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銀河戦國史 (紫雲の名将アクセル ―カーリアの仰天―)  作者: 歳超 宇宙 (ときごえ そら)
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プロローグ

生まれてから2つ目の小説作品です。

まだまだ若葉マークなので、未熟な点もあると思いますが、じっくり読んでいけば、楽しんでいただける小説をかけているのではと自負しています。

2組の家族を乗せたシャトルは、無限落下航法で航行する星系内周回船から離脱し、タキオントレインのターミナルにランデブーしつつあった。漆黒の宇宙空間に、深い青紫の筒状の発光体が、視界の彼方までずーっと伸びているのが、よく目を凝らす事で微かに見止められるのだが、それがタキオントンネルだ。

「どこぉ?タキオントンネルぅ、見えないよぉ、ねぇ、エリスくん」

「あそこだよ、ターニャちゃん。あそこ。」

 エリス少年は、懸命に腕と指を伸ばして指し示し、幼馴染のターニャに、探し物のありかを伝えようとした。

「宇宙が真っ黒で、タキオントンネルがふかーい紫だから、よっぽど目を凝らして見ないと、見つからないよ。」

とのエリスの言葉に、ターニャは、もともと大きなクリクリの目を、更に大きく見開いて、宇宙の漆黒に取り込まれてしまいそうな青紫の筒を、ようやくに見つけ出す事が出来た。「あったぁ、見つけたぁ、あれだね、タキオントンネル。」

 少年と少女の背後からは、柔らかいソファーに深く腰掛けてくつろぐ、それぞれの両親が、温かな眼差しを2人に投げかけていた。

 2組の家族を乗せたシャトルが、その末端に近づきつつある、途方も無く長い青紫の筒の中には、虚数の質量を持つ素粒子=タキオンが充満しており、光速を越えて移動できないという、我々の宇宙の不文律を遮蔽している。要するに、タキオントンネルの中でなら、光よりも速いスピードでの移動が可能という、この物語の不文律を虚出しているのだ。2組の家族が旅行を楽しんでいるこの時代には、光の数千倍というスピードでの移動が可能となっている。

とてつもなく速いとも言えるが、直径約十万光年の天の川銀河を端から端まで旅するのに、数十年もかかってしまう程度の速度でしかない、とも言える。銀河全域に生息域を広げた人類にとっては、これだけでは当然不十分だ。

 長いものでは数百光年の距離を駆け抜けている、タキオントンネルを使った公共交通が、タキオントレインの呼称を与えられているのだが、タキオントレインの歴史は浅く、100年に満たない。しかし、タキオントンネルの方は、5千年以上もの昔から利用されており、歴史の中で様々な役割を果たして来た。その最たるものは、戦争への利用であろう。

 第3次銀河連邦政府のもとで、恒久平和が実現され、タキオントンネルも平和目的の利用のみとなり、公共の利便性の為に拡充が図られ、銀河を縦横に駆け巡る交通網となり、タキオントレインの名で人々に親しまれるようになったのだ。

 2組の家族を乗せたシャトルがランデブーしたターミナルは、素粒子タキオンを照射してタキオントンネルを生成する一方で、そのタキオントンネルの中を飛ぶ、トレインがその名に含まれる専用の宇宙船の、停留施設としての機能も果たしていた。彼らのシャトルは、一旦ターミナルに接続し、その内部をコンベアーで運ばれ、トレインの然るべき場所に積み込まれた。

「乗り換え完了だね、父さん。」

 エリス少年は、背後のソファーで珈琲をたしなんでいる父に話しかけた。

「無限落下の宇宙船から、タキオントレインの列車に乗り換えたんだよね。」

そう言いながら、窓外を見つめる少年の視線の先には、トレインの内部通路を飛翔する乗客達の姿があった。ビジネスマン風の人もあり、観光旅行中と思しき女子の一団もあり。一見すると飛翔しているようなのだが、人工重力によって制御された移動なので、“落下”と呼ぶ方が、物理学的には正しいのだが。

