入学試験のお話
その後、昼過ぎには無事エンゼルシアまで戻ってくることが出来た。
今エレンがいるのはメインテイン工房の作業場。
2人とも小さな黒板の前に座って話していた。
「なあエレン、お前も学校に行くんだよな?」
「うん、そうだけど」
「入学試験……お前大丈夫か?」
「大丈夫、実技で満点目指してるから」
学校は誰でも入れるわけではなく、学校側が示した基準を上回らなければならない。
試験は実技と筆記の総合得点により決定される。
「まあ、せいぜい落ちないよう頑張れよな」
「ふ〜ん、ガレッドこそ大丈夫?」
「おいおい、俺こそ実技で余裕に受かるって」
「ああそうか、いつも通り金槌ふるだけか。」
「言い方が気に食わんけど、まあその通りだ。」
「私は魔法で受けるんだ〜」
「……魔法使えたのか!?」
「使えるからね!? ファイアーボール使ってるの見てたでしょ」
「……こんなこと言いたくねーけど、あれ初級魔法だろ?」
「そうだね、ガレッドをこんがり丸焼きにするくらいなら出来るよね!」
「あー、いや。……なんかすまん」
「よし、許してやるか」
丸焼きで済まないだろとかぶつぶつ言ってるガレッド。
その様子を横目に食べ物をこんがり焼く魔法でも創ってみようかなと考えるエレンなのだった。
その後、エレンとガレッドは他愛のない話を続けた。
2人ともウーノの森での出来事に一切触れることは無かった。
というのも、お互いなんとなく理解できたからだ。
あの経験を通じて親方が伝えたかったことを。
そして2人は今、親方からもらった筒「ファイコルム(空の筒)」の使い道を考えていた。
すでに1つの使い方を見出している。それは魔物避け。
魔物の特徴として、本能的に魔力濃度を察知することが出来る。
強い魔物ほど体内に保有する魔力は多くなる傾向があるため、弱い魔物は濃度が高い所には近づかない。
「ファイコルム(空の筒)」に魔力を溜めておけば、弱い魔物を遠ざけることが出来る。
ちなみに、あのシュバルトウルフの動きを止めたのも、「ファイコルム(空の筒)」である。
「なんか面白い使い道ないかな?」
「面白さ優先かよ」
「当たり前じゃない、それ以外なにがあるのよ」
「……実用性を優先するとか」
「……実用性ってなに?」
「どれだけ生活に役立つか……じゃね?」
「なんだ、じゃあ同じことだよねー」
「は? どこが同じだよ」
「ガレッドの耳は節穴なんだね……。残念だなー」
「……ひでーな、おい」
なかなか使い道が思いつかず、ついつい話が脱線してしまう。
そんな時、作業場にある1つの機械がエレンの目に留まった。
「ねえねえ、あの機械って何? 洗濯箱に似てるんだけど」
「あれは魔動式の洗濯機だ」
「魔動式の?」
「ああ、お前が注文した洗濯箱を作るときに参考にした」
「魔動式ってことは魔力で動くんだよね?」
「……当たり前だろ。魔動式なんだから」
魔力を溜められるファイコルム(空の筒)、魔力で動く魔動式。
この2つから導き出される結論――――
「もしかしてこれ使って動かせないかな?」
「……どういうことだ?」
要領を得ない説明に首をかしげるガレッド。
エレンはその様子を見て、黒板に図を描いて説明し始めた。
「つまりね、魔力を溜めたファイコルム(空の筒)を魔動式の道具につなぐでしょ。その状態で魔力を放出させれば動くんじゃないかなって思うんだけど」
「……なるほどな。それならまだ魔力が少ない子供でも魔動式の道具が使えるようになるな」
「でしょ。さすが私だね」
「……親方から『武器として』貰ってるって事を忘れてなければ流石だよな」
「あれ、そうだったっけ?」
「……おいおい」
ちなみにこのエレンの考えは採用され、後に魔動式の道具に接続できる魔力供給装置として一般的に普及するのだが、それはまだ数世代先のお話。
「でもさー、武器として使うの無理じゃない?」
「……まあ確かに」
