何を企んでいるのよ
「突発的な出来事」とアックス提督が言う、パリレオ星系攻略であったが、マヤにはアックス提督が、ずっと以前からこの作戦の発動を狙っていたように思えた。
カーリア王国解放戦に向けて、連邦の将校たちが血眼になって、カーリア王国内やその周辺宙域の情報収集に勤しんでいる時、アックス提督だけは副官であるマヤに、P-43コーム上にある遊離星系に付いて、それもカーリア王国に出来るだけ近いところにあるものや、カーリア王国とヴォーラル公国の中間にあるものに付いて、可能な限り詳しい情報を収集し整理するように、またそれらの星系の住民代表とコンタクトを取れるように、命じていたからだ。
いや、命じたというのは少し違う。
「この辺の遊離星系の事、知りたいなぁー。詳しく分かると、嬉しいなぁー。住民の代表に会えたりしたら、助かるなぁー。」
と、この男は独り言のようにつぶやいただけだ。それをマヤが汲み取り、徹底的に詳細にそれを調べてやったり、それらの星系にスパイを送り込んだり、住民代表を連れ出してきてアックスに合わせてやったりしたのだ。
完全にマヤに甘ったれた態度だったが、司令官なのだからきっぱりと命令すればいいようなものなのだが、この男はいつも、マヤに対しては弱気で遠慮がちで、正面切って命令というものをしない。司令官が副官に命令一つできないでどうするのだ、と言いたくなるのだが、命令する事がお前の仕事だろう、と言ってやりたくもなるのだが、この男の「独り言」を何も言わずに汲み取ってやって、マヤはいつも的確な仕事をしてやるのだった。
いつまでも副官に遠慮が抜けず、びくついた態度を見せる事や、命令しなくても「独り言」を汲み取ってもらえると思って甘えていることに、マヤはイラつきを覚えながらも、やってあげずにはいられないし、甘ったれた期待に応えてやることに、喜びを感じてさえいたのだ。
それにしても、そんな事を調べて何になるのだと、いぶかしく思ったものだが、その時は、いつものアックス提督の気まぐれだと、大して気にも留めずにいた。しかし、パリレオ攻略が鮮やかに成功した後になって考えれば、そのころからこの男は、カーリア王国解放の失敗を予期し、次善の策としてその近くにある遊離星系を確保する作戦を準備していたのだと、マヤには思えるのだ。
だとすれば、恐ろしいほどの洞察力と先見性だと言えた。誰もが成功を疑わない作戦の失敗を早くから予測し、その穴を埋める作戦を周到に準備していたのだから。
それだけの洞察力と先見性があれば、副官の淡い期待に応える事くらいは容易なはずなのに、この男は、愛しの私の為にその能力を使う気はないのか、とマヤはつくづく思うのだ。それを使えば当然実現しているはずの事が、3年にも渡って実現していない事を、マヤは歯がゆく思わざるを得なかった。
(なぜ食事に誘わない?)
