闘技の街 その4
その後、本日行われる全てのプログラムの終了が告げられると、観覧席から観客達が次々と移動し始める。当然、大闘技場の外へと出る為だ。
自分達もまた、他の観客達の流れに身を任せながら外へと出ると、同じ姿勢から開放された喜びをかみ締めながらこの後の予定を話し合う。
と言っても、既に空は暁に染まっており、本日はラッツィオで一泊することは既に決まったも同然であるのだが。
「とりあえずはレオーネお勧めの宿屋で部屋を確保してから夕食って流れだな」
「そうですね、それでいいと思います」
「オイラお腹すいた、早くご飯食べたい」
「カルルは目一杯試合を楽しんでたっすからね、一杯声出した分お腹の中もすっからかんっすよ」
「そう言うレオーネも結構出してた気がするが」
「ちちちっ、そこはあれっすよ、場数の違いっすよ!」
本人はかっこよく決めたつもりなのだろうが、要するに通い慣れてるうちに自然と疲れないようになっただけの事だ。
しかし、鼻高らかにしているレオーネに尊敬の眼差しを向けているカルルの姿を見ると、突っ込もうにも突っ込みずらい。
結局、あの場面はレオーネに花を持たせることにして。レオーネお勧めの宿屋へと足を運ぶことにした。
大闘技場から歩くこと数分、大闘技場はもとよりラッツィオの主要な施設への利便性が良い立地に構えている宿屋。
しかしそんな立地であるにも拘らず、料金設定は高すぎる事がなく、むしろ安いと思えるほどに設定されている。まさに、評価が高い。
だが、きっと裏では様々な企業努力が行われているのだろうな。
「ごゆっくりどうぞ」
そんなことを思いつつ、フロントで鍵を受け取ると本日お世話になる部屋へと向かう。因みに、今回もまた一人部屋は既に満杯との事で、大部屋で泊まる事になった。
やはり宿屋の内装は一部を除いて何処も似たようなものになってしまう。しかし、前回の宿屋と異なる部分もある、それは。
「いや~、やっぱりベッドで寝れるっていいっすね!」
そうそれは、ちゃんと人数分のベッドがあるという事だ。無論、リッチ4世さんとフェルを除く四人分のと言う意味だ。
「私としてはまた床で皆様一緒に寝ると言うのも言いかと思いますが」
「ならリッチ4世さんは床で寝るか?」
「……、折角ベッドがあるのですから使わなければお宿の方々に失礼と言うものですな」
下心が見え見えなリッチ4世さんに軽くお灸をすわせながら、不必要な荷物を部屋に置くと、夕食を取るために部屋を後にする。
宿屋を後にすっかり夜の闇とランプの灯りに包まれたラッツィオへと繰り出すと、飲食可能な店を探すべく足を進める。
しかしながら、レナさんの案内の際の紹介やレオーネのお勧めなど、事前にある程度の目星は付けていたので歩き回ることはない。
良心的な値段設定でいてなおかつ味の水準も高い店、そう評判である酒場に決めて、自分達は見せに足を踏み入れた。
「らっしゃいませ!」
やはり庶民の懐とお腹に優しい店は自然とお客の入りも高いようで、一見すると店の中は既に満席と言った雰囲気を感じる。
ある程度の広さを誇り座席数も申し分ないはずではあるのだが、人気の高さと時間帯も重なった事で既に満杯状態だ。
「一杯っすね、別の店に行くっすか?」
「んー、そうだな。見た所空いてる席はなさそうだし……」
「お客様、相席でよろしければご案内いたしますが」
自分達が店に入ったのに立ち尽くしているのに気が付いたのか、店の従業員である男性がご丁寧に案内を買って出た。
特に相席に抵抗感を他の皆も示さなかったので、とんとん拍子に男性従業員に案内されて相席のテーブルへと案内される。
案内された先には、数人は腰を下ろせるテーブルにたった一人で腰を下ろしているという、まさに相席にうってつけの光景が広がっていた。
しかも先客は、女性であった。美しいまでの金の髪を纏い、白を基調としたまるでドレスを思わせる、否鎧ドレスと称するに相応しい防具を身に纏った、まさに戦乙女と呼ぶに相応しい女性。同業者だろうか。
レナさんの黒と対を成す、まさに天使のようなその女性は、天子と称するに相応しいほどの美しさを備えていた。
