――潜在意識。頬を膨らませる幻影は、靴の履き心地を確認する。(前)
5話にあたる物語を更新しました!
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朝は六時に起床。それが俺の毎日だった。スマホでアラームをかけ、スマホのアラームで起きる。もしも、アラームが鳴る前に起きてしまったとしても、アラームが鳴る時間まで、寝る。
それが、一時間前だろうと三十分前だろうと、十分前、五分前、言ってしまえば、一分前だとしても俺は、「よし、今日は目覚めがいいぞ!」とはならず、寝る。
起床については決めた時間に従いたい。それに、起きたらすぐにやらないといけない事があるからである。それは、月を起こさないといけないという事。知っての通り、月はなかなか起きない。アラームの音で起きられる俺は、あんなに揺さぶっても起きない月の神経を実の兄だとしても理解できない。そんな月を身支度しながら起こす。制服に着替える余裕があるほど、月は俺の呼びかけに応えることは無い。やっと、ネクタイを締めたぐらいで「ん……おはよ、お兄ちゃん」とむくっと起き上がり、欠伸をしながら目をこする。
それに俺は「おはよう。ほら、起きないと遅刻するぞ」とお決まりの言葉をかけて、月は、
えへへ、とえくぼを作って笑い、抱いていた俺の枕を手放し、ベッドから降りる。
それが俺の毎日で、なんの変わらない一日の始まり。それの繰り返しで、俺は良かった。
―――良かった。良かったのだが、今日の朝は違う。―――全く、違う。
「ねえ、つづり。起きて」
―――いつもと違うポイント。俺の起床が聞き慣れたアラーム音ではなく、甲高い少女の声という事。
「……うう、ん。まだ、アラーム鳴ってないから……」
抵抗した。当然の事、抵抗した。―――無理だった。
声の主は、可愛いクマさんの顔がプリントされたパジャマが赤髪の童顔に似合っている幻影。
その幻影は、俺の抵抗をもろともせずに「起きて」その三文字と加えて馬乗りで抵抗を抗った。
見た目は月より小さいし小柄。しかし、寝起きの体にそれが乗ってきても、「ふぇ、蚊が乗っているようだな」という事にはならない。
馬乗り状態で身動きが取れない体をなんとか上手い事に体を捻り、枕元に置いてあるスマホを手に取って、時間を確認する。
『5:02』昨日なら夢の中だ。
起床の時間は朝六時。今の時間は五時二分。俺の上には少女が馬乗り状態。「起きて」を連呼する。俺は寝たい。しかし、起こされる。隣では月が寝ている。当然、起きない。俺が起きなければこの状況は変わらない。そう思っていたが動きがあった。
「もう……起きないんだったら」
馬乗り状態だった体勢からは解除され、息がしやすくなる。その代り、俺が被っていた毛布を捲りあげ、「何をするのか」思った瞬間。一瞬、宙に浮いた毛布が落ちてくるタイミングより素早く俺の横にくっつき、バフッと落ちた毛布に二人被さった。そしてもう一度、
「……そっちが起きないんなら……こっちを起こしてあげようかな……」
見た目らしくない声を出す。
窮屈な毛布の下でゆっくりと動く細い腕の行き先にいろいろと危険を感じた俺は、
「起きます」
諦めた。
「おはよう、つづり」
「……おはよう、おはよう」
上半身を起こし、壁に凭れかかる。リクライニング式のベッドならばリモコン操作一つで、上半身だけを起こせられるのだが、リクライニング式でも、そもそも、そんな機能すら付いていないこのベッドでは硬い壁に凭れかかるしか方法は無い。左隣では月が俺の枕をいつものようにして抱いてすやすやと、右隣ゼロ距離では編が俺に凭れかかっていた。
「……なんでこんな時間に起こしたの……?」
「手前だけ早く目が覚めて、そしたら……暇で」
「……暇ね……」
確かに、スマホやゲーム機を持たない幻影にとっては暇というものは余りにも過酷な状況なのかもしれない。―――が。
「ベッドを二つくっつけるのにどれだけ体力を使ったことか……」
シングルベッド。十七夜家にはシングルベッドが二つある。言った通り、月は俺の横でしか寝ないから一つベッドは空いている。別に二つあるから両方使わないといけないという事は無い為、そのまま置いていたのだが、問題は昨夜寝る直前に起きた。
『手前もつづりの横で寝る』
この言葉が始まりだった。
―――俺の影に入らないのか?
『入らない』
―――どうして?
『寂しいから』
―――月、どうする?
『お兄ちゃんの横は私だもん』
『ええ、一緒に寝てるの?』
『うん、そうだよ。ねえ、お兄ちゃん?』
『ああ、うん』
『へえ・・』
腕を組む編の姿はどこか年季を感じる物があった。
そして解決策として眠たい目を擦り、あげられたのが朝のこの状態。
今俺は、ベッドとベッドのつなぎ目におり、縦に少し空く隙間になれるまで時間がかかる事だろう。
「――影に戻る気ないのか?」
「うーん、だって……」
「昨日は、寂しいなんて言っていたよな。理由は他にあるのか? そう、ちょっと言いにくそうな感じだけど……」
「―――別に、言いにくいって訳じゃないんだけど……聞かれると恥ずかしいかなって」
「……恥ずかしい? 影に戻るのは幻影にとって恥ずかしいような事なのか?」
だとしたら、オオカミ野郎は……羞恥心が無い―――? いや、それともそうゆう趣味なのか?