カーリア王国解放作戦が発動された時にも、アックス提督は1人でそれに反対を唱えていた。解放戦に挑むその背後を突かれる危険性を指摘したのだが、連邦軍首脳はそんなことはあり得ないと言って聞かなかった。ヴォーラル公国にそのような余剰戦力は存在しないと。だが、存在したのだ。
連邦軍を直接壊滅に追い込んだのは、ムイナ国侵攻の為に派遣されて行ったと思っていたヴォーラル公国軍の二個艦隊であり、それらが途中から、ムイナ国内のヴォーラル公国占領下の宙域に敷設されたタキオントンネルを使って、カーリア王国に引き返して来たのだ。ガンガー星系に突入を図っていた連邦軍艦隊は、その二個艦隊に背後を突かれた事で、歴史的とも言える大敗北を喫したのだ。
連邦軍首脳陣は、ムイナ国侵攻の為にカーリア王国を通り過ぎ、P-29コーム上をジャンプして去って行ってしまったヴォーラル軍の艦隊の事など、完全に忘却しており、眼中になかった。それがタキオントンネル航法で密か戻って来るなどとは、全く想像出来なかったし、タキオントンネルでの接近は探知する術がないので、敵が間近に迫るまで、連邦軍は敵の接近に気付くことが出来なかった。
ムイナ国とカーリア王国首都ガンガー星系がタキオントンネルで結ばれている事や、そのタキオントンネルが現状はヴォーラル公国の支配下にある事は、従前から知られており、P-29コーム上をジャンプして去って行った艦隊が、タキオントンネルを使って戻って来ることが可能であるというのは、少し考えれば分かる事だが、ヴォーラル公国とムイナ国との戦況を考えると、ムイナ国に向かって行った二個艦隊は、そこでの作戦に忙殺されるはずで、それがカーリア王国に戻って来る可能性など、考える事は誰にもできなかったのだ。
連邦軍は、銀河中心から派遣したバルジ第一・第二艦隊には、ガンガー星系を球状に立体包囲させ、突入させる一方で、第三・第四艦隊にはカーリア王国内に広く展開させ、王国内に散在している敵兵力への牽制としたのであるが、突入戦の真最中に、その引き換えして来たヴォーラル軍の二個艦隊に背後から攻撃され、第一・第二艦隊は、反撃行動に移る前に半数近くを撃破され、残った艦船も散り散りに遁走した。
小集団に分かれて、広くカーリア王国内に展開していた第三・第四艦隊は、密集して挑みかかる敵二個艦隊のテトラピークフォーメーションに捕まり、各個に撃破された。敵艦隊に遭遇した不運な約半分の小集団が、取り囲まれ袋叩きにされて殲滅され、敵に遭遇しなかった幸運な小集団は、脱兎のごとくカーリア王国を後にして、尻尾を巻いて39号ワームホールまで逃げ帰って来た。
そんな総崩れの連邦軍にあって、予備兵力として各方面への警戒に当たっていたアックスの第五艦隊は、敵の奇襲を免れた。
第一~第四艦隊壊滅の報を受けるや否や、即座に艦隊を集合さると共に二手に分け、一隊は味方の逃げ道に当たる宙域にワープアウトし、深追いして来た敵艦隊を待ち伏せ、要撃し、痛打を与えた。もう一隊がパリレオ星系攻略に向かったのだ。
カーリア王国解放戦の背後を突く敵兵力の存在など、絶対に無いと断言し、念のためにとアックスに強く言われ、第五艦隊の予備兵力としての投入を、渋々に認めたのが、連邦軍首脳だったが、その予備兵力によって命拾いし、首の皮一枚つながった状態になったのである。
逃走する連邦艦隊を追撃して来た敵艦隊を、第五艦隊が要撃した事により、大敗北の割に損害が、比較的軽く済んだ上に、敵艦隊には、当分の間は積極的な作戦行動は不可能なほどの損害を与えたのだ。パリレオ星系という、小さくはあるが足掛かりを残す事も出来た。
そんな連邦軍首脳にとっては、恩人的な存在のアックス提督が、次に主張した作戦にも首脳は驚かされたが、恩人の言葉とあらば聞かざるを得ない。
そして実行されたのが、カーリア王国とヴォーラル公国の中間にあり、ヴォーラル公国の支配下に置かれていた、幾つもの遊離星系の制圧と基地化だった。
早い段階から、それらの遊離星系についての熟知を図り、住民代表とも意思の疎通を重ねて来ていたおかげで、その作戦はとんとん拍子に進んだ。住民の積極的な協力の下での敵兵力の排除や基地建設は、驚くほどにはかどったのだ。
その事については、アックス提督はこの上も無く、マヤに感謝したものだった。
「マヤ少尉!いやー助かったよ。君がびっくりする程詳細な情報を集めてくれていたり、現地住民代表として、本当に人望を集めている有力な人を、上手く敵領から連れ出して来て、会わせてくれたおかげで、遊離星系征圧がこんなにも順調に進んだよ。本当にありがとう。持つべきは有能な副官だよなぁ。感謝感謝!」
そう言われたマヤは当然、悪い気はしなかったのだが、そんなにも感謝している有能な副官に対して、当然あるべき行動が、このあほ男には欠落しているのだ。
ただ職場で、雨あられの如く謝辞と褒め言葉を浴びせかけただけで、その日も一人でのこのこと指令室を後にし、牛丼を食いに行きやがったのだ。
だからマヤの心に残った思いは、例の如くだった。それだけ褒めておいて、それだけ感謝しておいて・・・。
(なぜ食事に誘わない?)
