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銀河戦國史 (紫雲の名将アクセル ―カーリアの仰天―)  作者: 歳超 宇宙 (ときごえ そら)
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分からない事多すぎるわよ

 会議が終わり、基地施設を出たマヤは、花柄が色鮮やかなノースリーブのワンピースに変形させたHSCハイスペッククローズを、程良く涼しい風にひらひらさせ、露わになった二の腕で、恒星パリレオから注がれる陽光を白々と反射させながら、深緑の並木に沿って、歩道を一人歩いていた。

 一人で歩いているからには、マヤの心には、

(なぜ食事に誘わない?)

との、いつもの疑問がたゆたっており、それと共に、今日もマヤを置いて指令室を出て行った、アックスの背中が思い出されていた。

 小高い丘の頂まで歩を進めて来ると、視界の半分ほどを占める、近くのビーチを見晴らす事が出来た。奇抜な色遣いの大胆な水着にHSCを変形させ、この惑星の海と戯れる男女のはしゃぐ姿が散見された。HSCを水着型にしたまま、木陰で身を寄せるカップルも見える。

 ビーチのすぐ傍のテニスコートに目を転じると、そこにもテニスウェアーにHSCを変形させた男女が、黄色い歓声と共に黄色いボールを追いかけている様が、目に飛び込んで来る。

 ラケットのスウィングと共に旋回した女の腰が、テニスウェアーのスカートをふわりと広げ、ひらりと躍らせたが、そのスカートも、その下からチラリと見えるアンダースコートも、HSCが形作っているものだ。

 それを眺めているマヤの傍を、自転車に乗った男女のグループが、陽気な笑い声を轟かせながら走りすぎて行った。

 おびただしい数の男女が、青春を謳歌しているかの如く、思い思いにこのテラフォーミングのなされた惑星の、海や風や日差しや大地を堪能していたが、彼らは全員捕虜だった。

 これまでの輸送経路遮断作戦で拘束され、このパリレオ星系第一惑星に連行されて来た、敵国の兵士や民間人達だった。

 連邦軍が基地として、住民から借り受けている地区から出る事は許されていないが、艦隊司令長官アックスの方針位より、指定した地区に留まる限り彼らは、無制限に近い自由を謳歌する事が出来るのだった。捕虜達は皆、その余りにもの好待遇に、連行されて来た当初は驚き戸惑うのが常だった。

彼らにしてみれば、生まれてからこれまでに経験した事の無い程、自由で快適な生活を送る事が出来るのだ。しばらくここにいた敵兵のほとんどが、母国に帰るよりも、ここに出来るだけ長くとどまる事を望むという有り様だった。戻ればまた兵士として、死地に赴く事になる可能性が高いのだから、それは無理からぬことだと言えたが。更に民間人の捕虜に関しては、申請した者に関しては定期的に本国に送還する事にしているのだが、申請する者はごく僅かだった。

それに関してアックスは、

「いつか、連邦とヴォーラル公国が和平を結ぶ時が来たら、彼らが両陣営の懸け橋になってくれるはずだ。平和で平穏な銀河を1日でも早く実現するうえで、力になってくれると信じている。だから捕虜には、出来るだけ手厚い待遇を与えようと思う。」

と、幕僚達に説明したものだった。

 捕虜達に装着された腕輪によって、全自動の監視は行われていた。逃亡や暴力や武器の所持などの、連邦軍の損害に繋がる行動に対しては、全自動の腕輪から電流の制裁が加えられるので、一定の束縛はなされているのだが、反乱に関わるような行動をとらない限りは、彼らは自由気ままにこの惑星の恵みを享受できるのだった。

 マヤは捕虜達と自分を見比べ、この世の理不尽を痛切に感じた。ビーチの木陰で、HSCを水着型にしたままで抱き合う捕虜のカップルを見た後に、3年も思いを寄せ合って来ているはずの男から、食事にすら誘われない自分を思うと、あまりに自分がみじめに見えて来た。

 どう見ても捕虜達の方が幸せそうではないか。なぜ私はこうして、一人ぼっちでみじめったらしく歩いているのだ。捕虜たちが我が世の春を寿いでいるのを横目に見ながら。

 あの男が少し積極的な行動に出ていれば、あの木陰で抱き合うカップルは、自分達だったかもしれないのだ。少しの積極性だけでそうなるかもしれないのだ。なのに、それなのに、あの男は・・。マヤは歯噛みした。

(なぜ食事に誘わない?)

