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銀河戦國史 (紫雲の名将アクセル ―カーリアの仰天―)  作者: 歳超 宇宙 (ときごえ そら)
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なんであなたはそうなのよ

紫雲の名将アクセル ―カーリアの仰天―


 銀河標準歴255X年3月22日、パリレオ星系第1惑星の地上にて。

 任務において変化なく、私生活においても進展なし。

 提督はこの数か月来変わらず、今日もヴォーラル公国とカーリア王国の中間に位置する宙域での、敵輸送経路の遮断作戦を指揮するのみで、そして、相も変わらず、今日の任務を終えると共に、一人で指令室を後にした。

未だに誘いの言葉なし。


「第3先行突撃中隊、第2小隊、テトラピークフォーメーションでワープアウト。敵武装輸送船団を陣形内に補足しました。」

 通信士からの報告が届く。

 言われなくてもマヤのコンタクトスクリーン上には、必要な情報が表示されている。敵を示す赤い点を、味方を示す黄色い点が立体的に取り囲んだのだが、もし味方を示す点を線で繋げば、三角錐が形作られ、その中心に敵がいるという陣形で包囲した事が、コンタクトスクリーンの映像で手に取るように分かるのだ。

その報告を受けて、マヤの傍にいた男の採った仕草に、マヤは少しイラッとなった。

(ほらっ!ねっ!)

という声が聞こえてきそうな程、得意満面の顔で、アックス提督こと第五バルジ艦隊司令長官アクセル=フォン=アルバータがマヤの方に視線を送って来たのだ。アックス提督は直ぐ近くで、その他の幕僚達とは距離があるから、提督のそんな態度に気付いているのは、マヤ一人だろう。

(作戦が図に嵌ったからって、副官に自慢するやつがあるか!何なんだ、この男は・・!)

 テストで満点を取った子供が、母親にそれを自慢するかのような態度に、マヤはイラッとするのだ。が、同時に、胸の奥がキュンとなっている事も自覚した。

(なぜ私は、この男の、こんなにもアホ丸出しの所作に、こんなにも胸を締め付けられるような気持になるのだ・・。)

 その事も、マヤをイラッとさせる原因だった。

 このアホ丸出しの男に魅かれているという事を、内心においてすら、今更隠す事もごまかす事も、する気にもなれない。3年間、この男の副官として働いて来て、もうすっかりその事実は、何度も自覚させられているのだ。しかし・・、

(指令室でその態度は止めろ。幕僚達がいる中で、そんな目で私を見るじゃない!恥というものを知らないのか。なんでこんな男を・・、何んでこいつに、こんな気持ちになるんだ・・。)

 この、艦隊司令長官という大そうな肩書を持ちながら、指令室という公の場で、自分に対して、子供じみたというか、子犬じみたというか、そんな態度ばかりを見せて来る男に、そしてそれに、ときめいてしまっている自分自身に、マヤにはどうにも我慢がならないのだった。

 アクセルはまだ、マヤの方を得意満面の顔で見ている。褒め言葉でも待っているのだろう。マヤの褒め言葉ほど、この男が求めて止まないものは無い事を、マヤは十分に知りぬいているのだが、それを思う程に、マヤには不思議でたまらない事があった。

 この男は、マヤの褒め言葉を欲しいと思うのなら、もうとっくの昔に採っていておかしくない行動があるはずなのだが。褒め言葉を発しやすいシチュエーションを設える為に、やるべき事があるはずなのだが。それなのにこの男は・・。マヤは不思議でならなかった。

(なぜ食事に誘わない?)

 皆の目の無い、他の幕僚達のいない状況でなら、2人だけでの食事という場でなら、歯の浮き上がるような褒め言葉を、滝の如く、雪崩のごとく、たっぷりとお見舞いしてやれるというのに、この男は3年にも渡って一度も、副官のマヤを食事に誘った事が無かったのだ。

 仕事終わりに、副官を食事に誘うくらいの事、特に下心など無い場合でも、どの指揮官でもやっているような事だろう。それにも関わらず、明らかにマヤにベタ惚れのこの男が、そしてマヤの心をこんなにもキュンとさせる男が、いつまでたっても彼女を食事に誘わないという事が、不思議でならないし、不満でならないマヤなのだった。

 「どんなもんだい」と言わんばかりの笑顔で、今も褒められるのを待ち続けていやがる。他の幕僚達の目があり、感情を露わにした行動など採り得ないこんな状況で、こんなにも甘えてくるくせに、いつまでも誘いの言葉が飛び出さない事が、マヤにとっては謎なのだった。

「提督、いつものように捕縛の為の戦隊行動に移行するという事で、良いですね。」

と、極めて冷静で事務的な声色を出す事で、マヤはアックス提督の褒めて欲しそうな甘ったれた視線をはねつけた。

「あ、ああ・・。」

 急転直下で“しゅん”とするアックス。褒めてもらえなかった位の事で、大の大人がそんなにも落ち込む事は無いだろう。

(あ、ちょっとやりすぎた。)

と、冷たくしすぎ、“しゅん”とさせてしまった事に、マヤは慌てた。甘えた態度にイラ立ちを覚えるくせに、自分の態度がこの男をへこませてしまったと思うだけで、マヤは動揺してしまうのだ。

「そ、それにしても見事な敵船団の補足ですねぇ。」

「だろぉー!カーリア王国のレジスタンスから、リアルタイム情報をしっかりとっていたからねぇー。偵察機や艦船の配置も、我ながら巧みだったよなぁ!ワープアウトと同時のテトラピークフォーメーションが、これだけ鮮やかに決まる事なんて珍しいよなぁ!マヤ少尉も良いものが見れて満足だろう!」

(しまった!ちょっと褒めるとこれだ。しゅんとした顔をされて、冷静を欠いて、うっかり褒めてしまった!調子に乗らせてしまった。失敗だ!こんなに人の多い指令室で、そんな嬉しそうな顔で、嬉しそうな声で、大声で話されたら、みんなにどう思われるか考えろ!)

