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銀河戦國史 (紫雲の名将アクセル ―カーリアの仰天―)  作者: 歳超 宇宙 (ときごえ そら)
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エピローグ

「さいてぇぇぇーーー!」

 ターニャと母の非難の叫びにエリス少年は、

「え?何が?どこが?どうしてアクセル提督が最低なの?」

と、疑問を呈した。シャトルの眺望テラスで、2組の家族が、歴史物語を旅し終えた直後の事だ。シャトルがドッキングしている宇宙船から、半身を出している眺望テラスは、星々のシャワーを2組の家族に提供していた。

「だってぇ、2人で初めての食事が、牛丼なんて、さいてぇー!」

「そうそう」

との、ターニャや母の回答にも、エリス少年は全く理解も納得も出来ない様子だ。

「どうして?牛丼って美味しいんだよ!」

「知ってるけどぉー」

「そう言う問題じゃないのよ、エリス。」

女性陣の返答に、エリスは混乱の極みに達する。

「美味しい牛丼を食べに連れて行って、最低なの?どうして?どういう事なの?ねえ、父さん!」

「まぁ・・、とにかく・・、そういうものなんだ。もう・・、そこは・・、丸暗記しておきなさい。」

最後の頼みと救いを求めた父にまで、そんな事を言われ、

「初めての食事に牛丼は最低。初めての食事に牛丼は最低。初めての食事に牛丼は最低。」

と、必死で暗唱を試みるエリス少年だった。

「それにしても・・」

と父は、何かを取り繕うように、無理矢理、声色を明るくして話し出した。「アクセル提督はよくやったと思うよ。困難な状況から、良く事態を挽回できたと思う。」

「うん!そうだね!凄いよね、アクセル提督は。」

 父の意見に、少年は熱烈に賛成の意思を表明した。ターニャもその両親も、エリスの母も、皆が大きく頷いている。紫雲の名将への賞賛の気持ちが共有され、一同の想いは、一つになった・・と思われた。が、母の発言が少年を驚愕させた。

「牛丼はいただけないとしても、3年間誘えなかったという状況を挽回して、良くマヤを誘ったわね!」

「えっ!? そっち??」

「何言ってるのエリスくん」

 少年の反応に、ターニャが怪訝な表情で尋ねて来た。

「えー!副官を誘うとかじゃなくて、カーリア王国の解放に成功した事が凄いんでしょ?四個艦隊が壊滅させられてしまったという状況から、一個艦隊だけで、それを挽回してしまった事が偉いんじゃないの?」

と、懸命の主張を展開する。

「それも凄いし、偉いけど、連邦には大勢の軍人さんがいたのだから、カーリア王国解放は、アクセルがやらなくても、誰かやったでしょ。でも、マヤをしあわせに出来るのは、アクセルだけだったんだよ。」

「え・・いや・・、アクセル提督無くしてカーリア王国解放は不可能だったんじゃないの?それに、連邦軍が負けちゃったら、マヤも絶対に幸せになれなかったから、やっぱりカーリア王国を解放した方が、凄い事なんじゃ・・・。」

「もー、エリスくん、何にも分かってないんだねぇ。」

「えーー!?」

 少年はすっかり、幼馴染で年下の少女にやり込められてしまった。

「しょうがないのよ、ターニャちゃん。男の子って、こうなのよ。」

と、母にまで言われてしまい、返す言葉も見つからない。

 そんな母とターニャは、少女の両親も伴って、何か美味しいものでも食べようと話しながら、シャトルの眺望テラスから出て行った。

「と、父さん!どうなってるの?どう考えたって、アクセルの残した偉業って、カーリア王国の解放じゃないか。なんで、副官を誘う事が出来たなんて、どうでもいいような事に、あんなに喜んでいるの?ターニャちゃんたちは?それにやっぱり、牛丼は美味しいから、それに誘うのが最低な訳も分からないし。」

 ターニャ達がいなくなったのを良い事に、一気にまくしたて、父に疑問をぶつけるエリス少年。

「う・・うん・・まあ・・」

父は困惑を隠せない。「それは、教えようの無い事だから、これから色々な経験をして、少しづつ理解して行くしかないな。」

「父さんは理解できるの?」

「・・いや、あんまりよくは分かっていない。」

「・・・そうなんだ。」

 少年は少しだけ、安心出来た。女は歴史より難解なものなのだと、自身に言い聞かせた。

 その後しばし、それぞれに思案を巡らせている様子で、父子は並んで立ったまま、星空をその目に映しながら、沈黙の時を過ごした。その思案の成果なのか、少年がやおら、口を開いた。