 何回も同じ言葉を頭の中で繰り返しつつ、更にマヤが、深緑の並木を伝って歩いて行くと、オープンテラスに並べられたテーブルで、食事を採っている人々が見えて来た。例の「牛丼」の店だ。目を凝らすと、アックス提督の姿も見えた。

 紺碧色のパラソルで、恒星パリレオの陽光を遮りながら、大口を開けてさも美味しそうに牛丼を頬張っていやがる。そんなに美味いか!愛しの私を誘うより、一人で食う牛丼が、そんなにも良いのか!

 マヤは、胸中で毒づきながらアックスを睨み付けたが、彼が一人で食事をしているわけでは無い事に、すぐに気が付いた。彼の隣には、同じく牛丼を頬張っている、絶世の美女が座っているではないか。

「ぐぬぬぬぬ・・」

と、雷鳴のごとき怒りが、心の中に湧き上がったマヤだったが、その女には見覚えがあった。制圧した遊離星系オグサルラの住民代表で、アックスに彼女を会わせたのは、他ならぬマヤ自身だった。

 別に二人で食事をしている訳でも無かった。その向かいには、このパリレオ星系の住民代表者がいたし、アックスはその周囲を、第五艦隊が制圧した遊離星系の住民代表者達に取り囲まれていた。

 それらの遊離星系は、これまではヴォーラル公国の支配下に置かれ、圧政に苦しめられて来たのだが、第五艦隊の制圧下におかれてからは、大幅な自治が認められ、長らく求め続けて来ていた、自由と平和を謳歌する事が出来ているのだ。

 だから征圧とは言っても、実際は解放だった。ただ、各遊離星系の一部の宙域を、第五艦隊の駐留基地として使わせてもらっているのだが、多額の使用料を支払っているし、住民を戦闘に巻き込む事が無いよう、現地住民の居住宙域とは十分な距離を置いてある。

 アックス提督と食事をする、代表達の明るい表情からも、彼らが第五艦隊に何の不満も抱いていないどころか、彼らのプレゼンスを歓迎してくれている事が、よく分かった。駐留艦隊司令長官としての、アックスの行き届いた気遣いの賜物だろう。

 アックスが、忠実に職務をこなしているだけである事を確かめ、安堵したマヤだったが、その住民代表者への接待の席に、副官の自分が座っていても何も不思議ではないだろうと思うと、また別の怒りが湧き上がって来た。どうして私は呼ばれていないのだ。どういう訳で面識の薄いその者達は誘うのに、私はほったらかしなのだ。あのあほ男はどういう了見で、そんなにまでかたくなに、私にはこのような対応なのだ。

(なぜ食事に誘わない?)

 各遊離星系の住民は、古くからカーリア王国との交流があり、現在カーリア王国でヴォーラル公国軍へのレジスタンス活動をしている幾つもの組織とも、それぞれの星系の住民が、強いつながりを持っているのだった。だから、彼らとの交流を早くから深めて来た事は、カーリア王国内のレジスタンスとの連携を強化する事にも繋がり、彼等からもたらされる情報は、輸送経路遮断作戦に役立っていた。

 ああやって住民代表達に牛丼を振る舞うというのも、艦隊司令長官としての重要な責務と言えた。

 特にそれらの中でも、ヴォーラル公国の近くに位置する遊離星系の住民は、公国内の諸地域との往来も古くからあり、公国国民との密接な結びつきもあったので、敵国内に関する有益な情報が、彼らを通じて続々ともたらされているのだ。

 アックス提督は、かねてよりそのあたりの事情に明るかったようだが、カーリア王国解放作戦の発動に先立つ時期に、マヤに徹底した調査を実施してもらい、各星系の住民代表との直接のコンタクトも実現していた事により、遊離星系の征圧や輸送経路遮断や敵情収取などのこれまでの成果を、実にスムーズに上げて来ることが出来たのだった