だがしかし、だがしかし。一点だけ、一点だけ残念な箇所があるとすれば、それは良く言えばスレンダーな。悪く言えば主に胸囲の部分の凹凸がレナさんほどもないと言った所か。
無論、鎧越しだからもしかしたら脱いだら凄いかも知れない。だが、今見た限りはあまり、その、な気がする。おそらく女性の外見からして年齢は自分達と近いだろうし、今後発育する可能性もあまり高いようには感じられない。
しかし何だろう、先ほどから背中越しに物凄い何かを感じる。多分、振り返ると色々とまずい気がする。
「……、私だってもう子供ではありませんから、表に出してしまうことはありませんよ」
レナさんの声が、物凄く、怖いです。
と言うよりも、いっその事分かりやすいぐらいに表に出していただいたほうがいい時だってあるんです。
「何やってるんっすか、さっさと座っちゃうっすよ」
テーブルに座る様子がない自分とレナさんを他所に、レオーネが脇を抜けてテーブルへと腰を下ろす。
それにつられて、自分達もテーブルへと腰を下ろした。その頃には既に、レナさんはいつものレナさんに戻っていた。
「いやー、相席どうもっす!」
と、自分がレナさんの事に気を配っている隙に、レオーネが先客である女性に一声かけていた。
が刹那、レオーネが女性の顔を確認するや否や、目を丸くしていく。
「あ、あぁ! ヴェガ! ヴェガっすか!」
「あらレオーネ、奇遇ね」
「どどど、どうしてヴェガがここにいるんっすか!」
先客の女性とレオーネは顔見知りなのか、その話し方からしてとても赤の他人だとは思えない。
しかし、レオーネは何処か慌しい。いやいつも落ち着きが少ないとは思うが、今回に関してはいつにも増して落ち着きがないような気がする。
「あら、私がここにいちゃ駄目なの?」
「いやそうじゃないっすけど……、って、そうじゃなくて」
「そう言えば、こちらの方々はどちら様なの?」
「あ、ショウイチ達は俺の大事なパーティーのメンバーっす。で、こちらがリーダーのショウイチで、こちらがショウイチの奥さんのレナさんっす。で、カルルにカルルの使い魔のリッチ4世さんとフェルっす」
紹介の一部に含まれた明らかな語弊に、おそらく自分自身頬を染めながらすぐさまレオーネに詰め寄る。
当の本人は減るものじゃないし大丈夫っすよ、等と言っていたが、自分としては色々なものががりがりと音を立てて減る気がしてならない。
「ふーん、成る程ね。さしずめ、パーティーと言うよりも家族みたいなものなのね。お父さんにお母さん、長男と次男、そしてペット」
しかもレオーネの知り合い、ヴェガと呼ばれた女性は勝手に納得して何やら独自の解釈をし始める。どうしてそうなるんだ。
いや、パーティーの結束が家族のように固いという意味合いなら分からなくもない。それに、嬉しいか嬉しくないかといえば、どちらかと言えば嬉しい。
まぁ、レオーネみたいな子供は絶対に手がかかりそうな気がしなくも。て、何を考えてるんだ。
「あ、あのですね。レオーネの言うことは……」
「分かっています。レオーネが話しに尾ひれをつけることは昔から慣れてますから、ご安心ください」
「あ、はぁ」
昔から、と言う部分に引っ掛かりを覚えたが、とりあえずレオーネの言葉を真に受けていないと分かり少し安堵する。
「にしても良かったわね、レオーネ、懐の深い良いパーティーに入れて。他の所なら、貴方の事だから折角パーティーに入れても直ぐに追い出されそうな気がするしね」
「な、なんっすかそれ! どう言う意味っすか!」
「昔から言ってるでしょ、貴方はもう少し協調性と言うものを身に付けるべきだって」
「な! 昔よりは十分すぎるほど協調性を身に付けてるっすよ!」
「私から見ればまだまだね。ま、でも、名高き『黒騎士』のパーティーの一員として恥じることなく活躍している事については、少しは賞賛の言葉を送るわ」
ヴェガと呼ばれた女性が、自分自身が黒騎士と呼ばれている事を知っていると知り、嬉しさと同時に疑問も浮かび上がる。
無論、一人歩きしている黒騎士の様々な誇張された噂の現在の姿も気にはなるが。
それよりも気になるのは、彼女は一体何者なのかという事だ。




