挙動が意味不明なのよ
敵武装輸送船団の補足に成功した事例は、敵であるヴォーラル公国とカーリア王国との間にある、幾つかの遊離星系を制圧して以降の3か月で、67件目だった。
「敵国の輸送経路の遮断に、十分に成功していると言って良いでしょう。」
翌日の幕僚会議の席上で、マヤはアックス提督を始めとする幕僚たちに報告した。
「敵であるヴォーラル公国の国内経済に深刻な打撃を与えるだけでなく、ヴォーラル公国が遂行中の、ムイナ国侵攻作戦に対しても、カーリア王国の占領維持に対しても、補給路の遮断という効果をもたらしています。」
そう説明するマヤを、アックス提督はうっとりとした眼差しで見つめていて、それに気付くとマヤは、急に、気まずいような、気恥ずかしいような心持ちになって来た。
(そんなにじろじろ見るな。他の連中にあんたの気持ちがバレてしまうだろう。)
何の進展も無いままに、周囲に2人の思いが知られるのを嫌うマヤには、こんなみんながいる場で、そんな目で見つめられるというのは、恥ずかしい以上に恐ろしい行為だった。
(じろじろ見る前に、やる事があるはずだろう。ちゃんとした進展さえあれば、いくらでも好きなだけじろじろ見せてやるし、どんな場所でどんな場所をどれだけ激しく凝視しても、何も問題は無くなるのだぞ!)
そうなる為に必要な行動をとればいいものを、この男はやろうとしない。こんな目でじろじろ見てくるくせに、やるべきことをやろうとしない。マヤは不思議で不満でたまらない。
(なぜ食事に誘わない?)
アックスの艦隊が展開する宙域は、P-43コームと連邦が名付けたスペースコーム上にあり、そのスペースコームは、連邦支配下の39号ワームホールからヴォーラル公国にまで伸び、その途上にあるカーリア王国を突き抜けるように横切っている。
ヴォーラル公国にとっては、カーリア王国や更にその先にあるムイナ国との間で、人や物資の運搬を行う事は、欠くことのできない必須事項で、その為には、P-43コームはとても重要な輸送経路なのだ。そして、そのP-43コームを使ってヴォーラル公国とカーリア王国の間を航行する船団を、次々に拿捕する事で、アックスの艦隊はヴォーラル公国の物資輸送を遮断しているのだ。敵にとってはさぞ迷惑なことだろう。
(でも、いつまでこんな作戦を続けるのだろう。こんなことをしていていいのだろうか?)
という疑問を、マヤは持たざるを得なかった。
「一刻も早く、ヴォーラル公国を攻略しなければならないのでしょう?」
と、その日の幕僚会議に先立って、マヤはアックス提督に尋ねた。
「銀河全体の戦況を、連邦に有利な状態にするには、ヴォーラル公国の早期攻略が絶対に不可欠だと、連邦軍首脳の意見も一致しています。輸送経路遮断などを、のんびりとやっていていいのでしょうか?確かに一つ一つの拿捕作戦は鮮やかに成功し、輸送を遮断された敵国の経済にも深刻な影響を与えているようですが、そんな時間のかかる攻め方をしていては、早期攻略という連邦軍の要求には答えられないのではありませんか?」
「そ・・そうはいってもねぇ、ヴォーラル公国の早期攻略の為の、後方兵站基地確保を目的に実施した、カーリア王国解放作戦が大失敗に終わったんだから、早期攻略は難しくなっちゃったんだよねぇ。それは僕の責任じゃないのじゃないか?」
「責任という事になれば、それは提督には帰属しないかもしれません。しかし、ヴォーラル公国を早期に攻略しなければ、連邦がどんどん不利になるという事実は動かせません。」
連邦が銀河各所の戦局で不利になり、最悪、帝国に敗北するようなことになれば、銀河は再び恐怖と暴力に支配された、暗黒時代に逆戻りしてしまう事になる。帝国に歯向かった者達は一人残らず粛清の対象となり、惨たらしい殺され方をするのだろう。