 それに比べて連邦の首脳達は、これらの星系に関して何らの知識も情報も持ち合わせておらず、その為に、これらの星系を全く使い道の無いものと、相当軽視していた。実際ヴォーラル公国攻略のための兵站基地として使うには、規模が小さすぎて、収容可能な兵員数も不十分にならざるを得ないのは自明の事実で、ヴォーラル公国の早期攻略に躍起になっている連邦首脳にとっては、カーリア王国の解放こそが最優先課題となるので、これらの遊離星系には目もくれなかったのだ

 敵方にしても遊離星系への軽視は同様で、その事はこれらの遊離星系における防衛体制の希薄さに表れていた。一応名目上は、全てヴォーラル公国領となっていたのだが、本格的な基地も常駐部隊も無く、これらの星系にアックスの艦隊の艦船が向かった事は、索敵により察知していただろうが、特に反応は見せなかった。制圧されても大した支障はないと、ヴォーラル公国軍は考えたのだろう。

 敵味方を合わせても、これらの遊離星系に注目していたのは、アックス提督ただ一人だったし、今の所成果としては、輸送経路遮断と敵情の収集だけで、早期にヴォーラル公国を攻略してしまいたい連邦軍首脳にとっては、アックス提督の挙げた成果は、無意味なものと評価されていた。

 新たに制圧したワナ-チウ連星系の住民とも、第五艦隊駐留部隊は友好的な関係を築くことに成功し、住民の協力もあって基地の設営や補給物資の集積もスムーズに行った。

 そしてそこから進発した第五艦隊の各部隊によって、敵武装輸送船団の捕縛は加速して行き、パリレオ星系第1惑星の豊かな人工環境を謳歌する捕虜たちは、どんどん仲間を増やして行く事になったし、征圧した中では最もヴォーラル公国に近い遊離星系だけあって、ヴォーラル公国内に関する情報も、更に、格段に豊富になったので、輸送経路遮断と敵情把握の効率は劇的に向上したのだが、ヴォーラル公国の早期攻略の可能性が見えて来るという事は無く、連邦首脳に納得してもらえない状況に、変化は無かった。

敵情の収集で言えば、待遇の良さから、敵軍の捕虜の中にも進んで情報提供に応じる者が少なからずいて、アックスの下にはヴォーラル公国に関する情報が、盛大に溢れかえっていた。

「提督。連邦本部より、近くカーリア解放作戦の第二段が発動される模様で、輸送経路遮断や敵本国の情報収取も良いが、カーリア王国に駐留する敵戦力の削減や偵察活動などにも、もう少し戦力を傾けて欲しいと要請がありました。今輸送経路遮断の任に就いている部隊の幾つかを、カーリア王国内のヴォーラル公国軍に対する偵察や攻撃に振り向けてもよろしいでしょうか?」

 連邦本部からの指示を受けて、マヤはそうアックスに尋ねたが、

「え?ああ・・、カーリア王国ねぇ・・、それよりも一つやってみたい作戦があるんだけど・・。」

とマヤの発言を適当にはぐらかすような態度に出てきたので、

「提督!連邦本部からの指示ですよ!もっと真剣に考えて下さい!」

と、マヤとしても手きびしく言わざるを得なくなった。

「あぁ・・でも・・いや・・その」

(何で、3年も一緒にいる副官に、そんなにもビクビクするのだ?この男は。)

 そう思いつつも、この男のこんな態度を見ると、母性本能をくすぐられない訳にはいかないマヤは、

「で、やってみたい作戦って、何ですか?」と、穏やかに問いかけてやった。

「ヴォーラル公国本領に、巡航ミサイル攻撃を実施してみたいんだ。」

「巡航ミサイル?・・・効果のある攻撃にしようと思えば、かなり敵国に近づいて発射せねばならず、相当の損害を覚悟しなければならない作戦となると思われますが・・。」

「いやいや、遠くからで良いんだ。絶対安全な、こちらには全く損害も出ないような位置から発射すれば。」

「その場合、確実に、敵の本領防衛部隊によって、全弾が着弾前に撃破され、敵には僅かの損害も与える事は出来ないと考えられますが。」

「うんうん、それで良い。それで。本領攻撃で敵に損害を与えるって、それは一般市民を巻き込む可能性が出るだろ。それはいかん。敵にも味方にも、何の損害も無い攻撃にしたい。」

