――防衛本能。初めての勧誘に、俺は臨時で。(後)
六話目(後編)を更新させていただきました!
いつも読んでくださる方、ありがとうございます。
ここで嬉しい報告です。
絵師さんに僕が書いている物語のイメージを描いて頂きました!
Twitter @raku0820
で載せております!
是非、ご覧下さい! 僕が想像した通りの十七夜 綴と編になっております!
難民さん(@JxPorDIE)に感謝しております!
「それじゃあ、ここで待っていてくださいね」
ギュッと腕章を上げ、「ここで」と手でジャスチャーをし、爽やかな笑顔で幻影倫理取締委員会室に入って行った東雲を影倫室の前に設置されている簡易的に作られたベンチに、編と一緒に腰を下ろし、臨時としても影倫の一員になれるのかという確認を待った。
「――それにしても、編。どうして、東雲と握手なんて交わしたんだ? 日頃の編の言動から考えたら、俺以外の人間とは仲良くしないみたいで威嚇ばっかりするのかと思ってたけど……」
「うーん、だって……あまねちゃんはカッコよかったんだもん。あの気持ち悪い人を追っ払ってくれて、そしてあの決めポーズ。痺れちゃったよ、本当に」
「へえ、編ってそうゆう人を好むのか。まあ、確かに東雲はカッコよかった。恥じらう事もなく堂々とあの決めポーズを華麗に決めて見せるような人だし……それに、何たって東雲は過去を乗り越えて未来へ進もうとしてた、あの姿に俺も痺れたよ」
「――つづり、臨時じゃなくて正式に影倫? それに入っちゃえばいいじゃん。すごくカッコよかったし、あまねちゃんとも一緒にいる時間が増えるし、万々歳じゃん?」
「編は、東雲の事を相当気に入ったみたいだな。――でも、あの時に言ったように、家じゃ月が俺の帰りを待っているんだ。俺の精神状態が不安定なとき、好きな事、やりたいことをせずに、俺の面倒ばかり見て、月は俺のせいで中学時代を満喫できていないと思うんだ。――それで、精神状態が回復して、幻影を召喚出来るようになって、そしたら急に、俺は委員会に入ってって、そんな事をして、俺は月に顔向けできない。月には、月には、あと一年しかない中学時代を満喫してもらって、俺は家で、月を「おかえり」って笑顔で迎えてやらないといけないんだ……だって、それが俺のできる、唯一の罪滅ぼしで、恩返しなんだから」
「……つづりって、つっきーの事好きなの?」
「――当たり前だろ。大好きに決まってる」
「――ふーん」
「なんだよ? ――妹の事を大好きで悪いのか?」
「別にー」
「ちょ、痛。――どうして、蹴るんだよ……全く……」
小柄な少女の蹴りの痛みなどは、さほど知れているだろう。――なんて、侮ってはいけない。
気を抜いている状態で食らう物理的攻撃ほど、痛いものは無い。言えば、まさか的状況で食らう精神的攻撃も痛いのだが、この場合は物理的攻撃。
未だにジンジンと感じる痛みは、早くに引いてくれなさそうだった。
――てか、痣が残る。それぐらい。
そっぽ向いている編に、脚を優しくさする俺。簡易的に作られたベンチのすわり心地は、なかなかな物で臨時としても影倫に入れるのか、その確認を取ってくれている東雲を待つ時間は、 あまり苦ではなかった。
そっぽを向いている編に「どうしたんだよ」と話しかけようとした時、閉まっていたドアはガラガラと音を立てて開き、中から出てきた東雲は「失礼しました」とお辞儀を軽くして出てきた。
こちらに背中を見せていた東雲は、はぁと肩を落として、ヒラリとスカートをなびかせ振り返り、ニコッと微笑んで、右手ではVサインを作っていた。
「ジュウシチヤ君、これからよろしくお願いしますね!」
「はい。こちらこそ臨時ですが、よろしくお願いします」
俺は、東雲に一礼をした。そしてどうでもいいのだが、この時、初めて委員会に入った瞬間でもあった。
「――はい、これ!」
「腕章?」
「はい、そうです! 今日からジュウシチヤ君は臨時だけど、影倫の大事な仲間ですから、その証としてです。それにこの腕章が無いと、影倫としての力を行使できないですから、失くさないように大切に、持っていてくださいね。――それじゃ、早速、腕に着けてみて下さいよ!」
仲間としての証、影倫としての力、大事なものだから失くさないようにと手渡された、「影倫」とその二文字がプリントされている腕章を東雲に勧められたように腕へと着けてみた。
「……どうだ?」
「はい! すっごく似合ってます! なんですかね、トンファーとか持ってそうです!」
「うん、別に噛み殺したりはしないんだけど…… でもまぁ、似合ってるって言われて嬉しいよ。――どうだ。編は、似合ってると思うか?」
「……」
編は聞こえていないのか返事をしない。聞こえない――――そんなはずはないんだけど。
