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子供たちの鎮魂歌②  作者: さき太
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終章

 「結局、他の男にやっちまったのか。」

 呆れた様な郭のその物言いに磁生はとても嫌そうな顔をした。

 「お前もしつこいな。俺はあいつに惚れてなんかないし、あいつも俺にそんな気は全くなかったの。それでどうにもこうにもなるわけないだろうが。」

 そう言う磁生に疑いの眼差しを向けながら郭はため息をついた。

 「はたから見たらとてもそんな風には見えなかったけど、お前がそう言うならそれでいいよ。」

 そんな郭の様子に、なんで俺がため息つかれなきゃいけないんだよ、と磁生は悪態をついた。

 あの時何が起きたのか磁生には解らなかった。でも沙依の気脈は確かに繋がり、彼女は回復した。磁生の見立て通り、気脈がつながったところで長年負荷を掛けられ続け、酷使し、無茶をし続けた沙依の身体は、もう以前の様に動かすことも、術式を使いこなすこともできなかった。それでも生きているし、戦えなくなっただけで、普通に生活することに支障はなかった。常に倦怠感が付きまとい、疲れやすくなった、それだけ。普通に生活する分にはその程度の不具合だった。

 「お前、本当にあいつに清廉賢母を渡してよかったのか?」

 郭のその言葉に磁生は、いい加減にしろと本当に嫌気がさした。

 「いやだってさ、あいつの愛はどうみても異常だぞ。お前が清廉賢母に惚れてないにせよ、あれだけ入れ込んでた女をあんな男に渡してよかったのかと思ってさ。」

 確かに郭の言う通り道徳の沙依に対する愛は異常だった。そんなことは沙依と道徳を再会させる前から磁生には解っていた。解っていたが、それでも沙依には道徳しかいないと磁生は思っていた。

 「確かに異常だよな。俺もあれにはドン引きするわ。でも長年片思いと童貞こじらせてようやく惚れた女と一緒になれたんだから仕方ないんじゃないか?そのうち落ち着くだろ。」

 その磁生の言葉に、それでも限度があるだろ、と郭は渋い顔をした。

 あれからずっと道徳は沙依と一緒だった。道徳は世話を焼き過ぎるほど沙依の世話をし、過度に過保護に沙依に接していた。沙依が苦言を言っても聞かないほど溺愛し、常に自分の目の届くところに置いていた。そして暇があれば道徳は沙依を抱きしめ、愛をささやき、唇を重ねた。少しは人目を憚れと磁生も思う。磁生は沙依の容態を見に行ってその場面に遭遇し、ドン引きした。二度目以降の遭遇にはうんざりした。ただ、見られて動揺する沙依を見るのは少し面白かった。確かに異常だが、まだ沙依が回復してたいして日もたっておらず最近まで状態が落ち着かなかったことを考えると、道徳ならそうなっても仕方がないと磁生は思った。

 「道徳は自分が異常だってことちゃんと認識してるからな。ああ見えて、ちゃんと自分の劣情を抑えてんだぜ、多分。」

 そう言われても郭には全く理解できなかった。郭からすれば、道徳の行為から相手を思いやる気持ちなど微塵も感じることができなかったし、一方的に気持ちを押し付けている様にしか見えなかった。

 「沙依が本気で嫌がればあいつだってそれ以上はしないさ。なんだかんだ言っても沙依自身があれを受け入れてるんだから、それでいいんだよ。」

 そう、これでいい。磁生はそう思った。道徳の行為を迷惑そうにしつつも沙依は幸せそうだった。自分では沙依の感情をあんなふうに動かすことはできない。自分には沙依はあんな顔はしない。絶対に。

 郭の言う通り、本当は少しだけ沙依に想いを寄せていたことを磁生は自覚していた。ほんの少しだけ沙依を自分のものにしたいと思っていた。でもそれは本当にほんの少しだけだ。沙依がちゃんと生きて、幸せであってくれるならそれでいいと磁生は思っていた。沙依を幸せにするのは自分でなくたって構わないと本気で思っていた。それどころか自分では沙依を幸せにはできないと本気で思っていた。

 磁生の中にはまだ春李を失った痛みが残っていた。生々しく残るその痛みが自分の胸の中に強く残っているうちは、他の女を深く想う事なんてできない。この痛みが残っているうちは他の女なんていらない。だからもう少し、もう少しだけ、お前のことを想い続けていてもいいよな。磁生は心の中で亡き妻に語り掛けた。

 磁生は春李の笑顔が好きだった。光に当たるとキラキラ光るその髪も、同じ色をした優しい瞳も。泣き虫で、強がりで、とても恥ずかしがりやだった彼女。磁生の罪を許し、一緒に歩んでくれると言った彼女。自分の腕の中で微笑んで眠る様に死んでいった彼女。これからも永遠に近い時を生き続けるなら、そのうちこの痛みも薄れ、別の誰かを想うこともあるのかもしれない。でもそれは今ではない。

 遠い未来に思いを馳せて、磁生はらしくないと自嘲した。


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