完全に諦めムードの2人。かなりの時間話していたため外はすでに茜色に染まっている。
「あー、もうこんな時間か。……よし、帰る!」
黒板を消して手についた粉をパンパンとはたいて落とすエレン。
そして親方に挨拶してからメインテイン工房をあとにした。
結局なにも思いつかず真っ直ぐ家まで帰ったエレン。
家に帰ると、エレン父がすでに帰宅していた。
エレンの顔を見るや否や父親の口をついて出てきたのは謝罪の言葉だった。
「エレン、本当にすまなかった」
しかし本人は何のことだかさっぱり分からずに困惑している。
「え……いきなりどうしたの?」
「……実は外に行く本当の目的を知ってたんだ。お前につらい思いをさせるのも分かってた」
「……そのことね。それなら気にしてないよ。むしろありがとう、かな」
エレンは本当に気にしていない。むしろ感謝の念さえ湧いている。
父親が苦渋の決断をして見送ってくれたが分かったから。
エレンが外に行っている間、ずっと心配してくれていた父親の思いが痛いほど伝わってきたから。
「さっ、ご飯が待ってるからこの話はおしまい!」
「……ああ、すまん。ありがとう、エレン」
「……うん」
その日の晩御飯はとても温かかった。
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そして、ついに入学試験の当日。
エレンはあれから再び工房を訪れ、ガレッドと共に学校に行く約束をした。
しかし時間になっても待ち合わせ場所に現れないエレン。
ガレッドは心配になって家まで訪ねると、エレンはまだ夢の世界にいた。
ついさっきエレン母に起こされたばかりで、眠そうにをこすりながら準備を進めるエレン。
「お前、ある意味すげーな」
「でしょ」
「だから褒めてねーよ」
「はいはい、急いでるんだから邪魔しないで」
よし準備完了ー、と両手を伸ばして玄関の戸を開ける。
そして振り返って一言。
「それじゃあ、行ってきまーす」
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「これなら普通に間に合いそうだな」
「誰のせいだと思ってるのよー」
時間にはまだ余裕があるため歩いて学校に向かう2人。
「明らかにお前だよ、寝坊しやがって」
「お、見えてきたよ〜」
「……無視すんなよ」
「うわ〜、すごい人の数だね。」
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エンゼルシア魔法学校
国内でも有数の魔法学校である。魔法のみならず、剣術から冒険術まであらゆることが学べる。
敷地外ではあるが寮があり、いづれも歩いて10分以内のところに建っている。
図書館や魔法訓練所といった施設も完備されているため、生徒が勉強や鍛練を行いやすい環境が整えられている。
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目の前には門の外にまで並ぶ人の姿。
「これみんな、入学希望者ってことか?」
「ここらへんの村や町で1番大きい学校らしいからねー」
「なるほどな。」
「しかも寮があるから、遠いところからも来るらしいね」
よく見ると学校の職員らしき人が何かを配って回っている。
やがてエレンたちのところにもやってきた。
「なんだこれ?」
「はい、そちらは受験される皆様の受験番号でございます。」
ガレッドの質問に懇切丁寧に答えてくれる女性の職員。
「エレンの番号は?」
「……一緒に並んでるんだから、1番違いですけど」
「あ……そうだよな」
ちなみにエレンが433番、ガレッドが432番。
その様子を見てクスリと笑った職員の方からの説明が続く。
「学校の中に入ると、そちらの札を使って本人情報の登録を致します。またその際に実技で何を披露するのか選択していただきます。ですので、そちらの札は無くさないようご注意ください。」
