初めてのお話
試験的に行間を減らしています。
「ねえガレッド、どうしてお父さんを親方って呼ぶの?」
「さあな。俺が工房で親父って呼ぶと怒るんだよ。だから親父の前では親方って呼ぶように気を付けてる」
前を歩く親方には聞こえないような声量で話す2人。
3人は先程エンゼルシアを出発し、南にある"ウーノの森"に向かっていた。
「なあ親方、なんでわざわざ外まで来たんだ? こんなに遠くまで来なくても……」
「ガレッド、お前も外に来るのは始めてだったな?」
「あ……ああ、そうだけど」
「いいか、今回の目的は嬢ちゃんの武器を選ぶだけじゃねえ。2人とも入学前にさせたい事がある」
話ながら歩く親分の背には大きな荷物。
人の往来によって踏み固められた道をしばらく歩き、見晴らしのいい場所で休憩を取ることになった。
そして荷をほどく親方。
「おう嬢ちゃん、森に入る前に武器を決めときたい」
「え? 決めるために森に行くんじゃないの?」
「言ったろ、させたい事があるって。森に行くのはその為だ」
「そうなんだ。うーん……、何がいいかな?」
エレンがまず手にしたのは両手剣。
しかしエレンの力では、剣の重みでふらついてしまい足元が覚束ない。よって却下。
次に手にしたのは、両刃の片手剣。とりあえず持てたので保留。
弓も試したが、力が足りず弦を引けなかったので却下。
その後も次々と試したが、持てれば保留、持てなければ却下という結果に終わった。
「あー、エレン。お前ある意味すげーな」
「それほどでも……あるかな」
「褒めてねーよ」
「ねえ、ガレッドの武器ってなに?」
エレンの問いかけに答えたのは親方だった。
「こいつのは決まってる。鎚だ」
「あー、ガレッドにピッタリだね。」
ガレッドが見せてくれたハンマーは持ち手が1m程あるスレッジハンマーで、打撃部がかなり大きい。
エレンがぺたぺたとハンマーに触っていると、親方が思いついたように口を開く。
「嬢ちゃんは……魔杖か魔道具の方が良さそうだな」
「あ、俺も思った」
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魔力の流れとは何だろうか。
それは、一般的には「魔子」と呼ばれる粒子の移動だと考えられている。
つまり「魔力がある」という状態は、言い換えれば「魔子で満ちている」のと同じである。
魔杖というのは、軸となる材料、装着する宝石、刻み込む魔法陣などによって効果がかなり変わってくる。
よくあるのが魔法の強化。
「ファイアーボールを強める杖」や「ウインドスライサーを強める杖」など魔法ごとに強化するものもあれば、「火の魔法を強める杖」など全体的に強化するものもある。
当然、魔法ごとに強化する杖の方がより効果が高い。
魔法を発動すると、体内に溢れる魔子が魔法ごとに固有の波長を持つようになる。
それに共鳴して増幅させるのが杖の役割だ。
魔道具というのは、魔力で動くモノの総称である。
世界に普及する"魔動式"の道具はすべて魔道具であると言える。
魔道具を作れる人はいるが、簡単な物しか作れていない。
魔道具を作る理論においても魔子の理解が必要であり、高度な物を1つ作るには数年をかけなければならない状況にある。
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「なら嬢ちゃん、こいつをやろう」
親方が投げて渡したのは、1本の筒。
長さはエレンの身長と同じくらいで直径1cm。
余すところなく複雑な模様が刻み込まれている。
「これは?」
「一応そいつも魔道具だ。知り合いの職人から譲ってもらったんだが使い道がなくてな」
「使い道がないの?」
「ああ。そいつは魔力を溜めておくことが出来る。んで、溜めた魔力を自在に放出できる。」
「え、普通にすごくない?」
「まあ、実際に使えば分かる。見てろよ」
そう言って筒を手に取り、魔力を込め始める親方。それに合わせて模様が端から少しずつ、薄らと光りはじめた。
「どのくらい溜まってるかは模様で判断できる。そしてある程度溜まったら……」
説明しながら筒の先端をガレッドに向ける。
「一気に放出する!」
「うわぁああ!」
筒の模様が一瞬だけ強く輝き、魔力の奔流がガレッドを襲う。
・・・・・・
「と、まあこんな感じだ」
「こんな感じだ、じゃねーよ! ビックリするだろ!」
親方に猛抗議する無傷のガレッド。
「魔力ってのは空気中にも存在するんだ。こんなんで怪我してたら歩くだけで死ねる」
「そりゃ、まあ……そうかもしれないけど!」
