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第7話 つばさ。ごねん。つちのこ。あにうえ。


 ……極振りした魔力と神力が、全く使いものにならない……? 


 それはつまり、魔力と神力に振った数値がすべて無意味になったってことか……。


 それは転じて、ほとんど転生する前と変わらない一般人の能力値で――魔力と神力を除いた能力値で、生きていかなければならないということ。

 魔力と神力以外に振った数値は微々たるもの。突出したものはなく、おそらくどの転生者の能力値をも下回っているだろう。果たしてそれで、俺は生きていけるのか……。

 ミルドに「学習をすることで知力は上がらないのか」と聞いてみたが、答えは「否」。先にこの世界に来て長い時間を生きている人間が言うのだ。おそらく裏技でも使わないかぎり、俺の魔力・神力が役に立つことはないのだろう。この上なく遺憾ながら。

 ではどうすればいい……? 

 野望だった最強の魔法使いになるなんて今となってはどうでもいい。そんなことより生きることが優先だ。

 俺がこの世界で生きていくには……。

 命をつないでゆくには……。


 やはり、生前と同じように這いつくばって生きるしかないのか……。

 社畜になり、過労を強いられて、短い睡眠時間で馬車馬のように鞭打たれながら働くしか……。

 この世界でも、俺はそんな生き方をしなくてはならないのか……。

 それしか手はない……。

 なら、それに縋るしかない。

 でも……。


 ――生まれ変わっても生き方を強制されるなんて、いやだ。

 俺は空を仰いで思った。


 変わりたい。自由になりたい。思うがままに生きたい。自分のしたいことをして、自分のやりたいようにやりたい。

 野を駆けまわる鹿のように。

 空を羽ばたく小鳥のように。


 ――俺は、そのための翼がほしい。


 二度目の人生を謳歌するための翼が。

 それを手に入れるためには鹿ではなく、獅子にならなくては。

 小鳥ではなく、猛禽にならなくては。

 人を超えてでも、翼を手にしなくては。

 たとえその翼が天使のものでなく、悪魔のものであったとしても……。


 ――俺は必ず、翼を手に入れる。



     ※



 しばらく無言だった俺は前触れ無く動き出した。


 関羽さんの前に行き、「弟子にしてくだい!」と大声で頼み込んだのだ。


 関羽さんは最初、いきなりの発言に疑問を浮かべていたが、「俺、強くなりたいんです! お願いします!」と言って頭を深く下げると、押し黙った。

 ミルドが「何をそんなに焦っている? 俺にはまるで生き急いでいるかのように見えるぞ?」と言ってきたが、俺は無視して頭を下げ続けた。


 沈黙を破った関羽さんの言はこうだった。

「よかろう。お主がそこまで言うなら武芸を教えることも(やぶさ)かではない。しかし拙者の教訓と鞭撻(べんたつ)は並のものではないぞ? それに耐える覚悟があるのか? サイカイ」

 俺の返答は言わずもがな。関羽さんはそれを聞き、教えを授けることを了解した。



 それから、関羽さんに武芸を習う日々が始まった。

 しかしブレイザーになったというのに、依頼をこなさず修行ばかりしていて良いものか、そう思いアルティに聞いてみると、「自身を鍛えることもブレイザーの仕事。だから大丈夫だよ」と意に適う返答をもらえた。

 ところが、(よし、これで何の気負いもなく修行に励めれるようになったな)と思ったの束の間、自分の住む家がないことに気づいた。

 またしてもアルティに相談すると、ちょうどギルドの横の小さな家が空いていたので、そこを借りることにした。

 家の中は八畳くらいの一部屋で、ボロいがなんとか使える家具が大体そろっていた。

 暖炉もあったので、冬が来ても難はしのげそうだった。


 そんなこんなで、関羽さんとの修行にようやく本腰が入れられるようになった。

 だがそうなっても、関羽さんはブレイザーの仕事で忙しく、俺にばかり構っているわけにもいかなかった。それでも関羽さんは仕事の合間に稽古をつけてくれたり、俺でも参加できそうな依頼なら連れて行ってくれて、ブレイザーとしての心得などを教えてくれた。

