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銀河戦國史 (紫雲の名将アクセル ―カーリアの仰天―)  作者: 歳超 宇宙 (ときごえ そら)
10/13

ちょっとはりきりすぎよ

「大船団のスペースコームジャンプの兆候を捕えました。敵二個艦隊が、カーリア王国に向けての3回目のワープを実施しようとしている模様。ワープアウト推定位置は、ドンピシャで我々の進行方向です。」

「敵は、我々の存在には気付いていない様子ね。」

マヤが索敵担当官に尋ねた。

「本隊のワープの前に、敵は偵察艦を先行ワープさせた模様ですが、我々はその索敵圏外です。ですが、我々は既に数十時間に渡って無限落下航法での加速を続けており、かなりの速度に達しているので、敵本隊のワープアウトから十数分後には、敵を攻撃射程圏に捕える事が出来るでしょう。」

「ワープアウト直後の戦闘不能期間には、間に合いそうにも無いわね。」

「それは無理です。」

 ワープイン直前とワープアウト直後の数分間は、その艦は完全に、索敵も戦闘も不可能な状態になる。そのタイミングで攻撃されたら、数百隻の艦隊が1隻の艦に殲滅されても不思議では無い程に、無防備なのだ。だから、ワープアウト地点に敵がいない事は、十分に確認しておく必要がある。敵二個艦隊も、偵察艦を事前にワープさせておいて、艦隊のワープアウト予定位置に敵がいない事は確認しているので、この時点でアックス艦隊が偵察艦の索敵範囲内にいれば、敵二個艦隊はワープを中止するだろう。

「でも、ワープアウトから十数分後に遭遇するのだから、ワープで逃げられる心配も無いわね。」

 一度ワープしたら、次のワープまで数時間から数十時間が、エネルギーのチャージ等の為に必要となる。ワープアウト直後は速度も落ちているので、そこからどんなに加速しても、既にかなりの速度で移動しているアックスの艦隊以上の速度を、敵二個艦隊が得る事は出来ない。敵二個艦隊は、ワープでも無限落下航法でも、もはやアックス艦隊から逃れる事は出来ない状態になった。

 そして、敵艦隊のワープアウトが検出された。アックス艦隊が突進している先に、ワープアウトして来たのだ

「完璧に、敵艦隊の背後を取る事に成功しました。敵艦隊は全艦、我々と反対方向に正面を向けている模様。」

 こうまで簡単に背後を取れた事に、マヤは唖然とするほど驚いた。

(ほらっ!どう!凄いでしょ!)と言わんばかりに、相変わらずアックスは、幕僚達には見られない様に、マヤに褒めて欲しそうな視線を送って来ている。

(だから作戦中に、指令室でその顔はやめろ!)

そう思いながらも、褒め言葉の一つもかけなければ、かえって不自然になる程の鮮やかな艦隊運用だったので、

「敵さんは、本当に提督の思った通りに動いてくれていますね。提督の手の平の上で転がされているようです。」

と、仕方なしに言ってやった。

「ムフフフ、そぉーだろぅ。慌てふためいて冷静を失った敵なんて、簡単に、思い通りに動かせるものさ。」

と、得意満面のアックス。まだまだもっと褒めて欲しいといった体で、マヤに視線を送り続けている。

(指令室でかけられる褒め言葉など、これくらいだ。これで満足しておけ!このクソガキ提督!)

と、内心で毒づくマヤ。これ以上の褒め言葉が欲しいのならば、やるべきことをやればいいのだ。それをいつまでもやらないあんたがアホなのだ。

(なぜ食事に誘わない?)

