闘技の街 その12
「続きまして、準々決勝第二試合を行いたいと思います」
「さぁ、カルル、行くぞ」
「うん!」
「ガウッ!」
アナウンスに従い、既に本来の姿へと戻っているフェルを先頭にリングへと向かう。
とその時、観客席のほうから聞きなれた声が聞こえてくる。
「がんばるっすー! ふぁいとっすー!! レッツゴー、優勝、フェーーールッ!!」
声のする方へと視線を動かしてみると、そこには、観客席の中何故か横断幕を応援旗のように振り回すレオーネの姿があった。
その姿を見て無事に起きて見に来れた事に安心はしたが。同時に、寝不足だからか、どう考えても浮いているその行動に恥ずかしさもこみ上げてくる。
「レオーネがあんなに応援してくれてる! フェル、絶対勝つぞ!」
「ガウッ!!」
ただ、カルルとフェルは純粋にレオーネの応援に後押しされている様子ではあったが。
こうしてリングへと足を運ぶと、同じくして対戦相手がリング上へと姿を現す。
準々決勝の対戦相手は、エルフの種族の血を引く女性とその使い魔。鎧を身に纏っているが肩から上に本来ある筈の頭部が見当たらない、所謂首なし騎士、つまりはデュラハンである。
ただ、やはり大会だからか、手には剣ではなく木刀が握られている。また、身に纏った鎧も何故か色鮮やかなピンク色をしている。
「ショウイチさん、今回の試合、少し不味い事になるかも知れません……」
「え?」
選手が出揃いいよいよ試合の開始が告げられようかと思われた時、突如リッチ4世さんが声をかけてくる。
一体どういう事なのかと尋ねようとした矢先、アル・ビデールさんが試合の開始を告げる。
「いけ、フェル!」
試合が開始され早速カルルの声が飛ぶも、フェルの様子が何処かおかしい。
カルルの声は聞えているはずなのに、何故かその場から動こうとしない。
「どうしたんだよ!? フェル?」
「おーっと、どうしたのでしょうか? フェルちゃん、動く気配がありません!」
コメンタリーさんの実況が響く中、この異変には観客席からもどよめきが巻き起こる。レオーネなど、必死に動けと声を張っている位だ。
「何だか分からないけど、これはチャンスよ! アシュリン!」
と、フェルが動かないのを好機と捉えた相手のデュラハンが、早速仕掛けてくる。
フェルに駆け寄るや手にした木刀をフェル目掛けて振り下ろす。が、寸での所でフェルは回避し、ダメージを負う事なかった。
だが、何故かフェルは回避するだけで、反撃する素振りを見せない。
「フェル、反撃しなきゃ負けちゃう!」
もはや防戦一方と化した戦いぶりに、カルルが声を張るも、フェルは相変わらず反撃する素振りを見せない。
「リッチ4世さん、一体どうなってるんです?」
「ショウイチさん、どうやら恐れていた事が起こってしまったようです」
そんなカルルを他所に、自分はリッチ4世さんにフェルの異変について尋ねていた。
この異変は、試合前にリッチ4世さんが言いかけていた事に関係がある筈だからだ。
「恐れていた事?」
「はい。フェルも飼い主である私同様優秀にして最高の紳士ですから、女性に手を上げるような事は紳士としてじゃ出来ないのでしょう」
「へ? 女性? 誰が?」
「おや、気付いていませんでしたか? あのデュラハンは性別は女性ですよ」
「……、はぁ!?」
リッチ4世さんから告げられた事実に、思わず間抜けな声が漏れてしまう。
成る程、女性だから鎧がピンクだったのか。なんてのん気に理解している場合じゃない。
そもそも女性だから手を上げないってどういう事だよ。いやそれ以前に、性別が女性なら人間だろうが亜人だろうか、害獣だろうがオッケーなのか。それちょっと守備範囲が広いなんてレベルの話じゃないような気がするが。
駄目だ、理解が追いつく気配がない。
「いや待て、そもそも今までだって、その。性別が女性の害獣と対峙した事だってあっただろう?」
害獣の性別までは分からないが、今まで戦ってきた害獣の全てが男性であると言うことはないだろう。ならば、何故今回に限って戦おうとしないのか。
