闘技の街 その8
「あ、ど、どうも。カンペオンさん」
「どうも……」
カンペオンさんと呼ばれたスキンヘッドの男性の方へと彼らは直ぐに振り向き直ると、先ほどまでの態度とは一変、急に頭を下げ始めた。
そんな主人達に合わせるように、彼らの使い魔も押し黙ってしまう。
「お前ら、また新参者をいびってたのか」
「いや、そ、そんな事はありませんよ」
「そ、そうそう! 俺たちは只、ここでのルールってもんを教えてあげようと」
カンペオンさんの言葉の中に『また』と付けられている事から、どうやらこの二人は参加者に対してちょっかいを出す常習犯のようだ。
それを毎回カンペオンさんが止めているのかどうかは分からないが。少なくとも、二人はカンペオンさんに頭が上がらないことは確かだ。
「なら、そのルール。俺が続きを教えてやっても、文句ないよな?」
「……と、当然です!」
「どうぞどうぞ!」
「それじゃ、オレ達これで、失礼します!!」
「ます!!」
「ゴブブッ!!」
なので、二人はカンペオンさんの言葉にあっさり首を縦に振ると、使い魔を脇に抱えて逃げ出すようにその場から去ってしまう。
「ったく、あいつらにも困ったもんだ」
去って行った二人を見送ると、カンペオンさんは続いて自分達に言葉の矛先を向けた。
「大丈夫だったかい?」
「ありがとうございます」
「ありがと、おじちゃん!」
「ワゥッ!」
先ずは助けていただいたお礼を述べると、次いでカンペオンさんに自分達の自己紹介を行う。
「まさかあの黒騎士本人と出会えるとはね。カンペオンだ、しがない害獣使いをしている」
すると丁寧にも自己紹介を返してもらう。なお、カルルがおじちゃんと言った事に対しては、寛大にも気にしていないと付け加えてくれた。
そして同時に差し出された手を握り返し握手を交わすと、続いてカルルとも握手を交わす。
「さて、あの二人がどうも申し訳ない事を。我々害獣使いの品格を落とすような行為は慎むべきと言い聞かせているつもりなのだが、どうやらまだまだ言葉が足らないようだ」
「大丈夫ですよ。皆さんが皆、彼らのような方でないのは分かっていますから」
「そうだそうだ。大会で当たったらオイラ達がぶっ飛ばしてやるんだ!」
「ワンワンッ!」
「はは、それは楽しみだ」
その後、カンペオンさんと言葉を交わしながら、大会の開幕が告げられるまで過ごす。
「所で、カンペオンさんの使い魔はどちらに?」
「あぁ、俺のはあそこだ。そちらのフェルちゃんに比べれば可愛げなんて微塵もないがな」
その最中、カンペオンさんの使い魔の話になり。カンペオンさんは自身の相棒たる使い魔を指差す。
可愛げがないと言っていたので、ゴブリン系か蟲系か、はたまたアンデッド系か。そんな予想を立てつつカンペオンさんが指差した先へと視線を向ける。
と、そこに立っていたのは。二足歩行ながら我々人間以上の巨体を誇り、頭部から生える立派な二本の角に尻尾。そしてその手には斧、ではなく特製と思しきハンマーを手にした。
左の目元に痛々しい傷跡を作っている、一体のミノタウロスであった。
「……え」
「ほらな、可愛げなんて微塵もないだろ。だが、見た目はあんなのでも根は良い奴なんだ」
「は、はぁ……」
まさかミノタウロスだとは予想していなかったので、少々呆気に取られる。
自分が今まで見てきた害獣使いの使い魔は下級のものばかりだった。なので、上級の害獣を使い魔としているカンペオンさんがいかなる者なのか、少々興味が沸いてきた。
「ミノタウロスを使い魔にしているなんて、カンペオンさんは凄い方なんですね」
「凄いなんて事はねぇよ。あいつがいなきゃ俺なんてショウイチの足元にも及ばんさ」
「そんな」
「はは。まぁ、だが、大会では害獣使いと使い魔の絆が勝敗を分かつ、覚えておくといい。入賞常連の俺から言えるのはそんなものぐらいだ」
入賞常連、意図的に出したのかそれとも自然と出たのか。何れにせよ、カンペオンさんが何者なのか、少しだけ垣間見えることが出来た。
そして同時に、カンペオンさんと使い魔のミノタウロスが強い絆で結ばれているんだと言うことも。
「さてと、そろそろ開幕が告げられる筈だ。俺はあいつのもとへと戻るとしよう」
「ありがとうございました」
「いや。それより、君達と大会本番で戦えることを楽しみにしているよ」
「オイラ達絶対勝ち進んでおじちゃんと戦う!」
「ワゥッ!」
「はは、楽しみにしてるよ」
入賞常連と言う事は大会の常連でもあるのだろう、カンペオンさんは開幕が告げられる前に自身の使い魔たるミノタウロスのもとへと戻っていく。
程なくして、カンペオンさんが言っていた通り、大会のスタッフから大会の開幕を告げられる言葉が流れる。
次いで、スタッフの誘導にしたがって参加者達が次々と移動を始める。
自分達もその流れに逆らう事無く移動すると、目の前には参加者達の列が出来上がっていた。
そして、その先には更に驚きの光景が広がっていた。
モーターのようなものは無い筈なのでおそらく魔法か滑車を用いた人力か、まるで檻のような籠が上へと上昇しているのだ。それは紛れもなくエレベーターであった。
「おぉ、スゲー!」
その光景にカルルは感動の言葉を漏らしている。無論、自分も言葉には出さないが、目の前の光景に感動を覚えずにはいられなかった。
「お次の方々、どうぞ」
やはり前世のエレベーター同様重量制限があるらしく、参加者達を小分けなグループに分けつつ上へと運んでいる。
やがて、自分達のグループの番になり、スタッフに誘導されながらエレベーターの中へと足を入れる。
「おぉ!」
初めて乗るエレベーターに更に声が漏れるカルル。
「上に到着するまで暴れないで下さい」
スタッフの指示に従い自分達を含め乗り込んだ参加者達が動かず立ち尽くすのを確認すると、スタッフは上昇の合図とばかりに近くの鐘を鳴らす。
と、籠が振動すると共に、籠がゆっくりと上を目指して上昇し始める。
「おぉ、スゲェスゲェ!」
外から見ていても興奮を隠せないのに、実際に乗り込んで興奮しない筈もなく。カルルは、あまり動けない分その可愛らしい尻尾を左右に振って興奮度合いを表現する。
やがて、自分達を乗せたエレベーターは上へと到着し、興奮冷めやらぬカルルを始めとする自分達は、そこから更にスタッフの誘導に従い足を進める。
そしてやって来たのは、太陽の下であった。
「ショウイチ! ショウイチ! 凄い人だ!」
「あぁ、凄いな……」
やって来たのは、昨日は観客から見下ろしていた場所。大闘技場の中央のリングであった。
三百六十度、昨日はその一部から自分達は見下ろしていた観客席は、本日も昨日に負けず劣らずの満員具合であった。




