表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河戦國史 (紫雲の名将アクセル ―カーリアの仰天―)  作者: 歳超 宇宙 (ときごえ そら)
7/13

一人で抱えてんじゃないわよ

 今日も苛立ちを抱えながら、基地を後にして宿舎に向かっているマヤだったが、今の戦いに早期終局の可能性出て来た事に思いが至ると、俄かに心が弾んで来るのを感じた。敵国の降伏が実現すれば、激しい戦闘は行わなくて済むのだ。

 マヤは、アックスが心の奥深くに抱えている、戦いというものに対する嫌悪や恐怖に気付いていた。軍人でありながら、連邦軍の艦隊司令長官という地位にありながら、戦闘に勝とか敵を打倒すという事に、全く喜びを感じる事は無く、どうにかして敵も味方も、誰も傷つかずに済む方法を見つけようとするのだ。

そういう男だからこそ、今回のような、敵を降伏に追い込む事で、戦闘を回避するという策略を思い付くことが出来たのだろう。とにかく戦わずに済ます方法な無いものかと、常に、徹底的に、あらゆる角度から思案を巡らせているような男だからこそ、たどり着けた結論と言えるだろう。軍人にはあるまじきというほど、戦いを望まない男なのだ。

 マヤは、カーリア王国解放戦に第五艦隊も参加する事が決定した時の、アックスの様子を思い出していた。照明が消された暗い部屋の中で、執務椅子に沈み込むように座り、斜め下をぼんやりと見つめて黙りこくっていた、アックスの思いつめた表情が、目の前に鮮明によみがえって来た。例の如く、慰めて欲しいとか構って欲しいとかいう目的で、しょんぼりした態度を「演じて」見せている時とは、明らかに違っていた。本気で悩み苦しんでいる心情が、マヤにも伝わって来たのだった。

「提督、どうかされましたか?」

さすがにアックスのそんな顔を見せられて、黙っていられるはずも無く、マヤは声を掛けた。それに答えようと、無理に造ったアックスの笑顔程、マヤの胸に鋭く突き刺さったものは、かつて無かった。

「我々第五艦隊も、カーリア王国解放戦に参加することになったよ。さっき正式に辞令が降りた。」

「お・・、おめでとうございます、提督。提督の要望が受け入れられたという事ですね。四個艦隊だけでは危険が大きいので、是非第五艦隊にも出撃させて欲しいと、提督は何度も首脳に頼み込んでおられましたもの。」

「あ、ああ、そうだね。要求が容れられたことは、良かったと思うよ。四個艦隊だけで出撃させたら、大変な事態になるかも知れないから・・。」

「提督はご自身の見解に、自信をお持ちですものね。カーリア解放作戦に出ている当方の艦隊の、背後を付いて来る敵戦力があるという見解に。」

「うん・・、自信というか、ヴォーラル公国はどんなことをしたって、カーリア解放は阻止しようとするはずだから、他戦域の状況を少々不利にしても、こっちの艦隊の攻撃に戦力を振り向けてくるはずなんだ。だから、今は他の戦域に張り付いている敵兵力も、決して無視していいはず無いのに、連邦の首脳達はそれが分からないらしい。他戦域の敵戦力を考慮に入れれば、今回の解放作戦は途方も無く危険なものになるという事には、決して気付いてはくれないようだ。」

「でも、我々第五艦隊にも出撃許可が出たのですから、敵のそんな動きも阻止出来るわけですよね。良かったじゃないですか。何をそんなに思いつめていらしてるのです?」

「敵が具体的に、どういう形でカーリア解放作戦の阻止に動くかまでは、僕にも完全には読めてはいないよ。タキオントンネルを使われれば、敵が目の前に出現するまで探知は出来ないから、第五艦隊がどう頑張ったってある程度の損害は免れないし、第五艦隊自身も、どんな窮地に追い込まれるか分かったものではない。我々にとっても危険な作戦になるよ、今回のカーリア王国解放は。」

その発言の間に、笑顔を作る余裕すら無くしてしまったアックスの表情は、重く沈んだものになっていた。

「皆を危険に曝すような出撃要請を、僕は自分から出してしまった。大切な部下達や、信頼してくれている幕僚達や、・・・いつも・・いつも・・僕のわがままに付き合ってくれて、頑張ってくれている・・少尉や、・・みんなの命を、僕は自らの手で・・。僕が何もしなければ、無かったかもしれない危険に、君たちは曝される事になるんだ。」

「何をおっしゃっているんです。我々は軍人ですよ。軍に身を投じた時から、戦いで命を落とす事は覚悟しています。提督は、我々第五艦隊の出撃が、連邦軍の勝利の為に必要と判断して、出撃要請をされたんでしょ。何も、そんなに思い悩む事は・・。」

「ああ・・、そうだね。おかしいよね。軍人として、艦隊司令長官として、失格かもね。」

そう言いつつ、アックスの声は震え始めていた。その指先も、同じく小刻みな振動を見せている。本気で怯えているのだ。自分で判断し要請した、今回の出撃に。

「嫌なものだよ。自分の発案で、自分の決断で、多くの部下の、仲間の命を、危険に曝すっていうのは・・。何度体験しても・・、慣れるものじゃない。」

「連邦軍が敗北すれば、銀河はまた暗黒時代に戻ってしまいます。そうなれば、やはり多くの命が失われます。私の両親もその中に含まれるでしょう。だから、この戦争に、提督の作戦に命を捧げる事を、私達は厭いません。提督には、勝算がおありなんでしょう?敵がカーリア解放作戦の阻止に動いたとしても、それを打破出来る策をお持ちなのでしょう?」