マヤの両親もその中に含まれるから、そんなことは絶対に避けたいところなのだ。その為には、何としても連邦軍は勝利せねばならず、だからこそ、ヴォーラル公国の早期攻略を、何とかして達成する必要があるのだ。その為に今、唯一残されている希望が、アックス提督率いる第五バルジ艦隊なのだ。
「銀河中心からはるばる回航してきた、虎の子のバルジ艦隊の4個艦隊を壊滅させられたのは、連邦軍首脳の作戦の出来が悪かったからで、その為にカーリア王国解放もヴォーラル公国の早期攻略も頓挫しちゃったんだろ?それを、たった一つ残った僕の艦隊にどうにかしろって言われてもねぇ。こうして輸送経路遮断をやって、ヴォーラル公国の戦力を削いでるだけでも、十分な手柄だと思うけどなぁ。」
(被害者面で困った顔しやがって、何を甘えていやがるんだ。)
マヤは、アックスが輸送経路遮断から先の作戦を考えていない、などとは思っていなかった。それどころか、間違いなく、何かとてつもない考えを秘めているはずだと思っていた。だが、作戦によっては、副官にもその全貌を明かせない場合もある事くらいは、マヤも重々承知している。だから、考えている事の全貌を明かしてもらおうとまでは、思わない。しかし、先の展開が不透明なのは、不安が募るのだ。このまま輸送経路遮断だけ続けていては、連邦軍はどんどん不利になっていくのだから。考えがあるのなら、あるという事実くらいは明かしてほしい。内容をはっきりとは言えなくても、考えがある事をほのめかす位は、して欲しい。
それなのに、今のアックスの態度は目に余る。何か考えがあるという事をほのめかす事もしないだけでなく、ただ言い訳じみた言葉を並べて見せるというのは、マヤに甘えたい一心での所業としか思えない。そしてそれは今に始まった事では無い。この男はずっとこんな調子なのだ。
何も困っていないのに困った顔をして、マヤの同情を買おうとか、マヤの気になっている事を敢えて教えないようにして、マヤに色々質問をしてもらい、少しでも長く構ってもらおうとか、そんな甘えた心根が見え見えなのだ。構って欲しいなら、そんな姑息なことをしなくても、やるべきことをやればいいのだ。そうすればいくらだって、気の済むまで構ってやってもいいと、マヤは常々思っているのだ。しかし、あほ提督は、その為の行動に、一向に打って出ようとしない。
(なぜ食事に誘わない?)
「では、今日の幕僚会議では、輸送経路遮断作戦に関する状況説明だけで、よろしいのですね。」
そんな一言で話を切り上げる事で、マヤはアックスの姑息な甘えを切って捨て、会議で話し合うべき情報を整理する作業に取り掛かった。
銀河中心のものを含め、全てのワームホールを制圧下に置いている連邦軍は、P-43コームが39号ワームホールと接続しているおかげで、P-43コームには自由に、銀河中心だけでなく銀河中の艦隊を送り込む事が出来る。
バルジ艦隊と呼ばれる、銀河中から集められた艦船で構成された、銀河中心部分に配備されていた銀河連邦軍の八個艦隊の内、アックスの艦隊を含む五個艦隊が、銀河中心のゼロ号ワームホールに飛び込み、39号ワームホールから飛び出し、P-43コームを伝ってスペースコームジャンプを繰り返し、カーリア王国近傍にまで進出して来たのだ。
カーリア王国を素通りして突き進めば、敵であるヴォーラル公国にまで到達することもできる。ワープ航法は途中にある宙域を飛び越えて進めるので、P-43コームを完全に塞ぐ形で横たわっているカーリア王国も、ヴォーラル公国に向かう上での障害とはならない。
アックスの艦隊は、ヴォーラル公国にまでは至っていないが、カーリア王国を飛び越え、カーリア王国とヴォーラル公国の間の宙域の遊離星系を制圧・確保し、そこを前進基地に輸送経路遮断作戦を実行中なのだった。
第3次銀河大戦勃発以来、虎の子として温存して来たバルジ艦隊を投入したからには、銀河連邦軍は勝負に出たという事だ。
銀河中の至る所で、連邦軍と帝国軍は一進一退の膠着状態を続けており、それを打破し、帝国陣営を切り崩していく為の決め手として、銀河連邦軍はヴォーラル公国の攻略に乗り出したのだ。
