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読まれる日常と、読む非日常。  作者: 金木犀
壱:非日常である、日常の大きなプロローグにあたる物語。
3/46

――概念の否定。幼馴染に鞄を持たされるが、召喚した幻影に驚きを隠せない自分自身がいた。

次話を更新しました!

観覧してくださっている方、ありがとうございます。

―――高校の入学式。

それは別に緊張するわけでもなく、不安なわけでもない。

自ら選んで自らで受験し、自ら足を運び合否を確認するのだから。

「――綴。トイレってどこ?」

「トイレ? えっと……ここが体育館前だから……ここを真っ直ぐ行って突き当りを左に曲がって、そこに校舎があるから、入ってさらに奥に―――あ、体育館にトイレあったわ」

入学式が終わり、貰った用済みのパンフレットに簡易的な地図が載ってあったが、俺は地図を見るのがとてもと言っていい程に、苦手である。

「もう、なんなのよ。 ちょっとトイレに行ってくるから、この鞄を持ってて。あ、汚さないでよ、新品なんだから」

「――いってら」

いつかは汚れる鞄を「汚すな」と念を押して預けてきた髪の長い女。

その髪は少し、茶色に近くて、中学の頃はよく、生徒指導の先生から「髪を染めたんじゃないのか」と注意されていた女。

それに対して「うるせーはげ」と暴言を吐いてきた女。

今だって、俺に鞄を預ける前までは、茶色に近い髪を地毛だと申請してきた女。

「あぁ、ごめんごめん」

可愛い花柄のハンカチで手を拭いながら帰ってきた女。

「もう、緊張しちゃってさ……」

最初に言った、俺の概念を否定する女。

「なあ、七夕里は下の名前の読み、聞かれなかったか?」

「そりゃ、当然聞かれたわよ。確認なんで、苗字から読みを・・・って」

「やっぱり、七夕里もか……読みが難しいあるあるだよな、この時期って」

「でも、綴の十七夜に比べたら、私の七夕里の方が読めるわよ。綴の苗字、私、初めて会ったとき読めなかったもん」

「いや、お互い様だと思うぞ? 俺だって、七夕里って名前、読めなかったし」

「―――正直ね、綴ってのも難しいのよ」

「それを言ったら、出雲ってのも十分に難しいぞ」

「どこがよ? さすがに、出雲は読めるでしょ。私に場合は苗字で呼ばれて、あの……下のお名前は……ってパターンだけど、綴の場合は、苗字が難しいから初っ端、呼ばれないじゃん。そう考えたら、私の方が皆様にとって優しいのよ!」

ダダンッ! と効果音が流れそうな感じに、論破してやったみたいな顔が腹立つ女。

誰に優しいのか、何が優しいのか、分からないが、

中学からの知り合いで、幻影がいない同士で仲が良かったこの女―――出雲 七夕里。

確認用で「いずも なゆり」。苗字はともかく。初見で名前、読めるかこんなもん。

「まあ、ともかく。七夕里の地毛申請にも付き合ったんだから、俺も幻影召喚にも付き合ってくれよ?」

「ともかく?」

「え? うん……ともかく」

「とにかくじゃなくて……ともかく?」

「あれ? とにかくだっけ? え、いやともかく……やべ、分かんなくなってきた」

「さあ、どっちでしょう」

「―――どうして楽しそうなんだ。うーん、もう、調べる!」

俺はポケットからスマホを取り出して、辞書アプリで「ともかく」と入力した。


とも-かく

 [副]

・とにかく。ともかくも。「うまくいくかどうか、――やってみよう」

 「兎も角」とも当てて書く。


「えっと、要するに……どっちも一緒じゃねーか!」

「せいかーい! どっちも一緒でしたぁ!」

「・・七夕里、召喚室行きたくないからって話逸らしたな・・?」

「スースー。なんのことかしらー?」

「いや、口笛吹けてないし……それに、誤魔化せてないぞ!」

「それじゃあ、綴は、口笛吹けるっていうの⁉ そこまで言うなら私の前で吹いてみなさいよ!」

「別に、そこまでは言ってないけど・・・仕方ない、ちゃんと聞いとけよ―――」

俺の口笛が体育館前に響く。

「……綴。鷲でも呼ぶつもり? ―――上手すぎるじゃん」

「――え、ほんと? 他にこんなのも―――」

口をうっと突き出したとき気付かされる。

「じゃなくて……! 行くぞ、召喚室!」

「ええ、帰って昨日録画してた、ドラマの続き見ようと思ってたのに―――」

「そんな、漫画みたいな断り方したって無理だからな。絶対に付き合ってもらう。ほら、召喚室行くぞ。―――って、いや……どんだけ行きたくないんだよ……」

その場にしゃがみ込む七夕里。その姿はおもちゃをねだる子供のよう。

「――だって……幻影怖いから」

そう言って、しゃがみ込んでいる七夕里を見て思い出した。

「そう……だったな、ごめん」

――出雲 七夕里。こいつも精神が不安定な為、中学時代は幻影がいなかった。

理由は『小さい頃、近所のお兄さんが影に飲み込まれるのを見たから』そう言っていた。

俺は父さんが影に飲み込まれた瞬間を見ていない。だが、その怖さはあの頃の俺にでも、十分過ぎるほど伝わった。それを七夕里は、あの頃の俺より幼いころに目撃している、それは相当な恐怖を味わったと言っても過言じゃない。