「ああ、算段は出来ている。自信もある。一時的には、こちらは壊滅的な状況になるかもしれないけど、からならず挽回できると思う。少尉も頑張って、色々協力してくれたからね。敵はこちらの裏をかいてカーリア解放戦実施中の連邦軍を攻撃してくるのだろうが、こちらも、適の裏をかいて見せるつもりだ。」

「我々は、・・少なくとも私は、その提督の算段を信頼しています。提督の作戦ならば、命を預けられます。」

そんな言葉を、マヤは精いっぱいの優しい声色で伝えたはずだったが、アックスの指の震えは、更に増して行った。

「信頼して命を預けられること程、恐ろしいものは無いよ・・・全く・・。いくら算段が出来ていたって、どれだけ自信を持っていたって、人の命を、多くの大切な仲間の命を、自分の計画した戦闘に投げ込むなんて事は・・、恐ろしい事だよ。」

 そんなに苦しいのなら、そんなに恐ろしいのなら、その思いを、もっとたっぷりと時間をかけて、私に投げかけて来ても構わないんだぞ、とマヤは思った。ひとこと誘ってさえくれれば、その自分では震えを止められない指先を、一晩中握っていてやってもいいのだ。あんたの泣き言を、夜通し聞かせ続けられたって苦にもならないのだ。

いや、最悪、直接的な誘い文句は、こちらから言ってやっても良い。せめて「もう少し傍にいて欲しい」とか、「今日はまだ、一人になりたくない」とか言ってくれれば、「じゃあ、今から食事でも」と、こちらから受けてやれるのに。それなのに、それなのに・・・。その日もアックスは、「お休み。ごめんね少尉、変なことに時間を使わせて。」などと、謝罪の言葉なんぞを吐きやがって、一人で執務室を、連邦本部を後にして行きやがった。

一体、何を謝ったのだ。副官が司令官の相談を受けたり悩みを聞いたりするのは、当たり前だろう。そして、職場だけでそれが解決しないなら、解消しないなら、当然場所を変えての延長戦に打って出たって、当たり前の話だろう。それを下心だなどと誰が思うのだ。いや、下心はあっても、一向にかまわないのだ。あんたの下心くらい受け止める用意なんぞは、とうの昔から出来ているのだ。それなのに・・、それなのに・・、なのに・・なのに・・なのに・・。

(なぜ食事に誘わない?)

 あんたはそれで、今晩眠れるのか?と、マヤは思ったものだ。私は今晩、完全に寝られないぞ、明日の朝まで、あんたの事を案じているぞ、どうしてくれるんだ、と。どうせ寝れないのなら、自分だけで抱えていないで、朝まで二人で悩んでいればいいじゃないか。何で、一人で、そんな重い苦しみを背負ったまま、私に背を向け去って行くのだ。

 その日の彼の背中と、今日の彼の背中を、マヤはパリレオ星系第一惑星の青く晴れ渡った空を背景に重ね合わせながら、どうかこのまま、ヴォーラル公国が降伏してくれますようにと願った。そうすれば、彼があんなにも恐れていた、部下達を危険に陥れる戦闘は、しなくて済むのだ。激しい戦闘をせずに戦争を終える事が出来るのだ。

 戦争が続く限り、どんなに美味しい牛丼を食べたって、あの男が心に抱えた重荷は、解消することなど無いのだ。今日だって、ヴォーラル公国降伏の可能性が出てきたとはいえ、部下を危険に曝す可能性が無くなったわけじゃないのだから、あの男はその重荷と共に眠りに付くのだ。

 そんな重荷をいつまでも一人で抱えていたら、あんたの心は本当に潰れてしまうぞ、とマヤは、歯がゆさに地団太を踏んだ。あんたの心が崩壊して行く所なんぞ、私は絶対に見たくないぞ、あんたが苦しむ様程、私を苦しめるものなぞ無いんだぞ、と心の中で叫んだ。あんたの心の重荷が少しでも軽くなる方法を、あんたは考えるべきなんだ。その苦しみを癒す為の行動を、あんたは起こすべきなんだ。そうしないとこっちが苦しくなるんだ。

あんたの苦しみを分かち合える立場を、あんたは私に与えるべきなんだ。苦しむあんたを支える権利を、あんたは私に授けるべきなんだ。あんたの苦しみの99%を引き受けたとしても、あんたが苦しむ様を、ただ黙って見ているだけの苦しみよりは、こっちにとっては100倍も軽いのだ。それなのに・・、それなのに・・、あんたは今日も一人で牛丼を食べ、一人で宿舎に帰り、一人で寝る事を選びやがった。なぜ・・、なぜ・・。マヤの思いは尽きない。

(なぜ食事に誘わない?)

 マヤは両手を、その惑星を照らす恒星パリレオにかざしてみた。何とかして支えてあげたいと願ってやまない弱く脆い心に、その両手は、いつまでも届かないのだ。自らの両手を恨めしく思った。どうして届かない?いつになれば届く?

「マヤ少尉、何を万歳しているんですか?」

そこにたまたま通りかかったレイア軍曹に、そう尋ねられると、

「我らが提督のあほさに、万歳しているのよ!」

と、怒鳴るように叫んでしまったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