実技試験のお話
「次、432番 ガレッド・メインテイン 鍛冶」
「おう!」
ついに実技試験が始まる。
エレンは魔法、ガレッドは鍛冶、ユルスは剣術。
ガレッドは鍛冶ということで1人だけ違うところに案内された。そこは学内にある鍛冶場。
ここエンゼルシアでは魔法から冒険術まで幅広く学ぶことができ、更には鍛冶を学ぶことも出来る。
そのため鍛冶に必要な設備はしっかりと整っている。
「あなたには、これから何か1つ作ってもらいます。制限時間は2時間。必要な道具はこちらで用意してありますが、普段使われている物を使っても構いません。材料は隣の部屋にある物を使ってください。では、準備はよろしいですか?」
「いつでも大丈夫だ!」
「では始めてください。」
(とは言ったものの、何を作ろうか……)
まず何を作るか考えるガレッド。制限時間を考えると大層な物は作れない。
とりあえず隣の部屋に材料を確認しに行くと、ガレッドにとっては宝の山ともいえる光景が広がっていた。
『金属』……鉄や銅など。採掘された鉱物から採れる。
『魔金属』……ミスリルやアダマンタイトなど。含有魔力が多いためそれぞれ特別な方法でしか加工出来ない。
『宝石』……ルビーやサファイアなど。魔力の伝導率が高い。
『魔材』……魔物の部位の総称。特別な性質を持っていることが多い。
それぞれきちんと分類されて保管されている。並んでいる棚を順番に確認していくが、ガレッドにとって初めて見る物がたくさんあった。
(すげー! おお、なんだこれ!? これは……そうか、てことは……)
思わず興奮してしまい、制限時間など忘れて材料選びに没頭してしまうガレッド。
「残り1時間です」
気が付くとすでに1時間が経っていた。材料選びに時間をかけすぎているガレッドをみかねた試験官が残り時間を知らせてくれた。
(うわ、あと1時間か)
結局まだ何も決めておらず、あわてて何を作ろうか必死にかんがえるがなかなか思いつかない。
そんな時、偶然手に取った材料を見てガレッドはひらめいた。
『シルミー魔鋼』……魔金属に分類される。常温で変形することができ、高温になると固くなる性質を持つ。その後常温でゆっくり冷却するとぼろぼろと崩れる。急速冷却の後、魔力を一定量込め続けると硬度を増す。
性質を考えると、まず常温で成形。それから炉に入れて加熱し、取り出してから水にいれて急速冷却する。
冷えてからヤスリなどで削って刃を磨き、仕上げに魔力を込め続ければ完成する。
以前親方が扱っていたの見ていて、面白いぐらいグニャグニャと曲がっていたのを憶えている。
(……小型ナイフ作るか)
シルミ―魔鋼を使えば簡単に作れてしまう。
この魔金属はやり直しができない、鎚が使えないという制約があるが、他の魔金属と比べれば加工はかなり楽である。
汗をかきながらもずっと集中を絶やさず作業に専念するガレッド。
そして試験終了まで残り5分を切ったところで完成した。
「できた!」
1回目は炉で加熱しすぎて冷やした時にヒビが入ってしまった。
改めて初めから作り直し、2回目でなんとか完成まで持って行くことが出来た。
そして試験官に渡す。
「初めは見ててどうなるか不安でしたよ。よくシルミー魔鋼なんて知っていましたね」
「あー、親父が使ってるのを見たことがあって」
「……親父? 君は……ああ、メインテインでしたか」
親父と聞いて、受験者名簿の名前を確認する試験官。メインテインの名前を見て納得し、微笑を浮かべる。
この町でメインテインと言えば、あのメインテイン工房しか存在しない。
「では、あなたの試験はこれで終了となります。合格発表は2日後です。校門のところに貼り出しますので忘れず確認してください。」
< < < < < < < < < < < < < <
< < < < < < < < < < < < < <
「433番 エレンシア・ヒュージー 魔法」
「は…はい」
エレンが案内されたのは魔法訓練所。
魔法陣による結界が張ってあるため外に被害は出ない。だから魔法が自由に打てる場所である。
「あなたには、まず魔法を使った課題をクリアしてもらいます。その後、得意な魔法を1つ披露してもらいます。どんな魔法でも構いません。よろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
