闘技の街 その2
最後に訪れた時に比べ多少変わっている部分もあったようだが、それでもレナさんの案内のお陰でラッツィオの街並みを理解することが出来た。
そして案内の最後に訪れたのが、街のシンボルである円形の大闘技場だ。
レオーネの話通り試合が行われるとあってか、大闘技場の周囲には既に多数の観客の姿が見られる。
案内の道中に目にした試合の宣伝張り紙によるとまだ試合開始まで時間があるようだが、どうやら待ちきれない人々が多々いるようだ。
「そうだレオーネ」
「ん? なんっすか」
「試合のチケットってまだ買えるのか?」
「お、もしかして試合見ていくっすか!」
試合のチケットと聞いた瞬間目の色を変えたレオーネ。と言うよりも、もはや隠せんばかりの嬉しさが体中から溢れ出ている。
「折角来たんだし、見ていかないって言うのも味気ないしな」
「やっぱショウイチは分かってるっすね! なら早く買いに行かないと、伝統の一戦は競争率が高いっすからね!」
「あ、お、おい」
一分一秒でも惜しいと、自分の手を引き足早に試合チケットの販売場へと向かうレオーネ。
レオーネの勢いに足を取られそうになりつつもレナさん達にその場で待っていてくれるように一声かけていくと、何とか体勢を立て直してレオーネの後を付いていく。
「いらっしゃい」
足早にやって来たチケットの販売場は、大闘技場からさほど離れていない場所にあった。
前世のように先行販売やインターネット販売だとかがないので、当然ながらチケットは当日販売のみだ。
となると、当然ながら販売場はチケットを買い求める者で一杯。と思っていたが、絶好のタイミングだったのか、先客の二人ほどが並んでいた程度でさほど待たずに買い求める事が出来た。
「『ドラゴンズ』対『タイガーズ』の試合のチケット、四人分欲しいんっすけど」
「四人分ね、なら合計で八十ガームだよ」
「了解、八十ガームっすよ、ショウイチ」
「……、え?」
「だから、八十ガームっす」
おいちょっと待て、まさか自分がチケット代を支払うのか。聞いてないぞ。
「お兄さんが払うの、どうなの? 早くしてね。お客さんがつかえちゃうから」
レオーネに問い詰めようとした矢先、販売係の男性から催促の声が飛ぶ。
その声に反応するように後ろを確認すると、いつの間にか既に数人の列が出来始めていた。
今ここで時間をかけるのは得策ではない。そう判断したので、とりあえずこの場は自分が八十ガーム支払う事となった。
「ありがとうございます」
チケットの販売上を後に、チケット片手にご満悦のレオーネ。に対して、自分は腑に落ちず、おそらく不機嫌な顔をしていることだろう。
自分の分は当然ながらあの場にいなかったレナさんとカルルの分ならまだ分かる、だが、何故レオーネの分まで払わなければならないのか。
せめて自分が払うにしても後でチケット代の代金を返すと一言、言っておいてもよかったのではないのか。
「なぁ、レオーネ」
「あ、ショウイチ、あざっーす! やっぱりショウイチは懐が深いっすね」
「いや、あのな。自分が全額払うなんて聞いてなかったし、せめてそれならそれで先ず一言……」
「え、そんな! 日頃パーティーの一員として頑張ってる俺に対してのご褒美って気持ちで払ってくれたんじゃないんっすか!」
「いや、だからそれでも……」
「そんな、俺はこの間の依頼で報酬を譲ってあげたのでそのお礼にショウイチがって思ってたのに、あぁ、懐が深いって思ってたっすけどやっぱり勘違いだったっすかね」
シャガートさんの依頼の報酬のことを言っているのだろう、確かにあの時はレオーネに譲ってもらったがそれでもその時に相応の硬貨は渡していたはずだが。
