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銀河戦國史 (紫雲の名将アクセル ―カーリアの仰天―)  作者: 歳超 宇宙 (ときごえ そら)
3/13

どいつもこいつもなんなのよ

 マヤがそんなイライラに苛まれている間に、第3先行突撃中隊の第2小隊は、敵武装輸送船団との間に戦端を開いていた。

 若きウォーム少佐が率いる第3分隊は、重力場生成出力を最大限にした無限落下航法で、最大加速で気迫満点に肉薄して来た敵船団に、当初こそ果敢に真っ向勝負を挑みそうになったが、小隊長よりのタイムリーな助言で、じわじわと後退しながら、射程圏外から軽微な攻撃を加え続けるという戦法に切り替えた。

 それが訓練通りの行動なのだが、敵武装輸送船団の勇猛ぶりに、若いウォーム少佐は一瞬我を忘れてしまったのだ。だが、小隊長の助言で冷静を取り戻し、訓練通りの戦法を実施することが出来た。

「敵艦が、4つに分かれた第2小隊の一つの分隊に突進してくるという提督の予言も、みごとに的中しましたね。」

 副官のレイア軍曹が、尊敬のまなざしでアックスを見つめながら言った。この小娘の言動も、マヤのイライラの原因だった。

「あなたね、そんなの予言でも何でもない、当たり前の事なのだから、いちいち感動しなくていいのよ。」

 そっと背後に忍び寄ったマヤが、他の者には気付かれ無いような小声で、後輩の副官に忠告した。

「最大加速で、一つのピークをなしている分隊に肉薄して、他の3つの分隊に追いつかれる前に撃破し逃走を図るというのが、敵船団に残された唯一の脱出法なのだから、こうなる事は始めから想定済みなの。士官学校で習ったでしょ。」

「へぇー、マヤ少尉すごいですね!さすが提督の右腕、優秀な副官ですね。あこがれちゃいます。」

(何を間抜けなことを言っているんだ、この小娘は・・)

と、内心毒づきながらも、褒められて悪い気はしていないマヤだった。

「じゃぁ、どうして今は、最大加速じゃなくなっちゃったんですか?敵の船が生成している重力場が、ずいぶん弱くなってしまいましたよ。」

「ウォーム分隊が攻撃しているからに決まっているでしょ。敵船としては、船の発揮し得る全エネルギーを推進力に当てて加速したいところなのでしょうけど、ああやって射程圏外からとはいえ、ミサイルやビームを撃ち込まれたら、シールドや迎撃レーザーにエネルギーを回さざるを得なくなるのよ。」

「へぇ、そうなんですか。でも、どうしてシールドやレーザーで防がれるって分かっている攻撃をしているんですか?ウォーム少佐は。」

副官だったら、そのくらいの事は理解しておいて欲しいものだと思いつつ、マヤは説明してやった。

「だから、敵船の速度を遅くする為でしょ。船の推進に全エネルギーを注ぎ込めないようにして足を遅らせて、その隙に、敵を包囲している他の分隊が敵船に追いつけば、敵は四方から攻撃を受ける事になり、袋のネズミでしょ。」

 そのマヤの言葉通り、敵武装輸送船団は第2小隊の全艦に、射程圏内への侵入を許した。射程圏に入ったというのは、敵船がシールドを出力全開で展開したところで、ビーム攻撃を防ぎきれなくなったことを意味する。

 武装しているとはいえ、輸送船団だから、正規の軍艦と射程圏内でまともに打ち合えば、敵船団に勝ち目などあるはずも無かった。ましてや多勢に無勢、敵艦4隻に対し、見方は各ピークに5隻で合計20隻を擁する。1つのピークに当たっている分隊だけでも、相当こちらに分があったのだが、四つに分かれて包囲した小隊の全艦が射程圏に捕えたとなれば、味方の優位は圧倒的だった。

 それでもまだ投降しようとしない敵に、第2小隊がビームでなく、小型のミサイルを大量に見舞うと、雷撃戦闘機を迎撃する為のミサイルだから、船内の人命に関わる深刻なダメージを与える事は無かったが、敵船の表面装備は徐々に削り取られて行き、いつしか攻撃も航行継続も不可能となった。こうなると敵船は、もはやただの箱だ。