絶妙に調節された重力場への落下は、等加速度運動と空気抵抗による減速がこまめに繰り返され、長い目で見るとほぼ、等速直線運動だった。

少年達は自家用シャトルでの旅行で、シャトルごとトレインに積み込まれたので、通路を飛ぶ事は無いし、シャトルから出る必要も無い。旅の始めから終わりまで、シャトル内の快適な空間で、くつろいで過ごす事が出来るのだ。

「自分専用のシャトルを使わない人は、乗り換えの移動が大変そうだね。」

と、少年は言葉を続けた。

「ああ、そうだね。宇宙では場所によって、可能となる移動手段が違うから、色んな輸送機関に乗り換えながらでないと、遠くへの旅行は出来ないからね。」

と父は、愛息の問いかけに答えた。

「今回の僕たちの旅行で言えば、まず、無限落下航法の星系内周回船からタキオントレインに乗り換えて、それで8号ワームホールのそばまで行って、そこで今度は、チャーターした自立航宙型の宇宙船に乗り換えて、16号ワームホールまでワームホールジャンプで行って、そこからはL-88コームに沿って、スペースコームジャンプでの移動だよね。」

「よく覚えたなエリス。今回の旅行の行程を。大したものだ。それぞれの移動手段がどういうものかは、ちゃんと分かっているかな?」

「分かってるよ、そんなの。無限落下航法は、宇宙船のちょっと前の空間で、幾つかの人工素粒子を交差させて、重力場を発生させる方法でしょ。宇宙船はその空間に向かって、重力に引っ張られて落ちて行くけど、その重力場は船と一緒に進むから、宇宙船はずぅぅっと落ち続けることになる。それで無限落下って言われるんでしょ。でもこの方法では、光の速度を超えられないから、同一星系の惑星間の移動とか、近い距離ではこれだけでも十分だけど、何光年もの移動となると不十分なんだ。移動するのに何年もかかったら、目的地に着いたら、おじいちゃんになっちゃってたりするもんね。」

「うんうん」

父は嬉しそうに頷く。我が子の成長を目の当たりに出来て、ご満悦だ。

「それから、タキオントレイン。タキオントンネルっていう長ぁーい筒状の空間の中では、光のスピードを超えて移動できるんだ。人間が作った、タキオントンネル成生装置の間を結ぶ直線上に、タキオントンネルは出来るから、そこでだけこの方法での移動が可能なんだよね。乗り降りが出来るのも生成装置のところだけで、タキオントンネルのターミナルって呼ばれている。生成装置を作らなきゃ出来ない移動方法だけど、生成装置さえ作れば、宇宙のどんな場所でも使える移動手段になる。トンネルの中での推進力は、無限落下航法の宇宙船と同じなんだけど、なぜかトレインっていう名前が付いたんだよね。」

「そうそう」

「その次はぁ・・、ワームホールジャンプ。ブラックホールを人工的に改造して作った、遠く離れた空間を結ぶ『宇宙の虫食い穴』が、ワームホールだね。宇宙空間に漂っている、違う場所にある虫食い穴が繋がっていて、何万光年の距離でもひとっ飛びに超えられる、人類が持つ最速の移動方法なんだよね。昔は銀河中心のゼロ号ワームホールとその他のワームホールだけが繋がっていたから、どことどこのワームホールを行き来する場合でも、一旦ゼロ号ワームホールを通らないと行け無かったけど、今では技術が進んだおかげで、ゼロ号を通らなくても良くなったんだよね。ブラックホールを、好きな場所に作り出す技術も完成したから、銀河中のどこでも好きな場所にワームホールが作れるようになって、どんどん便利になって行っているんだよね。」

