表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

予備校の寮に入っていたころの友達の話(実話)

作者: アムロ

かなり前に書いたものです。改行など多少読みにくい点があるかと思いますが、変に訂正すると書いた当時の生々しさや熱さがなくなってしまうかもしれないと思い、そのまま掲載します。ご容赦ください。

ずいぶん前の話になりますが


ぼくは予備校の寮に入ってた時期があります


大学受験に失敗し、一年間を


東京の郊外にある寮から都心の予備校に通っていたのです


勉強漬けの毎日で、


寮生は職員含め男だけ


だからもちろん女っ気は皆無


そんな世界に一年間いました


そしてぼくはそこで大輔と出会ったのです




ぼくと大輔は予備校のコピー機の前で出会いました


予備校生は頻繁にコピー機を使うので


コピー機の前には学生がずらり


そんな中、ぼくの前に生物か何かの図鑑を持って


大輔が立っていたのです


いまからそれをコピーするのだろうか


いったい何ページこの男はコピーするつもりだろう?


果たして何十分かかるのだろうか?


ぼくはその図鑑の分厚さを見て憂鬱な気分になっていました


ぼくの持っているノートは見開き一ページコピーすればよし


先にやらせてくれないかなー


と思ってい見ていると


大輔は振り返って


先やる?


と聞いてきたのです


それが出会いでした




予備校から寮に帰って玄関で靴を脱いでいると


今日コピー機の前に図鑑を抱えて立っていた彼がいました


大輔でした


ぼくが声をかけると


大輔はおお、と驚いて


それからぼくたちは寮で出されるを夕飯を一緒に食べました



お互いまだ入寮したばかりで友達がおらず


一人ぼっちで不安だった気持ちも手伝って


ぼくたちはすぐに打ち解けました


それから日曜以外は毎日一緒に予備校に通うようになったのです


大輔は恥ずかしがってか志望校や志望学部は教えてくれませんでしたが


ぼくと同じ文系の学生でした


話は人気講師の話から模試の話、ぼくの大好きな司馬遼太郎の話、そして大輔の大好きな昆虫採集の話まで様々で


ぼくらは空いた時間があれば


散歩しながら、


部屋でコーヒーを飲みながら、


食事をしながら


たくさんの話をしたのです




そして大輔は虫が大好きだったので


ぼくたちは休みの日となれば


寮の近所の山に虫を取りに行きました


大輔はちょっと信じられないくらい昆虫に詳しくて


これがハシリグモだとか


これがクロカミキリだとか


これがトラカミキリで


これがキアゲハの幼虫だとか


とにかく昆虫学者のように夢中で教えてくれました


ぼくは自分から積極的に話す方ではありませんでしたが


大輔とだけは違っていて


大輔の前だと夢中になってと話すことが出来ました


それは彼も同じように夢中になって話したからかもしれません


でも


だから


ぼくは大輔と話をするのがどんどん楽しみになってきました


そしてそれはきっともちろん


大輔も同じだったはずです


夜、勉強をしているとドアがノックされます


開けるとそこには誰もいません


しかしよくよく見回してみると


開けたドアの陰に必ず大輔が隠れていて


ぼくを見て笑うのです


そしてぼくらは決まって部屋で一緒に遅くまで話しました




そんな感じでぼくは寮生活を楽しく送っていたのですが






少し変化が表れてきました


思った以上にぼくは自分に実力がないことに気付き始めたのです


それは模試の結果で突きつけられました


自分ではがんばっているつもりなのに


偏差値は40台から一向に伸びません


ぼくの志望校はK大学で


K大学の偏差値は60です


今のままでは間違いなくまた落ちてしまう


そう考えると焦りました


しかしいくら焦って勉強しても一か月ごとにある模試の結果はまったく変わ

らず


いや


むしろ順位は下がっているくらいでした


どうすればいいのだろう?


勉強の仕方が間違っているのだろうか?