とマヤは、内心で歯噛みした。いつもこのパターンだ。

 得意気になったり落ち込んだりと、情緒不安定なアックスに、マヤも、冷たくしすぎたり褒めすぎたりと、方向の定まらない対応をしてしまうのだ。そんなことをこの3年の間、連日のように繰り返しているのだ。

 幕僚達の前で、あんなにも嬉しそうな態度を見せられる事は、勘弁して欲しいと思うマヤだが、ひと言褒められるだけでそんなにも嬉しそうにするという事は、それだけ自分に惚れているんだという実感も同時に湧いて来て、それはそれでまんざらでもない心持にもなってしまう。

 結局マヤは、毎日毎日、この男に振り回されているのだという事を、嫌というほど実感させられたし、振り回されているという事が、自分の心がこの男の虜になっている事実を証明しているのだ。そう思うとマヤは、内心悔しいやら情けないやら。

(なんでこんな男を・・)

「レイア軍曹、敵艦隊がアタックを仕掛けているのは第3分隊だね?分隊長は誰だった?」

 声が裏返りそうなほど、威勢よく甲高い声を張り上げて、アックス提督は、少し離れたところにいるもう一人の副官に質問した。マヤに褒められて機嫌が良くなっている事が、見ている方が恥ずかしくなる程に、あから様だった。

「第3分隊長はウォーム少佐です。」

「そうか、まだ若い少佐だったね。包囲捕縛の実戦経験はこれが初めてかな?」

「はっ、そのようです。」

「ひと言連絡を入れよう。慌てず、不用意に近づいたりせず、ゆっくり時間をかけて捕縛するように、小隊長を通して伝えるんだ。追い込まれた敵は、無茶な攻撃を仕掛けてくる可能性が高いからね。訓練をよく思い出して、落ち着いてやれと、ウォーム分隊長に向かって小隊長に言わせてくれ。」

「了解しました。」

 ノリノリのウキウキといった態度で、偉そうに、嬉しそうに指揮を執っている。やはり褒めたのは失敗だった。先ほどのアックス提督とマヤのやり取りは、距離的に考えて誰にも聞こえてはいなかっただろうが、提督が急に元気になった理由を、指令室にいる何人かは気付いているのではないだろうか?

 提督とその副官が、密かに互いに魅かれ合っているなどという事が、未だ2人の間に何の進展も無い内に知れ渡ってしまったら、どんなに居心地の悪いことになるだろうか。それを想像するとマヤは、背筋がゾッとした。

 せめて多少なりとも進展があれば、格好も付くというものなのだが、この男は、こんなにもあからさまにマヤに惚れている様を露呈しているというのに、恋に繋がる何らのアクションも起こそうとしない。

 別に職場内での恋愛が禁止されている訳でも無いし、この指令室の中にも何組かのカップルがいるし、アックスとマヤとの間にそれなりの進展があるのなら、周りに知られる事はマヤにとっては一向に問題なかった。

だが二人には何の進展も無いのだ。そんな状態で、周りに自分の気持ちが知られてしまったら、こんなに恰好の悪い事は無い。ほんのわずかな進展でもあれば、恰好は付くのだ。その為にはこの男が、ちょっと積極的な行動を起こしてくれるだけでいいはずなのだが、それなのに・・。

(なぜ食事に誘わない?)

 艦隊の指揮となると、幕僚はおろか兵員達全員と積極的にコミュニケーションを図り、細かな事にも目を配り、気を配り、ちょこまかと精力的に活発に、動き回るくせに。

 今もそうだ。

艦隊の中に、少佐クラスの分隊長というのは何百人もいるというのに、その一人の名とキャリアとパーソナリティーをちゃんと覚えていて、必要な助言を的確に与えた。

 テトラピークフォーメーションとは、4つに分けた戦力を頂点ピークとした三角錐を作る事で、三次元空間において、最少の兵力分散で、敵艦隊を包囲出来る陣形だ。その体勢で捕捉された敵は、4つのピークのどれかにアタックを掛ける以外に、包囲を突破する方法は無いから、必死の突撃に打って出るのが定石だ。

 「窮鼠猫を噛む」という言葉が、遥か昔の地球時代にあったように、いくら戦力面でこちらに分があろうと、死に物狂いで脱出を図る敵に不用意に近づいては、こちらが大怪我を負わされる可能性があるのだが、経験の浅い若い指揮官は、その点で失敗を犯しがちなのだ。

 だから今のアクセルの助言は、大変に的を射たものだった。しかも直接言わずに、小隊長を通して伝えるように命じた。小隊長の顔を立てる事まで考慮していやがるのだ。

 日ごろから艦隊内をうろちょろと走り回り、精力的に多くの部下とコミュニケーションをとっているからこそ、何百人といる将官達のパーソナリティーを把握し、このような場合に気の利いた助言が出来るのだ。素晴らしい気配りと行動力だと、マヤは、彼の艦隊司令長官としての能力には敬意を催した。

 しかし、その気配りとか行動力を、自分との関係の進展に少しは発揮できないものかと思うと、マヤはやはり腹が立つのだ。部下に見せる気配りの1%でも発揮すれば、もうとっくに実現しているはずの事なのに、3年間の間に何百回も、その機会はあったはずの事なのに。なのに・・、なのに・・、この男は・・

(なぜ食事に誘わない?)


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