「敵さんは、どうあってもカーリア王国を取り戻さなければいけませんからね。慌てるのは無理有りませんね。再生した王国政府の体勢が整う前に、ガンガー星系に突入したいのでしょうね。」

と、状況を確認するだけの発言で留めるつもりのマヤだったが、いつまでも送られ続ける、褒めて欲しそうな熱視線に、とうとう負けて、

「・・しかし、敵さんに我々の存在を、こんなにも気付かせない艦隊運用は、やはり見事と言うべきですね。」

と、褒め言葉を付け足してやった。

「パリレオ星系に居座っている間に、この辺の宙域にはタキオントンネルの網を、しっかりと張り巡らせてあったからねぇ。敵さんも少し考えれば、そのくらい予測できそうなものだが、慌てていてそこに頭が回らなかったんだろうな。そのタキオントンネルの網を使えば、敵に探知されずに動き回る事が出来る。」

アックスの声色はいつもよりオクターブ高い。褒められたことで相当気分が良くなっているのだろうが、マヤは幕僚達の視線が気になって仕方ない。しかしアックスは、そんな事にはお構いなしに続けた。

「敵はスペースコームジャンプの痕跡が見られないというだけで、この宙域に我々がいないと決め込んでいるんだろう。我々の存在を全く意識せずに、ひたすらカーリア王国を目指しているんだろう。そんな敵を相手に、タキオントンネルを使って移動すれば、背後を取る事なんてた易い事さぁ。」

きょろきょろと指令室内を見渡し、アックスのウキウキの声色が、幕僚達に気付かれた様子が無いことを確認し終え、少し安心したマヤがアックスに尋ねた。

「遊離星系を空にした我々が、どこに行ったと、敵は考えているのでしょう?」

「さあ、我々の存在自体、敵さんは忘却してるんじゃないかな。連邦首脳がカーリア王国解放に際して、あの二個艦隊を忘却していたようにね。」

「敵に忘却してもらえるって事は、有り難いものですね。」

「いやいや、忘却してもらったんじゃなくて、忘却させたんだよ。こちらが忘却してしまうように仕向けたんだ。全ては、この僕の策略なんだよなぁ。」

と、ますます自慢げに語るアックス。まだまだ得意満面の表情を崩す気配は無い。

(まだ褒めて欲しいのか?3歳児でもこれだけ褒めれば満足するぞ!)

 マヤがそう内心で罵っている間にも、戦況は移り変わって行く。

「敵艦隊、間もなく攻撃射程圏に入ります。」

マヤとアックスに割り込むように、そんな報が伝えられると、ようやくアックスの表情に変化の時が訪れた。それも、劇的な変化だ。

一瞬目を伏せ、小さくため息を付いたアックスが、再びその目を上げた時には、その瞳の奥には、燃える様な決意と、その向こう側に、微かな悲しみの色が込められていた。仲間の命を危険に曝して、多くの敵の命を奪おうとする行為を、アックスはこれから指揮しなければいけないのだ。銀河の平和の為に、それが必要と信じ、アックスが決断した戦いだ。

「フォーメーションゼータ、“スピニングスクリュー”!」

突如、凛として、アックス提督は下令した。マヤは見た。その指先の微かな震えを。それをぎゅっと握り締めた、力強い拳を。

 提督の発令と共に、幕僚達はきびきびと動く。アックス艦隊旗下の千隻近い艦船が、まるで一個の生き物の如くその陣形を変じて行き、5本の紐が平行に、らせんを描いたような体形になった。

 その“らせん”がぐるぐると回転し始めると、その様はまさに、漆黒の宇宙空間に忽然と現れた、光り輝く巨大なスピニングスクリュー(回転するねじ)だった。

 スクリューの先端に位置する5隻の先頭の艦は、無人で自動操縦の、重防御タイプの高機動小型艦だった。それらは、ミサイルは一発も積まず、ビーム照射口も一つも無かった。推進力に使う以外のエネルギーの、全てを正面防御に費やし、艦隊の盾となる事に専念する艦だ。