「おおっ、そんなことまで知ってるのか!」

「へっへーん。そして最後が・・、スペースコームジャンプだ。スペースコームは自然に出来ている、宇宙に細長く走っている空間の歪みで、その中で、ある一定の強磁場を形成しつつ、高速回転運動をしながら移動すると、その物体はワープするんだよね。スペースコームの状態を見極め、磁場の強さや、回転速度を調節する事で、ワープの距離や方向をコントロール出来るんだ。宇宙にはすごく沢山のスペースコームがあるから、それをたどっていく事で、人類は銀河のあっちこっちに、住む場所を広げていく事が出来た。人類が初めて手に入れた、光の速さを超えられる移動手段なんだよね。天然に存在するスペースコームを使っての移動手段だから、タキオントンネルやワームホールみたいに特別な施設を作らなくても、簡単に出来ちゃうけど、自然にスペースコームが発生している場所でしか使えないんだ。」

「そのとーり!完ぺきじゃないか!」

「何千光年とか、何万光年とかを超えなきゃいけない銀河での移動では、光のスピードを超えられる、タキオントンネルやワームホールやスペースコームが、とっても重要だね。大きな移動にはそれらを使い、細かい移動は無限落下でするって感じかな。」

「もう、お前に教える事は何もない!よくやった。」

 父に褒められて、エリス少年の表情もニッコニコであった。幼馴染のターニャにも良いところを見せられただろうと、得意な気分になっていた。その胸も次第に反り返って行き、自信に満ち溢れたムードを醸し出していた。ターニャの次の発言を聞くまでの間だけだったが。

「そんな事どうでもいいけどさぁ・・・」

「ええっ!? どうでもいいの?」

 自慢の知識の披露を一蹴されたエリスは、

「途中の乗り物の話なんてどうでもいいけどぉ、わたし達の行く紫星雲って、何が有名なのぉ。」

というターニャの問いに、今度こそ彼女を感心させる知識を繰り出してやろうと、

「希少元素の採取が盛んな紫星雲では、精密機械の生産が古くから・・・」と語り出したが、

「セーミツキカイなんて、食べられないでしょー。」

と、また一蹴され、「えー??食べ物の話をしてたの・・?」

と、幼馴染で年下の少女の発言に、七転八倒、四苦八苦のエリス少年だ。

「そうよねー、旅行の楽しみって言ったら、グルメに決まってるわよねー。」

エリスの母が、ターニャの頭を撫でてやりながら彼女に加勢して来た。

「タキオントンネルがどうとか、希少元素がこうとか、どうして男の子ってこう、無粋なのかしらねぇ。」

「ぶ・・ぶ・・ぶすい・・?どういうこと?ねえ、父さん。」

母の加勢に対抗して、父に助っ人を頼もうとしたエリス少年だったが、

「そうだな、旅と言えば当地の味覚を堪能しないとな。」と、あっさり白旗を上げるのを目の当たりにし、

「と、と、父さん!」

と、悲嘆に暮れ、女に歯向かう事の困難を学ぶ事になった。

 ターニャの一家とエリス少年の両親は、しばし紫星雲のグルメ談議に花を咲かせた。星雲内にある2つの星団の中の、とある星系の惑星の衛星が、もとから水に覆われていたのだが、人工的に海洋化されており、そこから採れる海産物が絶品だという事で、着いたら早速海鮮料理に舌鼓を打とうと、大いに盛り上がったのだ。紫星雲に向かう途中にある遊離星系の惑星の、温泉の事にも話題は飛んだ。

 星系とは、基本的には惑星系の事で、多くの場合、中心に存在する光を放って燃えている恒星と、それの重力に捕えられている惑星等の天体とを含めたものの事だが、中心星が燃えおらず恒星と呼べない天体のみから成る星系もあるし、複数の恒星から成る星系もある。そして遊離星系とは、星団に属さない、単独で宇宙空間に漂っている星系の事だ。星団とは、複数の星系が10光年位から100光年位の範囲に集まっているもので、星団の規模は100星系位から100万星系位のものまで、大きな幅がある。