「うーん、どうしちゃったんですか?」
「……いや、分からない」
影倫室に入る前と出てきた後で編の態度が一変しているのを見て、東雲は心配そうに聞いた。
しかし、編の態度が一変した理由をきちんと理解できていない俺は、「分からない」と答える事しか出来なかった。
「ジュウシチヤ君を無理やり影倫に誘った事がいけなかったのでしょうか……それとも、私の事が……」
俺の腕に、何の違和感もなくある腕章を落ち込み気味に見つめ、東雲は小さく声をこぼした。
「いや、そんな事は無いから! 編だって俺が影倫に入ること賛成していたし、それに東雲の事だって編は、すごく気に入ってるから、ほら、そんな悲しい顔しないでくれよ……」
「……はい、すいません」
「と、とにかく! 俺はこの後、家に帰らないといけないから影倫の仕事内容とか詳しい事は、また明日教えてくれると嬉しい。―――それじゃ、帰るときは気を付けて帰るんだぞー」
俺は、これ以上東雲といたら増々冷たい空気になると思い、そっぽを向いて口を利かない編の手を引いて校舎を出た。
「おい、編。本当に、どうしたんだ……」
沈みかけているオレンジ色の太陽に、編の赤髪はめらめらと燃えるように、どこからか抑えきれない怒りを感じているようにゆらゆらと揺らしていた。
「……だもん」
「――え、なんだって?」
態度の一変ぶりを聞いてもなかなか答えようとしなかった編は何度もぶつけている俺の質問に、ようやく口を開いたかと思えば、「……だもん」と、よくある描写で、少女が片思いをしている少年にやるせない想いに任せ、好きという気持ちを伝えてしまう、そんな展開の前段階な展開に態度の一変ぶりを、教えてくれるのかと思いきや、俺の隣を淡々と歩いていた編は、急に立ち止まり、それに対応しようと同じように立ち止まった俺に、バフッと効果音が漫画なら描かれるような強くもなく弱くもない、言うならば安心しきって体を落とした、そんなふうに抱きついた。
「……編?」
俺の胸辺りに顔を埋めている為、編の表情は確認できない。しっかりと腰辺りに腕を回している編に、俺もゆっくりと背中に腕を回した。
赤い夕陽が、俺と編の重なり合った影を長く伸ばす。同じように少し先に進んだいつもの自販機の影も長く伸びていた。
「……つづり。つっきーの事、好きなの?」
埋めていた顔をクイッと上げ、綺麗な瞳は上目遣いで俺に再び問いかける。
「ああ、大好き……だけど」
「それじゃあ、手前の事は……?」
月の事は? 大好き それじゃあ、私の事は? テンプレートな流れで編は自分が俺からどう見られているのか、綺麗な瞳は一瞬、曇ったように見えた。
「……それは」
編の事を好きなのか? その質問に対しては『好き』だと堂々と答えることが出来る。しかし、編が言っている『好き』というのは、朝の登校時に話していたように、恋人としての感情の事で、『おう、俺はみんな大好きだぜ!』なんて鈍感極まりない主人公の話ではない。
と、ここまで思って気が付いた。
「てか、編は、なにか勘違いしていないか?」
「……勘違い?」
「そうだ。俺は月の事を大好きだけど、別に付き合ったりとかそんな感じの好きじゃなく、家族として、一人の妹として大好きなだけで――」
「本当に?」
最後まで聞こうとはせずに、俺の答えに食らいつく。
「――嘘を言ってどうする」
編は肩を落とし、安心したように、はぁとため息を一つ、そして回していた腕は緩むことなく、ギュッと少しだけ強くなり、再び向けられた綺麗な瞳の編は、優しく囁くように、
「でも、手前はつづりの事……愛してるよ。――誰よりも」
趣があった。
『そう言ったら、分かるでしょ?』と言わんばかりに『好き』から『愛している』に変えた編は、言い放った後、再び俺の胸に顔を埋めた。そして、
「ドクン、ドクンってさっきより早くなってるよ?」
顔を埋めたまま、言われた。
「し、仕方ないだろ……そんな事……」
年下に、それも幻影にこんなにドキドキさせられるなんて。俺は自分の今までが散々だったんだと思い返し、虚しくなる。
「ま、まあ、とにかくだ! 月の事は家族として大好きだし――そ、それに! 愛してるだなんて気軽に使うものじゃないんだから……えっと、場所とか、人とかだな、ちゃんと選んで大事な時に使いなさい!」
「――それが今だったら?」
ふざけている様には聞こえない声色で言った言葉は俺の胸にダイレクトに響く。その言葉自体が俺の胸に直接響いたのか、俺の胸に顔を埋めている為なのか、定かではないが、売り言葉に買い言葉、そこまで返されたら返事に困る。
「……帰りませんか?」
「あ、話逸らした」
「べ、別に逸らしてないからー、もう暗くなるし、家で月が待ってる事だし、本当に帰らないと……な?」