そうなっては致し方も無く、敵武装輸送船団は遂に投降し、兵士も民間人もいた乗組員は全て、連邦軍の捕虜となったのだった。

「すごいっ!テトラピークフォーメーションが出来上がってから30分足らずで、敵船団のクルーをあっさり捕虜にしてしまいましたよ!やっぱりアックス提督って名将なんですね。」

と、若く無知な副官は感心していたが、今回の戦闘で感心すべきは、ワープアウトと同時に敵船団を、テトラピークフォーメーションの中心に補足した手際の鮮やかさだった。注目すべきはそこで、フォーメーションが出来上がってからの展開はセオリー通りだから、感心する程の事は無いなのだが、この小娘は全く分かっていない。

(特に、事前の情報収集が完璧だったわね。カーリア王国のレジスタンスと早くから信頼関係を醸成していたおかげで、敵の動きや敵船の性能を事前に通報してもらえた事や、カーリア王国とヴォーラル公国との間の宙域にある遊離星系を前進基地として確保しておいた事で、当該宙域に大量の無人偵察機を配備する事が出来ていたから、敵の動向が手に取るように分かっていた。戦闘が始まる前に、勝負はついていたわね。)

 そう思ったとたん、さっきのアックス提督の、褒めて欲しいのが丸わかりの得意満面の笑顔が思い出されて来た。

(確かに、褒めるに値する程、手際の良い敵船拿捕ではあったかもしれないけど、指令室内であの顔は無いでしょ。そして、褒めた後の、調子に乗りまくったウキウキの態度・・。やはり褒めてはいけなかった。ちょっと、しゅんとした顔をされたからって、なんであんなに動揺したものか。)

 マヤの後悔は尾を引いた。


「捕虜の収容を完了し、第3先行突撃中隊は、遊離星系オグサルラにある秘密基地への帰投行動に入りました。」

「一件落着だな。」

 艦隊司令長官であるアックスがそう言うと、指令室に集っていた幕僚たちは、次々に席を立ち始めた。

「作戦成功おめでとうございます。」

 副官のレイアもそう言い残し、指令室を後にして行った。

 彼らがいるのは、たった今の戦闘が行われた宙域から15光年ほど後方にある遊離星系パリレオの第一惑星の地上だ。第一惑星といっても、パリレオ星系に惑星は一つしか無い。

 そのたった一つの惑星が、ハビタブルゾーンにあるのだ。生命にとってちょうどいい具合の光が注がれているゾーンだ。この星系の中心にある恒星パリレオから、生命にとっては絶妙な距離に、唯一の惑星である第一惑星があるのだ。

 そして数百年前に、この星はテラフォーミングに成功していた。人類発祥の惑星「地球」に極めて近い環境を、人工的に創造する事が出来ているという事だ。

「お疲れ、お疲れさん。」

 アックス提督にねぎらいの言葉を掛けられた幕僚たちは、指令室を、そして基地施設を出ると、軍服から、T-シャツ一枚などといったカジュアルな格好になって、屋外で、燦燦と降り注ぐ恒星パリレオの陽光を浴びながら、青空の下をのびのびと闊歩する事だろう。そんなことが可能な惑星なのだ。

 T-シャツ一枚になると言っても、着替えるわけでは無い。彼らには、着替えるという概念は無い。彼らの来ているHSC(ハイスペッククローズ:高機能衣服)は、色・形・大きさ・デザインを自在に変貌できる、この時代ならではの優れものだ。ところどころに走っている筋状の部分に繊維を縮み込ませる事で、長袖から半袖にも、長ズボンから短パンやミニスカートにも、一瞬のコマンド入力操作で変形させられるし、厚手のセーターにも薄手のブラウスにも変身できる。軍隊向きのシンプルなツートンのカラーリングから、アロハシャツのような派手な柄にも変化できる。

 胴の前部分で分割したり結合したりして、前開きの服になったり、筒型の服に戻ったりも出来てしまうし、上下に分割したスタイルにも、上下が一体化した“つなぎ”のスタイルにもなれる機能を持つ衣服なのだ。