いや、もしここでそれを言ってもまた更に話がややこしくなるだけか。ま、日頃の感謝って言われればそれはそれで悪い気もしないし、ここは自分が引くとするか。
「分かった、分かった、もう言わない。日頃頑張ってるレオーネに少しばかりのご褒美、って事でいいだろ?」
「さっすがはショウイチ! いや漢、漢っすよ! そんな漢なショウイチに一生ついていきますっす!」
何だかレオーネの口車にまんまと乗せられた気もするが、まぁ悪い気はしないしよしとするか。
レナさん達のもとへと戻りチケットを手渡すと、レナさんが自身のチケット代の代金を支払おうとした。しかし自分のおごりと言うことで気持ちだけ受け取りやんわりと断りを入れる。
こうして試合のチケットを手に入れた自分達であったが、まだ大闘技場への入場が始まっていないので、時間潰しを兼ねて街をしばらくぶらぶらする事に。
通りに面した道具屋で特に買うものはないが店内を見て回り、商店で新鮮な野菜などを見たり王都にはない食材を見たりとして時間を潰していく。
そして遂に、その時は訪れた。
「さぁ、いよいよ試合開始っすよ!」
待ちわびたその瞬間を前に気分が高揚するレオーネ。それにつられて、自分も自然と期待し気分が高揚する。
チケットを使い大闘技場へと足を踏み入れた自分達は、その立派な石造りの通路を使い階段状の観覧席へと移動する。そして、指定はされていないので自分達で自由に場所を決めていく。
とは言え、幾度か足を運んで観戦するに絶好の場所と言うものを把握しているレオーネのアドバイスに基づき、場所を決めると腰を下ろした。
「ご来客の皆様、大変お待たせいたしました。只今より、『ドラゴンズ』対『タイガーズ』、スペシャルプログラムマッチを開始いたしたいと思います」
その巨大さ故に数千或いは数万という数の観客を収容できる大闘技場、当然、隅から隅までに声を行き届かせるのは並大抵のことではない。しかし、そこは知恵と技術を使い創意工夫をこなしている。
銅鑼と思しき体鳴楽器で自分達を含めた観客の意識を誘導させると、大闘技場観覧席の最前列の一角に設けられた巨大な木製の拡声器と思しきものを使い、隅々にまでアナウンスを伝える。
こうしてその後も試合に関する幾つかのアナウンスが流れ、いよいよ、試合の開始を告げる体鳴楽器の音が響き渡る。
「只今より、第一試合の選手入場を行います。青コーナー、180cm、185ポンド、タイガーズが誇る最速のファイター、その足裁きは害獣すらも凌駕する! モーソン=バイル!」
耳を劈かんばかりの観客達の声や入場アナウンスと共に、闘技場の一角から中央にあるリングに向かって一人の獣人が歩いてくる。
人間の体に獣のパーツなどではなく、まさに二足歩行の獣である人物。所属団体名の名に違わぬ虎獣人は防具らしい防具を殆ど身に付けていない、もはやほぼ裸と変わらぬ。
そしてその手には、動きを邪魔しないようにか短剣と小さな盾がしっかりと握られていた。
「続いて赤コーナー、210cm、200ポンド、ドラゴンズが誇る豪腕ファイター、その拳は岩をも砕く! ゼニ=ハルア!」
再び沸き起こる観客達の熱い声と共に、モーソン選手とは対となる入場口から一人の竜人が姿を現す。
まさに二足歩行の竜と言うべき、鋼の様な鱗を纏っているその人物もまた、防具を殆ど身に付けず。その手には、その巨体からまるで子供の玩具と見紛うばかりの短剣と小さな盾が握られている。
「レフェリーは勿論この方、サーボ=ジャッジ。さぁ、いよいよ試合開始の合図です!」
互いにリングで睨み合う両選手、その間に割るようにして白を基調とした衣服を身に纏った審判員である男性がそのときが訪れるのを待っている。
そして遂に、試合開始を告げる体鳴楽器の音が大闘技場内に響き渡った。
大闘技場内の熱気がぐんぐん上昇し、観客達の声もぐんぐん大きくなっていく。