「ではこの中に立ってください。そしてあの台の上にある球を魔法で床に落としてください」
示された小さな円の中に立つエレン。視線の先には台の上に置いてあるボール。
距離にして10mはあるだろうか。
「なんの魔法でもいいんですよね?」
「落とせるならば何でも構いませんよ。ではお願いします」
背を伸ばして小さく深呼吸したエレンは両手を前にかざして詠唱を始めた。
――火の玉よ、敵を撃て―― [ファイアーボール]
呪文を唱え終わると同時に火の玉が放たれる。
直径50cmくらいの火の玉は周りを赤く照らしながら台へと真っ直ぐ飛んでいく。
そして台に衝突すると同時に爆発が起こり、その爆風によってボールは吹き飛ばされた。
「球を直接狙わずに落とすなんて、よく考えましたね」
「い……いえ、それほどでもー」
実はなにも考えず直接台の上にあるボールを狙った。しかし狙いが外れて台に当たってしまい、偶然爆風によって落ちたのである。
決して考えていたわけではない。
「では得意な魔法を1つ披露してください」
「はい」
得意な魔法――エレンにとっては一番使った回数の多い魔法。
再び深呼吸をしてから詠唱を始めた。
――衣服をきれいにする水の流れよ―― [洗濯]
詠唱が終わると、エレンの1mほど前方に水が集まり始めた。
徐々に量を増す水は次第に渦を巻き始める。
時々不規則な乱流が現れ、より一層激しさを増していく。
限大量まで魔力を加え、イメージを与えて渦を小さくしてあるため密度が高い。
初めは明らかに洗濯の魔法だと分かったが、今となっては攻撃魔法に匹敵する威力がある。
「これは………洗濯の魔法ですか?」
「……はい」
「確かになんでもいいとは言いましたが、洗濯を見せてきたのはあなたが初めてですね」
どこか驚いたような面持ちでありながら愉快そうに話しかけてくる試験官。
「では、あなたの試験はこれで終了となります。合格発表が2日後にあります。校門に貼り出しますので忘れず確認してください」
< < < < < < < < < < < < < <
< < < < < < < < < < < < < <
「次、434番 ユ-ルシス・エクリーバ 剣術」
「はい」
「いまからお前には剣の腕を見せてもらう。方法はいたって単純だ。他の受験生と戦うだけだからな」
「他の受験生と戦う……」
「そうだ、その様子を俺が審査する」
ユルスが案内されたのは校庭。周りを見渡すとすでに剣を振るって戦う人の姿があった。
「お前の相手は……あいつだな」
試験官が指差したのは槍をもった緑服の青年。大怪我しないよう槍先には布がこれでもかと何重にも巻いてある。
対してユルスが使うのは木刀。これも大怪我しないよう配慮されたものだ。
「槍……ですか」
「そうだが、なにか問題でもあんのか?」
「……いえ、ありません。始めましょう」
確かに問題はない。今回大事なのは勝ち負けではなく内容なのだから。
『それでは、はじめ!』
試験官が開始の合図を発する。
相手は左足を前にして半身で槍を水平に構えている。ほとんど構えに淀みが見られない。
そのままじりじりと間合いを詰めてくる。
槍がとどく範囲に入った瞬間、頭部を狙った突きが繰り出される。
しかしユルスは紙一重で避けると槍の側面を木刀で強打し、相手の姿勢を崩す。
相手が姿勢を崩している間に間合いを詰めようとするユルスだったが、相手は槍に加えられた勢いを利用して回転攻撃を仕掛けてきた。
木刀を盾にして防いだが相手はすぐに槍を引き、何度も突きを加えてくる。
それらを剣でいなしたり避けたりしながら槍の間合いから一旦外まで下がる。
(完全に相手のペースですね……一気に詰めるしか……)
一気に間合いを詰めれば取り回しの利く木刀の方が有利だろう、そう考えたユルスは木刀をしっかりと握りなおす。
おそらく槍の間合いに入ったら攻撃される。それをまず何とかしなければならない。
再び静寂が訪れる。
静寂を破ったのはまたしても相手だった。弾けたように動きだし一足で間合いを詰められる。
