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不老不死の願い

「それでワシに用件というのはなんだね?」


 渋面をつくり、しわが一段と深くなって凄味のでた老人がソファにふんぞり返って話をうながす。相手の男はダークスーツ姿の中年の男。顔が青白い他にはこれといった特徴のない、明日になれば忘れるほどの平凡な容貌だ。古い革製の古いトランクを持っている。


「これはこれは単刀直入ですなあ……あなた様にお会いするためいろいろ苦労したのですが……」


 私室でくつろいでいた老人の背後に忽然こつぜんと人の気配がした。

 まるで魔法のように……


――こいつは特殊な訓練を受けた軍人に違いない……


「時間がもったいない。いくら欲しいのだ?」


 この応接間は高級な家具、調度品が飾られ、それらの価値だけで一般的な人間の一生分の資産となりえる。暖炉の火が赤々と燃えあがり、狩猟で取った鹿の首の剥製が二人のやりとりを眺めている。


――この男、最新の警備システムとガードマンに守られた豪邸にやすやすと侵入するとはただ者ではない。大国のスパイか殺し屋か?


 と、老人は推察した。彼ほどの資産家ともなると、方々から命を狙われている。

 きっと訓練された軍人の暗殺者であろうと推理。だが、いまどきロボットのように忠実な軍人などいない、大金で取引できるものなら取引しようと、口説き文句を脳裏にあれこれ浮かべる。

 老人は根っからの商人だ。

 それに、いざとなれば壁に護身用の猟銃が飾ってある。話を引き伸ばし、あれされ手に入れば……


「ふふふ……私はお金が欲しいのではありません。有意義な取引をしていただきたいわけでして……」


「フンッ!似たようなものだ」


 黒い服の男は目は無表情にもかかわらず、口元に笑みを絶やさない。まるで東洋人のようなアルカイク・スマイルだ。


「あなた様は成功者です。富も名誉も権力も手に入れました。普通の人間には味わえないものまで、お金の力で手にいれた事でしょう。しかし、それでも手に入らないものがあるでしょう?」

「なんだ?愛情だの、慈愛の精神だのとほざいたら、この部屋からたたき出すぞ。心なぞ持っておったら、ここまでの財産は築けん」

「いえいえ……そんなものではありません。あなたが心の奥から欲しいものです」

「なんだ、もったいぶりおって……」


 謎の男はわざとらしく咳払いした。


「あなた様は何でも手に入れるために大勢の並の人々より数十倍、数百倍の努力をかさねました……だけど、努力の足りない、または努力をしていない並の人々と平等なものがあるではありませんか……」

「なんだ、わしの容貌か?確かに美男ではないが、強面こわもてで徳をすることもある。顔を変える気などない。」


 アルカイク・スマイルの中年男はやれやれと両手を広げるジェスチャーをした。


「人間が物心ついてから抱える最大の恐怖とはなんでしょう?」

「話を変えおって……むう……死、の事か……? 確かに寿命は金持ちも貧乏人も関係がない」

「そうですそうです、さすが察しが早い!」


 男は芝居かかったゼスチャーで応じた。


「死から解放するとは、宗教家か?興味ないな」

「違います違います。私の一族は人間を不老不死にする技術を持っているのですよ、ハイ」

「……胡散うさんくさい話だ……」

「いえいえ、かつて人類は死に至るしかないと思われた病気を医学と科学で克服してきたではないですか。人間が不老不死になる方法もやがて未来には解明されるのですよ!それを私の一族がいち早く発見したわけでして……」

