――仕事内容。それと、約束。(後)
二十二話目(後編)を更新しました!!
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それではお楽しみください!
「ジュウシチヤ君、編ちゃん、今日はありがとうございます」
屋上で、ささやかに吹く風は、掃除で少々掻いた汗をひやんりと撫でていた。
「いっぱい作って来たので、遠慮せずに食べて下さいね」
いつかの約束を、東雲は今日果たしたのだった。
大きな弁当箱には、正月を思わせるようなおかずが綺麗に並べられ、割り箸、紙皿、紙コップに飲み物まで用意されていた。
「言ってくれたら、俺だって何か用意したのに……」
そう、言ってみたものの他に何を用意したら良いのか、考えてしまう程に揃いは完璧――
全く、東雲らしい。
「いえいえ、私が誘ったのですから、ほんのお礼ですけど、召し上がってください」
隣で編は、よだれを垂らしている。
「お礼だなんて……しっかし、美味しそうだな」
俺もよだれが出そうだ。
「ねえ、あまねちゃん。――食べていい?」
「はい! どうぞ」
「やった! いただきまーすっ」
どうぞ、と微笑む東雲――ぱくっと食べて『美味しいっ‼』と、ご機嫌な編。
「それじゃあ、俺も――」
――海老とか、久々。
一口つまんだそれは、料亭に出してもおかしくないような程に美味しい。
「どうですか?」
「いや……これ東雲が作ったんだよな?」
「――はい。もしかして、お口に合いませんでしたか……?」
「違う。――めちゃくちゃ、美味い‼」
「ほ、本当ですか⁉ ――よかったぁ」
一安心したかのように胸を撫で下ろす東雲。
「――りょ、料理には自信があるんです」
「これは、自信を持ってもおかしくないレベルだ。――本当に、美味しい」
箸が止まらない。空腹だったという事もあるのだろうけど、それとまた違った快感に浸ってしまう。
そんな事で、あっという間に弁当は空になり今はベンチに座り余韻を感じていた。
俺の隣には東雲が、編は屋上へ遊びに来た小鳥たちと戯れている。
「ご馳走様、東雲。 なんていうのか――『ありがとう』って感謝したくなる美味しさだった」
「ありがとうだなんて……感謝しないといけないのはこちらの方ですよ」
屋上から見えるこの景色は、きっといつまで経っても記憶に残るだろう。街の騒がしさをかき消して、木々や田んぼ道、穏やかに流れる川と虫たちのコンサート。早朝に通るなら『清々しさ』を感じさせ、夕方に通るなら『儚さ』を醸し出し、夜中に通るなら『恐怖』を与えてくれる通学路が一望できるこの場所は、どんな『感情』を引き出すのだろうか。
馴れ合いばかりじゃ、核心に着くことが出来ない人との関係性を見守り、発展させてくれるのか、またその反対に放棄し、哀退させるのか。
「――ジュウシチヤ君」
「ん、なんだ?」
「掃除中に見たあの冊子の事――お兄ちゃん……の事――」
「――ああ」
「私――ジュウシチヤ君に一つ嘘を付いていました……」
「……嘘?」
東雲が眺める先のオレンジ色の世界は、どうしてこうも心を落ち着かせるのだろうか。東雲の言葉が一つ一つ、ダイレクトに伝わってくる。
東雲の感情が、手に取るように分かってしまう。
――東雲は、
「……私」
――他人には感じ取られないよう、隠して、
「……幻影が」
――隠れて、
「憎い」
――泣いている。
呟くように小さく東雲が吐いた言葉が、この先どちらに転がるのか。
そんな疑問すら、儚く沈む夕日と共に消え、恐怖が待つ答えへと変わっていった。
「夜のお墓参りって――怖くないの?」
「怖いだなんて……母さんと父さんに会いに行くんだぞ? 怖いも何もないさ」
「――そうだけど」
編は俺の腕をギュッと腕を回していた。
朝だろうが、夕方だろうが、夜中だろうが、墓参りと言うのは母さんと父さんに会いに行くという事で俺にとっては怖いと言う感情よりも嬉しいという感情の方が勝っていた。
しかし、一般的には夕暮れ過ぎの墓地というものは趣があり不気味なものだと印象づいている為、墓地へと向かうこの道に人気は皆無と言っていい程に無いが、今すれ違った人が人間であると言うのが確かなものならそれは皆無ではなくなる。とか思うと、なんだか、うん。
「ちょっと、暗いな」
――べ、別に怖くは無いんだからねっ。
「街灯の間隔が広すぎるよ……」
俺に対する編の密着度が上がった。微かだが、良い匂いが漂って来る。
「――なにか、つけているのか?」
「……え?」
「いや、編の方から香水のような良い匂いがしたから……」
「――やっと、気付いたっ」
暗がりで完璧に把握できなかったが、編の表情は一瞬、ぱぁっと明るくなり、今いる周りの状況に飲まれ、若干ひきつった顔へと戻った。
「やっぱりか……どこで付けたんだ?」
――家に、女性用の香水なんてあったか? まさか、月に好きな男の子でも出来て色気づき始めたとか――。
「あのあと、あまねちゃんが持ってた制汗剤を振りかけてもらったの。――良い匂いでしょ? 手間も、この匂い気に入ってるんだぁ」
編は空いている自分の腕を嗅ぎながら嬉しそうに話す。
そんな編といると、ここが不気味な雰囲気でもなんとか楽しい遊園地のように思えてくるのは、
編のおかげなのか、自分がそう思いたいと願う気持ちが醸し出す幻想なのか、定かではないが、
ふんわりと漂って来る石鹸のような香りは、どちらにせよ心をお落ち着かせるものだった。
母さんと父さんに編を紹介しようと前々から思っていたのだが、時間に空きがなく紹介するのが、遅くなってしまったけれど、それは今日を逃してはいけないと思い、急遽向かう事にした。
東雲が吐いた『憎い』という言葉が、ここまで俺を連れてきたのだ。
俺は確かめたかったのかも知れない。編を召喚して良かったと、悔いはないと、これで向き合えたんだと、自分は間違っていないんだと――肯定が欲しくて。
東雲に詳しく聞くことは出来なかった。
聞いた方が良かったのか、それともこれ以上関わらないでほしいという事だったのか。
分かった事は、東雲の細い腕に似つかないサイズの大きい腕章は、お兄さんの物だったという事だけで、東雲はお兄さんを未だ探しているのか、諦め意思を継いでいるのか、それすらも口に出すことはしなかった。
空になった弁当箱を片付ける姿が、遠く寂しく見えたのは多分、俺だけなのかも知れない。
――東雲は笑顔を崩さないから。
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次話は八月七日ですので
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