 敵の攻撃は当然のように、先頭を切って突っ込んで来たその5隻の戦闘艦群に集中したが、爆発物を積んでいない重防御の艦が、そう簡単に撃破される事は無い。ましてやその高機動性を発揮し、遠隔操作により縦横無尽に動き回ったので、敵は攻撃を命中させる事すらままならない。躍起になってその先頭の5艦への攻撃を繰り返していたので、それに付かず離れずの絶妙な距離を保って接近していた、後続の5艦が射程圏に飛び込んで来た時には、敵はそちらへの対応が遅れた。

 対応の遅れを突いた新手の艦群に、照準もろくに定めない“質より量”の乱れ打ちを仕掛けられ、混乱を来した適艦隊は、ようやくその後続艦群への反撃を開始しようとした頃には、3番目の艦群の射程圏に捕えられており、こちらへの対応も遅れた。

3番目の艦群にも、存分にミサイルとビームを叩き込まれ、混乱に拍車がかかった敵艦隊は、4番目の艦群にも先手を取られ、5番目にも先手を取られ・・。五列縦隊で並んだアックス艦隊の艦船が、射程圏に飛び込んで来るたびに、敵艦隊はその混乱の度合いを深めていく事になった。先頭の艦はいつの間にか、敵の戦列の間に割って入って行き、次々に敵艦を通り過ぎて行った。

数百の艦船が5列に並んでとぐろを巻いたまま、ぐるぐる回転しながら敵艦隊に突っ込んでいく様は、遠巻きから大局的に見ると、ねじが木材にめり込んでいく様とそっくりだった。大急ぎでカーリア王国を目指す敵艦隊は、これといった陣形を取っていなかったので、でたらめな形の木材の破片のごとくで、それに突き刺さるアックス艦隊は、計ったように整然と並んだ艦列を形成していて、カチコチの鋼鉄で出来たねじさながらだった。

宇宙空間という真っ黒なディスプレー上で、無数の光点でできた木片に、同じく光点の集合体であるねじがめり込んでいく様を想像すれば、それがこの時の戦況だと言って良いだろう。光点とはすなわち艦船であるが、“木片”と“ねじ”の接触面には、艦船の作る光点よりはるかに苛烈でまばゆい、光線や光芒や光球が次々と現れた。それらが意味するものは、破壊と殺戮の応酬だった。

らせん状の、5列縦隊の艦列が形作る円錐の内側にも、多数の艦船が包み込まれており、アックスの座乗する旗艦もそれに含まれていた。その旗艦の指令室でアックスは、コンタクトスクリーンによって目の前の空間に浮かび上がったように見せかけられた立体映像で、この、木片にねじがめり込んでいるかのごとき戦況を視認しており、刻々と移り変わる敵艦隊の配置等を確認しながら、次々と矢継ぎ早に命令を発していた。

「艦隊進路微修正、左コンマ3、下コンマ5」

敵の艦列の微妙な歪みや変化から、最も弱い部分を見極め、そちらに艦隊を誘導しようとアックスは試みているのであるが、その彼の判断に、彼の艦隊の命運は託されていると言って良い。

アックスの額に汗が滴っているのに、マヤは気付いた。彼の感じている重圧が、マヤにも伝わって来た。彼の弱く脆い心に、艦隊の命運などという重い圧力が加えられているかと思うと、マヤも苦しさを感じた。今この瞬間には、彼はマヤに甘える事も許されない。戦いが始まってしまえば、司令官は孤独だ。全ての責任を一身に背負って決断を下さなければならない。マヤには何も出来ない。1人で重圧に耐えて艦隊を指揮する男の横顔を、マヤはただ見つめるだけだった。

「再修正、右コンマ2、下コンマ1」

などといったアックスの指示を受けると、スクリューの先端に位置する無人の戦闘艦が遠隔操作され、それの動きが全艦船に伝搬して行く形で、艦隊全体の進路変更が図られる。アックスが決断した進路に、先頭の無人艦によって誘導され、アックス艦隊は、敵艦隊に深く深くめり込んでいく。

