一話目:――奇想天外。そんな展開に戸惑ったが、「苗字なんて読むんですか?」と、いつもの質問は変わらない。
前回の続きです。
どうぞ、感想や意見、お付き合いください。
「最近は精神状態も安定していますので、そろそろ幻影とのシェアリングも大丈夫かもしれません。それにしても、十七夜さん、三年という期間でよくここまで、精神状態は回復しましたよ、本当にすごいです」
「――そうですか」
あれから三年。時折、思い出す。母さんとの最後の会話、「だから」の後。
あれが何だったのか。俺になんて言いたかったのか。
「――先生はなんだって? お兄ちゃん」
「なんだ・・・待っていてくれたのか。そろそろ幻影とのシェアリングも大丈夫だってさ――。何か飲むか?」
待合室で待っていてくれた月に自販機でジュースを買った。
「ほんとそれ好きなんだな……」
「うん、美味しいもん」
お兄ちゃん、買ってきて。そう言われて何度買って来たことか、気持ち悪い犬か猫か分からないキャラクターがプリントされている飲料。
それ何味なんだ? え、なんか、トマトとレモンとカレーが混ざったような味だよ。
俺の妹は味覚が一般人とは違うらしい。
「それとお兄ちゃん、また苗字の読みを聞かれたよ。これで何回目なんだろうね、ほんと」
月は俺の隣で、気持ち悪い飲料を飲みながら呆れたように言った。
「仕方ないだろ、俺らの苗字はちょっと難しいんだから・・・」
今まで生きてきて、初めて会う人には必ず言われる言葉。
『苗字、なんて読むんですか?』
俺と月はそう聞かれたら、笑顔で答えるしかない。
『かなきです』と。
初対面の人に不愛想で答えるわけにはいかないし、聞いてくる方には悪気はなく、ただ単純に読みを知りたいだけで。
「あぁ、もっと普通な苗字が良かったよ」
「言うな、言うな。もう、諦めろ」
「はーい。あ、ごみ」
「もう、飲み干したのか……」
月は飲み干した気持ち悪い飲料を俺に渡す。俺に渡したところで、そのごみは無くならないのだが、俺の診察を待っていてくれた優しさに免じて、俺が捨ててやる事にする。が、
しかし、ここはもう病院ではなく、帰り道で、この通りには、自販機の横にあるゴミ箱は見渡す限りここ付近にはない。
「俺は一口も飲んでいないのに、飲み干したごみを兄に持たせるとは何事だ」と言って返そうと思うが、俺の診察を待っていてくれた優しさに免じて俺が持ってやることにする。
「しかし―――幻影とのシェアリングも大丈夫とか言われても……」
「お兄ちゃん、幻影を召喚しないの?」
「今頃したところでな……」
「ええ、しようよ、シェアリング。月はお兄ちゃんの幻影みたいよー」
「なんだ、その棒読みは……」
「棒読みじゃないよー。お兄ちゃんの幻影ってどんなのだろうって、考えてたの。可愛い系かな……それとも、かっこいい感じなのかな……いや! もしかして、お化けかもしれないよ……?」
月は手首をゆらゆらと左右に揺らし、目を細めテンプレお化けを演じる。こんなテンプレお化けがいるなら是非ともこの目に収めてみたいものだが、生憎、俺には全く霊感というものがなかった。
「はいはい……でもほんとに、俺の幻影って……どんなのだろうな―――でもあれだ、月みたいな幻影だったら、無理かもしれない」
「うーん、太陽の事? 太陽はカッコいいじゃん! クールだし、なんかうん、クールだし―――それに、クールだもん!」
「さっきからクールしか言ってないぞ……それにな、なんでクールなのに名前が太陽なんだよ。クールならもっと、こう――――――白夜とか、おお、白夜。かっこいいじゃん、白夜って感じするし、名前変えたら?」
