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銀河戦國史 (紫雲の名将アクセル ―カーリアの仰天―)  作者: 歳超 宇宙 (ときごえ そら)
8/13

なんなのよ突然

 ヴォーラル公国が降伏を申し出てくる可能性が生じて来た事に、連邦軍首脳も驚き、色めき立った。ヴォーラル公国の方から降伏してもらえれば、まったく兵力を損なうことなく帝国陣営の一角を崩す事となり、一挙に連邦側が有利になる。カーリア王国解放の失敗で、四個艦隊壊滅という損害を被った連邦軍としては、こんなにもありがたい話は無かった。

「連邦首脳からは賞賛の嵐ですね、提督。遊離星系の征圧がこんな成果をもたらすなんて、首脳の誰もが驚きを禁じ得ないようです。さすがはアックス提督です。」

「うん、そうか。で、降伏を引き出す為に、連邦政府の側でもそれなりの条件を用意してくれたんだろうね。」

と、レイア軍曹の報告に対し、首脳からの賞賛には興味が無いような態度で、アックスは報告の続きを求めた。

それに答えようとレイアの目が少し左にそれた。そのあたりの空間に、報告書が浮かんでいるように見えるように、コンタクトスクリーン上に報告書の画像を表示させているのだろう。常に視野の中央に報告書が見えるようにも出来るが、人や物に重なると見難いという人は、白色の背景がある場所を指定し、常にその位置に報告書が見えるように、コンタクトスクリーンの映像の出し方を設定することも出来るのだ。

 で、レイアの視線が、白色背景のある横方向にずれ、アックスから外れた隙に、このあほ男はマヤの方をちらりと見て、得意気な笑みを投げかけて来た。レイアには無表情を装いつつ、マヤに対しては喜びを露わにするという、いつもながらの子供じみた態度だった。

「連邦政府としては、ヴォーラル公国が今すぐに降伏を申し出て来るのならば、これまで帝国陣営の一角として、暴力の恐怖で多くの国々を支配し、悪質な搾取を続けて来た事の罪は、問わない事とする、という条件や、支配地を放棄する事で生じるであろう経済混乱に対して、十分な経済支援を実施し、他国からの収奪物無しで経済的に自立できる体制を構築する事に、全面的に協力するという条件を提示しても良い、と言って来ています。それだけの条件を与えるから、一刻も早くヴォーラル公国の降伏を取り付けて欲しいとの事です。」

 レイア軍曹の報告が進めば進むほど、レイア軍曹に気付かれ無いようにマヤを見ているアックスの目に、得意気な色が増して行った。

 そうやってマヤに甘える事で、心の重荷が少しでも軽くなるのなら、それはそれで良いのだが、ここではやめて欲しいのだった。2人に何の進展も無いこのタイミングで、皆に彼らの気持ちが気付かれるかも知れないような行動をとって欲しくないのだ。

 時と場所を考えてくれれば、いくらだって甘えて来て構わないのだ、そして2人にそれなりの進展があれば、ここででも、どこででも、いくらでも、甘えて来て構わないのだ。その為にやるべきことを、マヤは是非アックスにやって欲しいのだ。それなのに・・、

(なぜ食事に誘わない?)

 そんなマヤの心の叫びなど、聞こえていないアックスが、

「よぅし、その連邦政府の意思は、あらゆるチャンネルを使ってヴォーラル公国に伝えよう。その一方で、巡航ミサイルでの攻撃は反復し、継続しよう。飴と鞭で、敵を降伏に追い込むんだ。」

と指示を出したところで、その日の幕僚会議は終了した。

 連邦軍首脳も、アックスの部下達も、マヤも、誰もが敵国の早期降伏に期待を寄せていたが、その数日後、その期待を完全に裏切る報告がもたらされた。

「ヴォーラル公国政府は、戦争の継続と徹底抗戦を決定しました。」

と、悔しさを目いっぱいにじませ、唇を噛みしめる仕草さえ見せながら、レイア軍曹は報告した。

「敵国は、公国国民は最後の1人になるまで徹底的に戦い抜く覚悟だと、連邦政府に正式に伝えて来たようです。」

「最後の1人まで!?」

と、呆れかえったようにマヤは叫んだ。「国民を守るために国が戦うのが戦争じゃないの?最後の1人まで戦って死んで行ったら、そもそも何のために戦争をしたのか分からなくなるじゃない!」

マヤは憤りを抑え切れずに、珍しく感情的に喚き散らした。心の中でどれだけ毒づいても、表向きは冷静を装い続けられるのが、いつものマヤなのだが、ようやくアックスの重荷が解消するとの期待を裏切られた怒りは、なかなかに抑えようは無かったようだ。

 だが、当のアックスは、

「まぁ、そうだろうね。そうなると思っていたよ。これで敵が降伏して戦争が終わるなんて甘い話は、ある訳無いよ。そうなればいいなとは、思ってはいたけど、本気で期待してたわけじゃない。」

と、幕僚達に言い聞かせるように告げた。皆に落胆させないように、あえて平静を装っているのか、本当に期待していなかったのかは、マヤにも分からなかった。アックスは続けて尋ねた。

「他に、何か情報は来ていないかな?住民代表経由の、敵国本領の動向とか、カーリア王国内の敵の情勢とか。」

「たっぷり来ていますよ。いつものように。情報の来たタイミングや、発信者名や、発信者が付した重要度の指標ごとに整理したものを、提督のコンピューターに転送しておきます。」

と、ようやくいつもの冷静を取り戻したマヤは告げた。

「そうか、いつもいつも、ありがとう。こんなに大量の情報の整理を、他の業務でも忙しい中でやってくれて、本当に感謝しているよ。」

皆の前で、抱き付きそうな勢いで感謝の意を伝えるアックスに、マヤは思わず一歩引き下がった。抱き付くのは「進展」があってからにしなさい。その感謝の意思を、「進展」があるような行動で示しなさい。ずっとそれを心の中で叫び続けているのだ。なのにこの男には、それが聞こえないのか。

(なぜ食事に誘わない?)