アックス艦隊は既に、前だけでなく、上下左右に敵艦を臨んでいる。アックス艦隊が突き刺さっているとも言えるが、敵艦隊が包囲しているとも言えなくも無い。アックスの判断に間違いがあれば、彼の艦隊の一隻々々の戦いぶりに隙があれば、周囲の敵艦隊にアックスたちは、圧殺される可能性もあるのだ。

 だが、アックス艦隊の艦船は全てが、常に敵の先手を取っていた。アックス艦隊が回転運動をしている事で、両艦隊の艦船は絶えず、向かい合い、直接に砲火を交える敵を交換し続けている。一たび砲火を交えた敵艦は、すぐに横にスライドして離れて行き、別の新たな敵艦がスライドして来て、至近距離に寄って来る。そういう事が、敵味方において発生し続けているのだ。

 しかも能動的に「回って」いるのはアックス艦隊なので、艦隊の進路や回転速度や艦列の間隔などを任意に操作する事で、次にどの敵艦と向かい合うかという事に関しては、アックス艦隊の艦船の方が主導権を握っていた。自然、アックス艦隊の方が先手を取り易い。

 円錐形になっているアックス艦隊の外殻に当たる、らせんを描いている艦列には、艦隊所属の高機動小型戦闘艦が当てられており、重防御タイプと重火力タイプの二種類ある高機動小型戦闘艦の内、どちらを最外殻に当てるかの判断は、各分隊長の責任領域になっていた。1つの分隊は5艦の高機動小型艦から成り、重防御タイプと重火力タイプの比率は、各分隊長の好みで異なる。

その5艦ずつの分隊が縦列に並ぶ形で、5艦分の太さのらせん形の艦列が形成されていたのだが、各分隊においての配置はそれぞれの分隊長に委任されているので、彼等は戦況を見極めつつ、各分隊の重防御タイプと重火力タイプの艦の配置をコントロールしているのだ。

若いウォーム少佐の率いる分隊は、敵艦隊との接触開始時点では、重防御艦2隻を最外郭に繰り出し、それで敵の攻撃を凌ぎつつ、その隙間から、3隻の重火力タイプの艦も時々顔を出して攻撃に参加するという体勢を取っていたが、敵艦隊の混乱を見て取ると、重火力艦を最外郭に繰り出し、最大火力での猛攻を仕掛けて行った。

ウォーム分隊に先行する、隣の味方分隊との交戦に気を取られている敵艦群の側面から、ウォーム分隊の重火力艦が突如の奇襲を仕掛けると、敵は防御一辺倒の体勢に陥り、更に至近距離に詰め寄って猛攻を仕掛けると、その防御を突き破ったウォーム分隊の放ったビームとミサイルは、敵艦群にグサリグサリと突き刺さって行き、ある艦は尻尾を巻いて退散し、ある艦は撃破されて四分五裂の惨状を呈し、酷いものは火球と化して蒸発消滅してしまった。

しかしウォーム分隊は、猛攻を仕掛け撃破しつつあった敵艦群にこだわることなく、アックス艦隊の回転に伴ってスライドして行き、その撃破しつつあった敵艦群からは離れ、新たな敵へと肉薄して行く。ウォーム分隊が後に残した半壊状態の敵艦群は、後続の分隊の餌食となるし、ウォーム隊が肉薄しつつある新たな敵は、先行の分隊にとの交戦に気を取られていたので、再びその側面を付く形でウォーム分隊が先手を取った。回転するねじが敵艦隊に喰い込んで行く戦況の詳細とは、かくのごとくだった。

優位に戦闘を展開していたウォーム分隊だったが、いつまでも無傷という訳にはいかなかった。重火力艦の一隻が被弾し、「小破」に至った。航行能力に支障はないが防御力ないし攻撃力が低下する損害を被った艦は「小破」とみなされる。航行能力に支障を来せば「中破」、航行不能になれば「大破」というのが、連邦軍の規定である。

