった。
どうしてここに、いやそれ以前にどうして盗んだであろう物をわざわざ返しに来たのか。状況が整理できず頭の中が混乱していると、フードの人物は何時までも自身を指さす自分に声を荒げた。
「ねぇ、いつまで人の事指差してる訳?」
「あ、すいません、失礼しました……。って、そもそも謝るのはそっちもだろ!」
相手のペースに乗せられそうになりながらも、すんでのところで事情を思い出す。
すると、フードの人物は何を思ったのか、自らその深々とかぶっているフードを脱ぎ始めた。
フードを脱いで現れたその顔は、何処からどう見ても女性の、同年代程度であろう女性の顔であった。
混じりっ気のないブラウンのショートヘアは、頭頂部付近のくせ毛を除けば滑らかな髪質を持ち。ブルーの瞳はまさに宝石のように美しく。
そして個々のパーツが絶妙な配置に置かれているその顔は、まさに可愛いとも綺麗とも呼べるものだ。
「ちょっと、なに鼻の下伸ばしてんの」
相手の声に一瞬にして脳内が慌ただしく動く。そうだ、こいつは自分の全財産を一度は盗んだ、かも知れない相手なのだ。
いや待てよ。袋は返してもらったが全財産じゃないかも知れない。
慌てて袋の中身を、無論誰にも見られないように硬貨を数えちゃんと全財産無事かを確認する。よかった、ちゃんと全財産ある。
「言っておくけど、数枚抜いてから返すなんて姑息な事はしてないからね」
幾らこっちに来てから異性と間近で交流する機会が無かったとはいえ、異性だからとだらしなく油断していい訳がない。とは言え、少しは紳士な対応を心がけるか。
「あ、ごほん。目の前にいるのに確かめてすいません。でも、あなたが……」
「それと、勘違いしているようだから言っておくけど。アタシは裏でこそこそと盗みを働くような奴等とは違うわよ、だって正真正銘のトレジャーハンターだからね」
まさにどうだと言わんばかりの表情と共に、何か反応を示してほしそうに視線が突き刺さってくる。
その表情に、一瞬トレジャーハンターだからいいのかなんて思ってしまいそうになった。が、犯罪は何人が行っても許されるものではない。
「いやいや、だからって……」
「あぁ、言い忘れてたけど。アタシがそれを盗んだのはお金目当てじゃなくて、貴方の実力を見極めたかったからよ。その証拠に、お金には全く手を付けなかったでしょ?」
そう言い放った彼女の言葉には、何故か納得がいった。確かに全財産は無事であったし、そもそも盗む目的ならわざわざ返しに何て来ない筈だ。
しかし、実力を見極めるのと今回の盗みと、一体どんな関係があるというのか。
「実力を見極めるって、ならわざわざ盗みを働かなくてもいい気がするんだけど」
「あぁ、それはね。貴方が噂通りかどうかも兼ねてたの。貴方『黒騎士』に関する噂」
「う、噂?」
「そ、新人のフリをしたベテランとか、他の地方から腕試しにやって来た強者とか。後は、何処かの貴族のお坊ちゃまが暇つぶしにお忍びでやって来てるとか」
いつの間に黒騎士なんて妙なあだ名を付けられていたのかと、そこも気になるところではあるが。それ以上に噂の方が色々とツッコみたくなるよう内容だ。
「でもまぁ、やっぱり噂は所詮噂だったようね。だって、強者ならあの程度の盗み、直ぐに気が付くでしょうし。それに本当に貴族のお坊ちゃまなら、あの程度の金額ならはした金と切り捨てそうだし」
赤の他人に自分の実力を示す機会なんて今までなかったから、そういった根も葉もない噂が流れるのはある意味で仕方がないのかも知れない。
それに、成り行きとは言え形から入った訳だからな。
「ひょっとして、貴方って形から入るタイプ?」
「え、いや、まぁ。……否定は出来ないけど」
などと考えていたら、自分の考えが筒抜けかのように彼女の言葉が突き刺さる。事実故に、その突き刺さり具合は深い。
「ま、どんな形から入ろうと人それぞれだし。アタシは特に気にしないけど」
そう言うと、彼女はおもむろに手を差し伸べてきた。一体何だと反応に困っていると、彼女は言葉を続けた。
「あ、そうだ。自己紹介が遅れたけど、アタシ『フィル』、よろしくね」
「あ、はい。自分はショウイチって言います。フィルさん、こちらこそよろしくお願いします」
差し出された手が握手を求めているものと理解するや、自分も応えるべく手を差し伸べると互いに握手を交わす。
「ちょっと、なに急にかしこまってんの。アタシの事は気軽にフィルって呼んで。それと、アタシも貴方の事ショウイチって呼ぶから」
「あ、あぁ。分かったよ、フィル」
誤解も解け互いに自己紹介し握手も交わして、互いにその距離はある程度近づいたのは確実だった。
それにしても、どうしてフィルは自分に近づいてきたのだろうか。
そんな素朴な疑問を訪ねるべく、互いにカウンター席に再び腰を下ろしたところで尋ねてみる。
すると、フィルは特に言葉に困る事もなくあっさりと答え始めた。
「あぁ、なんでかって。そりゃショウイチをアタシのパーティーに加えようかと思ってね」
彼女の口から出てきたパーティーという単語。ギルドでは比較的よく聞く単語の一つで、簡単に言えば複数人が団結し依頼などをこなす団体の事を指す。
その規模は様々で、比較的小規模な二人から四人程度のものから、大きくなると百人単位のものもあるとか。
もっとも、百人以上の単位のものは単にパーティーと呼ばれず。リーダー自らが名を付け、その名で呼ばれることが多い。
ま、百人以上の単位になると金銭的な面からギルドを離れ、ギルド時代のコネを使って自分達で様々な営業やらを行っているところも多いらしいが。
「加えようって言われても……。考古学とか歴史的価値とかそういった方面は殆ど分からないんだけど」
エルガルドにやって来てまだ約一か月半、この世界の歴史はおろかイシュダン王国についてもあまり詳しくは分からないというのに、そんな自分をトレジャーハンターのパーティーになんて。
と不安な声を漏らしたのだが、フィルは特に心配するようなことは何もないと言わんばかりに答え始める。
「心配しなくても大丈夫、トレジャーハンターとしての能力は求めてないから。ショウイチはそうね……、所謂護衛役ってところかな」
「護衛役?」
「そ。お宝が眠っている場所って害獣の巣になってたり、賊がアジトに使ってたりと色々と危険な場合が多いから。か弱いアタシをそんな危険から守ってくれるナイトが必要なの」
成程それなら専門的な知識は必要ないな。と思う反面、自分でか弱いという人ほどか弱くはないのではと思ってもいた。




