工房についてのお話
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洗濯の魔法は、すこしずつ完成に近づいている。
結局あれこれ考えた末に、家の中でも使えるように箱の中に入れて使うことになった。
その箱を特注するために、エレンは父から紹介された工房の扉をくぐった。
「こんにちはー」
まず初めに感じたのは熱気。
夏場でも無いのに立ち込めるような熱い空気が停滞している。
そしてここ「メインテイン工房」には、カンカンと規則正しい金槌の音だけが響いていた。
エレンの声に気付き、振り返ったのは1人の少年。茶髪でエレンより少し背が高い。
「あー、いらっしゃい。いま親父……じゃなかった、親方なら手が外せないところなんだよ。用件なら俺が聞くぜ?」
「そうなんだ。ちょっと作ってほしい物があるんだけど」
「何だ? まさか剣とか言わないよな。お前、弱そうだし」
失礼な発言にエレンは顔をしかめる。
「あなた程じゃないけどね。それより箱を作ってほしいんだけど」
「箱だ? そんなの道具屋にでも頼めよ」
そう言った瞬間、少年の頭に拳が落ちた。
「痛っ~!?」
「嬢ちゃん、すまんね。バカ息子が失礼なことを」
「い……いえ、大丈夫ですけど……」
いまだに頭を押さえて悶絶している少年は放置して、エレンと親方の話が進む。
「話はだいたい聞いてたんだが、どういう箱が欲しいんだ?」
「えっと、洗濯で使う箱が欲しくて……」
親方とあれこれ話し合う。絵をかいて説明し、どう使いたいかを話す。
そして1つの結論に達した。
いま一般的に普及している洗濯の道具を、中の機構を取り除いて代わりに壁を厚くする。そして上部に蓋をつけて完成形となる。
「嬢ちゃん、名前は?」
「あ、エレンシアです。エレンって呼んでください」
「おし、エレンだな。明日には完成させるからよ、また来てくれ」
「はい、分かりました。……彼、大丈夫ですか?」
まだ痛むのか、手で頭をさすっている少年。
「彼じゃねえ、俺の名前はガレッドだ!」
「……あ~はい、元気そうで何よりです。じゃあ親方、また明日来ますね」
元気で生意気な少年のいる工房をあとにした。
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そして翌日、再びメインテイン工房の扉をくぐる。
今日も店内には金槌の音が鳴り響いていた。
「こんにちは~」
「えっと、確か昨日来た……」
「……エレンですけど」
目の前に現れたのは、やはり生意気な少年ガレッド。
流石に反省したのか言葉遣いが少しだけ丁寧になっている。
「あー、エレンだったか。ちゃんと完成させたからこっち来い」
「ん? ……もしかしてガレッドが作ったの?」
「そうだけど、なんか文句でも?」
「……すぐ壊れたりしないよね?」
「しねーよ!」
店の作業場までついていくエレン。
そこに置いてあった1つの円筒。
これがエレンの頼んだもの、名付けて「洗濯箱」。
大きさも問題ないし、しっかり補強されていて壊れにくくなっている。
「おお、ホントだ。案外しっかりしてる」
「当たり前だっての。物心ついた時から金槌握ってんだぜ? これぐらい朝飯前だよ」
ほんの少しだけ感心していると、ふと視界の端に親方の姿が見えた。
どうやら小剣を打っているらしい。
単純作業に見えるが、流れるような滑らかな動きにエレンは釘付けになっていた。
「親父の作る武器はまさに命が籠ってんだよ」
そんなエレンの様子に気づいたガレッドが説明する。
どうやら仕上げをやっていたようで、気が付けば作業は一段落を迎えていた。
「おお、嬢ちゃんじゃねーか。どうよ、あいつの作った箱」
「まあまあですね」
実際はエレンの期待以上に出来ていた。
しかしなんとなくガレッドには褒め言葉を使いたくなかった。
「……まあまあかよ、案外しっかりしてるとか言ってたくせに」
「"案外"ってちゃんとついてるじゃない」
ガレッドの扱い方が分かってきたエレンはお代を払って帰ろうとするが……
「お……重い」
「おいおい、大丈夫かよ」
思っていた以上に洗濯箱が重く、エレンの力ではなんとか持ち上げられる程度だった。
「嬢ちゃん、大丈夫かい? ……ガレッド、運んでやれ」
「え! なんで俺が……」
親方が拳を握る。それを見たガレッドは急に素直になった。
「エレン、俺が運んでやるよ。感謝しろよな」
「ガレッドって親方が怖いんだね~」
そしてエレンは帰路についた。