そして、「小破」以上の損傷を受けた艦を、最外殻に配置する事は認めないというのが、アックス提督の命令だった。

「進路微修正、右コンマ1、上コンマ3」

 鬼気迫る眼差しで戦況をにらみつつ、指示を出し続けていたアックスが、ふいにマヤを見た。

「“らせん”の連中は、命令を守ってるかな?」

早口に、そんな短い問いが発せられたが、マヤはそれで全てを理解できた。陣形の外殻で“らせん”を形成している艦船が、「小破」以上の艦船を最外殻に配置するな、という命令に従っているかどうかを、アックスは気にしているのだ。味方の被害を最小限にする為に、最外殻には出来る限り無傷の艦を当てたいというのが、アックスの考えだった。

「レイア軍曹、外殻の高機動小型艦群に小破以上の損傷を受けたものは?」

マヤの質問に、間髪を開けずに返答が帰って来た。普段はおっとりとした小娘といった感じのレイア軍曹も、いざ戦闘となれば、きびきびテキパキと任務をこなす、有能な副官だった。

「ウォーム分隊の1隻を始め、12隻の艦が小破を被っていますが、既に最外殻からは後退しています。ウォーム分隊は小破を受けた重火力艦の代わりに、重防御艦を猛烈に、敵に肉薄させているようですね。」

「小破程度で重火力艦を下げたくないと、ウォーム少佐は歯噛みしているのでしょうね。でも、命令には逆らえないから、その分重防御艦を肉薄させての接近戦に打って出ることで、火力の低下を補おうとしているのね。」

「分隊内に3艦以上、小破以上の艦船が出たら、分隊ごと陣形の内側に後退させられ、内側に温存してある無傷の艦船と入れ替えられてしまうのに、ウォーム少佐はそのリスクを負ってでも、接近戦を仕掛けて行っているのですね。」

「提督の期待に応えようと、必死で戦ってくれているのね、ウォーム少佐も。」

「でも、ウォーム分隊の敵艦撃破率は低下しています。ウォーム隊に隣接する分隊がしっかり穴を埋めているので、戦況に影響はありませんが。」

「ウォーム少佐の悔しそうな顔が、目に浮かぶようね。それでも、命令をしっかり遵守してくれているのは、日ごろの提督の気配りの賜物かな・・。」

 その事を褒めたら、またこの男は調子に乗るのだろうと思ったが、この戦いを終え重圧から解放されたアックスには、思う存分に褒め言葉を掛け、調子に乗らせてやりたいと思うマヤだった。

(どうだった?)と言いたげな視線が、再びアックスからマヤに向けて放たれ、マヤは笑顔で頷くことで、その視線に答えた。アックスはそれですべてを理解した。一瞬安堵の色を浮かべると、すぐに鬼気迫る表情に戻り、艦隊進路の決定という重責に、再びその身を投じて行った。

 ウォーム分隊のみならず、アックス艦隊の全艦船、全兵員が素晴らしい奮戦を見せていた。木片に押しつぶされるような隙を見せる事無く、ねじは深く深く、木片へと埋没して行った。

敵艦隊に突き刺さり、ぐりぐりと敵をほじくり返しながら突き進んでいたアックス艦隊は、とうとうそのまま敵艦隊を貫通して反対側に出た。一糸乱れぬ艦隊連携と、死をも恐れぬ果敢な攻撃によって可能となった、敵艦隊の突破だった。

突入当初は敵の背後から迫って行ったが、突入している間に敵が向きを反転させたので、突き抜けた後も、敵の背後に出る形になった。もっとも敵は、したたかに混乱していて、もはやどちらが前でどちらが後か、本人達ですら分からなくなっている状態だったが。

敵の二個艦隊は、前後に並んで航行していたので、一つ目の艦隊を突き抜けたアックス艦隊の目の前には、残りの、もう一つの艦隊が横たわっていた。だがその艦隊も、完全にアックス艦隊に背後を見せていた。後ろの艦隊がそう簡単に突破されるなどと、思いもよらず、ひたすらにカーリア王国を目指していたのだろう。