「じゃあ、七夕里は気を付けて帰れよ―――それじゃあな」

「―――待って……綴は幻影が憎かったんじゃないの?」

「え、ああ、憎いよ。そりゃ、父さんを飲み込んだんだ……憎いに決まってる」

「中学の頃……言ってたじゃん。俺は、幻影なんかいらない。頼らない。悪魔だ、幻影なんて本性を現せば悪魔だって―――。それなのに、幻影を召喚するの?」

しゃがみ込んだ七夕里は上目づかいで、不思議そうに俺に問う。

「言ってたよ……覚えてる。幻影は悪魔だ……確かに言った。けどな、七夕里。いつまでも逃げてちゃだめなんだって気付いたんだ……いや、カッコよく言い過ぎたかな、なんていうか、俺が幻影を召喚出来るまで精神が安定したのは妹のおかげなんだ。その妹がこの前、俺の幻影を見たいって言ったんだよ……可愛い系かな、カッコいい系かな、それともお化けかもしれないって笑顔で言ったんだ。でも、そんな話が出来るようになったのも全部、お前のおかげなのにって。俺は見せてやりたい、俺の幻影はすごいぞって、カッコいいだろって、妹に見せてやりたい。そしてありがとうって言いたい……それが本音かな……」

「……綴」

「そうゆうことだ―――さっきは無理やり誘って悪かったな・・さっきも言ったけど気を付けて―――」

「行く」

「帰れよって……え?」

「私も、召喚室行く」

「でも、七夕里はまだ幻影が召喚できるほど、それに怖くて……安定してないんじゃ――」

「見たいのよ―――私は見たいの。綴がそんな想いで召喚する幻影の姿を見たいの。綴が言ったように私はまだ、過去のトラウマを乗り越えられていないし、幻影は怖い。だけど、過去のトラウマを乗り越えられた人間が召喚する幻影を見てみたい」

立ち上がる七夕里のその姿は、勇ましく戦場へ立ち向かう女戦士のようだった。

「―――七夕里」

「そ、それに! 地毛申請を付き合ってもらったし! ここはいかないと合わないでしょ?」

「―――七夕里」

「な、なによ……?」

「まさか―――七夕里が、ツンデレという属性を身に着けたとは……人は短期間に変わるものなんだな……うん」

「う、うるさい! ほら、行くわよ!」

「かぁ、それにもう、ツンデレを使いこなしているとは……さすが元生徒会長……全校生徒の前に立って、堂々と弁論していた頃が遠い昔のように思えてくる」

「―――ほんと、怒るわよ」

「それじゃ、行こうか―――七夕里、見とけよ。俺がものすごくカッコいい幻影を召喚してやるから」

俺は牙をむく動物が苦手らしい。

「そうね、見させてもらうわ。 綴のカッコいい幻影……あれだけの想いで召喚するんだから、きっと大きなドラゴンよ」

「うーん、いや。火を噴くドラゴンな? でも、まてよ……それよりも大きい恐竜みたいな幻影かも知れん……そして、人間と会話が出来るレア度の高い奴……月、驚くだろうな」

「……月?」

「ああ、妹の名前だ。そしてその発音だと、地球の衛星の方になってしまうから注意な。

俺の妹は、十七夜 月って言うんだよ―――なんかお洒落なフルネームだと思わんか?」

「十七夜 月ちゃん……もしかして、よく中学の頃に、綴に薬を持ってきてた子?」

「そうそう、俺の事を、嫌な顔一つも見せず面倒を見てくれてた優しい妹なんだ……」

「それは良い妹さんね……。私……てっきり彼女かと思ってた」

「―――それは残念だな。あれは実の妹で、俺に彼女はいたことがない」

「いや、自慢げに言ってるけど……でも、冷静に考えたらあんな可愛い子が綴の彼女なわけないもの……それに綴の面倒まで見てたって―――ほんと、兄妹がいて良かったわね」

「七夕里って、たまに俺の事―――貶すよね」

「そうかしら? ―――あ、そんなことより見えてきたわよ、召喚室」

指さす先に、「召喚室」と書かれたボードが立っていた。

「……ふぅ……いよいよか」

「―――緊張しているの?」

「そりゃ……初めて幻影を召喚するんだ・・どんな幻影か。もし、ほんとにドラゴンが出てきたら名前をなんて付けようか・・・」

「―――普通にドラゴンでいいんじゃない?」

「普通にって……これだから知識がない奴は……」

俺はつい最近、月に教えてもらった、名前の付け方を七夕里に自慢げに話すことが出来た。

「へぇ」

感心している七夕里の顔を見られたのは、月のおかげ。サンキュー、月。

「うーん、「いとへん」が部首に付いている漢字一文字か……」

「まてよ……幻影に性別ってあるのか?  もし性別があるとしたら、両方に付けられるような名前にしないと……あ、それと自分の名前と関連性が高いほど、シェアリング率は高いって―――」

