13
二ヶ月記念日の翌日。
昨日の剣プレゼント事件で、少しアリスとの間にひと悶着があったが、それもどうにか通り過ぎた、翌日の朝食の席。
やはりアリスの飯は美味いな、と思いつつ箸を進める私に、向かい側でその様子を、頬杖をついて観察していたアリスが言った。
「…今日は出かけるぞ」
「…え?」
いかん、唐突に話しかけられたから、箸から卵が飛んでいってしまった。
アリスの方に緩い弧を描いて飛んでいったそれを、アリスは気だるそうに、そして嫌そうにひょいと手で受け止める。行儀の悪い、と私に言いながら、止める間もなく、ぱく、と食べてしまった。
「あ…」
「ん、今日も良くできている」
そう言ってひとり頷くアリスに、がっくりと肩を落とす。最後のだし巻き卵を食べられたショックは大きい。少し恨めしげな視線を投げかけるが、奴は涼しい顔だ。
「で?どうする」
「……?」
意味が分からず首を傾げると、アリスはため息を吐いた。最近こういう状況が多い気がするが…、なぜだろう。
アリスは私を白い目で見て言う。
「…だから、出かける、っていっただろうが。用事あるか?」
「――ああ、成る程」
そのことか。
直後の卵のことが大きすぎて完全に忘れていた。
アリスが突然こんな事を言い出したのに疑問を持ちながらも、特に予定はないので頷く。
「大丈夫だぞ。何かあるのか?」
当然の疑問のはずだが、アリスは少し逡巡し、ちらりと私を見る。なんだ、と思いながらも無言で返事を待つ。こういう時は、こちらが一切引かない、ということを伝えるのに、無言が一番だ、とこれまでで学んだ。
案の定その意思が伝わったのか、アリスは観念したように口を開く。
「…この剣、くれただろ。その礼と、…二ヶ月記念だっけ? の俺からのプレゼント」
何だかんだでお前にはいつも世話になってるからな、と頭を掻きながらボソリと言うアリス。
その様子に、私はグッ、と拳を握った。
アリスが――デレたっっ!!!
私は知っている。アリスは”つんでれ”なのだと。昔フィーに色々と教わったのである。こんなの役に立つか、と思っていたが、数年の時を経て、その知識は役に立った。常々、アリスはつんでれだ、いつ”でれ”が来るのか、とワクワクしていたが、不意打ちで来るとは!
思っていたよりも可愛いな、とドキドキとアリスを見やる。
ぞわっ
見やった瞬間に目に飛び込んだ、絶対零度の視線、オーラ。…魔王が現れた。魔族の血の流れるアリスに対して言うと、冗談では無くなりそうだが、これは魔王だ。
ひっ、と息を飲んだ私に、アリスはうっすらと笑いかける。その笑みだけで何人もの少女が落ちそうだが、今の私には無表情よりも恐ろしく感じる。怖い、怖すぎる。
そのままの笑みでアリスが言う。
「なにを、考えていたのかな?……内容によっては今すぐ吸血するぞコラ」
その後の私の返答?決まっているじゃないか。今までの二ヶ月、言い慣れたこの言葉。
「ごめんなさいでした」
…フィー、これは”つん”なのでしょうか。
◇
「はぁ」
久しぶりに歩く、ハロルド街。行き交う人、人、人。売り子の少女が道行く人々に明るく声をかけている。
その雑踏に、既にげんなりとしながらも、人波に流されないよう必死に足を動かす。
ハロルド街。
ここは私たちの住むゲラウス街のとなり、”普通の人々”が住む街。道は綺麗に舗装され、道行く人の身なりも清潔だ。治安も良く、所々に常駐の警備が立っている。
滅多にゲラウス街から、というか家から出ない私が、なぜこの街にいるのか。それは、目の前の、現在進行形で純粋な少女たちの目を奪っているこの男――アリスのせいである。
私の思考がアリスにばれ、恒例の説教を頂いたあと、不機嫌になった彼の機嫌をとるために、文字通り体を張った私。うん、頑張った。やっと直ったアリスの機嫌をまた下げたくない一心で外出を了承したのも、しょうがない。
そんな訳で、今私はアリスとの初・観光外出なのである。
今まで彼と遊び目的で出歩いたことはなかったので、これはこれで新鮮だが、それとこれとは別である。どうしたって人ごみは嫌だし、なぜか美人なお姉さま方に睨まれるのも嫌だ。
