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消えた恋人

 寂しい町の路上。

 夏も終わり、秋の風が涼しく吹いている。

 周りはレンガの建物が多い市街地。

 

 あたしは恋人と歩いていた。

 秋の日和もなんのその、心がポカポカと温かくなって、幸せだった。


 突然、街角から現れた人物に、彼はハッとした。


「どうしたの?知っている人?」

「………」


 角から現れた人物は、フロックコートに、こぶこぶとした杖を持った、ワシのクチバシのように鼻のとがったお婆さんだった。言っては悪いが、まるでお伽噺とぎばなしに登場する魔法使いの老婆のようだった……

 彼女はヨチヨチと歩いてレンガのお店のひとつに入っていった。


「たしかに…以前どこかで……いや……人違いか……なんでもないよ」


 その時はこれから行くお店のことで頭がいっぱいだったので、深く聞かず、このことは忘れてしまった。

 木枯こがらしが、新聞や広告のチラシを吹き飛ばしていく―――


 しばらくして、恋人がある店の前で足をとめた。視線を追うとうす汚れた感じの古着屋だった。あたしもショーウィンドーを除くと青い服を着た男のマネキン人形が虚ろな表情で外を見ていた。この服、彼が欲しいのかしら?


「そうだ!あのお婆さんだっ!」


 突然彼が叫んで驚いた私を尻目に、彼はあたしを置いて駆け出していった……

 あまりの意外な事に呆然と店前に突っ立っていたあたし……

 あの魔法使いのようなお婆さんは彼の知り合いだったのかしら?

 このショーウィンドーの中に、思い出した鍵となったものがあったのよ。きっとそうだわ。でもでも……それが何かわからないわ……

 

 陳列棚には三体のマネキン人形がかかし然として突っ立ている。真ん中に男一体。両脇に女二体。

 よく見ると、マネキン人形にしては精巧にできているわね……まるで生きているかのような出来は、さびれた町の古着屋には似つかわしくないかも……


 じぃ~~~~と見ていると、気味が悪くなってきちゃった……

 でもでも、そんな事より、このあたしを置いてきぼりにするとは失礼すぎない?


 だけど、それが彼を見た最後の姿だった……

 連絡もなく、彼はこの町から忽然と消えてしまった―――――

 

 あれから幾星霜―――

 消えた恋人の消息を想い、悲しみ、嘆き、感情が失われたあたし……

 時間がやがてあたしを少しづつ、少しづつ癒しいていった……

 

 レンガの町を歩いていると、ふと、何かの視線を感じた。

 誰かがあたしを見ている……

 どこだろうと見回しても人はいなかった。

 あ、あのお店の窓から覗く人影は……やだ、なんだマネキン人形じゃない。

 女二体と男一体のマネキン人形。その男の人形、誰かに似ているような……


―――――――!!!


 そうだわ、男のマネキン人形は消えた恋人に似ているわ。気味が悪いほどに……

 あたしは、ふろふらと……夢遊病者のように古着屋の店内に入った。

 まっすぐ、あのマネキン人形へ。穴のあくほど、見れば見るほど彼に似ている。

 まるで、人間が魔術で生き人形に変えられたら、こうなるかというぐらいに……


「おやおや、このマネキン人形の着た服がお気に召したのかい?」


 店主は年老いた女性で、鼻がワシのクチバシのように尖ったお婆さんだ。まるで、御伽話に登場する魔女のような……

 頭の片隅で何かを思い出しそうになるが、きりがかかったように思い出せない……


「いいえ、服ではなく、このマネキン人形を買い取りできませんか?」

「えぇ?マネキン人形を買い取りたい?あらあらまあまあ……変わったものを欲しがるのねえ……でもあいにくだけど、これはマネキン会社に借りているだけで、私の持ち物ではないのよ……」

「では……では……そのマネキン人形会社の住所を教えてください!」


 あたしの気迫に圧倒された老店主は、事務棚からマネキン会社の住所を探し出して、あたしに教えてくれた。

あたしは駆け出していた。一分一秒でも早く。


 彼はきっと魔法で人形にされてしまったのよ……

 待っていて……必ずあなたを助けだしてみせるわ……



 

 やがて季節はめぐり、レンガの街角のショーウィンドーに秋の服が飾られるようになった。

 その服を飾るマネキン人形の中には、あたしがいる……


 



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