ガレッドの抗議を無視して、エレンに手渡す。
「ってわけだ。使い道は嬢ちゃんで考えな」
「……はい」
使い道の分からないものを貰い、「あれ、使える武器選びに来たんじゃないの?」と思ってしまうエレンだった。
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青い空に佇む白い雲と、穏やかな風。
世界を燦々(さんさん)と照らす太陽の光を浴びて、ウーノの森は緑に色づき始めていた。
「よし到着だ。こっから先は魔物が出るから気を付けろ」
「……なあ親方、そろそろ目的ぐらい教えてくれよ」
「魔物の討伐だ」
平然と答える親方とは対照的に、顔色が悪くなるエレンとガレッド。
「……あ、危なくない?」
「……危ないに決まってるだろ」
さっさと進んでいく親方において行かれないよう歩く2人。
3分ほど進むと、親方が急に足を止めた。
すると10mほど前方に、3匹のクマが姿を現した。
「はぁ、いきなりこいつらかよ。……まあいいか」
なぜか落胆の声を上げる親方。そして――
「1人1匹だな、お前ら頑張れよ」
この言葉に2人は凍りつく。
今まで戦った経験のないエレン、そしてガレッドは状況がすぐに理解できなかった。
その間にも親方は1人走りだし、荷物の中にあった両手剣を繰り出す。
最前にいた1匹が反応して腕で薙ぎ払おうする。
しかしそれより早く横を通り抜けた親方は振り向きざまに首に一太刀を浴びせた。
そして残りのクマの攻撃を避けつつ、エレンたちのところまで戻ってくる。
これで残り2体。
しかしこの時、エレンの頭の中は真っ白だった。
クマから吹き出す血。その生々しさを物語る臭い。
これが現実だと訴えてくる視覚と嗅覚に、エレンは吐き気さえ感じた。
それに加えて、初めて自分に向けられた敵意に体の震えが止まることは無かった。
ガレッドも同様である。
上下の感覚さえおかしくなりそうな倒錯的な世界に、身動きが取れなかった。
その様子を見ていた親方は、一切動じることなく残り2体も切り捨てる。
そしてただ一言。
「行くぞ」
再び歩き出す親方。クマの死体に目もくれず、前に進む。
そして同じことが幾度も繰り返される。
敵が現れては親方が切り捨て、2人は茫然と見てるだけ。そして進む。
そうして進んでいると、森を横断するように流れている川が見えてきた。
そこで一旦、休憩をとることになった。
ものすごく重い空気の中、川のせせらぐ音だけが虚しく響く。
そんな中で、初めに言葉を発したのはガレッドだった。
「……なんでこんな所に連れてきたんだよ」
明らかに声が震えている。ガレッドの脳裏に浮かぶ先ほどの光景。
思い出すだけで体の震えが止まらなくなる純粋な敵意。
斬られて苦しむ敵の声が、まだ耳に残っている。
「現実と向き合うためだ」
ただそれだけだ、そう言わんばかりに言い放つ。
そして言葉は続く。
「誰もが通る道だ。早く知ってて損はない。特にエレン、お前の場合は尚更だ」
いつもの"嬢ちゃん"ではなく不意に名前を呼ばれ、顔を上げるエレン。
「事情はお前の親父から聞いてる。だから連れてきたんだ」
「エレンの事情? どういうことだよ」
何も知らないガレッドを置きざりにして話は進む。
「今日、一日どうだった。正直怖かっただろ?」
顔を伏せ、頷くエレン。
「だろうな、誰だって怖い。でもな、怖がってばっかりじゃ前には進めねーんだ。この先、お前は誰かに守られて生きてくのか? 違うだろ」
「……私は……」
まだ年齢でいけば十分に子供だ。エレンも、ガレッドも。
しかし、世界は優しくない。
大人であろうと子供であろうと、平等に死をもたらす。
不幸の訪れは誰にも止めることはできない。
だから――――――
「てめえの人生だ、てめえの足で歩け」
一方的に依存してはいけない。
その先に待ち受けるのは破滅の道しかないのだから。
「んで、困ったことがあれば仲間を頼れ。守られて生きるんじゃなくて、助け合って生きていけ」
「…………はい」
「お前もだぞ、ガレッド。分かったな?」
「…………ああ」
幸も不幸も予期せず訪れる。
乗り越えられない壁、絶望的な状況。
絶望の果てに見える希望を求めて、進むしかないのだ。
時には不幸を嘆き、不意に歩みを止めてしまうかもしれない。
その時は、一緒に歩いている仲間を頼ればいい。
心から信頼している仲間たちが、手を引いて一緒に進んでくれるから。
「それでいい。そうすれば――――」
――次の瞬間、バーンと爆発音が響く。次いで悲鳴。
よく見ると、遠くのほうで黒い煙が上がっている。