 星雲とは、ガスや塵などの様々な星間物質が密集している宙域で、遠くから見ると色のついた雲のように見え、多様な元素の採取場所として重宝されている。恒星や惑星の中にも多様な元素が含まれてはいるが、採取や搬出の簡便さから、人類にとっては星雲の方が頼もしい存在だった。

 星雲は星の誕生の場ともなっており、星団にしろ遊離星系にしろ、もともとはどこかの星雲から誕生しているのだが、銀河は絶えず動いているので、星団や遊離星系が星雲内に留まっているケースというのは、多くは無い。星団や遊離星系の半分以上は、星雲とは離れた場所に存在するのだ。

 2家族が向かっている紫星雲は、2つの星団を内包しているが、その内の一つは紫星雲内で誕生し、未だ星雲内に留まっている若い星団で、もう一つは別の星雲で誕生し、移動して来て、今、たまたま紫星雲内にその位置を占めている古い星団だ。海鮮で有名なのは、この古い星団にある星系の一つで、紫星雲に向かう途中にある遊離星系の惑星が、温泉で有名なのだ。

2組の家族は、海鮮と温泉に心を躍らせ、和気藹々と談笑していたが、エリスだけは、その話題には不満だった。スペースコームジャンプとかの話をもっとしたい。

 話題の途切れた隙を見て、エリス少年は父の手を引いて、シャトルの眺望テラスへ連れて来た。談笑している間にタキオントレインに別れを告げ、自立航宙型宇宙船に乗り換え、ワームホールジャンプも終えた彼らのシャトルは、スペースコーム上でワープを繰り返しながら、目的地へと向かっていた。半身を宇宙船から出しているシャトルの眺望テラスからは、全天を燦然たる星々の輝きが埋め尽くしている、壮観な眺めを楽しむことが出来た。

「一度のワープで着けないのがじれったいよね。16号ワームホールと紫星雲は、この、今僕らのいるL-88コームで繋がっているのに、こんなに何回もワープを繰り返さなきゃたどり着けないなんて。」

 銀河中に何千とあるスペースコームは、アルファベットと数字の組み合わせで表記すると、第3次銀河連邦政府によって規定されていた。

 母たちの邪魔が入らない所で、ようやくエリス少年は、父と、彼の好奇心を満足させる話題を取り上げる事が出来て、嬉しそうだ。

「ははは、それは仕方が無いよ。一度のワープで進める距離には限りがあるからな。スペースコームの状態は刻々と変化していて、長すぎる距離のワープは計算が難しく、どこにワープアウトするか分からなくなってしまうから、とても危険なものになってしまうんだ。」

「でも一度ワープアウトしてから、次のワープに入るまでに時間がかかるでしょ。スペースコームの状態観測や、適切な磁場や回転速度に船を調整する為の、エネルギーチャージもしなきゃいけないから。ワープの回数が多いと、それだけ目的地に付くのに時間がかかっちゃうよね。」

「これでも昔よりは、一度のワープで進める距離はずいぶん伸びたし、チャージに要する時間も短くなったんだよ。贅沢は言っちゃいけないよ。」

「へへへっ、そうだね。昔の戦争の時代には、色々な軍の指揮官達は、そういう事にやきもきしたんだろうなぁ。」

 少年は最も大好きな、歴史の話題へと切り込んで行く。歴史学者の父との歴史談義こそが、少年の至福の時間なのだ。

「移動にかかる時間というのは、軍を操る指揮官には重要な問題だったろうね。それにスペースコームジャンプは、ジャンプの準備に入った段階から、10光年くらいの範囲の空間構造に影響が出るから、どこからどこに、どれくらいの重さの物がワープしようとしているかという事が、その範囲にいる人に分かってしまうんだ。軍隊の運用としては、敵に自分達の居場所や移動目的地や、自軍の規模等が知られてしまう事になるから、使い方の難しい移動手段でもあったんだね。」