「…流石にこの人の多さは駄目だな」
アリスが呟いて軽く息を吐く。そして後ろを歩いていた私を振り返って、軽く吹き出した。
「……なんだ。失礼だな」
むっとしたが、既に言い返す気力もなく、かるく咎めるだけにする。それにさらに笑みを深めたアリスに、周りをウロウロしていた少女たちから小さく黄色い悲鳴があがる。
その悲鳴に頭が痛くなり、かるく眉をひそめていると、アリスが面白そうに言った。
「引きこもりの渾名は伊達ではないみたいだな。…少し飛ばすか」
少し、ほんの少し聞き捨てならない言葉が聞こえて目線を上げた途端、ふわり、と身体が浮いた。
「…え?」
きゃあああ、と周囲から今度ははっきりと悲鳴が聞こえ、それがなにに対してなのか判断する暇もなく、風が身体に吹き付け、周りの景色が目まぐるしく変わっていく。
「…あ…え?」
これは…走っている、のか?いやしかし私は動いてないぞ。というか腹が痛い。そう思考し、ふと、じゃあ今私は何をしているのだろう、という疑問が浮かぶ。
嫌な予感に身を竦ませながら、ゆっくりと視線を巡らす、と。
「気持ちいいな」
近くに青髪。定期的に来る腹の振動。…どうやら私はアリスリデアさんに俵担ぎをされているらしい。
「…っ!?――ぅああああああああああああああああっっ!?」
遅れに遅れた私の悲鳴が、午後のハロルド街に響き渡ったのだった。
◇
「…ぜぇ、ぜぇ…っ」
「走ってもいないのに何を息切れているんだ」
「…っアリ、ス…!」
死ぬかと思った。
数分走り続け、既に場所など分かりはしないが、人は目に見えて少なくなった。大通りではないのだろう、やや狭い道の横にポツポツと店が立ち並んでいる。
意外と落ち着いていて、我が家のような雰囲気だ。
…いや、そんなことはどうでも良い。
若干息が整ってきたので、キッ、とアリスを見据える。そして口を開くため大きく息を吸って――咽せた。
「すぅ――っ!?ごほっ、げほっ!?!?」
盛大に咽る私を見て、おいおい、と馬鹿にしたような視線をするアリス。やはり奴はムカつく。忌々しい咳が止まると同時に、びっ、と指をアリスに向けて言う。
「おい!死ぬかと思ったぞ、一言くらい言え!それに担ぐならもっと他になかったのか!?腹が痛くてしょうがなかった!」
一気に言い切り、ぜぇぜぇ言う私に、しかし奴は涼しげに答える。
「なんだ、そんなことか。すまなかったな、次からは抱っこしてやる」
「そうだ、最初からそういえば…え?」
予期していた回答とは全く違う内容にやや目を見張る。アリスは飄々としていて、少しも悪びれた様子ではない。そんな彼の態度に流されそうになるが、いや、抱っこ、って…。
彼なりに反省しているのか…?いやしかしそうは見えない…。心の中で悶々と議論を交わしていると、上からアリスの声が降ってきた。
「なんだ。抱っこじゃ嫌なのか?贅沢だな。…仕方がない、特別にお姫様抱っこにしてやろう」
どうだ、抱っこの上位体系だぞ、と私を諭すように言うアリス。
それで私は確信した。こいつは楽しんでいる、と。
「はぁ。…いや、抱っこでいい。お姫様抱っこなんてしたら、お姉さま方に殺される」
一気に脱力し、もうどうでも良い、と手を振る。いくら私が言ったって奴には敵わない。その様子にアリスは一瞬、普通は分からないくらいの勝ち誇った顔をし、じゃあ行くか、とだけ言って歩き出す。
それに渋々頷く風にしながらも、私は、自分も楽しい、と感じていることに気がついていた。
…案外、外の世界も楽しいのかもしれない。
自然に頬が緩みながら、私はアリスの背中を追って走り出したのだった。
「ぶっ!?」
「…何してんの」
「あ…いや、ちょっと転んじゃいました」
「…馬鹿」
「…ハイ、馬鹿です」
今日はとある漫画を読んだので、若干その漫画のお気に入りのキャラの感じが入ってしまったかもですね汗 毒舌で冷徹でクーデレ…あ、いやそのまんまでした^^
ナルちゃんはツンデレの他にも種類があることを知りません。
ありがとうございました。