「―――お兄ちゃん知らないの?」
「え、何を?」
月は「やれやれ、それなら教えてあげましょう」と言わんばかりに、「はぁ」とため息をする。
「幻影を召喚して、シェアリングする時は名前でシェアリングを示すんだよ。うーんと、なんていうかな……例えば、お兄ちゃんだったら「綴」じゃん? なら、幻影の名前には部首に同じ「いとへん」が付く漢字の一文字にするとか。まあ、簡単に言ったら、自分の名前と関連性を付けるんだよ」
「へぇ、そんな決まりが・・・なら、白夜で良くないか?「月」なんだから白夜でも―――」
「カッコよくないもん、それ」
はい、出ました。
「そうですか……はい、そうですね」
「お兄ちゃんって、センスの欠片も微塵もないもんね」
それってほぼ皆無じゃないか。
てか、俺が左手に持っている飲料がどれだけセンスがないか教えてあげたい。
しかし、俺の診察を待っていてくれた優しさに免じて俺が……そうだ、我慢しよう。
「それにね、一回決めたら、名前はもう変えることは出来ないの。だから、お兄ちゃんもよく考えて決めた方がいいよ? 変な名前とか付けちゃったらその幻影が可愛そうだからね」
「――ああ、そうだな。じっくりと考えて、人前に出しても恥ずかしくないように、センスの欠片も微塵もないこの俺の脳で考えて付けるとするよ」
「頑張ってね!」
ニコッと悪気がないように笑う月をみると、いろいろとバカらしくなってくる。
「そういえば、来週は高校の入学式だから、少し早く家を出るけど、ちゃんと一人で起きられるか?」
仕方ないことなのだか、月は不安な顔を俺に向ける。
「え、えぇ、ほんと? ちゃんと起きられるかな……」
「月も中学三年生になるんだから、一人でも起きられるようにしとかないと――――恥ずかしいぞ?」
「ゔ、い、いいもん! 誰も知らないもん、月がまだお兄ちゃんに起こされているなんてー」
「――――そうゆう問題じゃないんだけどな」
「いいもーん」とルンルンな妹には心配させられる事が多いのだが、三年前、母さんの事をきっかけに俺の精神が不安定になった時期を月にずっと面倒を見てもらっていたし、いつもは愉快な奴なのだが、時折、俺よりも冷静な判断力で物事を見ていくことが出来る月には助けられることも多かった。
「どうしても心配なら、クールな太陽にでも起こしてもらうように頼んでみたらどうだ?」
「―――そっか! そううだね、太陽に起こしてもらおうかな! おーい、太陽出てきて!」
「ちょ、ここで呼ぶ――――」
間に合わない。
月の幻影は呼ばれた事にすぐさま反応し、長く伸びた影から「グルルルル」と姿を現した。
月の幻影「太陽」俺が苦手なタイプ、むき出しの牙、大きな体に懐かない。それは「シンリンオオカミ」の姿をしていた。
「おい小僧、私が出てくるのがそんなに気に食わぬか」
「いえ……楽しみにしておりました……」
――それは人間と会話が出来るレア度が高い幻影だった。
「ねえ、太陽。来週、お兄ちゃんが早くに家を出ないといけないっていうから、お兄ちゃんの代わりに月を起こしてくれない?」
「あぁ、容易いことだ」
「わーい、ありがと! それじゃあ、頼んだよ!」
「――月の頼み・・・私に出来ることは従おう」
「月には……優しんだな……くそ……」
「おい、小僧――――なにか言ったか?」
「……いえ、何も言っておりません――オオカミさん」
ガブッ。
「――――お兄ちゃんは、傷口にお湯がしみて湯船が拷問のようだったよ」
「お兄ちゃんが、太陽に言っちゃいけない事を言っちゃうからだよ……」
右の太ももがジンジンと痛む。