帝国陣営は、ギヨーム帝国と五つの公国によって構成されており、ヴォーラル公国はその五つの公国のひとつで、隣接する、連邦構成国の一つ、ムイナ国への侵攻作戦を継続中だ。
「敵ヴォーラル公国軍は、我々のいるP-43コームから更に、P-29コームを使ってムイナ国の、ヴォーラル公国から見て最も遠い部分にも艦隊を多数送り込み、ムイナ国を2方向から挟み込む形で、侵攻作戦を展開していますが・・、」
幕僚会議の席上での、マヤ少尉の説明は続いていた。
マヤが説明する間に、会議の円卓の中央に立体画像が浮かび上がり、P-43コームとそれにT字型に接続しているP-29コームが、光の筋として表示された。といっても実際には、円卓上に何かがあるわけでは無く、会議出席者の装着しているコンタクトスクリーン上に現れた映像が、円卓の上に立体図形が浮かんでいるように、出席者たちに見せているのだが。
「カーリア王国とヴォーラル公国の間の輸送路を遮断されれば、ヴォーラル公国は、P-29コーム経由で輸送されて来た、ムイナ国からの収奪物資を公国内に運び込む事も、ムイナ国進行部隊へ補給物資を送り届ける事も困難となり、国内経済もムイナ国との交戦も、維持して行くのは厳しくなるでしょう。提督、何かご意見は。」
冷徹で事務的な口調で、マヤは艦隊の司令長官であり、当然この会議では最終意思決定権者であるアックス提督の方を見たが、アックスはマヤの視線に、明らかに動揺し、ドギマギした仕草を見せている。
マヤは内心で呆れた。この男はいつもこうだ。ちょっと詰問調で何かを尋ねると、びくついた態度になるのに始まり、皆の前で、真顔で話しかけたり、冷静な声色で呼びかけたりすると、あたふたしたりドギマギしたりという醜態を曝しやがる。3年も司令官と副官という関係を続けてきたにもかかわらず、いつまでたっても打ち解けた雰囲気が現れず、マヤの真顔に怯えや戸惑いの反応を見せる。
その一方で、笑顔で優しく話しかけてやると、必要以上に調子に乗ってウキウキの態度を見せるし、少しでも長く構ってもらおうと、姑息な策を弄しやがる。私はいつも笑顔で話しかけてなきゃいけないのか・・。子供のお守りでもあるまいに。
いや、笑顔で優しく話しかけたい気持ちは、マヤの方にも山々なのだが、軍という組織の職場内では、いつもニタニタしている訳にはいかない。ましてや今は会議中なのだから、多くの幕僚たちに見られているのだから、冷静沈着な態度でしか話しかけられないだろう。それでそんなに、あたふたされたり、ドギマギされたのではたまらない。私はどうすればいいのだ。
笑顔で優しく話しかけて欲しけりゃ、そう出来る状況を作ればいいじゃないか。そういう環境にさえなれば、太陽のごとき優しい笑顔で、大海のごとき包容力で、お気の済むまであんたを包み込んでやる用意は出来ているのだ。それにも関わらず・・。
(なぜ食事に誘わない?)
「あ、ああ・・、そうだね。輸送経路を遮断する事で、敵ヴォーラル公国の首をじりじりと締め上げて窒息に追い込むような作戦が継続され、それはそれで、対ムイナ国における戦力低下や、カーリア王国においての防衛力低下など、一定の成果は上げているわけだが、連邦軍の上層部は全然納得してくれていないね。」
「当然です。一刻も早くカーリア王国の解放を完了するというのが、連邦軍の基本方針です。ご存じのはずですよね。敵の首をじりじりと締め上げるところから、一歩踏み込む作戦が必要であると、連邦首脳は考えているのです。で、どうなのですか。」
「え・・あ・・いや・・あの・・その・・。」
(そんなに“たじたじ”になるな!こっちも仕事だから仕方なく聞いているんだ!私が、個人の意思であんたを尋問しているんじゃ無いんだ!考えがあるのなら、あるという事をほのめかすだけでいいんだ。びくびくしていないで、それくらいの事はやってくれ!)
