闘技の街 その7
酒場で一足早く朝食を取っていたレナさん達と合流し、無事に大会参加の手続きを終えた事、それと自分も介添人として共に参加する事になった旨も伝える。
すると、昨日とは打って変わっていつもの調子に戻っていたレオーネが自分も参加したかったと冗談交じりに文句を言い始めた。
その後も、カルルとフェルの晴れ舞台の為に一番言い席を取るだの、手製の横断幕を急いで作るだの。レオーネらしい励ましの言葉が続く。
そんなこんなで談笑を交えながら自分達も朝食を取り終えると、まだ余裕はあるとは思うが、念には念をと一足早く会場、と言っても既に昨日足を運んだ大闘技場へと向けて足を運び始めた。
なお、レナさんとレオーネの二人は、横断幕は無理だが座席の確保は有言実行と、大会の観戦チケットを求めて販売場へと向かって行った。
そして、名前の挙がらなかったリッチ4世さんはどうしたのかと言えば。
「ちゃんと大人しくしてるんだぞ」
「ほほほ、ご安心ください。大会中は本物のぬいぐるみの如く黙っていますので」
レナさんとレオーネに付いて行かずに自分の肩に乗り、観客側ではなく参加側として大会を見る事となった。
リッチ4世さん曰く、フェルの伝えたい事を的確に伝えたほうが大会を有利に進められる、との事で。真意は別のところにありそうな気もするが、リッチ4世さんの言っていることも確かであり、自分達と共に参加する運びとなった。
幸い、省エネモードで黙っていればぬいぐるみと見間違って怪しまれることもないだろうし、他人が見ていない隙に素早く通訳を行えばバレないだろう。
さて、そうこうしている間に大闘技場へと近づいてく自分達。
と、ふと周囲に視線を配ると、自分達と同じく大会の参加者達なのか。同業者かあるいは様々な業種の害獣使いと思しき方々が、自分達と同じ方向へと向かって歩いている。
暗黙のルールの内容が頭を過ぎると同時に、自然と彼ら彼女らが連れている害獣の姿を目で追っていた自分がいるのに気が付く。
確かに、力強さを備えた、或いは凶暴さを醸し出した害獣の数々。
対して、省エネモードのフェルは、まさにペットと見まごうばかりだ。
「ショウイチ、どうしたんだ?」
「ん、あぁ、何でもないぞ」
フェルの実力が外見で判断できるものではない。一番分かっている筈の自分が戸惑ってどうする。
他の害獣達と外見を比較するなどといった考えを頭の中から振り払うと、徐々に迫りつつある大闘技場に視線を戻した。
それから程なくして、昨日ぶりの大闘技場へとやって来た自分達は、他の参加者達について行く様に大会参加者用に設けられた入場口へと向かう。
入場口では参加者達の列が出来、その先には大会のスタッフと思しき男性達が参加者達のカードを確認し、更には使い魔達に付けられた鈴も手際よく確認している。
「次の方」
やがて自分達の番になり自分とカルルがスタッフにカードを渡す。そして、フェルに付けられた鈴も目に付くように見せる。
「おいおい、ありゃ本気か?」
「何だ、あのチビの方かと思ったら更にチビの方かよ」
すると、早速他の参加者達からの悪意に満ちた歓迎の小声が後方から聞こえてくる。
しかし、ここで大人気なく反応しては彼らと同じ低俗な質の参加者でしかなくなる。ここは堪え、聞き流さなければならない。
「では、こちらが試合番号になります。大会開幕までは参加者並びに介添人、及び使い魔は待機場にて待機していてもらいます。待機場は案内の者に従い向かってください」
程なくして自分達の確認が終わると、スタッフから番号の彫られた木の札が渡される。
そしてそれを受け取ると、入場口の奥で待っていた案内係のスタッフの誘導に従い、待機場へと移動する。
「カルル、よく耐えたな」
「本当はムカムカしてたけど、オイラ我慢した! このムカムカは大会で晴らすって決めたんだ!」
「そうだな! 馬鹿にした奴らを大会で思いっきりぶちのめしてやろう!」
「ボフゥ!」
移動の間、先ほどの確認中の歓迎に対してカルルに労いの言葉をかけると、なんとも頼もしい言葉が返ってきた。
自分の知らないところで、カルルも成長してるんだな。と、なんだか感動してしまう。