あの、オオカミ野郎……容赦もなく俺の太ももを……俺にも、ものすごい、アフリカゾウみたいな幻影がいたら……あんなオオカミ、黙らせる事が出来るのに……
「お兄ちゃん・・・顔が怖いよ・・・・」
「あぁ、お兄ちゃん、今、オオカミ野郎をどうやって黙らせようか――――」
『グルルルル』
「あ、そういえば、明日は父さんと母さんの墓参りに行かなくちゃならないんだったな。俺はもう寝るから、月も夜更かしはせずに早く寝るんだぞ――じゃ、おやすみ」
危ない、危ない。これ以上傷口を増やすわけにはいかない。湯船にはゆっくりと浸かりたい派なんで。
「うん、おやすみなさーい。あ、ちゃんとベッド、月の分を空けといてよー」
「――――はいはい、分かったよ」
俺はいつも月と同じベッドで寝る。ベッドが一つしかないからではない。月は必ず、俺のベッドでしか寝ない。というか、俺の横でしか寝ない。
それを俺は拒否することはしないし、出来ない。俺が両親を亡くしたと同時に月も両親を亡くしている。
つまり、月は甘えるということをあまり出来ていない。甘えるどころか俺の面倒を見ていて、一緒のベッドで寝るということで月の気が休まるなら、今までの事を少しでも恩返しが出来るというなら俺は、ベッドを空ける。
そしてもう一つ、朝起きると俺の枕は必ずのように月に取られ抱かれていた。ちゃんと枕は二つある。あるのだが、月は抱き枕が欲しいのだろうか。思って聞いたことがある。
『枕と別に抱き枕が欲しいのか?』『ううん、お兄ちゃんの匂いがする枕を抱いて寝ると、なんだか怖い夢を見ることが少ないの』
申し訳ないと思った。俺のせいでここまで月の精神まで不安定気味にさせていたなんて。
今度は、今度は俺が月を見てやらないと。そう心に誓ったこともある。
「――おい、起きろ。月」
「――う……ん。お兄ちゃん……そこはだめだよ……」
「……どんな夢を見てるんだ! ほら! 起きないと父さんと母さんの墓参りに行くんだろ? この頃は行けてなかったから、掃除もしないといけないのに……ほら、起きなさい―――」
バフッと、いつものように抱かれている枕(俺の)を取り上げ、意地でも月を起こす。が、これで、なかなか起きないのが月でもある。
『将来、好きな人と結婚して、新婚生活まで旦那さんに起こしてもらうつもりか?』『その時は、お兄ちゃんにモーニングコールで起こしてもらうから大丈夫だよ』『勘弁してくれよ』『――うーん、それじゃあ、お兄ちゃんと結婚する!』『――お前は、パパ大好き娘か』
こんなやり取りが懐かしい。
全く起きない月を隣に俺は、カーテンの隙間から差し込む光を右太ももに浴びて、
「あれ……痛くないぞ……」
傷口だった場所をなぞる。短パンからあらわになっている俺の白い右太ももは三年前の傷跡しか残っていなかった。
「う……ん……お兄ちゃん……」
月が治してくれたのだろうか――――詳しくは月の幻影なのだけれど。なのだけれども、月が頼まない限り、あのオオカミ野郎が動くはずがない。
気持ちよさそうに寝ている月の頭を優しく撫でた。サラサラの髪が撫でる俺の手のひらを柔らかく受け入れる。
俺の髪質とは大違い。そんな妹の頭を、髪を撫でている俺はシスコンなのだろうか。でもそれは、月が俺の横でしか寝ないのと一緒で、俺の枕を抱き枕にして寝ているのと一緒で、この行為は俺にとって気が休まるものだった。
「―――うーん、お兄ちゃん」
「お、やっと起きたか?」
むくっと起き上がった月は、しょぼしょぼな目で辺りを見渡して、ボフッと再度ベッドへ沈んだ。
「……だからお兄ちゃん……そこはだめだよ……むにゃむにゃ」
「だから、どんな夢を見てるんだ‼」