そして繰り出される頭部への突き。先ほどよりも早い上に槍先までが点にしか見えないため距離感がつかめない。
ユルスは勘に頼ってしゃがみ込んで避ける。そのまま下から切り上げようとしたが、気づけば目の前に柄が飛んできていた。
急きょ防御に切り替えるが腕に鈍い痛み。急いで間合いから外れるユルス。
このままでは不味い、そう感じたユルスだったが既に打つ手がない。
一か八か間合いを詰めて攻めていく作戦は相手との実力差を考えると上手くいかないであろうと容易に想像がつく。
まず槍を引き戻すのがとても速い。しかも槍を自在に操っており、接近された時の対処法もおそらく心得ているだろう。
「なんだ、こんなもんかい。君の実力は」
明らかな挑発。とにかく打開策を探して考えをめぐらせるユルス。
(……そういえば……これなら……)
策とは言えないほど単純だが1つだけ思いついた。これを実行するにはとりあえず挑発に乗らなけばならない。
「はい? 今までのは様子見ですよ。本気をだしてあっという間に終わらせては申し訳ないですからね」
「……さっきまで手も足も出なかったヤツの言葉とは思えないね、早く本気とやらを見せてほしいもんだ」
「雑魚は勝手にほざいててください。どうせあなたは地べたに這いつくばる運命なんですから」
すると相手の雰囲気が少し変わった。明らかに怒っている。
相手はしっかり槍を構えているが、その姿からは今まで以上に気迫を感じる。
今度はユルスから仕掛けていく。
一気に間合いを詰めていくが槍の間合いに入った途端、相手は攻撃を繰り出してきた。
(やはり!)
頭への突きを完全に読み切っていたユルスは、避けると同時に槍の上面を思いきり木刀で叩きつけた。
強い力を加えられた槍は勢いよく地面にぶつかり、軽く跳ね返る。
その間、相手は完全に槍のコントロールを失い無防備な状態。
このチャンスを逃さないよう、走っている勢いを落とすことなく木刀を振りぬいた。
砂が擦れるような音を聞いて振り返ると、片膝をついて苦しむ相手の姿。
『そこまで!』
響きわたる終了の合図。
そして試験官がユルスにゆっくりと近づいてきた。
「おう、よく勝てたな。正直無理だと思ってたんだが」
「……本当に偶然ですよ。僕の方が実力的には下でしたから」
「ちなみに勝因なんか聞いてもいいか?」
興味深そうに尋ねてくる試験官の男。少しだけ痺れている右手をさすりながらユルスは答えた。
「あの人は初めに頭を狙う傾向があります。そこで彼から冷静さを奪うために挑発しました。僕を確実に倒すよう仕向けるためです。頭に血が上った相手は必ず頭を狙ってくるでしょう。なので先の先を取ることが出来ました」
「……なるほどな。……それにあいつは自分の力をおごっていたとも言えるか……。まあいい」
試験官はそれだけ言うと1つだけ溜め息をついて対戦相手をちらりと見る。
木刀を打ちこまれたところが痛むのだろう、まだ少し苦しそうな顔をしている。
「これでお前の試験は終了だ。合格発表は2日後。校門に貼り出すから忘ないように。以上だ」
その言葉を聞いて礼を言ってからその場を去るユルス。
ユルスが去っても対戦相手の青年が去ろうとする気配はなかった。
試験官が彼に話しかける。
「てめえ、油断しすぎじゃねえか?」
「いやいや、彼の観察眼がすごいんだよ。それに一応手加減してたんですけど」
「負けは負けだ。素直に認めろっての」
「……ていうか受験生同士って嘘ついていいの? あんた仮にも試験官だろ?」
「お前だって試験受けるだろ? 王都にある騎士団の入団試験」
「なるほど、オレも受験生だったねー。……いやいや……まあ別にいいけど」
「で、実際戦ってみてどうだった?」
「あいつですか? まだまだ未熟ですね。まあこの先すげー強くなりそうな気がしますけど」
「……そうか」
負けたにも関わらず彼の顔には笑みが浮かんでいた。
試験官の言葉も短いながら心情を察するには十分に温かみを帯びていた。
エレン 「洗濯ドーン」
ガレッド「洗濯でそんな音は出ねー」
エレン 「でるよ?」
――――ドーン
ガレッド「もう洗濯じゃなくて攻撃じゃねーか」
エレン 「いやー、それほどでも」
ガレッド「だから褒めてねーよ」
ユルス 「……さすが、エレンですね」
ガレッド「…………え?」