そんな感動を覚えている間に、自分達は待機場へと足を運んでいた。
そこは奥行きもそして高さも、全てが大きく巨大な空間が広がる場所であった。
歩いた感覚から下へと下っていたので、おそらくここは地下空間なのだろう。それにしても、大闘技場の地下にこんな空間が広がっているだなんて、凄いとしか言いようがない。
「わぁー、色々な害獣で一杯だ」
そんな空間内にいる多種多様な参加者達とその使い魔達。
ゴブリン系から蟲系、更にはミノタウロスの姿まで見られる。まさに今回のような大会でなければ見られないような光景が広がっていた。
「ショウイチ、何処で待つんだ」
「そうだな、とりあえずあっちの端の方で待ってようか」
そんな光景を他所に、自分達は隅の方へと移動し大会の開幕が告げられるのを待つ事に。
中央付近に居座って周囲の視線を釘付けにすると色々とちょっかいを出す輩が次々に現れるだろうとの判断から端の方で待つ事にした。
端の方へと移動し他の参加者達の顔ぶれなどを眺めながら、大会の開幕が告げられるのを待つ。
当然と言うべきか、参加者達の中に見知った顔などはいない。
こうして時間を潰しながら告げられるのを待っている間にも、次々と他の参加者達が待機場へとやって来る。
と、その内の一部の方々が自分たちの事を見つけるや、自分達の方へと近づいてくる。
「なぁなぁ、ちょっと」
自分としては出来れば気付いてほしくなかったが、気付かれた以上は仕方がない。
適当にあしらって乗り切るとするか。
「あんたアレだろ、イシュダン王国で黒騎士って呼ばれてるんだろ」
いかにもガラの悪そうな男性が二人、何やらへらへらと笑いながら近づき声をかけてきた。
自分が黒騎士と呼ばれている事を知っている事から、おそらく同業者なのだろう。しかし、イシュダン王国と言い添えていることから、もしかしたらイシュダン王国国内を中心に活動しているのではなく隣国などで活躍しているのかもしれない。ここは王国東部の国境付近の街だ、隣国から参加しに来ていてもおかしくはない。
「良くご存知で。それで、どういったご用件で?」
「んやぁ~、ちょっと気になった事があったんでね、声掛けようかと思って」
「そうそう」
「ゴフゴフゴフ」
二人の男性の後ろには彼らの使い魔と思しきゴブリン系が二体、主人達に似たのか同じく深いな笑みを浮かべながらこちらを見ている。
「アンタんとこのパーティーの亜人のガキが害獣使いなんて知らなかったよ、いや本当に」
「そうそう、人は見かけによらないな、まったく」
「ゴフフフゴフ」
どうにも本当に知らなかったようには思えぬその態度に、自分の中で早くこの二人との会話を切り上げようとの気持ちが生まれる。
「でも凄いよな、流石は黒騎士パーティーの一員様だ。連れてる害獣もものすっんごく凄そうだ!」
「あぁ、すげぇすげぇ、こりゃオレ達のじゃ勝ち目がなさそうだ!」
「ゴフフフフッ!!」
もはや悪意しか感じられない称賛の言葉の数々に、彼らに対する負の感情がふつふつと湧き上がってくる。
しかし、そんな自分の気持ちを察したのか、カルルが不意に自分の手を掴んだ。
カルルの方が言葉の矛先を向けられ自分よりも彼らに対する怒りがこみ上げていてもおかしくないというのに、それなのに怒るどころかぐっと堪えて自分も堪えるようにと手を掴んでいる。
そうだな、カルルの伝えたい通りだ。ここはぐっと堪えないと。
「でも残念だなぁ~、今回の大会、参加賞でないんだよ」
「お、そうだ。何ならオレ達が参加賞作ってやろうか?」
「お、いいなそれ。なら名前は、よくこの大会に参加しようと思ったで賞、だな!」
「ゴフフフフッゴフフ!!」
「ぐひゃゃっ!!」
とは言え、堪えているのをいいことに彼らは言いたい放題言い放ち、堪えるとは言えそれにも限度がある。
「何なら俺達が……」
「おい、お前ら」
しかし、自分の我慢の限界が訪れる前に思わぬところから助けが舞い込んでくる。
彼らの後ろに、見るからに体格のいいスキンヘッドの初老と思しき男性が現れたのだ。
謎のスキンヘッドの男性の声に、肩をビクつかせる二人の男性。
体格もさる事ながら、放たれる雰囲気からも、彼が只者ではないのは一目瞭然だった。