「月が早く起きないからだろ……全く」
「そんな怒らないで……一口あげるから」
「おう、ありが―――って、いらんわ!」
差し出された飲料―――トマトとレモンと・・・なんだっけ、まあ、とりあえず気持ち飲料を拒否したところで、俺と月は墓地へと着いた。
あれから月は小一時間起きることは無く、予定していた時刻より二時間も遅れて墓地へと到着。お花でも買っていこうと思っていたが、月が起きなった為、『早朝の限られた時間のみ、店内の品物全品最大90%OFF!』と嬉しい張り紙が貼ってある、俺と月がお世話になっているスーパーマーケット「安さと笑顔が売りの店、安心安全でお客様に提供する心と品物、この街の人気者、スーパーマーケットとはここの事だ」(略して「ここ」)で普通の値段で買うことになったお花を俺は片手に持って父さんと母さんの墓の前まで来た。
「やっぱ、汚れちゃってるな……」
「やほー、パパとママ。久しぶりだねー」
『十七夜』と彫られた墓石は埃や土が被っていて、薄汚れていた。
「――――よし、掃除しますか」
俺と月は七分の丈をまくり、
「月、タオルで拭くね!」
月は、絞ったまだ綺麗なタオルを手に持った、「あ、それは後で手を拭くやつで、そっちの汚いタオルで……」「ええ! そんな汚いのでパパとママを拭けないよ」「いやでも、そうしたら俺がその汚いタオルで手を拭かないと―――」「うん、そうしてくれるよね?」「はーい」と、こんな感じに俺のメンタルがその汚いタオルのように縺れ、ボロボロになりそうだったので、自ら汚いタオルで手を拭こうと思う。
「……ああ、任せた。なら、俺は墓の周りの雑草やらを抜いて……」
てか、多いな。雑草。―――あ、そういえば。
「なあ、月。オオカ――――じゃなくて太陽を呼び出してくれないか?」
「え、太陽を? どうして?」
「いやー、雑草――――じゃなくて、ほら、さっき「ここ」で買った、桜餅あるだろ? 三つ入りだったんだけど、二つは父さんと母さんにあげるから、一つ余るじゃん? 俺と月は桜餅、好きだから取り合いになるだろ? ――え、ならない? いや、なるんだって。だからな、だから、俺と月が喧嘩にならないためにも、ここは第三者の太陽に食べて欲しいなって―――」
「――うーん、分からないけど……とりあえず、呼び出せばいいんでしょ?」
「お願いします」
「変なお兄ちゃん……ねえ太陽、出てきて!」
『グルルルル』とどこからか響く。
それと同時に、大きな体は小さな月の影の中から出ていた。
「月よ……どうかしたか……」
「えっと、なんかお兄ちゃんが呼び出して欲しいっていうからね」
太陽の鋭い視線は俺に向けられた。
「――なんだ、小僧。私にでも用事があるのか」
その渋い声はどうも好きにはなれない。そもそも、オオカミ野郎こそ、俺の事なんか好きではないのだろうけど、お互いに「月」という存在がある。オオカミ野郎はシェアリングしている人間――いわば器みたいなものだ。月がいなければオオカミ野郎は存在できない。月の存在には、感謝しているだろう。
一方、俺には大事な可愛い妹として月を見ていかないといけない。いわば、俺の生きる価値だ。
それに月がいなければ、俺は幻影を召喚出来るまで精神が回復していなかった。月の存在には感謝している。
月を悲しませない為にも、オオカミ野郎と仲良くやっていくしかない。――仲良くするしか。
「いやー、オオカ―――太陽さん。ご無沙汰してます、はい」
「どうした急に……気持ち悪いぞ」
「いや、ね。日頃、月がお世話になってるなぁって―――あ、桜餅食べます?」
「――桜餅?」