そんな中始まった第一試合、作法なのか互いに手にした短剣を軽く交えさせると、互いに相手と距離を取り先ずは相手の出方を窺い始めた。
「さぁ始まりました『ドラゴンズ』対『タイガーズ』伝統の一戦! 実況はこの私、コメンタリーがお届け致します。なお、解説は勿論この方、アナーリジさんです。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
「さぁ始まりました第一試合、ゼニ選手対モーソン選手の組み合わせですが、両者の過去の戦績は二勝三敗一引き分けとゼニ選手が一歩リードしております。が、この試合でモーソン選手が勝てばイーブン! 果たしてこの試合、一体どちらの選手に白星が付くのでしょうか!」
「楽しみですね」
観客の声援にかき消されまいと拡声器を使い実況者と解説者が大闘技場内に試合の模様を伝えていく。
それにしても、まるでプロレスの試合でも見ているかのようだ。セコンドとかはいないが。
「おっと、先ず動いたのはモーソン選手! 得意のスピードを使いゼニ選手を撹乱する作戦か!」
「当たらなければ致命傷も受けませんからね」
開始直後は互いに出方を窺っていたが、たまらず先に動いたのはモーソン選手の方であった。
自慢の足を存分に使い、ゼニ選手の周囲を俊敏に動き回っている。それに対して、ゼニ選手は特に手を出すと言った雰囲気もなくモーソン選手の動きを慎重に見極めている。
「おっと! ここでモーソン選手仕掛けた」
しかし、動いているだけでは試合の勝敗は決しない。
動き回っていたモーソン選手が次なる一手を繰り出したのは、丁度ゼニ選手の背後を何度目か通過しようかとする時であった。
手にした短剣をゼニ選手の腕目掛けて向けると、一気に踏み込み一突き与えようとする。
「これは決着付くかと思われました。が! ゼニ選手、このモーソン選手の動きを予想していたか、尻尾を巧みに使い牽制すると今度は反撃とばかりに盾でタックルだ! その破壊力、流石のモーソン選手も踏ん張れず吹き飛んだ!」
その巨体から繰り出されるタックルを何とか防ごうとするも、元々攻撃体勢から急遽防御体勢へと即座に移行出来るはずもなく。中途半端な体勢の中でタックルを食らったモーソン選手はその勢いを殺せることなく吹き飛ぶ。
しかし、そのまま倒れこむ事はなく、何とか不恰好な着地を見せるもタックルの衝撃で体が瞬時に動かないのか、リングに膝を付いたままだ。
ゼニ選手にしてみれば絶好のチャンス。そして、それを見過ごすほどゼニ選手も甘くはなかった。
「きまったぁ! ゼニ選手の豪快な一撃! これにはモーソン選手も堪えられない!」
ゼニ選手は膝を付くモーソン選手に近づくと、手にした短剣を振り上げ、そしてモーソン選手の手元目指して振り下げた。
モーソン選手は受け止めようと短剣を構えるも、その見た目に反して威力のある振りに受け止めることも出来ず。モーソン選手の短剣が空を舞った。
その瞬間、観客達の声援が一層大きくなった。
「第一試合の勝者は、ドラゴンズのゼニ選手だぁぁっ!」
審判員であるサーボさんがゼニ選手へと近づくと、勝利宣言の如くゼニ選手の手を取り天高く掲げる。
どうやら、先に相手の短剣を手放させた方が勝ちとなる試合だったようだ。
こうして潔い両選手の握手で第一試合が幕を閉じると、続いて第二試合が開始される。第二試合も、第一試合と同様に互いの短剣を手放した方が勝者となる。
その後も第三第四と試合が続き、結局試合の戦績は二勝二敗。互いに痛み分けとなってこの試合形式での試合は終わりを見せた。
しかし、これで伝統の一戦が終わった訳ではない。試合形式を変更して新たなる試合が始まる。その度に、観客達から一喜一憂の声が響き渡る。