 そしてしばし、アックスはその情報の精査に取り掛かったが、

「む!」

と、突如身を乗り出した。「むむむむ・・」と、食い入るように、コンタクトスクリーン上をスクロールして行く情報をにらみ続けている。

彼の両手は、前後に上下に左右にと、不可思議な運動を繰り広げ、事情を知らぬものが見たら、怪しい踊りに興じているとか、何らかの呪詛の印を結んででもいると思ったかもしれないが、彼は、コンタクトスクリーンに映し出された情報を様々に加工したり操作したりする為の、コマンド入力を行っているのだ。表にしたりグラフにしたり地図に落とし込んだり、多様な角度から情報を検証しているのだ。

マヤはそんなアックスの様子から、ただ事では無い事を察した。後輩のレイアに近寄り、

「何かとんでもない指示が出るかも知れないから、覚悟しておきなさい。」

と、小声で告げたりした。そういう予感を、マヤはひしひしと感じていたのだが、その予感は的中した。そして、彼らの司令長官が発した指示は、予感のあったマヤをしてさえ、驚きを禁じ得なくさせるものだった。

「撤収だ!」

と、アックスは叫んだ。

「カーリア王国とヴォーラル公国の間の宙域にある、ワナ-チウ・オグサルラ等の遊離星系の秘密基地に駐留している、第五艦隊の艦船の全てを、今すぐタキオントンネルを使って、敵に悟られ無いように撤収するんだ。」

 いつになく毅然とした態度で、凛とした声色で指示を出すアックス。

「このパリレオ星系も引き払う。直ちに準備に取り掛かってくれ。いつでも全艦隊で進発出来るようにして待機だ。」

 幕僚達に驚愕と動揺が広がる。この星系の確保は、カーリア王国解放やヴォーラル公国攻略への、小さくとも唯一の足掛かりだったはずだ。さらに遊離星系は、輸送経路遮断や敵本領攻撃の為には欠かす事の出来ない前進基地だ。敵が徹底抗戦を表明したとは言え、更にこれらの作戦を継続していれば、いつか敵をして降伏に誘導できる可能性は、依然として残っているのだ。それを引き払うとは。カーリア王国解放も、ヴォーラル公国の攻略も、両方とも断念しようとしているのか。今までの苦労と、せっかく芽生えた可能性とを、全て捨て去ってしまおうとしているのか。遊離星系からの撤収は、そう言う意味にしか取りようがない、幕僚達はそう思ったのだった。

 マヤもあんぐりと口を開けて、アックスを見据えた。彼のその瞳には、自信が漲ってはいたが、微かに、怯えの色も見える気がした。あの日、第五艦隊の出撃が決定したあの日にも見せた、部下の命を危険に曝す事への恐怖が、今の彼の瞳の中にもあるような気がしたのだ。ふと見ると、彼の指先が微かに震えている。

 マヤは悟った。彼は今、決断したのだ。連邦を勝利に導き、銀河が暗黒の時代に逆戻りする事を阻止する為に、マヤの両親を始め、多くの無辜の命を守るために、艦隊司令長官として、部下の命を危険に曝すという壮絶な重圧に耐え、瞳の奥に怯えを宿し、指先を恐怖に振るえさせながらも、毅然と、慄然と、敢然と、決断を下したのだ。

 怯えないのが勇気では無い、怯えてなお立ち向かうのが勇気だ。マヤはアックスの勇気を見た。この上も無く怯えていながら、退く事なく決断を下し、壮絶な運命に立ち向かおうとしているのだ。尊敬した。感服した。威風堂々たる艦隊司令官としての勇姿が、眩しい程にマヤの目に染みた。この男に惚れたのなら、悔いはない。

 動揺の収まる様子の無い、周章狼狽の体を曝し続けている幕僚達に向け、マヤは叫び放った。

「この中に、アックス提督に命を預けていない者はいますか!」

そして、幕僚達全員の顔を、一人一人嘗め回すように見つめて行った。一呼吸おいて、

「いません!」

との叫びが、帰って来た。マヤの一言に、彼らの目の色が変わった。

「我らは全員、第五艦隊司令官アクセル=フォン=アルバータ提督に、この命を預けております!」

「どんな驚きの命令であろうと、アックス提督が発したものならば、忠実に従うのみであります!」

「アックス提督に従えば、必ず連邦は勝利に至ると、確信しております。」

 幕僚達は口々に叫んだ。マヤの叫びにより、驚愕のるつぼだった指令室に、強固な一体感がもたらされた。全員が一致団結して戦う決意を新たにした。

 リーダーに命を預ける覚悟を固め、リーダーのもとに結束した組織は、無敵なのだ。今、アクセル=フォン=アルバータ率いる第五艦隊は、無敵となった。


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