オオカミ野郎は大きい頭を傾げる。その動作に、いちいちビクッとしなければならない俺の気持ちも考えてほしい。もっと、傾げるなら可愛くゆっくりと……いや、それも気持ち悪いか。
「……そうそう、桜餅。えっと、こんなやつです」
パカッと桜餅三つ入りを開け、一つを取り出してオオカミ野郎に見せた。
「うーん、なかなかいい匂いじゃ」
俺の手を丸ごとパックリ食べる勢いで桜餅を匂う。
「でしょ? 甘くて、でもしょっぱくて、このバランスが絶妙で美味しいんですよ。どうです? 是非とも食べてみては」
「まあ、くれると言うなら頂戴しよう」
「どうぞどうぞ! ―――あ、俺の手は食べないでくださいよ? そう、手の上に乗ってる桜餅だけ……そうそう、大きな口開くから俺の手までいっちゃうのかと思いましたよ――」
よし、食べた。
「どうです? 味の方は」
「うむ、美味じゃ――小僧が言うように、甘さとしょっぱさのバランスが絶妙で美味じゃ」
「おお、それなら良かったです。それなら――」
罠にかかったな、オオカミ野郎が! これからお前は俺と一緒に雑草を抜くとは知らずに、美味しそうに桜餅を食しやがって、実に滑稽だ。
それに何が「美味じゃ」か、俺と月の大好物の桜餅をあげたんだ。美味しいに決まっているだろう、あほオオカミ野郎! ……って、幻影って人間の心を読む能力とかないよね?
「――それなら、雑草抜き手伝ってもらいます。えっと、僕はこっち側を担当するんで、太陽さんはあっち側を担当してください。あ、きつかったら休憩挟んでも良いんで、お願いしますね」
「――おい、待て小僧。どうゆうことだ」
俺がこっち側に即座に移動しようとした時、予想通りにオオカミ野郎に止められる。
「え、いや、だから。雑草抜きするんですよ? 僕とあなたで」
しかし、言った通り、予想済み。
「聞いてないぞ……」
―――そりゃ、聞いてないだろ、
「はい。だって、今言いましたもん」
―――そうゆうことなのだから!
「おのれ、小僧。私を騙したのか――?」
「――騙した? はて、なんのことでしょうか? それに、人から物を貰っておいて騙したとか小僧とか言われてもな……太陽さんって、口調的に年齢が五百歳って感じじゃないですか? そんなにも長く生きてて、礼儀の一つや二つ知らないなんて――――あ、それとも、「オオカミが喋るなら、『小僧』とか『美味』とか『――じゃ』とか、付けた方がいいんじゃね?
みたいな実は産まれて間もない青臭い考えのオオカミ子供のあ―――」
ガブッ。
「あ、僕の担当場所終わったんで、休んでていいですよ。太陽さんのところ僕がやっときますから、はい」
今度は左太ももが痛む。加えて腰も痛い。
それからどれくらい時間が経ったか。痛む太ももと腰は平行線。
しかし、今朝来た時よりも、墓石は綺麗に、雑草だらけだった周りも綺麗になった。
「はあ・・疲れたし、お兄ちゃんは、左太ももが痛いぞ」
「仕方ないよ、お兄ちゃんが太陽を怒らせるからだよ」
「ちぇ、あの……オカミ野郎―――」
「それより、綺麗になったんだし、お花を供えてパパとママに挨拶しようよ」
「―――ああ、そうか……そうだな」
半年ぶりぐらいの墓参り。俺の精神が不安定だった時期、月が面倒を見てくれている間、極力外出はしないようにと病院の先生に言われていた。
学校の方は学力の問題があるため、休まず通い、放課後になるとすぐさま家に帰っていた。
月とは歳が一つしか変わらないため、俺が中学二年、三年の頃は、よく学校でも月に面倒を見てもらっていたのを今でも思い出す。