「敵にも味方にも何の損害も無い攻撃って、やる意味あるんでしょうか?」

 マヤの言いぐさは、ややつっけんどんになって来たが、アックスに対して失望したためではない。アックスが意味も無くこんなことを言うはずが無い事は、マヤにはよくわかっていたのだ。むしろ意味の分からない発言を彼がすればするほど、そこには何か深遠な策略が秘められているのだろうが、その真意が測りかねる事に、マヤは苛立っていたのだ。マヤとしては、アックスの考えは全て汲み取れる副官でありたいと思っていたから。

「とりあえず、敵の様子を見てみたいだけなんだよ。ミサイルを撃ち込んでみて、敵がどういう反応を示すか。へへへ・・。」

と、悪戯を企んでいる悪ガキの様な態度で、マヤに作戦計画を説明する艦隊司令長官に、

「ミサイルを撃ち込んで様子を見た後は、カーリア王国解放の件も考えていただけますか?」

とやや威圧的に言って見せた。

「ああ・・、うんうん、そうだな。ミサイルを打ち込んで様子を見れば、カーリア王国に関する方針も、おのずと決まってくるかもしれないし・・。」

「・・・?」

 やはりマヤには分からない。この男、何を企んでいるのだか。ミサイルを撃ち込む事で、敵の戦力を本領の防衛に向けさせ、その分カーリア王国を手薄にさせようという考えなのだろうか?ともかくもマヤは、アックスの作戦の実施に向けて、行動を起こしてやることにしたのだった。 

 そして巡航ミサイル発射作戦は実行されたが、その答えが出るのには数か月を要する。発射したミサイルが、標的とした敵国の軍事施設に到達するのに、数か月かかるのだ。それが「安全な距離からのミサイル攻撃」というものだ。数兆キロメートルも後方からのミサイル攻撃なのだ。


 ほとんどの者が無意味と思った攻撃で、しかも安全な距離からミサイルを放つだけと言う、極めて簡単で緊張感も何もない作戦だったので、輸送経路遮断作戦に忙しい艦隊の兵員達は、すぐにもそんな作戦を実行した事すら忘却してしまい、来る日も来る日も敵武装輸送船団の拿捕に心血を注いでいたが、数か月後、ミサイル攻撃が挙げた効果についての情報を得るに及んで、マヤ達はアックス提督の慧眼の鋭さに戦慄を覚える事になった。

 ヴォーラル公国内に反戦論が台頭し、爆発的な盛り上がりを見せているという情報が、アックスが獲得していた複数のルートからもたらされたのだ。公国の政府首脳部の中に、即時降伏を声高に叫ぶ者すら現れたとの情報もあった。

「あと一息で、ヴォーラル公国に降伏を受け入れさせることが出来るかもしれません。ほんの少しの圧力でそうなってもおかしくない情勢に、ヴォーラル公国は至っています。あんなミサイル攻撃で、このような効果をもたらす事が出来るなんて、想像もしませんでした。凄いです、提督!」

とレイア軍曹などは、単純無邪気にアックスを称えたが、マヤは、これまでのこの男の行動が、この事を狙ってのものだったのかと思い、空恐ろしい心持にさせられたのだった。

遊離星系の詳しい情報が欲しいと、カーリア王国解放戦が始まる以前に言っていたのは、カーリア王国を兵站基地にする攻略法では無く、より制圧の簡単な遊離星系を獲得しながら、敵にも味方にも、戦況に大きな影響を与える行動では無いと思わせながら、徐々に敵国に近づいて行き、いつの間にか喉元に(やいば)を突き付けた状態に持ち込む、という戦略があっての事だったのだろうか。

いくらヴォーラル公国に近づいたとは言え、遊離星系を確保した位の事が、敵の喉元に刃を突きつけるような効果をもたらすなどとは、敵も味方も誰も考えなかったはずだ。何と言っても、遊離星系に駐留できる程度の兵力では、敵国内の数万に及ぶ星系の1%も征圧出来ないどころか、敵の本領防衛戦力を突破する事さえ不可能だろう。だから、近くの遊離星系を確保した位の事で、直接ヴォーラル公国本領に手出しをするなどという事は、あり得ないと、誰もが決めつけていたのだ。