「だから昔の人は、スペースコーム上にもタキオントンネルを作ったりしたんだね。平和な今だったら、スペースコームジャンプで簡単に移動できるところに、わざわざタキオントンネルなんて作る意味ないけど、戦争の時代には、敵に知られ無いように移動したい時が多かったから、スペースコーム上にもタキオントンネルを作らなきゃいけない場合があったんだね。タキオントンネルの移動なら、遠くの人には見つからないもんね。」

「ああ、でもタキオントンネル成生装置を建造したり、それをメンテナンスしたり、敵から守ったりしなきゃいけないから、それはそれで大変だったんだよ。ワームホールジャンプもスペースコームジャンプも、そしてタキオントンネル航法も、それぞれ特徴があり、一長一短だから、昔の指揮官達は、それらをうまく組み合わせる事で、戦闘を自軍に有利に運ぶよう、知恵を絞り合っていたんだね。」

「平和になった今では、そんなに複雑に、これらの移動手段を組み合わせなくても良いけど、それでも、遠くに旅行するときには、色々乗り換えなきゃいけなくて、大変だね。」

と、エリス少年は、星々の間に視線をさまよわせながら言った。

 少年たちの暮らすエウロパ星系は、スペースコームの近傍には位置していないから、遠出の際にはまず、無限落下航法でタキオントレインのターミナルに向かう事になる。タキオントレインは、エウロパ星系から最寄りのスペースコームに向かうものと、ワームホールに向かうものの2つがある。

 もし、今向かっている紫星雲に、最寄りのスペースコームから行こうとすると、7本のスペースコームを経由し、100回近いワープを繰り返さなくてはいけない。更に、その7本のスペースコームが全て接続しているわけでは無いから、接続していない部分では、再びタキオントレインに乗り換えることになる。非常に煩雑で時間のかかる旅程となってしまうのだ。

 その一方、ワームホール経由のルートを採れば、タキオントレインを「下車」して以降は乗り換えの必要も無く、一度のワームホールジャンプに加え、L-88コーム上での10回に満たない数のワープで、たどり着くことが出来る。2家族は当然、こちらの方法を選んだ。超高速で移動する事によって生じる、相対性理論に基づくウラシマ効果等の時空構造上の諸問題も、この時代の卓越した科学技術によって、綺麗さっぱり解消されている。

「これから向かう紫星雲出身の、歴史に名高い名将も、これらの移動手段の運用には思い悩んだ事だろうね。」

「うん、“紫雲の名将アクセル”だよね!」

 少年の瞳がひときわ輝きを増した。その名を口にするだけで、少年の胸は躍るのだ。誰もが知る偉人であり、全銀河の救世主とも呼ばれ、その卓越した戦略眼が、数百年後のエリス達の時代でも賞賛されている英雄である。

「銀河帝国の野望を食い止め、全銀河が恐怖と暴力によって支配される事を防いだ、今の全次銀河全人類の恩人と言っても過言ではない、偉大なる英雄。」

 エリス少年は、会った事も無い英雄のシルエットを星空の中に思い描き、それに、尊敬の眼差しを送っていた。抜群の知略でもって世界を救った名将、そういった存在は、いつの時代でも、少年の憧れを掻き立てて止まないのであった。

「紫星雲出身で、大業をなした指揮官だから、“紫雲の名将”と呼ばれる、アクセル・・・。カッコいいなぁ。あこがれるなぁ。今回の旅行だって、一番の見せ場は、毎年一度行われている、アクセルを称えるカーニバルだよね。今でも全銀河に大勢いる、彼のファンが、彼の生まれ故郷に集まって開催する、彼の偉業を偲ぶお祭りなんだよね。それを見に行くっていうのが、僕は一番楽しみなんだ。」