「そ・・そもそも、こうなったのは成り行きの、突発的な出来事で・・、こっから先の作戦は我々第五艦隊だけでどうにか出来る問題じゃないから、取りあえず先の事はお偉いさん達に考えてもらうという事にして、我々は当分、輸送経路遮断を継続して、敵の戦力を削ぐ活動を続けて行こう。もう一個くらい遊離星系を抑えてもいいんじゃないかな。手頃な遊離星系があったはずだね、レイア軍曹。」
(なんでそっちに聞く!?仕事だから仕方なく、真顔で、尋問口調でしゃべってるのに、それでビビッてそっちに行くのか!何なんだこの男は!?)
「遊離星系に付いての調査は、私の方で致しましたので、私にお尋ね下さい。提督。」
「ああ・・、ああ・そうか、そうだね。すまん。ど、どうだろうマヤ少尉。」
「はい、ございます。ワナとチウという2つの恒星を中心とするワナ-チウ連星系が。かなりヴォーラル公国に近づきますので、危険も大きいとは思いますが。」
「大勢の敵が来たら、すぐ逃げれば良いよ。索敵と補給物資の集積をするだけの、簡単な基地を作っておいてさ。秘密裏に移動する為のタキオントンネルも、ちゃんと作っておいてよ。」
といった具合で、マヤの焦る気持ちをよそに、何か考えがあるという事をほのめかす事も無く、のんきとも言えるような輸送経路遮断作戦の継続が、決定されたのだった。
もともとの連邦軍の作戦は、現在ヴォーラル公国の支配下にあるカーリア王国を解放し、そこを兵站基地にする事で、直接的にヴォーラル公国に大量の攻略軍を送り込み、一気に征圧してしまうというものだった。ムイナ国侵攻に大兵力を投入し、ヴォーラル公国そのものは相当手薄になっていると踏んだ連邦軍首脳は、そんな作戦が実施可能だと考えたのだ。
しかし、その作戦は、ヴォーラル公国の策略で脆くも潰えた。
カーリア王国解放の為に、その首都であるガンガー星系を制圧しようとした銀河連邦軍の五個艦隊は、ヴォーラル公国軍による返り討ちに会い、壊滅的打撃を受けたのである。
その時、解放戦に参加した五個艦隊の中で唯一、無傷で生き残ったのが、アックス提督率いる第五艦隊だったのであるが、その第五艦隊が、銀河連邦にとってはカーリア王国の後方に当たるパリレオ星系を制圧した時には、銀河連邦軍の首脳達は、度肝を抜かれたものだった。
大敗北に周章狼狽し、慌てふためいて逃げ帰って行った他の四個艦隊を尻目に、極めて秩序だった艦隊運用で実に鮮やかに、カーリア王国同様ヴォーラル公国の支配下にあった、パリレオ星系の攻略に成功したのだ。
テラフォーミングに成功した豊かな惑星を持つパリレオ星系とはいえ、単一で存在する遊離星系は、連邦軍首脳にとってもノーマークで、存在を知る者すら少数な星系だったが、敵側の防衛体制も軽微だったので、攻略に成功した事自体は不思議では無かった。ただ、敗戦の混乱のただなかで見せたその手際が、あまりに鮮やかすぎたのだ。
だがそのおかげで、派遣した五個艦隊中、四個艦隊が壊滅するという総崩れ状態の中でも、カーリア王国解放やヴォーラル公国攻略への小さな足掛かりを維持する事が出来、わずかとはいえ望みが繋がったのだから、連邦軍首脳もアックス提督を称えない訳にはいかなかった。