「……今の何?」
「あー、恐らく誰か襲われてやがるな」
「……え! 助けに行かなくてもいいの?」
「行ってどうする? 自分の命を危険にさらしてまで他人を救うのか?」
冷たく響く親方の声。
「……なあ親方、さっきと言ってることが違うだろ」
「違わない、今のお前らじゃ死ぬために行くようなもんだ」
「……そんな!」
「行くなら……覚悟を決めろってことだ」
「覚悟……」
「そうだ。敵を殺す覚悟、仲間を守る覚悟、死なない覚悟」
戦いの中で、時に思いの強さが生死を分ける。
決意や覚悟が、剣撃を重く鋭いものに変える。
生きたいと強く願う心が、思考を研ぎ澄ます。
覚悟のない者は、戦いの中で致命的な"隙"ができる。
だから、戦いに臨むのなら――
その身を危険に晒してでも助けたいのなら――
・・・・・・
「……私、助けに行く」
「……俺も行く」
数分前には死んだような顔だった2人の瞳に強い輝きが戻る。
「よし、じゃあ行くか」
温かみを帯びた親方の声が森に響いた。
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「はあっ……はあっ……」
馬に乗って逃げる青年。
それを追う1匹の黒いオオカミ、通称「シュバルトウルフ」
大きさは馬より二回りほど小さいが、鋭い牙と俊敏な動きで相手を仕留める。
「はあっ……くそっ、喰らえ」
男は火の初級魔法[ファイアーボール]を唱えるが、馬に乗っているため狙いが定まらない。
「くっ……このままでは……」
こいつらに食われると思ったとき、急にシュバルトウルフの動きが止まった。
そして――
「おお、嬢ちゃんやるじゃねーか」
「うん、上手くいってよかった」
森の中から現れたのは、大人1人と子供2人。
どうやらシュバルトウルフの動きを止めたのは、あの女の子のようだ。
(……? シュバルトウルフが何かに怯えている?)
黒いオオカミが動けずにいるところに、女の子がファイアーボールを放つ。
かろうじて体を動かし逃げようとする狼だったが、避けきれず火の玉が体を掠る。
そこに男の子が走りこんでの鎚による一撃が加わり、よろめく狼。
そして最後は、大人の正確な一太刀。
シュバルトウルフに断末魔さえ上げさせることなく、地に沈めた。
(ふぅ……助かった。とにかく礼を言わねば……)
そして男は、助けてくれた一行のもとへと近づいて行った。
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「……エレン、うまくいったな」
「……うん」
ガレッドの問いかけに答えるエレン。
いま彼らの心に浮かんでいるのは、命を奪ったという実感。
火の玉による「肉と毛の焦げるにおい」、鎚による「骨を軋ませ肉に食い込む触感」。
いづれも非日常であり、命を奪ったことを彼らに再確認させる。
「でも……助けることが出来てよかった」
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ふと呼ばれて振り向くと馬に乗った先ほどの青年。
「助けてくれて、ありがとう。本当に助かったよ」
「いや、こちらこそ礼を言う。ありがとう」
なんで親分が礼を言っているのか不思議に思ったエレンだったが、それは青年も同じのようだ。
「ん? 礼を言うのはこっちだよ。命が助かったんだからさ。オレの名前は"ホーロック・エストリーダ"。商人をやってる」
「商人? なんでこんな所に1人でいるんだ?」
「ああ、実は魔物の群れに襲われたんだけど、商品とか全部投げ出して逃げてきたんだ」
「……そうか、なら商品は魔物のエサになってるな」
「いやいや、それはないですね。だってオレ武器商人ですから」
「武器商人」と聞いて親方の目が鋭くなる。
エレンたちは急に雰囲気が重くなったように感じた。
「そうか。……急いでるからまたな」
「え……お礼させてもらえないですかね」
「……聞こえなかったか? 急いでいると言ったんだ」
振り返ってそれだけ言うと、さっさと帰っていく親方。
「親父、武器商人が苦手なんだよ。なんかごめんな」
代わりに説明に入るガレッド。それを聞いて残念そうな顔をするホーロック。
そしてそのまま、エレンとガレッドもその場をあとにした。
・・・・・・
「はぁ〜、あれってメインテイン工房の紋章だったよな……。交渉相手がいきなり減ってしまった……」
(いや、むしろ知り合えたのは運が良かったって考える事もできるな……うんうん)
とりあえず、積荷の様子でも見に行くかと今来た道を引き返すホーロックだった。