二つ目の艦隊も、背後から突き刺さって来るスピニングスクリューに成す術無く、一つ目の艦隊同様に、陣形のど真ん中に風穴を開けられた。宇宙で風穴?・・いやいや。宇宙を吹き荒れる星間風が、その穴を通り抜けて行ったから、それは立派な“風穴”だ。

二個艦隊の連続貫通という神業を成し遂げたアックス艦隊だったが、その2つ目の敵艦隊突破の中で、ウォーム分隊は遂に3隻の艦船が小破を被り、後退を余儀なくされた。もし、外殻の艦船の損害が大きくなって来たら、すぐにでも自分達を、外殻に再投入して欲しいとの要望がウォーム少佐から伝えられて来たが、その頃にはアックス艦隊は、2つ目の艦隊を突き抜けてしまっていた。ウォーム少佐は、「ご苦労様でした」という、アックスを代行した副官マヤのねぎらいのメッセージのみを受け取った。

「全艦急速反転。その後、フォーションガンマ―、“ハーフボール”!」

アックスの戦いは、まだ続いていた。

 スピニングスクリューで外殻を受け持っていた、高機動小型艦群は後方に退き、機動力は劣るが重火力重防御の中型・大型戦艦が、それまでは陣形の内側に控えていたのだが、フォーメーションチェンジに伴い、前面に進出して行った。ウォーム分隊が属する小隊にも、高機動小型艦のみの分隊が4つと、中型戦艦2隻と高機動小型艦が2隻の分隊1つが含まれており、これからはその中型戦艦2隻が、前面で戦うことになる。

 半球を形成し、中型・大型艦を前線面に押し出したアックス艦隊が、その内面に、風穴を開けられ混乱の極みに達した敵艦隊を捕え、十字砲火を加えた。クロスファイヤーゾーンに捕えられた敵は、ハチの巣状態と言い得る程に大量のビームとミサイルと突き入れられ、ささやかな反撃も、重防御の戦艦に損害を与える事は出来なかった。

敵艦のビームはシールドにかき消され、ミサイルはレーザー砲で破壊され、アックス艦隊の艦船に届く攻撃は皆無と言えた。もはや戦闘と呼べる状態ではなくなり、一方的な殺戮に変じつつあった。

艦内に積載したミサイルに引火した敵艦は、誘爆が噴き上げた光の帯に艦体を切り裂かれ四分五裂の惨状を呈し、反物質が漏えいした敵艦は、それと通常物質の反応によって放出された膨大な熱エネルギーによって光球へと変化し、蒸発消滅した。

大小様々な大きさの光球が、そこかしこに咲き乱れたが、ひとつひとつの光球は、数百から数千の人命の散華であり、それらが明滅するたびに、アックスの心には深い傷が穿たれて行った。その傷の深さを、彼の苦しみを、悲しみを、マヤはその横顔から読み取っていた。

真っすぐに正面を見つめ、そこにあるモニターに映る、明滅する光球どもをその目に焼き付けている様子のアックスには、もはやはっきりとした表情は無かった。表情すら失う程の苦悩に曝されるアックスの心情を、マヤは手に取るように想像できた。

このような戦いの時代に生まれて来なければ、この男は、人の命を殺めるなどという愚行とは、まったく縁のない人生を送ったはずだと、マヤは思った。私の尻の下で、名将などでは無く、ただのあほな男のままで、平凡でも平和に、ありふれていても温かな日々を、過ごす事が出来たはずだ。そうすべき男なのだ。戦いの勝利に、一方的な敵艦隊の撃破に、全く喜びを示さないアックスの横顔に、マヤにはそんな思いが、止めども無く溢れて来るのだった。