 洗濯も不要だ。繊維一本一本が振動する事で、どんな頑固な汚れも着たままでふるい落とし、繊維の中に組み込まれたマイクロエアガンで、吹き飛ばす事が出来るからだ。

 電子媒体の情報をインストールする事で、新たなデザインを追加する事も可能だから、

「マヤ少尉、見てください!昨日インストールした豹柄のスカート、可愛くないですか?連邦主要国で今、すごく流行っている柄なんですよ。」

とレイアも、ワープ通信で、光の速度を超えて入手した最新のファッションを、自慢して見せたりする。そういった具合に、何年も同じ服を着っぱなしでも、オシャレで快適で清潔な服装を楽しめるのだ。

 水着の大きさまで、布地を縮み込ませて湯に浸かる事で、着たままで入浴すらも出来るし、繊維自体の振動で、瞬時に脱水乾燥させられるので、入浴に際しても脱ぎ着する必要は無い。

 破れてもほつれても自動修復されるし、繊維の量が足りなくなったら、粉状の「繊維の素」を振りかけておけば、その粉を材料に、自力で繊維の再構成が行われるから、着替えるなどという行為は、この時代の人々には不要なのだった。たいていの人は数年来、着替えた事が無いのだ。

 アックス提督も、任務が終わるや否や、右手のフリップで登場させたバーチャルキーボードを操作して、上下が分割したジャケットルックの軍服から、“つなぎ”のジャージスタイルにそのHSCを変身させた。伸縮性までが変化していた。

 カジュアルなスタイルにHSCを変貌させたことで、重責を担う艦隊司令長官にリラックスの時が訪れると、マヤは伺うような視線でアックスを見つめ、その後の展開に微かな期待を抱いた。

 上首尾に仕事が終わり、充実感と開放感に心を満たされ、清々しい気持ちで職場を後にするこのひと時。副官に密かな思いを寄せる司令官として、取るべき行動は一つのはず。今日こそ、今こそ、その行動に出でも不思議ではないはずだ。行動に出るべきなのだ。行動に出さえすれば、あんたは、恋しい副官との、めくるめく至福のひと時を堪能する事が出来るのだ。愛しの私から、求めて止まない褒め言葉を、雨あられと浴びせてもらい、誉めそやしてもらえるという幸福を、存分に味わうことが出来るのだ。

そうなればあんたは夢心地だろう。歌い出し踊り出したくなる程の、ウキウキ気分に満たされる事だろう。たった一つの行動で、それが手に入るのだ。ちょっとした度胸で、夢が現実になるのだ。さあ来い!どんと来い!来い!来い!来い!

マヤは心の中で念じていた。それなのに、あのあほ男は、「お疲れさん」の一言をマヤに投げかけ、すたすたと、のこのこと、とぼとぼと、一人で指令室を出て行きやがった。

一人で飯を食うのだろう。大好きな「牛丼」を食いに行きやがるのだろう。

確かにあれは美味い。マヤも、アックス提督が大のお気に入りにしたというのを聞きつけ、この惑星の名物料理である「牛丼」を食べに行ったことがあるが、絶品だった。

この、テラフォーミング成ったパリレオ第1惑星の大地の上で育まれた牛の肉質の、何とやわらかでジューシーで芳醇な甘みを醸し出す事か。それにソイソースとかいう、他星系ではなかなかお目に掛かれない発酵調味料の旨みもたまらない。その他の、コメやタマネギといった具材も、このパリレオ第1惑星の豊かな大地で収穫されたもので、銀河で出回っているそれらの大半を占める、衛星軌道上の水耕栽培農場で生産されたものとは一味違う、大地のパワーと呼ぶべき味わいを発揮していた。

ここで提供される「牛丼」は、間違いなくここでしか味わえない一級品だ。テラフォーミング完成以来の、数百年に渡る多大な苦難を乗り越え、この惑星の人々が育んで来た歴史と伝統が生み出した、卓越した食文化の結晶だ。それは認めよう。

だがしかし、今このタイミングで、恋い焦がれる副官を後に残し、一人ぼっちでそれを食べに行くというのは、どう考えても納得がいかない。いくら美味い牛丼でも、愛しの私と囲むテーブルとは比べるべくもないはずなのに、一人で指令室を後にしやがって・・。いったい、どういう了見なのだ・・。

マヤの心には、いつも通りの疑問が残る事になった。

(なぜ食事に誘わない?)


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