『月はテニスをしてみたいな』しかし、月は部活動には入らず、俺が待っている家へとすぐに帰ってきては、『調子はどう?』『何か食べた?』『ねえ、一緒にゲームしようよ』外出を控えるように言われていた俺を構ってくれた。
友達とお洒落をして遊びに行きたかっただろう、部活動に入って一緒に汗をかく友達を作りたかっただろう、彼氏を作って放課後は青春をしたかっただろう。
なのに、それなのに月は帰ってくると嫌な顔一つせず、『たっだいま!』と俺の面倒を見てくれた。
―――俺があの時、忘れ物をしなかったら。
何度思った事か。何度も思い、何度も後悔し、何度も泣いた。
そしたら母さんは死ななくて、月は自由に生きてて、俺は―――。
「もう、挨拶は済ませたか?」
「うん! パパもママも元気だったよ!」
「そうか――それは良かった」
日はまだ高い位置にある。丁度、昼飯時。
「なにか、食べて帰るか」
「え、いいの?」
「ああ、父さんと母さんに言われたよ、たまにはファミレスに行って好きなもの食べなさいって」
「え、ファミレス! 月、ハンバーグが食べたい! うーん、でも、定食も捨てがたい・・・あ、パフェも食べたいな」
「おいおい、そんなに食べると太るぞ」
「いいもん! 今日だけダイエットは解禁だもん! ほら、お兄ちゃん! 早くいこ!」
「――あるあるだな」
無邪気な笑顔の月に手を引かれる。
そんな月に「お兄ちゃん!」と呼ばれ度、俺に生きている価値があるような気がして――生きていてもいい。自分を責めなくてもいい。そう月に言われてるような気がして―――。
――なあ、母さん。俺さ、幻影を召喚してみようと思う。――俺は幻影が憎い。けど、俺が生きているのは幻影のおかげでもあるから。それとさ――あの時母さんは、なんて言おうとしたんだよ。
母さんが助けてくれたんだよな。あの時、助けてくれたのは月の事を俺に任せたからなんだよな。
笑ってもいいんだよな。喜んでもいいんだよな。
俺、結局中学時代は幻影いなかったけど、ちゃんと友達が出来たよ。
俺と同じで幻影がいない奴とか、カッコいい幻影がいる奴とか。いっぱい出来たんだよ。
来週は高校の入学式で、中学の友達とは離れ離れになる奴もいるけどさ、また高校でも友達作るから安心してよ。幻影も召喚できるようになったし、やっと父さんに近づけるような気がして嬉しいよ。
それも全て、月が俺のそばにいたから出来たことで。
なあ、母さん。
俺が月を守っていくから安心してくれ。俺の事も心配しなくていい。
それじゃ、そろそろ行くよ。
次、来るときは俺の幻影を紹介するから。
――――楽しみに待っといて。
「―――あ、でもやっぱり、ステーキも食べたいかな!」
「この際、なんでも食えなんでも」
「え、でもさっきは―――」
「今日はダイエット解禁日なんだろ?」
その言葉に月はニコッと、
「やったぁ、いっぱいたーべよ! あ、でもでも、それで月の体型がお相撲さんみたいになったそれはお兄ちゃんのせいだからね?」
目を細めた。
「――じゃあ、食うな」
月の時折繰り出す、理不尽ワードに的確な言葉を返した俺は、これから始まる幻影との生活を楽しみにしていた。―――が、もし、
これから起こることが終わりまで分かってしまって、それが悲劇だとして、
もしも、タイムマシンがあって過去に戻れるとしたら、中学の入学式、事故に合う前ではなく、必ず、俺はこの日に戻るだろう。
『幻影を召喚するな』
そう告げるために。
それは、幻影を憎んでいたからではなく、
―――幻影を愛したからで。
多分、そんな理由だと思う。
お付き合い、ありがとうございます。
これからも満身創痍、自分も楽しめる作品を作っていきたいと思っています。