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闘技の街 その10

 試合は滞りなく順調に消化されている。

 現在は第一回戦の第六試合、そう即ち、この試合が追われば、次は自分達の番がやって来る。


「さぁ始まりました第六試合。先ずは両選手とも相手の出方を窺ってか、互いに距離を保ったまま動こうとしません!」


 昨日と同じくコメンタリーさんが実況を務めその声が響く中、リング上では実況通り、巨大な蛇の害獣であるスッパイソンと両手でハンマーを持ったゴブリン系が睨み合っている。

 だが、長引くかとも思われた膠着状態は、先にゴブリン系が動き出したことにより崩れる。


 スッパイソン目掛けて駆け出したゴブリン系は、その巨体に両手で持ったハンマーを叩き込もうと振りかざした。

 が、ハンマーは空しく何もないリングを叩く。相手のスッパイソンは、その俊敏な動きで後ろへと回り込む。

 そして、ハンマーを振り終えて出来た一瞬の隙を逃さず、相手のゴブリン系に巻き付く。


 そのまま、締め付けるように力を加えると、締め付けられたゴブリン系からは悲鳴のような声が漏れる。

 それに呼応するように、リングの袖では主人である害獣使いが困惑とも悲鳴ともとれるような声を挙げている。


「ご、ゴフ……」


 やがて、意識を失ったのか、スッパイソンが離れると開放されたゴブリン系は立ち上がる事無く、ぐったりとその場に倒れこんだ。


「はぁ~い、ぶくぶくちゃん、戦闘不能! よって勝者はパイポーちゃんで~す!」


 アル・ビデールさんによる勝利宣言が行われると、観客席から歓喜の声があふれ出す。

 そんな声の中、救護のスタッフが自らの役割を果たすべく、直ちにゴブリン系のもとへと駆け寄り処置を行う。

 主人に付き添い自力でリングを後にする者と、主人に心配されながら用意された担架に載せられリングを後にする者。まさに勝者と敗者の光景の違いだ。


「続きまして、第一回戦、第七試合を行いたいと思います。試合番号、八十九番並びに十六番の方々はリングへどうぞ!」


「さぁ、カルル、いよいよ自分達の番だ!」


「うん! フェル、頑張るぞ!」


「ワウッ!」


 控え室代わりの簡易テントからリングへと足を運ぶ。と、何やら観客席の方からどよめきが起こり始める。


「気にするな、試合が始まったらフィルの力で皆をあっと言わせてやれば良いんだ」


「うん!」


 リングの袖へと足を運び、フェルがリング上へと姿を現すと、観客席のどよめきが更に増す。


「はははっ! んだ、棄権しなかったのかよ? まぁいい、一回戦突破させてくれて、どうもありがとな!」


 そんな中で対戦相手の使い魔とその主人が姿を現す。現れたのは、先ほど自分達にちょっかいを出してきた二人組みの片割れであった。


「そうだ僕ちゃん。棄権せずにリングまで上がってきたんだ、最初の一撃ぐらいは譲ってやるよ、どうせ食らったところでたいした事ないんだろうけどな!! はははははっ!!」