「うーん、いろいろと難しいのね……」

「―――あ」

「ん、どうしたのよ? 餌を欲しがる鯉みたいに口をポカンと開けちゃって」

「七夕里って、例えが悪口に聞こえる時があるよな……じゃなくて―――へんてつ」

「――? へんてつ?」

首を傾げる七夕里に一瞬、ビクッとした俺は、一体どうなるのだろうか。

「――そう、へんてつ。あ、漢字表記は「編綴」な?」

「―――ああ! いいんじゃない? 「へん」って名前」

「いや、「あみ」な」

「―――わ、分かってるわよ‼ ―――でも、「編」って女の子っぽくない?」

「そうだとしても、それは定かではない性別の問題。でも、名前の関連性は抜群。シェアリング率が高いってことは危険性も少ないってことだからな・・・・安全第一で行きたいし」

―――私のように飲み込まれるな。

「そ・・そうね。それじゃ、「編」でいいんじゃない? ―――ほら、少しは緊張もほぐれたでしょ・・・どーんと胸張って、大きなドラゴン召喚するんでしょ? 自信持たなくちゃ」

「火を噴くドラゴンな? よし―――じゃあ、行って来るよ」

――召喚室。そう書かれた扉をコンコンっとノックし、「失礼します」と中へ入った。

驚くだろうな……月。俺がドラゴンなんて召喚して帰ってきたら……あの、オオカミ野郎なんて、もう怖くない。雑用ばかりさせてやるぜ。桜餅の恨みは大きいぞ……

「―――心の準備はいいかい?」

「はい、出来ています」

「それじゃ、そこの円陣の中央に立って」

「―――ここですか?」

「そうそう、そこそこ。幻影を召喚したら、ちょうど目の前に現れる位置だからね、私が合図するから、そしたらこの名前の書いたボードを見せ、自分の名前と、幻影の名前を叫ぶんだよ。分かったかな?」

「はい……あと、多分、大きな火を噴くドラゴンを召喚すると思うんですけど……校舎とか大丈夫ですか……?」

「はっはっはぁ、そうかいそうかい。それはレア物だね。校舎は心配することないよ。気の済むままに召喚しておくれ」

「――ありがとうございます」

お年寄りのおじいちゃんに、結構バカにされたことは置いといて。

「それじゃあ、目をつぶって」

「――はい」

薄暗い部屋が見えていた視界は真っ暗になる。聴覚だけが頼りに、おじいちゃんがブツブツとなにか唱えている声だけが分かる。

―――これで、俺にも幻影が。憎かった幻影が……俺を助けてくれた幻影が……。

父さんにやっと近づける。母さんにやっと乗り越えた姿が見せられる。月にやっと、ありがとうと心から言える。

―――やっとだ。やっと―――。

次第におじいちゃんの声は大きくなり、理解できなかった言葉から急に「今だ!」との合図に俺はボードを持っている両手を真っ直ぐ前に向け、しっかりと腕を伸ばし、

「―――俺の名前は「綴」、そして今日からお前は「編」だ‼」

目を開けた。

そこには視界に収まることのできない大きなドラゴンが―――。ではなく。

小さく小柄な、うん、大きさ的には月と同じ・・いや、月よりちょっと小さいぐらい。

髪は赤毛で長く、瞳は綺麗な茶色、お人形さんみたいに整った綺麗な顔、それに薄いワンピースを着て俺の目の前に立っていた。

「――こりゃ……珍しいものを召喚したね……」

「え」

――ドラゴン。そう思っていた俺にはこの状況を即座に理解する事が出来なかった。

召喚中に可愛い少女が入って来たのか、それともこのおじいちゃんのお孫さん?

とにかく、目の前に立っている少女が幻影だなんて思えなかった。

赤毛の少女は驚愕を顔に浮かべている俺の事なんか気になんかしてなかったのだろう。

目の前に立っている少女は、ニコッと可愛い笑顔を浮かべ、

「――「編」か……いい名前だね」

喋った。

「――あ、ありがとうご・・・ざいます」

俺が付けた名前を褒められて、即座に答えてしまった。

おじいちゃんは「これは……すごいぞ」と訳の分からないことを、大げさに驚きながら言っている。

何がすごいのか、この時点では俺には分からなかった。

というより、この時点では、ただただ、俺の幻影がめっちゃ可愛い少女になった事――――それが一番、おじいちゃんに負けないくらい大げさに驚きたかった。

「―――よろしくね、つづり」

「あ、ああ、よ、よろしく……編ちゃん? さん?」

出されたか細い腕に、綺麗な指、俺は握手をする。

後から、編に聞いた話なのだが、この初めて出会った時、俺のテンパり具合は、隣でおじいちゃんが大げさに驚いている姿より、超絶にダサかったと言う。


読んでくださってありがとうございます!

物語を書いていて、この頃は有意義な時間を過ごせています。


アドバイス、誤字や脱字などがありましたら、指摘の方よろしくお願いします!

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