わかりませんでした


どうしていいかわからなくて


でもどうすることもできなくて


結局勉強の量が足りないんだと


無理やりに結論して


前より必死に勉強するようになりました




しかし


大輔は変わりませんでした


いつものように夜、ぼくの部屋に現れ


日付が変わるまでニコニコと話をするのです


予備校に行く電車の中や、授業の合間ならともかく


夜、部屋でいつまでも話をされるというのは


成績の上がらない原因はもしかしてこれなんじゃないのか


と思ってしまうくらい


次第に重荷になりました


だんだんと大輔と話すのが嫌になってきたのです




そしてぼくはついに感情的になってしまいました


いつものようにドアをノックし


部屋に現れた大輔は


いつものようにニコニコして話を始めました


虫の話、魚の話、人気講師の話、寮生のだれだれの話


ぼくはついに言ってしまいました


「だいちゃんさあ、いつもこうやっておれの部屋に来て話をしてくけど、勉強の方は大丈夫なの?もう夏休みも後半だよ。もしまた落ちたらどうするの?」


すると大輔は大丈夫、大丈夫とのんきに言いました


「おれはひそかに勉強してるからさ」


「勉強してるっていうけどさ、昼は予備校に行って、夜はおれの部屋に来て、電車じゃ話して、いったいいつ勉強してんの?てかだいちゃんの志望校ってどこ?だいちゃんの偏差値って47とかだよね、それで入れるの?」


「大丈夫大丈夫」


「ホントに大丈夫なの?だいちゃんどの大学目指してるの?何学部?偏差値はどれくらい?」


大輔は困った顔をしました。でもぼくは続けました


「いったいなんて大学目指してんの?いってみてよ」


しばらく沈黙が続きました



大輔は押し黙って


俯いていました


それからようやく口の中でもごもごとつぶやくように


「T国際産業大学」


といいました


「は?」


それは一昨年出来たばかりの新設の大学で、偏差値は47くらいの大学でした


偏差値47といえば基礎さえ押さえていればまず落ちないレベルです


ぼくははあとため息をついてしまいました


「ああ、そんな大学じゃ入れるよね。いまのだいちゃんの学力レベルでも。そんな大学じゃ行けるわ」


するといままでニコニコしていた大輔の顔色が変わりました


「そんな大学っていうな」


「そんな大学っていうなって、そんな大学でしょ。そんな大学だからそんな大学だよ」


「そんな大学っていうな!」


大輔は声を荒げました。


大輔は顔を真っ赤にしていました


はじめて見る大輔の表情でした


「そんな大学そんな大学そんな大学」


「やめろよ!」


大輔はぼくを殴りました。


ぼくは椅子から落ちました。


ぼくも完全に切れました


「てかだいちゃん迷惑なんだよ。いつも夜来てさ。暇なの?おれはK大学目指してんだよ?なにT国際産業大学って?馬鹿でも入れるじゃん!」


すると大輔は


「うがああああ!」


といってぼくに飛び掛かってきました


大輔がぼくを殴り


ぼくも大輔を殴りました


ぼくらはもみくちゃになって


喧嘩をしました


互いの服が破れ


顔からは血が垂れました


そして大輔は泣きながらぼくの部屋を出て行きました


ぼくは枕をドアに叩きつけました





それからぼくと大輔は顔を合わせても話もしなくなりました


エレベーターに乗っても


夕食の時にあっても


風呂で一緒になっても


ぼくたちは眼すら合わせませんでした




ぼくはそれから勉強に集中しました


模試の成績はなかなか伸びませんでした


それでもとにかく勉強をしました




秋になり


そしてようやくぼくの成績は少しずつ伸び始めました




夜中


一生懸命勉強をしている合間


ふとドアを見つめる時があります


するとそのドアをノックする音がして


開くと笑顔の大輔がうずくまっているような気がするのです


しかし気のせいでした


大輔が来るはずがないのです




その頃になると


ぼくは自分が大輔に言った言葉を思い出すようになりました


ぼくはそれを思い出すたび


少し言い過ぎたと思うのです


でも決して自分から折れるつもりはありませんでした




いつの日か



大輔が寮の公衆電話(当時は携帯はありませんでした)で話している姿をみました


大輔は受話器を耳に当て


いつになく深刻な表情で話していました


だれからだろう?


なにかあったのだろうか?


ぼくは思いましたが


大輔が顔を上げる前に


その場から立ち去りました






ぼくがその雑誌を見たのはまったくの偶然でした


その科学雑誌は


新宿の紀伊国屋で平積みになっていました


ぼくはそれを偶然手に取ったのです


そこには顔写真付きのインタビュー記事が載っていました


福岡康孝という教授が


生物学についてインタビュアーの質問に答えていました


何の気もなしに読み始めた記事だったのに


ぼくは夢中になってしまいました


福岡康孝は


生物科学についての自身の見解を語っているのですが


それはぼくがいままで学んできた勉強というものの


常識を覆すような見解で


生物科学なんて言葉すら知らないぼくの心にも届いて余りある


熱いメッセージでした


一体どこの大学の教授なのだろう?


