魔滅まき与太郎
「毎度ありぃ~~」
この男は棒手振りの与太郎。
夕日が暮れる前に最後の干し魚を売り切り、ほくほく顔で帰り支度をはじめました。
ちなみに“棒手振り”というのは、天秤棒の両はじに木桶をつり下げ、それを担いで魚や青菜を売り歩く商売人のことです。
天秤棒と木桶を洗って、問屋に返し、小唄を歌いながら貧乏長屋に帰る与太郎。すると、門前町のそばで人だかりがあり、好奇心旺盛な与太郎は野次馬となってその輪の中をのぞきにいきました。
知り合いの棒手振りの作次が大豆を炒ったものを売っています。
「なんでぇ、作次かい。今日は福豆売りかい?」
「何言ってんだい、与太郎さん。今日は立春の前日、節分の日だよ。あんたも一袋どうだい?」
「なんだ、節分かぁぁ……ちぇっ、子どもや坊主でもあるまいし、豆まきなんてやってられっかい! 第一にだ、豆をまくのにどんな意味があるんだい」
「いやいや……知らないのかい、与太郎さん……」
昔むかし、京都の鞍馬山に鬼が出現して暴れました。とき、毘沙門天のお告げにより大豆を投げつけ、鬼を撃退したことがありました。そこから、“魔の目”すなわち“魔目”に豆を投じて、魔を滅する(魔滅)ことに通じ、鬼に豆を投げる事から邪気を払って、その年の無病息災を願う風習へと変わっていったのであります。季節の変わり目は風邪などの病気にかかりやすい、昔の人はこれを邪気が生じるためであり、邪気・悪霊祓いとして行事にしました。
「へえぇぇ……魔を滅するから豆まきかい。こりゃア、いい事を聞いたぞ、いっちょカカアにさっきの話を講釈たれて、いっちょ豆まきで邪気払いでもしてみようか」
与太郎が福豆を一袋買って、懐にいれ、寒風が吹くなか貧乏長屋に足をのばしました。
すると、前から鬼の一団がやってきました。赤鬼、青鬼、黄鬼、紫鬼、黒鬼と、まるで五色幕です。さっそく与太郎さん、豆を鬼たちに撒きはじめました。
「鬼は~~外! 福は~~内!」
すると、鬼たちはカンカンになって怒り出しました。
「何をするか無礼者! 我らは邪気の鬼ではない! 地獄の閻魔大王につかえる獄卒であるぞっ!」
「我らの邪魔をすると、貴様を地獄に連れていくぞっ!」
「ひえっ! 獄卒さまでありましたか!」
与太郎はぶるぶる震え、土下座して謝ります。
「それにしても、なんでまたあの世の獄卒さまがこの世に?」
「うむ、実は井戸を通って亡者が一匹、こちらに脱走したのだ。早く捕まえねばならぬ、でわっ!」
中世の日本では、井戸は冥界に続くものと信じられていたのです。さて、地獄の鬼たちが駆け去っていき、それを確認した与太郎は首をあげ、ほっと一息。
「ちぇっ、地獄の鬼ならそうだと、虎縞の腰布に名札でもつけておけってんだ、まぎらわしい!」
鬼の居ぬ間に毒づく与太郎。クシャミをひとつし、とっとと長屋に帰ろうと歩き出しました。
すると、今度は前から白鬼と緑鬼がやってきました。
「ややっ、今度こそ本物の鬼だな。鬼は~~外! 福は~~内!」
すると、またも鬼たちはカンカンに怒り出しました。
「我は邪鬼ではない、風神であるぞっ!」
「同じく、我は雷神であるぞっ!」
「ひえっ! 風神様、雷神様でしたか。しっかし、なんでまた、地上に?」
「うむっ、一度下界のお伊勢参りをやってみたくてな。天神様に休暇をもらって諸国行脚中であるぞよ」
「そりゃまた、おヒマなことで……」
「「なんじゃとっ!!」」
白鬼の雷神が背中の太鼓を叩いて稲妻を落とし、緑鬼の風神が背負い袋から強風を轟々と吹き出しました。哀れ、与太郎は木の葉とともに宙に吹き飛ばされる。
「ひえええええええっ!!!」
近くの屋敷の松の枝に引っかかった与太郎は、命からがら長屋に戻りました。もうすっかり日が暮れております。
「やれやれ……ひどい目にあった。カカア、カカアはいるかい。豆まきの豆を買ってきたぞぉぉぉ!」
「あんたっ! こんな時間まで何やってたのっ!」
見れば女房の頭上に角がニョキリと立って……
今日は節分の日ですねえ。お昼に恵方巻きを食べました。2017年の恵方は“北北西やや北”です。