そこから少年は、少しの間すねたような顔つきになり、「それをさぁ、母さんやターニャちゃんったらさぁ、食べ物とか温泉とかを楽しみにしているんだもの。困っちゃうよね。やっぱりアクセルだよね。アクセル・・、アクセル・・、紫雲の名将アクセル。」

と言った。発言の後半には、また憧れの顔つきに戻っていた。

 愛息の輝く瞳を見ていると、父の方も胸が高鳴って来る。

「じゃあ、今日は、紫星雲に着くのを待つ間に、彼の話をしてあげようかな。最近、彼の副官だった、マイオールカ=ラーシャという女性の残した日記が見つかった事で、彼に関する研究がぐんと進んだからね。」

「副官?まよーる・・・??」

「マイオールカ=ラーシャ。“マヤ”って呼ばれていたみたいだね。その副官が、貴重な資料を残してくれたんだ。日記という形でね。」

「へええええええ、副官が残した日記ぃー!すごーい。色んなことが、新たに分かって来そうだよね。おもしろぉぉぉい。ねえねえ父さん、聞かせてよ!副官の日記に残された、紫雲の名将アクセルのハナシ!」

 そこへ、ターニャとその両親や、エリスの母親がやって来た。

「なぁに、ずいぶん盛り上がってるわね。何か面白い事でもあったの?」

 優しい笑顔で問いかけて来る母に、

「紫雲の名将アクセルだよ。今から父さんが、彼の事を話してくれるんだ。」

「えー!アクセルぅ!ターニャ、アクセル大好きだよ!アクセルぅ。」

 食べ物にしか興味が無いと思われたターニャでさえ、その名を聞くと興奮を露わにした。それほどに、この時代において彼は、人気を博しているのだった。なんてったって、全銀河の救世主なのだ。彼らの今日の平和な暮らしも、彼の存在があったからこそと言えるのだ。誰もが彼に、恩を感じているのだ。

「そうだよ、アクセルだよ、アクセル、紫雲の名将アクセル!海鮮どころじゃないんだよ!」

「うん!アクセル!アクセル!」

 少年と少女は、抱き合わんばかりに一つの興奮を共有していた。

「まあ、そう慌てないで、彼が戦った時代の事を、少し復習してから話を始めようか。」

「そうよ、ターニャちゃんにも分かるように、エリスが説明してあげなさい。」

 父と母に言われて、エリスは話し始めた。

「えへん、紫雲の名将アクセルが戦ったのは、まさに銀河に暗雲が立ち込めていた、第3次銀河大戦!その50年前に、銀河は100年間にも及んだ銀河帝国による、暴力と恐怖に基づいた支配から脱する事が出来たんだ。ターニャちゃん分かる?銀河帝国。」

「んー、名前はしってるぅ。どうやって銀河を支配したの?」

「帝国は、銀河中心のブラックホールを配下においた事から、発明されたばかりのワームホールジャンプの技術を使い、銀河中心のブラックホールで作ったワームホールから、銀河中のブラックホールをワームホール化して、そこに軍を送り込む事が出来るようになったんだ。銀河中の国々の軍隊は、ただ物を吸い込むばかりだと思っていたブラックホールから、突然帝国の戦艦が続々と吐き出されて来て、奇襲攻撃を仕掛けられた事で、次々に撃破されて行ってしまった。第1次銀河連邦政府も潰されちゃって、銀河には帝国に対抗できる戦力が無くなってしまった。そしてそこから、約100年に及ぶ銀河帝国支配の時代が始まったんだ。世に言う“銀河暗黒時代”だ。」