「だってさ、ガレッド?」
「なくさねーよ!」
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かなりの人が並んでいるため、まだまだ受付にすらたどり着かない。
エレンとガレッドはひたすら喋って時間をつぶしている。
「……つうか筆記得意とか言うやつの顔が見てみたいよな」
「ほんとだよね〜」
「………筆記得意ですけど、何か?」
突如エレンの後ろから声がかかる。
振り返ってみると眼鏡をかけた黒髪の少年。
「えと、その……ごめんね、悪気があったとかじゃないからね」
取りあえず謝るエレン。
その様子にあわてて訂正をいれる黒髪の少年。
「いえいえ、分かってますよ。少し面白そうなので声をかけただけです」
「ふ〜ん、名前聞いてもいい?」
「…そうですね、僕の名前は "ユールシス・エクリーバ" 、ユルスと呼んでください」
「私はエレンシア・ヒュージー、こっちがガレッド」
「ガレッド・メインテインだ、鍛冶師を目指してる。よろしくな」
「鍛冶師ですか。僕は冒険者になりたくてここに来ました」
「私は魔法を学びにね。……ていうか冒険者って何する人?」
「まあ、何でも屋みたいな感じですかね。冒険者ギルドで依頼をこなします」
「依頼ってどんなの?」
「護衛、討伐、採取、人探しと様々です」
「エク君、すごいねー」
エレンからの質問攻めを容易に乗り越えていくユールシス。
しかしエレンの発言にユルスは少しだけ眉をひそめた。
「『エク君』って僕のあだ名ですか?」
「うん、呼びやすくてよくない?」
「姓からあだ名つけられたのは初めてですよ」
「私もつけたの初めてだよ」
遠まわしに皮肉を言ってみたが、あっさりと返されてしまうユルス。
そのまま3人で話していると時間はあっという間に過ぎていき、気が付けば受付まで来ていた。
職員の方から説明が入る。
「まずこちらの紙に必要事項をご記入ください。それが終わりましたら、今度はこちらの紙に魔力を込めてください」
渡されたのは2枚の紙。1枚目には名前、年齢、性別などの記入欄がある。
2枚目は魔感紙。これを使って試験における不正を防止することができるそうだ。
記入し終えたエレンが横を見ると、どうやらガレッドもユルスも書き終わったらしい。
3人は魔感紙に魔力をこめて提出し、案内にしたがって教室に向かった。
まずは筆記試験。
案内された教室に足を踏み入れると、多くの受験者がすでに座っている。
どうやらこの教室の定員はエレンたち3人が入るといっぱいになったらしく、席に着いたところで職員の方から説明が始まった。
要約すると『不正行為は厳禁』。
そして試験が始まった。
内容は簡単な読み書きとちょっとした計算、魔法の基礎知識、魔法陣の組成などがあり、簡単な物から難しい物まであった。
というか難しい問題ともなると明らかに解けないレベルの問題が数問あった。特に魔法の知識と魔法陣の組成などは、例え簡単な問題だとしても入学前の一般人が解けるようなものではない。
そして試験終了の合図。
ガレッドは机に突っ伏している。おそらくエレンと同じくほとんど解けなかったのだろう。
ユルスはいつも通りといった様子なので自分では満足の行く結果だったに違いない。
答案用紙の回収が終わって、実技の試験会場まで案内される。
「……筆記どうだった?」
「……聞くな」
移動の最中にエレンが口を開くが、やはりガレッドもいい結果ではないようだ。
「あれは仕方ないですね、解けない問題も含まれてますから」
落ち込んでいる2人の様子を見てユルスが言葉をかける。
「……そうだよね。よし実技がんばろう!」
「お……おう!」
気合を入れ直して実技の試験会場に向かうエレンたちであった
エレン 「筆記むずかしかったねー」
ガレッド「ホントだよな」
ユルス 「あれは解ける方がおかしいんですよ」
エレン 「じゃあエク君はおかしいんだね」
ユルス 「…………」