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お待たせしました。音信不通の際は、活動報告を見ていただくと、連絡があったりしなかったりします。
「こちらです」
アイリアに案内され、応接間らしき部屋へと辿り着く。
私には全く見分けが付かないが、彼女には、どのドアがどの部屋へ繋がっているのか、しっかり把握しているようだ。
恭しくドアを開け、私たちに入室するよう促す。頭領は、最後尾で手を頭の後ろで組み、ブラブラと歩いていた。
「お邪魔します」
そう一声掛けてから、部屋へ入る。
やはり、長廊下で観察した通り、簡素だが洗練されたセンスを感じる内装だ。見たことのない観葉植物に興味を惹かれた。
勧められるまま、コの字に並んだ黒革のソファにアリスと並んで座る。向かいにアイリアが上品に腰掛けた。頭領は、部屋に入っても座らずにふらついていたが、アイリアにひと睨みされると渋々、残った一人席に座った。
全員が揃ったところでアイリアがこほん、と咳払いをする。
「改めまして、ようこそ、チールンベルトへ。そして、ようこそ、この街の闇であるチールンベルト連合へ。この店は、裏の者を纏め上げる本部の役割をしています。名をギ・ティス・エパンゲリアス、と」
ギリシャ語で、約束の地という意味です。アイリアはそう、照れくさそうに言った。
約束の地、か。確かに、ここはこの街の裏の者の本拠、帰る家なのだから、よく合っている。そう考えていると、アイリアが頭領を急かしているのが見えた。彼は心底面倒臭そうにしていたが、やはりアイリアには逆らえないらしく、口を開く。
欠伸混じりに自己紹介をし始めた。
「えっと、ボクはこの街の恐いお兄さんたちを纏めてる、頭領のザザで~す。……さっきは、ごめんなさいでした」
謝罪の言葉は、アイリアに睨まれて付け加えたようだった。まあ、そんなことに一々突っかかるほど子供でもないので、普通にスルーする。
ザザ。混じりけのない白髪は、ボリュームがあり過ぎて所々はねている。やや長い襟足を、無造作に紐で括っている。彼の頭が動くたびにピョコピョコと跳ねて、可愛らしい。前髪の隙間から辛うじて見える大きな瞳は、今は眠たげに半眼になっている。猫のような黄色目で、暗がりではさぞかし光るのだろう。
全く、改めて彼を観察して思ったが、どうしてこうも顔の整った人間が多いのだろうか。普段は慣れてあまり意識しないが、アリスも、そしてフィーも相当な容姿をしている。ロドックも、美丈夫、という感じだ。
もしかしたら、武力に優れた者は、皆そうなのかもしれない。そう馬鹿げた考えが浮かぶ程、世の不条理に少しの間憤慨した。
しかし顔には一切出さず、こちらも名乗る。
「ご丁寧に。私はヴァニーニ。こちらはオルディと申します。ゲラウス街、ロドックのところから参りました。この度は、急な訪問にも関わらず、歓待して下さったこと、お礼申し上げます」
スラスラ、と口上が口から出る。…まるで練習してきたかのように。
…仕方ないのだ。これまで禄にゲラウス街から出たことのなかった私が、いきなり他領の頭領と面会して、粗相をせず乗り越えるなど、出来るはずもない。幸い、私より遥かに博識かつ頭脳明瞭なアリス教授にみっちりと礼儀を教え込まれたので、問題はないが。
偽名を使って自己紹介する。オルディ、は今回だけのためにアリスが作った偽名だ。どうやら彼には数多の偽名があったらしい。うちに来る前に、一体どのような生活をしていたのか、と疑問に思わないことも無いが、そこはあまり他人が深く追求することではないだろう。
だが――
「はい、ダウト~」
即座に、ザザが反応した。思わず勢いよく彼の方を見るがしかし、ザザは、暇そうに爪を弄っている。
…何故、バレた。
先程私が魔術士だと当てられた時と同じ衝撃がきた。どこかからか情報が漏れている、のか…? 或いは、看破系の魔術が使える、か。
目まぐるしく頭を回転させていると、横からふいに、申し訳なさそうな声が聞こえた。
「すみません。頭領は少し言葉が足りないのです。ですので、僭越ながら私がご説明させて頂きます。――オリヴァー様、アリスリデア様」
「っ!?」
アイリアが、私とアリスの名を口にする。やはり、こいつらは私たちの情報を、知っている…!