「んー、それでどうやって、新しい銀河連邦政府が出来たの?」

「銀河暗黒時代には、銀河のあちこちでバラバラに、幾つものレジスタンスが活動していたけど、まとまった行動は取れなかったんだ。でもある時、銀河中心のゼロ号ワームホールを奪う事に成功したレジスタンスがあって、帝国が100年前にやったのと同じように、そこから銀河中のワームホールに軍を送って、帝国軍に奇襲攻撃を加えたんだ。バラバラだった銀河中のレジスタンスも、ワームホールを使う事で連携が取れるようになり、そのレジスタンス達が中心になって、新たな銀河連邦政府が樹立されたんだ。その当時は“新銀河連邦政府”って呼ばれてて、今では“第2次銀河連邦政府”って呼ばれているんだけどね。」

「その新しい銀河連邦政府の軍隊に、アクセルがいたのね。」

「そうだよ。銀河中心のバルジと呼ばれる所に本拠地を置いていた戦力、第3次銀河連邦政府軍、第五バルジ艦隊の司令長官が、紫雲の名将アクセルだ!そうだよね、父さん。」

「ああ、紫星雲一帯を抑えていた国の、元貴族の家系で育った彼は、まだ出来たばかりで体制の整わない連邦軍内にあって、家柄を理由に司令長官に抜擢された訳だが、結果的に見れば連邦政府は、適切な人物を指令長官に選出したことになるな。」

「これでだいたい、アックスの時代のおさらいは出来たよ。さあ父さん、聞かせてよ。副官の日記に残されていた、紫雲の名将アクセルのハナシ!」

「分かった、分かった。」

 そう言うと父は、右手のフリップでバーチャルキーボードを呼び出し、それを操作し始めた。父にはバーチャルキーボードが、彼の目の前に空間に浮かんでいるように見えているが、それは、彼が眼球上に装着している、コンタクトスクリーンが見せている映像だ。太古の人類が用いていたコンタクトレンズという道具と同じ要領で使うのだが、レンズでは無くスクリーンであって、そこに映像が映し出される。眼球全てを覆うスクリーンだから、如何なる映像でも思いのままとなるのだ。

 眼球のピント機能などをうまく利用し、そのコンタクトスクリーンは、父の顔の前数十センチの位置にキーボードがあるように、彼に見せかけているのだ。だから実際に父の前にキーボードは無いし、彼以外の、エリスやターニャ達には、何も見えていない。

 実在しない“バーチャル”なキーを叩く、父の指の動きをコンピューターが検知する事で、キーボード操作によるコマンド入力が行われ、彼は彼のコンタクトスクリーンに、今度は件の副官の日記の文章を映し出させた。父には、今までバーチャルキーボードがあった空間に、副官の日記の文章が浮かんでいるように見えている。手を上下に動かす事で、その文章はスクロールされて行く。

「では、まずは、日記の文面を呼んでいくとするか。これはカーリア王国周辺宙域で戦闘が行われていた時期に書かれたものだ。ここでの戦いも銀河中に知れ渡ることになり、アクセル提督の名を高めることになったものだ。」

「知ってる!“カーリアの仰天”でしょ。とっても有名な出来事だよね。連邦軍の艦隊が大敗を喫した直後で、銀河中の人が、連邦軍が負けちゃうんじゃないかって心配していた時に、アクセルが、バーンッ!と登場するんだよね。そこで見せたアクセルの活躍に、当時、全銀河の人々はびっくり仰天だった。だから“カーリアの仰天”」

「そうだ、その“カーリアの仰天”を傍で見ていた副官の日記だからね、当時の状況が良く分かるんだよ。じゃあ、読んでいくよ。」

 少し間を置き、大きく息を吸い込んでおいてから、父は音読を始めた。少年の瞳の輝きは、頭上を覆う星々のそれを凌駕し始めた。

『銀河標準歴255X年3月22日、パリレオ星系第1惑星の地上にて。 任務において変化なく、私生活において・・・』

 貴重な資料の音読に始まり、いよいよ父の口から、最新の歴史研究の成果が語られる時が来た。


物語を追いかけて、少年の魂は、大いなる時空の跳躍に挑まんとしていた。


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