 関羽さんが忙しい時は、筋トレをして自身を鍛えた。



 そんな日々が、一年続いた。

 けれどある日。


 関羽さんが出張しなければならなくなった。

 期間は半年。他のギルドに出向いて重要な依頼に協力しなければならないらしい。

 そうなると俺を鍛えることはできなくなる。

 しかし出発の日、関羽さんは言った。

「サイカイ、お主には基礎をほとんど叩き込んだ。あとはおそらく独力でも大丈夫であろう。どのような勇輝士になるか、これからは自分で考えて鍛錬を積むのだ」

 俺はその言葉を聞いてうなずき、関羽さんを見送った。



 それから俺は自身を鍛えることに没頭した。

 筋トレは毎日行い、少しずつ負荷を大きくしていく。

 体力をつけるための走りこみも欠かさなかった。

 徐々に距離を伸ばしていき、街の周辺で最も高い山――ソードマウンテンまでを往復するようにまでなった。

 時には山籠りを行い、厳しい自然環境の中で精神と肉体を鍛えた。

 たまにギルドの依頼をこなし、最低限食っていけるだの金を稼ぎ、あとの時間はひたすら鍛錬に()てた。

 そんなわけでブレイザーランクはほとんど上がらず、新しく入ってきた者にもすぐに抜かれ、ブレイザーの間では「最下位のサイカイ」とまで呼ばれるようになってしまった。

 それでも俺は鍛錬を止めなかった。

 ずっと、同じルーティンをこなし続けた。

 自身を鍛えるというルーティンを。

 ……ただ、ひたすら。


 ――翼を得るために。





 それから約四年。

 関羽さんと別れて、独力で鍛錬を始めてからの年数なので、関羽さんに師事していた時を合わせると約五年になる。


 五年で俺がどう変わったか。

 まず髪型が変わった。

 超サ○ヤ人みたいに髪が逆立って、常時上を向くようになった。つまりツンツンである。別にデレがないとかそういうことじゃない。

 いつごろからこの髪型になったかはよく覚えていない。

 朝起きたらなっていて、ひどい寝癖だなと思って過ごしていたらこの寝癖は直らないということにかなり後になって気づいて、直すことを諦めた。


 あとは……そうだな。強くなった。

 少なくとも森の獣や変異植物なんかには怪我一つ負わされることがなくなったし、その程度の相手なら一撃で瞬殺できるくらいには身体能力も技術も向上した。


 変わったのはそれくらいか。

 身長は変わってないし、靴のサイズも変わってないし、ブレイザーランクが最下位なのも変わってない。二つ名の「サイカイの最下位」もまた然りだ。


 そんな、変わってないようで変わっている俺は今何をしているか。


 ただいま走り込みの真っ最中である。


 ソードマウンテンの登頂まで走って上り、今は復路をせっせと行軍中。脚をしゃかりきになって動かしながら。


 緑や茶の景色が、油絵のようにぼやけて次から次へと変化していく。

 サイカイの腕と足もぼやけて見え、それ以外の体の部位しか彼の輪郭を見て取ることはできない。

 それほどの速さなのだ。おそらくF1のレーシングカーをも超えていると思われる。

 サイカイの通った後には轍が残り、獣道にもかかわらず足跡が深く刻まれていっている。

 上空から見ると豆粒が林の中を超高速で突っ切っているように見える。


 結論を言うと、俺はこの五年間を使い、知力以外の()()()()()()を上げることに専念した。

 筋力。

 体力。

 防御力。

 精神力。

 技術力。

 速力。

 敏捷性。

 肉体の頑強さ、など。

 上がるものならとにかく上げた。今の自分がどれくらいの能力値なのかわからないほど鍛え上げた。


 それでも俺は日課として一部のトレーニングを続けている。

 マラソンに、基礎的な筋トレくらいだが。


 森の中を走ると空気がうまく、穏やかな気持になる。

 自然と一体になったようで、精神が静められるのだ。


「すぅー、はぁあー」


 走りながら深呼吸をしていると、地面が揺れ動いているような気がした。


 獣道を土の道に変えながらア○レちゃんのような急制動をかけ、サイカイはやがて停止した。


 なんだ……? この地響き。


 遠くから光の巨人かゴ○ラでも歩いて来ているような、腹に響く地鳴りが聞こえてくる。


 耳を澄ませ音の正体を突き止めようとしていると……。


「ぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 男の叫び声がだんだんと近づいてくる。


 そのまま耳を傾けていると、


「ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ」


 サイカイのすぐそばを男が弾丸のような速度ときりもみ回転で通り過ぎた。

 その風圧でサイカイの体が風にさらされ、継ぎ接ぎだらけのジャージがなびく。


「ぁぁぁぁぁゴフッ!」


 と同時に空中を吹き飛んできた男はサイカイの斜め後ろの樹の幹に背中から激突し、そのまま地面にずり落ちて倒れた。


 男はサイカイよりも若い青年で、長身で筋肉隆々、背丈は関羽ほどもあり、上半身には肩口までしかない鎧を着、下半身には現代日本でいうミニスカートのようなものを穿いていた。


(細マッチョが9mmパラベラム弾みたいに飛んできた……。なんで……)


 振り返り地面に倒れている男を凝視して考えた。


(飛んできたんじゃなくて飛ばされたのか……? だとしたら飛ばした張本人が反対方向にいるってことだよな。そいつは……)


 再度前方を向いておかしな現象について考察する。

 確かに飛んできたのではなく飛ばされてきたのだと考えると、その原因となるものがあるはずだ。紛れも無く飛んできた方向に。


(ま、向こうも気になるけど、こっちも放っておけないか……)


 そう思い直して男の方へ向き直り、近づいていった。


「おい、そこのあんた。大丈夫か? すげえ回転しながら飛んできたけど。ついでにすごい音立てて木にぶちあたったけど、それも大丈夫か?」


 倒れた男に声をかける。すると男は気がついたようで、


「う、うう……。だ、だれだ……僕を呼ぶのは……」


 と言いながら起き上がり、


「――はっ! だ、だめだ! 一般人はすぐにここから退避するんだ! 奴の餌食になるぞ!」


 気がついた途端に慌て始め、瞬時に近づいてサイカイの肩を揺すり、逃げろと喚き出す青年。打ち所が悪くて頭がおかしくなったわけではないらしい。


「やつ? やつってなんだ? 狼か熊でもいるのか? それとも……って、熊は人食べないか……」


 あっけらかんとして青年の顔を見、自分でツッコミを入れるサイカイ。その頭はスーパーハードのワックスで塗り固めたように逆立っている。


「そんな悠長なことを言っている場合じゃない! 早くここから逃げないと!」


 と青年が言っていると、


「お? なんだあれ? なんかすげえでかいツチノコみたいなのがこっち見てんだけど」


 サイカイが振り向いてそちらを見、青年も視線をすぐにやる。


「来た! あれが僕を投げ飛ばしたやつだ! でもツチノコじゃない! ただの大蛇(だいじゃ)だ!」


「え。でもあれ、大蛇っていうレベルじゃないだろ。もうほとんどヤマタノオロチ――じゃなくてオロチだろ」

 頭は一つしかないからな。ヤマタではないな、うん。ただのオロチだわ。


 大蛇(オロチ)は全長十五メートルはあるだろうか、首をもたげたその姿は周りの木々を軽く超えており、それだけで威圧された獲物は震え上がって動けなくなってしまいそうだ。

 舌をちろちろと出して二人の様子をうかがい、時折口を開けて牙を見せ、威嚇してきている。


「うわあ。すげえ。俺こんなヘビ始めてみたわ。日本で最後に見たの小学生の時だったかなあ。たしかその時はシマヘビだったような……」


 腕を組んで思いを馳せるサイカイ。その顔は懐古の念で緩みきっている。


「君は早く逃げんるんだ! 僕が大蛇の相手をしている間に! さあ早く!」


 手の平大の石をメジャーリーガー顔負けの速度で連続で投げて、大蛇を挑発する青年。大蛇はその石を受けながら全く傷つかず、鬱陶しそうに身をよじり狙いを青年に定める。


 かと思いきや視線をじろりと動かし――


「お?」


 ――パクリ。


 目にも留まらぬ動きでサイカイを丸呑みにした。頭から一口で。


「な……!」


 大蛇の行動に意表を突かれ、動きを止めていた青年は愕然とし、


「くっ……僕が彼を逃がすことができていればっ……!」


 拳を握りしめ、上半身を丸めるようにして後悔の念に耐える。その姿からは純粋な、それでいて青臭い正義の心が感じ取れる。若さゆえのものだろう、しかしその心情は実に清らかで、見ていて清々しい。