 フォーメーションが変わってからは、特に命を下す必要もなくなり、一挙にヒマになった艦隊司令長官は、彼の艦隊が演じる、一方的な虐殺という蛮行を、悄然と見つめているばかりだったが、やおら、疲れ切ったような声で、マヤに尋ねた。

「投降勧告への返事はあったか。」

「敵艦隊隊司令からは、何も。個別の艦船からは、幾つか投降の意思表示がありました。」

「逃亡を図る敵や、武装解除してこちらに投降して来る敵は、絶対に攻撃しないでくれ。投降を希望する敵と、戦いを継続するつもりの敵も、しっかり見極めて攻撃するよう、各隊に通達してくれ。」

 3時間ほどの戦闘の後、二つ目に貫かれた敵艦隊は、殲滅された。敵兵の4分の1が投降し、4分の1が逃亡し、半数に当たる約5万人が殺害された。アックス艦隊の方も、1隻が大破、6隻が中破、27隻が小破し、2千人強の戦死者を出した。その報告にアックスは、低くうつむいた姿勢で、「ふぅーっ」と深いため息をつく事で応じた。

 記録の上では、この戦いは“軽微な損害”で敵を屠った戦いだったとされるであろう。約十万人の艦隊員の内、2千人の戦死者で済んだ戦いはそう処理されるのが普通なのだが、2千人の仲間を失った事を、“軽微”などと受け止められるアックスでは無かった。2千もの犠牲者とあっては、遺族全員に直接会って釈明する機会も持てないであろう。償いようも無い大罪だと、彼には思えた。

 数万の人命を奪った大量虐殺犯罪の首謀者、今のアックスをそう呼ぶ事も出来るだろう。そんな壮絶な十字架を、一身に背負う事になった男の後ろ姿を、マヤは見つめた。彼の苦しむ姿を見る事ほど、マヤにとって苦しい事は無い。この男の心根の、弱さや脆さや優しさを知っているマヤには、誰かが支えてやらないと、その重すぎる十字架の圧力に、押しつぶされてしまうのではないかと思われた。そんなアックスなど、絶対に見たくは無かった。

「味方の二個艦隊、当宙域に間もなく到着します。」

レイア軍曹がそう告げると、

「残りの敵は、その味方艦隊に任せるとしよう。彼らにも仕事が必要だろう。」

と、疲れ切った表情でアックスは言った。

 アックス艦隊に貫通され、混乱と損害の著しい敵の残存一個艦隊は、無傷で休養十分の味方二個艦隊に包囲され、成す術も無く降参を受け入れた。貫通された時に旗艦を撃破され、指揮官を失い、命令系統が機能しなくなっていたその艦隊は、仲間の艦隊が殲滅されるのを横目に見つつ、何らの積極的なアクションを起こす事も出来ず、散発的な戦闘参加はあったものの、ほぼ仲間の艦隊を見殺しにしたと言って良い有様だった。そして、連邦の新手の二個艦隊に包囲された時には、戦意などは微塵も残っていなかったのだろう。

「後は、僕がいなくてもいいよね。くたびれたから、ちょっと休んで来るよ。」

 アックス提督は、そう言い残すと一人で指令室を後にし、司令官室に引き取って行った。

 戦いには勝ったとはいえ、多くの敵兵を殺害し、多くの味方の命を失った司令官の心中とはいかなるものか。1人でそんな重荷に耐えきれるものなのか。誰かが傍に付いていなくていいのか。恋しい副官に一言声を掛けて、艦内の食堂やラウンジや、司令官室でもいいが、美味しいものでも食べながら、しばらく一緒に過ごしてもらうとかしても、良いのではないのか。たいていの司令官は、副官にそんな役回りを求めるものじゃないのか。今こそ存分に、愛しの私に甘えるべき時ではないのか。マヤはそう思うと、息苦しさと焦燥感に苛まれた。なぜ私をここに残すのだ。

(なぜ食事に誘わない?) 


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