これまた、弱みを握れるチャンスが……
「つづり……なんかキモイよ」
「――え? ああ、ごめん。そ、それで……どうして、恥ずかしいんだっけ?」
―――またもや、顔に出ていたようだ。オオカミ野郎の事をどうやって……と考えている時は無意識に表情へと表わしてしまうらしい。問題だ。それにそれが「キモイ」となると大問題だ。
俺は、ふーっと息を吐いて表情をリセットした。
「……言っても―――怒らない?」
「……うん、場合によっては怒らない。―――てか、怒られるような事なのか? その事で俺も第三者から怒られるような事って……ないよな?」
「うん、手前の事だから、つづりは誰からも怒られないと思うけど……」
「―――思うけどって……なんか心配だな……」
チラッと編が俺の体越しに月の方を見たことも少し不安になる。
「……大丈夫。―――つづりが怒らないって誓うなら言うけど……」
「うーん。結構な駆け引きだな……でも、気になるのは確かだし……その理由が影に戻りたくないって思うのに価するなら俺は、無理やり編に影に戻れとは言わないけど……怒るか怒らないか……うーん、よし、決めた。聞こうじゃないか、影に戻りたくない理由を」
聞くだけ聞こう。聞かないで影に戻れと強要するのはさすがにやりたくない。
「……それじゃ、耳貸して……」
「……耳? ―――こうか?」
俺の体に凭れかかっている編の口元に耳を寄せた。耳に編の吐息がやんわりと触れる。その瞬間、体に電気が走ったように何か感じたが、クスッと笑った編に意識が戻った。
「――その理由はね……」
「……うん」
声に色が付いていない。耳元で囁かれる声はそんなふうだった。
「……理由はね……つづりが……」
「……うん、俺が……」
「……好きだから……大好きだから……だよ」
「……へえ……それが理由か……うん。―――ってぇ⁉」
ピロ~リン、ピロ~リン。ピロ~リン、ピロ~リン。
俺が自らセットしたアラーム。朝六時。いつもはこれを聞いて起きる。一日の始まり。
いつもと違うポイントなんて言っていたが、編の思わぬ発言とアラームで、やっぱり俺は完璧に起床した。
驚きの発言と、いつものアラームで起床した俺は、いつものように月を起こしにかかると同時に制服に着替え、ネクタイを締めると同時に月が起床。
えへへ、と笑ってベッドから降りる。そこからはいつものように朝飯を食べ、学校へと出発する。俺が通う高校は歩いて通える距離なのだが、月が通う中学より遠い為、いつも俺が先に家を出る。
「いってらっしゃーい、気を付けてね」
「おう――月も気を付けてな」
制服姿の月に見送られて家を出る。が、ここまでが毎日だった。
「編ちゃんは、お兄ちゃんの迷惑にならないようにね」
「――そんなこと、分かってるもん―――ああ、もう。つづり、靴紐結んで」
「……ったくもう。――ほら、貸して」
「もう……お兄ちゃんったら、甘いんだから……」
「つづりは優しいもーん……あ、ちょっと痛い」
「自慢げに言ってるけどな……これぐらいでいいか?」
「うん、ちょうどいい。――動きやすいよ」
足首をグルングルンと回し、靴の履き心地を確認した編を見て、月は手に持っていた制服の襟元に着ける赤いリボンを真っ直ぐ俺に突き出し、
「お兄ちゃん……結んで」
ムッとして言う。
『結んで』そう言われて、何度か結んだことはあるが、最近は一人で結ぶことがちゃんと出来ていた。赤いリボンを結んだ月の制服姿は良く似合っているし、多分、学校一制服が似合っ ているのは、わが妹の月だと思う。
「――こっちきて」
俺はそう言って、月を俺の傍へと呼ぶ。ムッとしている月から赤いリボンを受け取り、なぜか後ろを向かない月に正面からリボンを付けることになった。
やはり、正面からだと付けにくい。正面を向いているという体勢で付けにくいというのもあるのだが、近い距離で月と向き合っていという状況もなんだか付けにくいものだった。
「ほら、どうだ」
なんとか綺麗に、バランスよく妹の可愛さを損なうことなく付けることが出来た、リボンに俺はホッとし、久々な事に少しやり方を忘れていたが、似合う月を見て改めて、可愛いと思った。
「……ありがと」
「――おう、じゃあ行ってくるよ。おい、編。頬を膨らませてないで……行くぞ」
微笑んで手を振る月に俺も手を振り返し、カッカっと足音をたて歩く編と一緒に学校を目指す。
読んで頂き、ありがとうございます。
登場人物たちのキャラを安定さて行くのが、この頃難しい所ですW
でも、読んでくださる方が一人でもいる限り、頑張りますので
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