だが、いざそのあり得ないと思われていた攻撃を仕掛けてみると、攻略も防衛線突破も不可能である事に変わりは無いのだが、ヴォーラル公国国民の恐怖心をあおり、厭戦気分を高め、停戦・降伏へと世論を誘導するという効果をもたらしたのだ。敵国の心の内面に対する攻撃だったと言ってもいいだろう。軍事的な効果や勝利しか念頭に置いていない者では、こんな作戦は発案し得なかったであろう。アックスが並大抵の軍人達の思考能力から、一歩秀でている事が示されたと言えるかもしれないと、マヤは思った。

 この男は当初から、軍事占領という力づくの攻略では無く、敵国世論を誘導することで、敵の方から降伏を申し出るように仕向ける、という巧妙なやり方を念頭に置いていたのだろうかと思うと、マヤはその並外れた思慮遠望に、ゾッとさせられるのだった。

「もともと敵国には、厭戦気分が広がりつつあったんだ。ムイナ国侵攻も、公国国民にとっては、多くの若者を兵員に取られる事になっていたので、カーリア解放作戦の発動以前から、敵国内には不満がくすぶっていたんだよ。」

と、会議の席上でアックスは、幕僚達に説明した。

「それが更に、輸送経路遮断による経済の混乱や、物資の不足などで、不満がくすぶるという状況から一方踏み出して、停戦を求める声が徐々に上がるようになって来ていた。公国政府上層部にも、早期停戦を唱える反戦論者が登場しつつあった。」

 遊離星系確保によってもたらされた、豊富な情報から、そんな敵の内部事情を、この男は詳細に把握していたのだ。遊離星系を確保する事で、ここまで敵の内情を詳しく知る事が出来るという事に、カーリア王国解放作戦発動以前から気付いていた事も、この男の戦略眼の鋭さの一つと言えるだろう。それに、そこまでの情報収集力を早くから求めていたという事は、敵国世論を降伏に導くというのが、相当以前から考えられていた策略であった事の傍証ともなる。

その情報の収集整理の補佐をして来たマヤも気付かない内に、この男は、これほどまでの思慮遠望な戦略を推し進め、敵国世論の微妙な変化までをも観察し続けていたのだ。

「我々の放ったミサイルが、敵領内で撃破されたのは、まさにそんなタイミングだった。百年以上に渡って公国は、公国本領がどこかの国の軍に攻撃にされるという経験をして来なかったし、国そのものはムイナ国始め、あちこちに軍を送り込み、手広く戦争を繰り広げていたのだが、国内で生活する公国国民は、戦争とは無関係な日常を過ごして来た。そこへ来て、公国本領にミサイルが撃ち込まれ、全弾撃破したとはいえ、本領防衛部隊が出動する事態に至ったという事は、いよいよ戦争が身近に迫ったという認識を、公国国民に強く印象付け、恐怖心を煽り立てたんだよ。」

 そんなアックスの説明を聞き終えた幕僚達は、

「遊離星系確保にそんな目的があろうとは、全く気付いておりませんでした。提督の慧眼には恐れ入るばかりです。」

「ただ敵の首をじわじわ絞めているだけでなく、一気に降伏にまで追い込む算段だったなんて、提督は恐ろしいお方です。」

 などなど、口々にアックスを褒め称えた。

レイア軍曹なども、

「やっぱり提督は名将ですねぇ。四個艦隊を失って以来、連邦軍首脳は事実上、思考停止状態になっていたとも言える状況の中で、提督だけにはヴォーラル公国攻略の方法が見えていたんですね。」

といって、感心しきりだった。それに対してアックス提督は、

「ああ。まあ、現段階ではまだ、褒めてもらうには当たらないよ。具体的な成果は何も挙がってはいないんだからね。反戦や降伏受け入れの世論が、一部に出てきただけの現状では、楽観的にもなれない。」