「その方法を金持ちから大金と引き換えに教えようというのか?」

「はい。はい。その通り!実は私も不死身でして……そこの護身用の銃で撃ってみてください」

「フンッ大きくでたな。これは実弾だぞ……人間の死体なんぞ、金でもみ消せるのだぞ」

「さあさあ、撃ってください……」


 老富豪は壁から猟銃をとり、ためらいもなく銃で男を撃ち、男は弾丸が突き抜け倒れ伏した。正当防衛だといえば罪にならないし、第一、死体などひそかに処分できる。


「バカな男だ……」


 硝煙がたなびくなか、老富豪は冷然と言い放った。


「そうでしょうか?」


 さっきと変わらない口調で、黒服の男は起き上がった。アルカイク・スマイルが不気味にみえる。

 老富豪はさすがに、心底から驚愕した。服に銃弾の痕があるが、貫通したはずの傷痕が見る見るうちに治癒していく……

 金の力であらゆるものを手に入れた……しかし、老年になって満足するどころか、まだまだ生きて金儲けがしたい……欲望を満足させたい……


「ただのハッタリ屋でも山師でもないようだな……」

「ただ、不死身の力を手にれる代価は、お金ではないのですが……」

「はんっ! 魂とでもいうのか? わしは商売ですでに悪魔に魂を売ったに等しいことをしてきた――よかろう、くれてやる」

「おや、私の話を信じていただけましたか? 論より証拠です、さっそく施術をほどこしましょう……」


 ダークスーツの男は革製の古いトランクをテーブルに置いて、鍵穴に金の鍵を差し込み開錠した。ふたをゆっくりと開いた……

 紫色のオーロラのような光が室内にあふれ出し、部屋は光に包まれた……

 老富豪は目を覆い、騙されたか?といぶかしみながら気絶した……



「お目覚めですか?」


 私室の長椅子に寝かされた老人は、気付け薬のブランデーを飲まされ、あの忌々しい笑みの男に起こされた。


「きさま……よくも……」


「ブランデーはフランス語で、『オー・ド・ヴィ』といって、生命の水といいます。雪山で遭難した人が、ブランデーを飲んで気を取戻し、体を温めたからです。しかし、私の一族が編み出した不老不死の秘術はそれ以上の価値がありますぞ……」


 中年男は富豪の腕をまくりあげて、そこに暖炉で赤々に熱された火かき棒を腕に押し付ける。


「ぎゃああああああああああああああああああああああっ‼」


 室内に絶叫がほとばしる。部屋の調度品を蹴飛ばして騒ぎ立てる。

 だが、老人は気が付いた。痛みも熱さもないのだ……火傷が見る見るうちに治癒していく。


「ご満足いただけましたか?でしたら、この用紙にサインと拇印をお願いいたします……」


 中年男は古いトランクから羊皮紙を取り出した。ラテン語に似た字で何か書かれている。


「……貴様は……伝承にいう、悪魔だな……」


 中年男は大げさな身振りで否定した。


「とんでもありません!不老不死だなんて超常現象が起こり、迷信的な考えになったのはわかりますが、これは人類がやがて知りえる科学技術。気絶させたのは、この秘術を余人に知られないためでして……サインと捺印を……」


 男はやや慌て気味に否定した。痛いところを突かれたようだった。


「ふんっ……悪魔ではないと言ったな……では、これを見てはどうだ?」


 老富豪はニヤリと右の口角をあげ、倒れた調度品の中から銀のロザリオを取り出した。


「あっ、ああああああ……それは……それは……それはぁぁぁぁ……」


 ロザリオとは聖母アリアを祈るための数珠で、十字架と不思議のメダイもついている。ローマ教会から手に入れた本物の奇跡の力を持っている。ロザリオを悲鳴をあげる男の心臓部に押し付けた。


「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ」


 ダークスーツの男は青白い炎をあげて燃えあがり、灰になって崩れた。

 テーブルのトランクも灰になっていた……

 灰の中からロザリオを取り出して神に感謝した。


「フンッ!やはり悪魔ではないか……ふははははははっ」


 ひょんな事から老富豪は悪魔と出会い、不老不死の秘術を施され、不死身となったのだ。

 しかも、悪魔と打ち勝ち、ただ同然で取引を成功させたのだ。彼にとって人生最大の商取引の成功だった。なんという強運……いや、悪運の持ち主であろうか。


「わしは不死身だっ!まだまだ稼いで富を増やしてやる。世界をこの手に買い取ることもできようて……ふははははははははははは…………うっ、うぐぅぅぅぅぅ……」


 老人は右手に持ったロザリオから青白い炎が広がり、全身を炎に包まれ苦しんだ……


「バカな……わしは……わしは……不老不死になったのだぞ……」


 不老不死になるとは、あの悪魔の眷属となることである。悪魔のトランクの光で老富豪の肉体は少しずつ悪魔の細胞と変化していて、ちょうどこの瞬間に全細胞が悪魔と同等になったのだ。

 なので、この時持っていたロザリオの聖なる力が悪魔となった老富豪を灰にかえたのだった……

 うすれゆく意識のなかで、老人はそれでも、悪魔の契約書にサインはしなかったぞ、っとつぶやいて、この世から消失した。


 部屋には人型の灰のあとが二つだけ残った……

 一部始終を見ていたのは鹿の頭の剥製だけだった―――


                 了 






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