隣に座るアリスに、どうするか、と視線で問いかける。同じくこちらを見たアリスは、油断なく彼らに気を配らせながら、取り敢えず話を聞こう、と合図してきた。
その力強い視線に、私は少なからず安心し、アイリアに向き合い頷く。
「ええ。では、お話を伺いましょうか」
「チールンベルトは、港町でございます」
唐突に、アイリアがそう言う。私は、話の繋がりが見えずに、若干呆ける。
「…、――ええ。ここに来るまでに、数多くの船を見かけましたが、それが何か…?」
「その通りです」
私の言葉に、アイリアはしっかりと頷く。なおも私は話の意図が見えずにいたが、彼女は構わずに続ける。
「おっしゃる通り、ここは港町。国内最大の貿易港です。様々な品が行き交うと同時に、情報も、毎日、恐ろしいほどの量が、内外問わずここに集まるのでございます」
一旦言葉を切り、アイリアは居住まいを正す。そして、過去を思い出すかのように、少し遠い目になった。
「ある時、一つの情報が、いつものようにこの店に届きました。内容は、新種の病の発生。場所が隣の領地だったこともあり、頭領や私は、この情報の行き着く先に注目しました」
そう言えば、つい最近、ゲラウス街でもそのような出来事があったな。
「翌日に届いたより詳しい情報で、その病が感染することを知りました。ですが、その街にはヴァニーニという有名な闇魔術士がいますし、恐らく、薬が完成するまでの数年の辛抱だろう、と思っていました。隣領地であるチールンベルトでも、注意をしなければなりませんが、治療薬は研究中ですし、精々港を出入りする人々を少し警戒するくらいしかできません」
ヴァニーニ、か。どうやら私と同じ名前を持つ者がいるようだ。隣から視線を感じるような気もするが、たぶん気のせい。
「しかし、誰もが長期戦になると思った新病の特効薬は、僅か一週間足らずで、驚異的な効力を備えて完成したのです」
アイリアからも視線がくるが、気のせいだ。
「それは容易く、呆気なく、誰ひとりの死者もなく、感染病は勢力を衰えさせ、そして完全に消失したのです」
「すごい話だよねぇ」
そこでザザが話を引き継ぐ。ダルそうにソファに胡座をかいて座っているが、その黄色の瞳だけは爛々と輝いていた。
「本当、どこの聖者ですか、ってレベル。当然、ボクたちは疑った。だってマジで有り得ないと思ったんだもん。旅人の話じゃ信用できない、ってことになって、ボクの使い魔を送ったんだ」
「使い魔…」
最早人違いですとは言い張れず、諦めて記憶を辿る。私はイチたち精を使役する。彼女たちも、使い魔の一種だ。ザザが使い魔を使役する時点で、彼が魔術を使えると分かるのだが、果たしてどのようなものを使役するかは分からない。…腰に帯刀している剣からして、彼は魔術だけでなく剣術もできるのだろう。極めて珍しいが、ザザなら納得できる。
残念ながら、記憶の中には、ザザの使い魔らしきものは発見できなかった。その結論にたどり着くのを待っていたように、ザザが続ける。
「姿は秘密だけどね。ボクの使い魔は隠密に長けているから、気づかれることなく君たちのことを見ていたんだよ」
使い魔を看破できなかったとは。少し私も平和ボケしているのだろうか。悔しさが滲む。修行をしなおすのも良いかもしれない。
「――そして、ボクは情報が本当だったことを知った」
一変、ザザの口調が真剣になったことで、私は思わず顔をあげる。ザザは、道化の雰囲気を無くして、続けた。
「たった一週間で薬を作り、翌週には疾患者を全員治療し終える。豊富な魔力、思わぬ発想をする頭脳…」
ザザはゴクリ、と息を呑む。彼の異様な雰囲気に釣られたのか、アイリアもアリスも彼に注目していた。
「ボクはね、オリヴァー。君のことが………すっっっごく、知りたいんだ!!」
目を爛々と輝かせて目の前に飛び出してきたザザに、軽く目眩がした。
ちょっと強引だったので、あとで修正するかもです。
白髪だとイチとかぶりますね。ですが譲れない!
ありがとうございました。