と、大して喜ぶそぶりも見せず、むしろ皆の気持ちを引き締めるような発言をし、

「とにかく巡航ミサイルによる攻撃は反復しよう。その一方で敵に降伏を呼びかける活動も始めよう。連邦の上層部に掛け合って、早期にヴォーラル公国が降伏を申し出てくれば、その分先方に有利な条件で停戦条約を締結してやれるように、取り計らってもみよう。飴と鞭を上手く使い分けて、ヴォーラル公国内の世論を、降伏の方に誘導して行くんだ。」

と、沈着冷静な態度で、更なる作戦行動への意欲を高めるような発言をして見せた。なかなかに優秀な指揮官ぶりだとマヤも思ったものだ。

 だが、会議が終わり、幕僚達が、同じ指令室にいるとはいえ、彼の方に注目を集める状況では無くなると、アックスは例の如く褒めて欲しそうな、自慢気な眼差しでマヤの方をちらちらとみて来るようになった。

(どうだい、どうだい、僕の戦略眼は。驚いただろう!意表を突かれただろう!こんな成果は想像だに出来なかっただろう!)

そんな心の声が聞こえて来そうな顔つきで、何度も何度もマヤに視線を送って来るのだ。幕僚達やレイアからの褒め言葉は、軽く受け流して見せたくせに、マヤに対しては褒め言葉を自らねだるような態度を見せているのだ。

 他の幕僚達やレイア軍曹に見せる落ち着いた態度と、自分に対して見せるこの子供じみた態度が、マヤをしてこの男の彼女への想いを、改めて確信させた。

 それに今回ばかりは、副官としては褒めない訳にはいかない程の成果だった。数千万の兵を投入せねば攻略できないと思われていた敵国を、降伏という形で一兵も投入する事無く陥落させられる可能性が出てきたのだ。武力制圧ともなれば、敵味方に甚大な被害も出るし、犠牲者の数も尋常なものでは済まなかっただろう。しかし敵が降伏してくれれば、それらの損害や犠牲も無くて済むのだから、敵国の降伏が実現すれば、この上も無い大金星だと言えるだろう。

 褒めて欲しそうな顔のこの男を、お望み通り褒めてやるというのは、マヤにとっては危険な行動なのだ。また調子に乗って、嬉しさを露わにした態度を皆の前で見せられては、2人の思いが周囲の知る所となってしまい、何の進展も無いままに好奇の視線を集めるという、極めて格好の悪い事態に陥るかもしれないからだ。だが、今回ばかりは仕方が無い。そう思って、

「正直、今度の情報には驚かされました。提督の慧眼がこれほどのものとは、3年間も副官を務めて来て、気付きませんでした。恐ろしいほどの思慮遠望だと言わざるを得ませんね。」

と言ってやった。するとどうだ。

「そうだろう、そうだろう。やっと少尉にも分かってもらえたか、僕の凄さが。いやぁ、満足満足。」

と、見ている方が恥ずかしくなる程の、バカみたいな喜び方をしやがる。幕僚達に気付かれはしないかと、ひやひやする。

 ひと言褒められてそんなに嬉しいのか。幕僚達やレイア軍曹に褒められても、軽く聞き流すのに、私の褒め言葉はそんなにも嬉しいのか。私の言葉がそんなにも心地よいのならば、それをもっと大量に浴びる事が出来るシチュエーションに持ち込めば良いではないか。幕僚達の目が届かない場所でならば、もっともっと褒め千切ってやってもいいのだぞ。言葉の限りを尽くして、手を変え品を変えてあんたを誉めそやし、嬉しがらせてやる事は、こっちにとっても望むところなのだぞ。

そうなればあんたは、天にも上ったような快感を存分に味わうことが出来るんだ。その為にやるべきことは、天国のごとき心地よさを享受する為に必要なことは、たった一つなのだ。その一つの事を、あんたは今ここで実施すべきなんだ。至福の喜びに満ちた天国への扉が今、あんたの目の前に横たわっているんだ。カモーンッ!カモンッ、ナーウ!

 そんなマヤの思いも虚しく、その日もアックスは任務が終了すると同時に、牛丼屋めがけて、一人で指令室を出て行ったのだった。

 ひと言褒めてもらうだけで、あんなにも喜びを露わにする程の、愛しの私を後に残して、どうして一人で牛丼を食いに行く・・・?

(なぜ食事に誘わない?)


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