大敗北の穴を埋めてもらった手前、アックスの提案した作戦に、正面切って反対は出来ない連保軍首脳だったが、それらの星系征圧の意味を理解する事は、出来ずにいた。ただ防御の薄く制圧しやすい星系を、目的も無く手当たり次第に陥しているだけだとしか見ていなかった。
遊離星系を幾つか抑えたくらいでは、ヴォーラル公国攻略の後方兵站基地としては、規模が小さすぎて不十分だし、防御力が薄い為に、敵に反攻に出られれば、ひとたまりも無く奪還されてしまうので、そこを基地化する事は無意味だと考えていたのだが、そこを前進基地にした輸送路遮断作戦が功を奏して、敵ヴォーラル公国の首を、じりじりと締め上げる事には成功しているのだ。
だがその成功に、連邦軍首脳が納得するはずも無かった。
「長期戦に持ち込んだのでは、駄目だ。一刻も早くヴォーラル公国を攻略しないと、銀河全域の戦況が我々にとって不利になりかねない。帝国陣営の一角を、一刻も早く突き崩さないと、銀河各所で、持ち堪え切れなくなる味方の部隊が続出しそうなのだ。今回の四個艦隊壊滅という大敗北で、味方の士気は下がり、敵は勢いに乗っている。それを覆すには、早期のヴォーラル公国攻略しかないのだ!」
といった感じで、連邦首脳はアックス提督に圧力を掛けて来るのだが、それに対して、
「善処します。」
と、いかにもテキトーな返事をしておいて、マヤの前で愚痴をこぼすのが、このあほ男の日常だった。
「あんなことを、この僕に言って来てもねぇー、他の戦域の状況とか、四個艦隊の壊滅とか、僕のせいじゃないじゃないか。なんで僕がその穴を埋めて、ヴォーラル攻略なんて重い責任を背負わなきゃいけないんだ?大体いつの間に僕は、ヴォーラル公国攻略の総司令になったんだ?そんな辞令を受け取った覚えも無いのに。」
例によって、マヤに甘えたい、マヤに構われたい、マヤに慰めの言葉を掛けてもらいたい、そんな思惑が見え見えの体たらくだ。恐らくこの男は、四個艦隊壊滅も予測していたし、だからこそ事前に遊離星系の情報を集めていて、それらの攻略を簡単に成功させたし、そうなれば彼がヴォーラル公国攻略戦の総司令的な立場になる事も、初めから予想していただろうと思えるのだ。
輸送経路遮断作戦にしても、カーリア王国解放戦の発動以前から考えていた作戦だと思えるし、そんなまだるっこしい作戦では連邦軍首脳達が納得しない事も、分かり切った上で、やっているのだろうと思っている。更に、輸送経路遮断のその先の行動についても、何か考えを持っているはずだと、マヤは推察している。だとすれば、首脳達からの圧力も予想通りで、それに対して、大きなストレスも感じていないだろうに、マヤの前でこんなにも弱り切っている様を見せ、愚痴をこぼすというのは、マヤに甘え、慰めの言葉を待っている以外には考えられない。だから、
「カーリア解放部隊で、唯一生き残ったのが第五艦隊のみで、その艦隊司令が提督ですので、必然的に提督がカーリア解放、そしてヴォーラル公国攻略の総責任者とならざるを得ないのです。」
とマヤは、アックス提督の愚痴に、冷静に答えてやった。
「そ・・そんな・・そんな事言われても・・ねぇ・・。俺はもともと予備兵力の司令官だよ。四個艦隊の奮戦を、後方から高みの見物するつもりだったのにねぇ。なんでこうなっちゃうんだろ。」
といつもの如く、マヤの冷静な発言にはたじたじになりながら、甘ったれた態度で独り言のようにつぶやき、慰めの言葉を掛けてもらうのを待っていやがる。