こんな人と一緒に学問が出来たら


きっと好きな人はたまらないんだろうなあと思って


彼の経歴を見ました


彼の経歴の欄の一番上には






T国際産業大学・生命生物学部教授






と書かれていました





全身に稲妻が走りました


ハンマーで頭を思い切り殴られたような衝撃でした


T国際産業大学とは大輔の志望校でした


そして生命・生物学部


大輔は虫や魚が大好きなのです


大輔はもしかしてこの教授の下で勉強をしたかったのではないだろうか?


T国際産業大学生命・生物学部は


学校紹介のところで


文系でも入れる


都内でも数少ない生物学部と書いてありました


それに気づいた時


ぼくはたいへんなことをしてしまった


ぼくはたいへんなことをしてしまったと思いました


ぼくが徹底的におとしめて笑った大学こそ


この大学だったのです


ぼくの眼からは涙がとめどなく落ちました


ぼくは謝らなければならない


大輔に謝らなければならない






今日は大輔の受講している科目はない


大輔は寮にいる


ぼくはその雑誌だけ買って


残りの授業を無視して電車に飛び乗りました


だいちゃん


ごめん、だいちゃん


ぼくは自分が


彼だけでなく


彼の夢まで傷つけてしまったことを深く後悔しました


でも


いまならまだ間に合う


会って謝らないと




駅についてダッシュして寮の大輔の部屋に向かいました


久しぶりに来る大輔の部屋のあるB塔でした


しかしいくらドアをノックしても大輔は出てきませんでした


自習室に行ったのだろうか


そう思って


立ち去ろうとすると


頭のボサボサなメガネの人が


「大輔なら退寮したよ」


といいました


え?


なにが?


は?


なにがなんだかわかりませんでした


「退寮?寮を辞めたんですか?な、なんで?」


「お父さんが亡くなったらしいよ。寮費も学費も出せないようになるから田舎に帰るんだって」


うそ


うそでしょ?


うそでしょ、だいちゃん?




「いまならまだ駅にいるかもしれない」


という言葉を聞いてぼくは全力疾走で駅に向かいました


ボストンバッグを抱えた大輔が


電車に乗るところでした


ぼくが走っていくとプシュッと電車のドアが閉まりました


大輔は走ってきたぼくを驚いた顔で見ました


ぼくはさっき買った雑誌を開いて大輔に見せました


だいちゃん


ごめん、だいちゃん


だいちゃん、ごめん


おれこれ見たんだ


すごい人だねえこの人


この人すごい人だねえ


すごい大学だよ


この大学はすごい大学だ


大輔はうんうんと頷きました


ぼくは泣いていました


ごめんだいちゃん


ほんとにごめん


むやみに傷つけちゃったよ


だいちゃんの夢


くだらなくなんかない


すごい大学だ


すごい教授だよ


だいちゃん


生物学やりたかったんだろ?


この大学でさあ







大輔から寮のぼくあてに電話が来たのはその日の夜でした


ぼくが泣きながら謝ると大輔はもういいよといいました


そして自分が大学どころか寮費すらも払える状況ではなくなり


自分は実家の宮城で


父がやっていた小料理屋を継ぐのだといいました


ぼくは奨学金をもらってあの大学に行くべきだといいました


しかし小料理屋をつぶすわけにはいかない


母親は元気だが


とても一人では任せられない


といいました


ぼくは何度も何度も謝りました


大輔はいいんだよいいんだといいました


そしてぼくと一緒に過ごせた時間が自分にとって最高の時間だったといいました


自分はあんなに素直に一緒の時間を過ごせた友達はいなかったといいました



いつか暇が出来たら自分の店に来てほしいと言いました


そして一緒にまた山に入って虫でも取ろう


こっちは大きな山がたくさんあるんだ



ぼくは電話を切った後も


その場で泣いていました






その後


ぼくは大学を卒業し一般の企業に就職しました


日々過酷な業務に忙殺されています



大輔は小料理屋を継いで


いまでは彼の小料理屋は県下でも有数なほどになりました


そして大輔はいまでも休みの日には


昆虫採集に出かけているそうです




いまでは遠い日のことになってしまったけれど


ぼくはあんなふうにだれかとひっきりなしに一緒にいて


語れど尽きぬ時間を過ごしたことはありません




そして思い出しては


深い後悔とともに


温かい感情が胸からこぼれ出るのです




そしてそれはぼくの大切なたからものとして


いまでも心の中で輝いています





おしまい

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 涙がでました。 切なくて胸がいっぱいになりました。 素敵なお話ありがとうございます。
[良い点] 涙がでました。いいお話ですね。ありがとう。
[良い点] 何気なく読んだら涙が出ました。 感動しました。 すんなり読めて感情移入ができました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