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子供たちの鎮魂歌②  作者: さき太
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序章

沙依(さより)は夢を見た。幸せな夢だった。それが幸せな夢だったとは覚えているが、どんな夢だったのか目覚めたときには忘れていた。目が覚めたとき、胸いっぱいに幸福感が溢れていて、だから沙依は悲しかった。どうしてこんなに悲しいのか沙依には解らなかったが、ただ、知らずに頬をつたう涙が、確かに自分が悲しんでいるということを実感させた。

一日のほとんどを沙依は眠って過ごしている。気が付くと眠ってしまっている。そのせいか自分が今眠っているのか起きているのか、沙依はもうちゃんと認識できずにいた。曖昧な意識の中で、時々意識が鮮明になる時がある。その時が、夢なのか現なのか、それさえも沙依にはもう解らなかった。

 「目が覚めたか?」

 声がして、そこに磁生(じせい)の姿を見つけた。彼と会うときはいつもこうだと沙依は思った。いつも自分は眠っていて、目が覚めると彼がいる。瀕死の自分をいつも助けてくれた。とても優秀なお医者さん。それが沙依の磁生に対する認識だった。

 こっちに来いと磁生は言い、沙依の身体をそっと抱き寄せた。沙依は彼に身をまかせ彼に誘われるままに彼の鼓動に、呼吸に意識を添わせ、彼の気脈を感じ取った。

 「さすがにもう酒も抜けてるし鈍ってた力も取り戻したからもうあんなことしなくても錬気を分けるぐらい訳ないが、そんな程度でどうにかなる状態じゃないぞ。」

 言われなくても解っていた。こうやって毎日彼に手伝ってもらって、ちゃんと気を体内に巡らせなければ、すぐにでも衰弱してしまうだろう。自分の気脈はもうボロボロで、体内に気を巡らすことは適わない。自分で気を巡らせられない以上、この行為自体が気休めでしかないことを沙依は重々承知していた。自分はもう長くないと理解していた。だからこんなことしなくていいなんて言ったら、怒るんだろうなと思って、沙依は暖かい気持ちになった。

 「わたしはあとどれくらいもつのかな?」

 沙依が聞くと磁生は顔を顰めた。

 「何もしなけりゃもって一年。こうやってごまかし続けても百年はもたないだろうな。」

 百年。彼が自分の死を受け入れるために、それが長いのか短いのか沙依には解らなかった。この無駄な延命処置を諦めて、逝かせてくれるまであとどれだけの時間がかかるのだろう。沙依は生きたいとは思わなかった、でも彼の気持ちが納得できるようになるまでは自分の身体が持つ限り付き合おうと思っていた。

 夢も現も解らない、こんな状態で生きていることにはたして意味はあるのだろうか。沙依には解らなかった。念願は果たした。あれは討伐され、未来は解放された。(あに)(さま)はもう一人で頑張らなくてもよくなった。自分の大切な人達の魂はきっと救われることだろう。これ以上はもう、自分には必要ないのではないだろうか。自分は今、十二分に幸せで、これ以上望むことはないのではないかと沙依は思っていた。

 そんな沙依の心を読んだのか、磁生は訊いた。

 「あんたに未練はないのかよ。」

 沙依にはなんで磁生が泣きそうな顔をしているのか、まったく理解できなかった。

 「あんたの人生これからだろ。生まれた時から兄貴や家族のことだけを想って生きてきたなんて、バカだろ。あんたはなにも知らなかっただけだろ。あんたは自分のことも、世界のことも何にも解っちゃいねぇ。あんたが自分の時間をちゃんと生きるのはこれからだろうが。」

 自分を抱きしめている腕に力が入って、沙依はなんとも言えない感情に包まれた。

 「せっかく生き延びたんだ。ちゃんと生きることを考えろよ。バカが。」

 ちゃんと生きるということはどういう事だろう。沙依には解らなかった。磁生の言っていることの意味が、沙依には全く解らなかった。でも自分がちゃんと生きようとしていないことが彼を傷つけていると、それだけは理解できた。だからこうして治療を受けいれているのに、これ以上どうしたらいいのだろうか。沙依には解らなかった。それが意識があいまいで正常に思考が出来ないせいなのか、そうでないのかそれも解らなかった。

 自分の未練。

 やり残したこと、やりたいことはなにかあっただろうか。

 ちゃんと生きるという事。

 生に執着できるほど真面目に生きたことはなかった。まだ死ぬわけにはいかないそう思ったことはあっても、死にたくないと思ったことはなかった。

 そんなことをぐるぐる考え続けながらまた沙依は眠りの淵に落ちていった。

 

 幸せな夢をみた。

 目覚めたときに流れた涙、それがこの世への未練だったとその時はまだ沙依は気付いていなかった。


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