そんな態度にイライラを覚える一方で、母性本能をくすぐられてしまっている事を自覚しているマヤは、必死で冷静を装いつつ、
「一艦隊の司令長官というポストに就いておられるからには、こういった事にも責任持って対処してもらわないと、困ります。」
と言って窘めてはみたものの、弱気な上目遣いで見つめ返されると、
「まあ、それにしても、四個艦隊喪失の失態は連邦軍首脳にある訳で、あのように圧力をかけては来ていますが、カーリア王国解放やヴォーラル公国攻略の実際的な方策は、最終的には首脳の方でも考えているとは思います。その可能性が僅かにでも残ったのは、こうしてパリレオ星系を制圧しているからで、提督は十分に責任を果たしているとも言えますね。」
と、結局はアックス提督の望み通りの言葉を掛けてしまっていた。
アックスのアホ面に安堵と喜びの色が広がった。
(やられた・・。また良いように振り回され、踊らされてしまった。怜悧な発言で貫くつもりだったのに、甘ったれた視線に押されて、結局お望み通り、慰めの言葉を掛けてしまって、調子に乗せてしまった。)
鼻歌を歌いだすほど機嫌のよくなったアックスの横顔を見て、内心で毒づいているマヤだが、彼女の心にもまた、アックスの朗らかな態度を見るにつけ、イライラの裏側で、喜びの感情も広がっているのだった。
「連邦本部からは、未だ正式な方針や作戦計画は伝えられて来ません。体勢を立て直して再びカーリア王国解放戦に臨むか、いっそカーリア王国を素通りして、兵站基地無しで直接ヴォーラル公国に攻略軍を送り込むかで、意見が割れているようです。」
とのマヤの報告に、ワナチウ星系征圧が決定した数日後の幕僚会議でアックス提督は、
「どっちも愚策だね。」
と、ぼそっとつぶやいた後、「ワナチウ星系の方はどうなった?」
と、急に明るい声色になって尋ねた。
ぼそっとつぶやいた瞬間のアックスの表情には、マヤはゾッとする程の凄みを感じた。
誰かの作戦を真っ向から否定する時にはたいてい、この男の頭の中には別の作戦が完成されているのだ。3年間副官を務めて来て気付いた事だった。そして、彼が否定した作戦は失敗し、その後彼が実施した作戦は成功するのが常だった。
カーリア王国解放に四個艦隊を投入する作戦も、彼が否定して失敗し、その後彼が実施したパリレオ星系攻略と輸送経路遮断作戦は成功した。
連邦本部が検討している作戦を「愚策」と言い切ったという事は、輸送経路遮断の先の作戦どころか、彼の胸中ではもうすでに、ヴォーラル公国攻略に至るまでの道筋が、見えているのではないかとマヤには思えたのだ。この男は全てを、先の先までを、見切っていると。
「ワナ-チウ連星系は既に征圧が完了し、簡易な基地やタキオントンネルの設置が開始されました。」
とのレイア軍曹の報告に、
「そうか!じゃあ更に盛大に、更に徹底的に、輸送経路遮断を継続しよう。本日の会議はこれで終わり!」
と、実に嬉しそうに言ってのけるアックス提督の顔を見ると、マヤ達の不安を他所に、自分だけが先の先まで見極めて、喜んでいるのではないかと思えて来るのだった。
「会議の終了を宣言するのは私の任務です。勝手な行動は慎んでください。」
イラついたマヤは、精一杯棘のある声色でアックスを突き刺してやった。
「あ・・ああ・・、すまん、すまん・・」
と、急転直下でへこむアックス。副官の一言で、ここまでへこむ司令官など、他にはいるまい。