「でもさぁ、英雄とか名将とか言われて、今の時代では多くの人から尊敬されているアクセル提督が実は、普通の人と同じように、女の人を好きになったり、誘いたいのに誘えなかったり、戦いへの恐怖を心の中に抱えていたり、していたんだね。そういう事を知る事が出来て、僕はより一層、アクセルの事が好きになったなぁ。」

「ああ、そうだね。どんな偉人だって、詳しく知って行くと、普通の人と何も変わらない、生身の人間だったって事が分かるし、逆に言えば、誰にだって、勇気を持って決断を下したり、何事にも負けない信念を持って行動すれば、後の時代に偉人と呼ばれるような業績を残せる可能性がある、という事なのかもしれないな。」

「勇気・・信念・・、僕もそうなれたらいいなぁ。アクセル程の大きな偉業じゃなくても、僕も勇気と信念をもって生きて行けば、将来何か立派な事を成し遂げられそうな気がして来た。それにアクセルには、優しさもあったよね。捕虜の人達に居心地の良い環境を与えてあげたりしたし、犠牲者が出来るだけ少なくなるような戦い方を考えたりしていたもの。」

少年は、胸の内から湧き上がるものを抑え切れないように、興奮気味につぶやいた。「勇気、信念、優しさ。よぉーし、僕はこの3つを、アクセルに見習って生きて行くぞぉ!」

 父はそんな息子の様を、目を細めて見つめた。彼の伝える歴史物語から、着実に何かを学び、成長して行っている。そんな愛息を、彼は誇らしく感じているのだった。自慢の息子だと思った。そして、その愛息の成長の為には、美味しいものを食べる事も必要だ。

「さあエリス、俺達も母さん達を追いかけて、美味しいものにありつくとしよう!」

そう言って父は、眺望テラスから立ち去ろうという構えを見せた。

「うん!僕も食べたい!・・あっ、・・でも、僕、もうちょっとだけここで、星空を見てから食べに行くよ!」

「おう、そうか。じゃあ、父さんも先に行っているよ。」

「うん。僕の分も、ちゃんと残しておいてよ!」

「ははは、どうかな。早く来ないと、無くなっちゃうかもな。母さんもターニャちゃんも、食いしん坊だから。」

そう言い置いて、父が眺望テラスを出ようと、ドアを開けたとたん漂って来た香りに、父も息子も目を丸くした。

「こ、これ、間違いなく牛丼の匂いだよね。母さん達、あれだけ最低とか言っていたくせに、牛丼食べているんだね。呆れたぁー。」

「あっはっはっは、まったくだ。しかしこれは、いよいよ早く来ないと、エリスの分がなくなってしまうぞ。なんたって、牛丼は美味しいからな。」

「うん、すぐに行くよ!」

 そして父は出て行き、エリスは一人、星空の下に残された。

 エリスは見回した。輝く星々の海原を。彼等の宇宙船は今、銀河の中心近くを航行しているので、目に付く光の大半は、天の川銀河の星の輝きと言って良いだろう。そして、その星々の多くは、人の歴史を伴っているのだ。1万年に及ぶ、銀河での、人々の暮らしや喜怒哀楽や離合集散が、その無数の輝きの中にたゆたっているのだ。文字通り、星の数ほどの人々の歴史に、少年は今、取り囲まれている。

「“紫雲の名将アクセル”の物語も、あの輝きの中にある。他の人達の物語も。たくさんの人達の物語が、命の軌跡が、歴史が、あの中に息づいているんだ。」

 そうつぶやきつつエリス少年は、尚もその視線を漂わせた。泳ぐように、旅するように、尽きる事の無い、果てる事も無い、無限且つ無尽蔵なきらめきの、その間を。

少年はそこに、無数の先人たちの息吹を、確かに感じ取る事が出来た。途方もない数の物語を含んだ、輝く幾億の星々の回転に、胸を躍らせ、心をときめかせた。そんな世界で、先人達の物語が息づくこの銀河で、歩み続けて行くのであろうこれからの人生を、この上も無く誇らしいものに感じた。

「みんなの生きたこの銀河で、みんなの色んな思いと共に、僕は、僕に与えられたこの時代を、精一杯生きて行くよ。」

 エリスは小さくつぶやいた。いや、誓った。しかし、その直後には、

「さぁ!牛丼だぁー!牛丼、牛丼・・。」と言いながら、眺望テラスを後にしたのだった。

生きる事は、食べる事だ。


 遥かなる時空の深淵から、名将と呼ばれた男を傍で支え続けた優しき女性の心が、そんな少年を、愛に溢れた眼差しで見つめている・・・・・・・・気配を感じる。


今回の一葉の物語はこれでおしまいです。

またいつか、歴史の大樹から物語の葉が舞い落ちて来るでしょう。

読了下さった方には、心より感謝申し上げます。

では。

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