「確かにショウイチさんの仰る通り、対峙したことはありました。ですが、今回は命の駆け引きではありません。これは試合であって殺し合いではありません。ですので、フェルも牙を向けられないのです」
「いやいや、試合だからってそんな……」
その先を言おうとした矢先、カルルの悲鳴にも似た声が耳に届く。
「あ」
その声に反応するように、リングへと視線を動かせば。そこには、相手のデュラハンが手にした木刀が、見事にフェルの頭部を捉えた光景が広がっていた。
その痛みに堪えられず声が漏れるフェル。その後も、フェルの巨体目掛けて相手の木刀が振られ、その殆どが命中していく。
「クゥゥン……」
弱弱しい声を挙げながらも、それでもリングの上に立つフェル。その姿を見るに耐えかねたのか、次の瞬間、カルルが声を挙げた。
「もういいよ! フェル!!」
刹那、まるでカルルの思いに答えるように、フェルの体が光に包まれた。
やがて光が収まると、リングの上にいたのは再び省エネモードに戻ったフェルの姿であった。
「ワンッワンッ!」
そして、相手に背を向けカルルのほうへと目掛けて駆け出すと、フェルはやがてカルルの腕の中へと収まってしまう。
「フェルはもう一杯頑張ったからな、もう十分だ」
「ワン……」
腕の中のフェルに声をかけるカルルの姿を目にし、これ以上無理に試合を行わせる事は不可能であると悟る。
そもそも、自分は只の介添人だ。試合を続けるか放棄するか、それを決めるのはカルルとフェルなのだから。
「あら、あらあら? これはどういう事かしら?」
と、突然の事に戸惑っているアル・ビデールさんに、カルルに代わり自分が説明を行う。
「どうやら負けを認めるみたいです」
「あら? そうなの?」
「それでいいんだよな、カルル」
「うん。……これ以上フェルを戦わせるのは、見てて辛いから」
「だそうです」
刹那、アル・ビデールさんによって相手の勝利宣言が告げられる。
こうして、自分達の使い魔の闘技大会は幕を下ろした。何ともあっさりとした、それでいて予想もしなかった幕切れではあったが、悔いはないと思う。
あ、でも。優勝賞金の五十万ガームは諦めるにはちと惜しい様な。いや、お金なんて依頼をこなしていけば貯まるんだ、優勝賞金は良い授業料であったとしよう。
自分達の大会は終わったが、他の参加者達の大会は終わった訳ではない。優勝者を決める為、その後もリング上では、更なる熱戦が繰り広げられた。
フェルを破り準決勝へと駒を進めたあのデュラハンは、残念ながら準決勝で敗退してしまう。対戦相手のオーガには、性別は関係なかったようだ。
一方、準々決勝敗退の自分達と異なり、カンペオンさんは順調に勝ち進み。結果、決勝戦はカンペオンさんのミノタウロスとあのオーガとの試合となった。
しかも、どうやらオーガの主人共々、カンペオンさんとは因縁のライバル関係にあるらしく。試合開始前からかなりの舌戦が繰り広げられていた。
そして、いざ本番の試合が開始されると、ミノタウロスもオーガも、互いに己の武器を放棄し。まさかのボクシングよろしく殴り合いの試合が展開されることに。
まさに文字通りの異種格闘技戦が繰り広げられたリング上、大歓声が沸き起こる中、そこに傷だらけになりながらも最後まで立っていたのは、カンペオンさんのミノタウロスであった。
こうして今回の大会優勝の栄冠がカンペオンさんと使い魔のミノタウロスに渡り終えた所で、全ての工程を終えて大会は閉幕を迎えた。
翌日、自分達は朝一の駅馬車に乗ってラッツィオを後に王都への帰路につく。
何だか当初思っていたよりも内容の濃い寄り道になってしまったが、それは決して悪いものではなかった筈だ。
隣に座るパーティーの面々の表情を見るに、それは間違いないものだと確信できる。
さて、王都に戻ったら一旦休息を挟んで、再び頑張っていこう。
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