「ゴフフフッ!」


 相変わらず挑発的な言葉を並べている男性。だが、それもあと少しの辛抱だ。


「はいはい、もうその位にして、試合を始めるわよ。……可愛い坊やにフェルちゃん、あたくしは、心の中ではあなた達を応援するわ、うふ!」


 何やらアル・ビデールさんからエールを送られたが、何故だろう。またもや寒気が。


「はぁ~い、それじゃ、準備良いわね? 第七試合、かいし~い!」


 しかし今はそんな事を気にしている場合ではない。アル・ビデールさんの合図により、試合が開始される。


「ほら、どうぞ。最初の一撃はそっちに譲ってやるよ!」


 が、完全にフェルの姿を見てなめきっているのか。宣言通り、相手のゴブリン系は動こうとしない。


「だってさ、カルル」


「分かった! なら遠慮なく、フェル!!」


「ワウッ!」


 それならば、お言葉に甘えさせてもらおう。

 カルルがフェルに声をかけると、フィルは頷くように吠える。と、フェルの体が光に包まれ始める。


「な、何だ!!」


「まぁ、まぁなにこれ!」


 突然の出来事に相手もアル・ビデールさんも、そして観客席からも動揺の声が漏れる中。やがて光が収束し収まると、そこには、先ほどまでの可愛らしいフェルの姿はなかった。


「な、ななな! 何だよこれぇぇぇっ!」


 省エネモードから本来の巨大な灰色狼の姿へと変わった事で、当然の反応と言うべきものが相手の男性から伝わる。そしてそれは、観客席からもだ。


「さっき言ったよね、最初の一撃は譲るって! なら遠慮なくやっちゃうよ。フェル!」


「グウゥゥ……」


 カルルの言葉に従い、毛を逆立て鋭い歯を剥き出しにして唸り声を挙げるフェル。もはや臨戦態勢だ。

 一方相手のゴブリン系はと言えば、もはや目の前の状況が飲み込めないのか、唖然としている。


「いけ! フェル!」


「ガァァァッ!!」


「ゴブゥゥゥッ!!」


 刹那、フェルが相手に飛び掛ろうとした矢先。相手のゴブリン系は自らの剣と盾を手放すと、涙目に叫びながらリングから逃げ出してしまった。


「あ、おい!」


 使い魔のこの行動に、主人の男性は困惑するしかないようであった。


「……えっと、あ、そうね、そうよね。ベトロちゃん試合放棄により、勝者、フェルちゃ~ん!!」


 少し間をおいて、アル・ビデールさんの勝利宣言が告げられると、観客席からはそれまで聞いたこともないような歓声がどっと沸きあがる。


「なな、何と言う事でしょう! 実況暦三十五年のこの私でも、このような試合は見たことがありません!」


 歓声に掻き消されんとばかりにコメンタリーさんの実況、と言うよりも感想が聞えてくるが、殆ど掻き消されそうになっている。


「やった! フェル!」


「クゥゥゥン」


 頭を近づけカルルに撫でられるフェル。今までの屈辱を一気に晴らしたと言わんばかりに、嬉しそうに尻尾を振っている。


「ほほほ、これでは私が出る幕はなさそうですな」


「まだ一回戦ですよ。これからは強敵とも当たっていくから、リッチ4世さんの出番はありますよ」


 そんなカルルとフェルを他所に、自分はリッチ4世さんと短い言葉を交わしていた。


「それじゃ、テントに戻るか」


「うん」


「ガウッ!」


 自分達の試合が終わりリングを後に控え室代わりの簡易テントへと戻る。

 すると、やはり当然と言うべきか、控えていた他の参加者達。特に、既に一回戦を突破している方々から厳し視線を浴びる事に。


「はははっ、凄いなカルル君。ぶっ飛ばしは出来なかったが、度肝を抜かれたよ」


 そんな中でも一人、カンペオンさんだけは自分達に声をかけてくる。


「しかし、今回の大会はまさに波乱が起きるかもな。こりゃ俺も気を引き締めんとな」


 カンペオンさん自身の試合はまだだが、カンペオンさんにとっては一回戦の突破自体は然程難しくないのだろう。気を引き締めると言いつつ、まだ余裕を感じられる。


「にしても、あんなに伸縮自在の害獣は見たことがない。一体何処で出会ったんだ?」


 と、やはり害獣使いだ、フェルの生息域などを探ろうと質問を投げかけてくる。

 だが、生息域も何も、実は魔界から呼び出したペットで。なんて、本当の事を言えるはずもないので、とりあえず企業秘密と言うことで誤魔化す。


 すると、最初から期待していなかったのか、カンペオンさんはあっさりとそれを受け入れた。


「そうだ、カルル君。おじさんもこの大会でカルル君とフェルくんと戦える事が更に楽しみになったよ!」


「本当!」


「あぁ、本当さ。だから、おじさんと当たるまで、負けるんじゃないぞ」


「うん!」


 カルルに言葉を送ると、自身の試合が近づいているのか。カンペオンさんはウォーミングアップに行ってくると言い残し、使い魔のミノタウロスを連れて簡易テントを後にした。


 簡易テントで一回戦の疲れ、と言ってももはや不戦勝に近いので疲れなど殆どないが。それでも二回戦に向けて英気を養いながらカンペオンさんの試合が始まるのを待っていると。

 カンペオンさんと使い魔のミノタウロスがリング上へと現れたのは、一回戦の最終試合であった。無論、結果はカンペオンさんが余裕の一回戦突破だ。


 となると、トーナメント表を見る限り、カンペオンさんと戦うには決勝戦まで勝ち進まなければならない事になる。


 カンペオンさん、分かっていてあんな言葉を送ったのか。これは少しばかり大変な事になりそうだ。

 だが、カルルもやる気に満ち溢れているし、フェルも見た限りやる気のようだし。


 案外、いけちゃうかも。

 そんな期待が頭の中を過ぎった。

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