 青年は顔を上げてきっと大蛇をにらみ、


「よくも罪もない一般人を! 僕が成敗してやる!」


 と宣言して大蛇に殴りかかった。


 青年のその拳には、どこか人外じみた勢いと力があり。


 瞬く間に速力が最高に達したそれは大蛇の腹のあたりに吸い込まれ――


 厚い鱗にめり込んで鈍い音を轟かせた。


 その音により周辺の鳥類は慌てて空へ散り、地下の生物も何事かと思い反応し、地上の哺乳類は我先にと反対方向へ逃げ出した。


 しばらくして逃走の騒がしさがなくなり、それでもストレートをかました青年とそれを受けた大蛇の体勢は変わりがなかったが、出し抜けに口を開いた一方により両者のバランスが崩された。


「……くっ」


 全力で臨み敗北した悔しさと、自身の至らなさを歯がゆく思う心が声になる。


 しかしてその声は仇敵の反撃の狼煙となった。


「うっ!」


 青年を中心にして一瞬でとぐろを巻いた大蛇。身動きの取れなくなった獲物を上から見下ろし、細長い舌をちろちろと伸ばす。まるでなぶるように。


「くそ……まずい……」


 万力のような締め付けにさすがの力自慢もなす術がない。これこそまさに手も足も出ないというやつだろう。

「く……う……うぅ……」


 あとはどう死に至るか、それのみだ。そしてそれを握っているのは大蛇であり、締め殺すも咬み殺すも彼の者の自由――つまり料理をどう味わうかは食する者の気分次第、というわけだ。


「ぐ……ぁ……あぁ……ぁ…………かはっ……」


 そして彼は死んだ。


 締め付けによる圧迫死で。


 眼は飛び出し、頭蓋は割れ、体液と血液は飛び散り、肉は躍るように破裂して細分化された。


 破裂した頭から出てきたのはサイカイだった。


 サイカイは押し上げるように手の平を突き上げており、体液まみれでジャージも体もべとべとになっている。

 脳があったところに突如出現したサイカイは、「よいしょと」と言いながら頭蓋骨の残り及び肉塊の外に出て、中心に顔を向けた。


 そこには力の抜けてだらしなく地面に落ちた肉塊――それに囲まれた青年が突っ立っていた。


 青年は突然の事態に理解が及ばず、周りの「大蛇だったもの」を見つめて呆然としている。


 しかし、肉の山を乗り越え近づいてきた間抜け面の男を見つけると、はっとしたように我に返りひざまずいて――


「あ、あなたは! ――もしや私の兄上様ですか!?」


 と、言った。


 サイカイは、招きこむように手を広げ恍惚とした表情を浮かべる青年を見て。


「え? ……兄? ……いや……俺たしか弟はいなかった気が……」


 腕を組んで真剣に考え込んだ。



 自分が知らされていない、生き別れの兄弟がいないかと。

 ご一読ありがとうございました。

 感想・批評などお願い致します。


※当小説は試験的に読者の方の意見・提案を広く募集しております。

 このようなストーリーにした方がいい、名前はこちらの方がいい、私の好きなあの神話のあのキャラを登場させて設定はこうでこのように動かしてほしい、世界史に残るあの人物をこんな役として登場させてはどうか、次の話はあの伝説を元にしてみてはどうか、などなど……。

 どのような意見でもかまいません。こまごましたことから、ストーリーや世界設定にわたる提案まで。それがこの小説の可能性を広げるものならば、喜んで耳を傾けさせていただきます。

 本音を言うと、学がない私の勝手なお願いなのですが、よろしければ、この小説を紡いでいくためにお力をお貸しください。

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