「うーん、もう」
俺の体から離れ、再び俺の横を歩き出す、編。しかし、校舎を出てすぐのような態度ではなく、
「――じゃあ、手繋いで」
断ると帰れそうにない雰囲気に、俺は伸ばされた細い腕の先にある綺麗な手を包み、繋いだ。が、
「……じゃなくて」
と、早速繋いだ手の形から、編は俺の指の間に指を入れて、密着度がかなり高い俗にいう『恋人つなぎ』へと変更し、
「よし」
満足げに歩き出す編。機嫌は少し、戻ったように見える。
まだ、幻影「編」を召喚して一週間も経っていないのに、ずっと昔から一緒にいるような、幼馴染、妹、そんな立ち位置を編が行ったり来たりしているような、今のように手を繋いできたような、そんな感じで―― だけどそれは、そう感じるだけであって、本当はそうじゃなくて。
そう感じるようになったのも、編との生命を共有しているからなんだろうか。
共有、声に出そうとしたら簡単に出てくる言葉で、でも、意味は深く重くて怖くて、簡単に自分が消えてしまって―――幻影「編」は本当に大丈夫なのだろうか。信用信頼、しても良いのだろうか。力をツインテールによって、抑制しているとは言っても、一般的な幻影と比べては編の方が長けている訳で、だからその分、自分の自己意識を強く持たなくてはならなくて。俺は、どうしてそんな幻影を召喚したのだろうか。これも全て、父さんから繋がっていて、手紙の冒頭に書いていた、父さんが想像した通りの最悪な事が起きてしまうんではないのか。
―――そんなふうに、恋人つなぎで隣を歩く、可愛い少女に思わなければならない。
繋いでいる手は小さくて、指は細くて、頼りない感じなのに、どこか心を覆う温かさがあって、絡めている指が俺と編の共有の表れだとしたら、一生解けそうにないぐらいに強く絡め、繋いで、俺が存在する世界、編が存在する世界、その二つを保ちたいとも思う。
日は沈み、俺と編の影は、街灯に照らされ頼りなくフラフラ、ユラユラ、伸びたり縮んだりと映り、夜を寂しくないように優しく照らしてくれる月は重々しく鉛のような雲に隠れて姿は見せてはくれない。
「――なあ、編」
「んー?」
「……どうして俺の所なんかに来たんだ?」
「うーん、分かんないよ。――でも、手前は召喚先がつづりで良かったって思ってる、だから手前はそれで良いんだよ」
手を繋いで歩く俺たちを関わることなくすれ違う人たちにはどの様に映っているのだろうか。
『兄妹』『友達』『恋人』『共有者』
言ってしまえばどれも正解ではない。元を辿れば「人間」と「幻影」だだ、それだけ。
そうならば、この世の中なんて「人間」と「人間」の集まりでしかない。多少、考え方が異なるだけで天から見たら同じ人間。しかし、その中でも俺たち人間は人間に自ら価値を付け、位置付けをする。いわば、繋がりのようなもの。人間を「点」に例えるとするなら、価値を付け、位置付けをする繋がりは「線」に例えることが出来る。
ある一定の距離に離れてある「点」と「点」に一本の「線」を引くことで、そこには繋がりが生まれ、干渉し合う事の無かったものが干渉し合う。それがこの世で言う、人との触れ合い、繋がりに価するんだと思う。
『きょうだい』という線、『友達』という線、『恋人』という線、幾つもある線を張り巡らせて、切れないように神経を張りつめて、調整して、遠ざけたり、近づけたり、決して見えない人との繋がり、「点」と「点」を繋ぐ「線」、そんなものを大切に生きている人間に、生命を共有している幻影というものは、どの様に繋がることができ、同じように、「線」を引くことが、繋ぐことが出来るのだろうか。繋がりが大切だと、端から言われている「人間」と「幻影」の仲に見えない純粋な「線」は綺麗に引けるのだろうか。
「――じゃあ、俺だって召喚したのは編で良かったって思っているから、俺は気にしなくて良いんだな」
「そうゆう事だね」
――――俺は、引きたい。綺麗に。
周りからどう見られようが関係ない。俺と編は生命を共有している時点で、俺と編の間には誰も干渉することが出来ない「線」があって、お互いにその「線」を指でなぞり、手探りに確認し合って、見つめ合って、お互いに大切にしていきたいと、俺と足取りを揃え、繋いだ手にお互いの腕が触れ合う、赤髪のツインテール、瞳は綺麗な茶色、お人形さんみたいに整った綺麗な顔立ち、それに薄いワンピースの少女に、俺は悠々と雲の隙間から顔を出し、静まった世界を照らすような月光に思った。
読んでくださってありがとうございます!
綴の高校生活が始まろうとしています。
幻影がいて、人間がいて、それが当たり前で。
それが日常の物語を目指して書いております。
この現実の事を一回忘れていただいて、
読んでいる世界が日常だと、そんな目線で読んでいただいたら幸いです。