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「ふふふ、便利だわ~」
洗濯が楽になったことに上機嫌なエレン母。
まさに鼻歌でも歌いそうな雰囲気である。
その姿を見たエレンは嬉しい気持ちでいっぱいだったが少し不安もあり、注意することにした。
「お母さん、周りにばれないように気を付けてね」
「どうして?」
「今まで存在しなかったんだよ?」
「うん、それで?」
「……下手に広まると面倒じゃない?」
「そうかしら?」
不思議そうに首をかしげるエレン母。
エレンの言いたいことがさっぱり分からないという顔をしている。
「いやいや……魔法創れるのばれるからね」
「…………ごめんね」
エレンの言いたいことが分かり、「あー、そーいうことかー」と納得したエレン母。
しかし時すでに遅く、あまりに便利すぎてお隣さんに話してしまっていた。
「なんで謝るの!?」
「主婦の情報網を甘く見ちゃだめよ」
「すでに喋ったの? 教えちゃったの?」
「ええ、もちろん」
「……………」
「大丈夫よ、実家に伝わる秘術ってことにしといたから。」
実家に伝わる秘術というのはよくある話である。
100年に1度あるかないか、というぐらいよくある(?)話だ。
それを聞いたエレンは色々と考えたが、もう喋ったんなら仕方ないかと諦めることにした。
「お母さん……ほんとに気を付けてね」
「まっかせなさい」
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そんなこんなで、鍛冶屋はいま忙しいようだ。
なぜか洗濯箱の注文が大量に来ているらしい。
翌日、エレンは親方に呼ばれて工房を訪れた。
「こんにちは~」
「うわ、来やがったな」
「忙しそうだねー」
「ああ、誰かのおかげでな」
エレンを出迎えたのはやはり生意気な少年だった。
「こんなもん需要あんのかよ、とか思ってたんだけどな」
「ホントだねー」
「なんでも、洗濯の魔法なんてもんが見つかったらしいぜ?」
「……へぇー」
エレンにとって、すごく身に覚えのある話である。
というか当事者である。
「ってかお前関係してるだろ? 初めにこれ注文したのおまえだし……」
「……お邪魔しましたー」
いきなり核心を突かれ、うろたえてしまったエレン。
動揺してるのがバレバレである。
このままではマズイと思ったのか、その場を去ろうとする。
「いやちょっと待て、帰るな~!」
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「で、お前の家に伝わる秘術だったってわけか……」
「……う、うん」
結局エレン母の口実をそのまま利用した。
「まあ便利なのは確かだし、あっという間に広まるだろうな」
「……だよね。ってそれより親方はいる?」
つい話し込んでしまったがエレンだったが、親方に呼ばれて来たのを思い出しガレッドに尋ねた。
「親父ならギルドに用があるとか言って出て行ったけど」
「そう、タイミング悪かったかな」
「……あー、せっかくだしギルドまで行くか?」
「店番しなくてもいいの?」
「お袋がいるからいいんだよ、ちょっと頼んでくるから待ってろ」
店番を代わって貰いに奥まで入っていくガレッド。
エレンは今になって気付いたが、居住スペースが作業場の奥にある。
しばらくすると、ガレッドがやってきた。
「よし、行くか」
「うん、なんか悪いね。付き合ってもらって」
「……悪いのは親父だって。呼び出しておいて出かけるなんて何考えてんだか」
「……そうだね。じゃあ間をとってガレッドが悪いってことで!」
言い返そうとしたが何を言っても負ける気がしたガレッドは足早にギルドへ向かった。
冒険者ギルドの扉をくぐって中に入ると、正面カウンターに親方の姿があった。
「お、親父だ」
「あ、お父さんだ」
親方と話している人物はエレン父だった。
話し合っているというより言い合いになっている。
「そんなの許可できるか」
「いいじゃねーかよ! 絶対大丈夫だからよ」
「いいや、駄目だ」
「あのなあ、嬢ちゃんだって学校に行くんだろ? なら遅かれ早かれ行くことになるんだから」
「だからって今行くことないだろ」
親方が何かを頼み込んでいるが、エレン父は頑なに断っている。
「何の話してるんだろうね?」
「さあ? お前の話みたいだけどな」
「……分かった! 修羅場ってやつだ」
「……そうなのか?」
そんなことを言っている間に、言い合いはさらに激しさを増す。
見かねたエレンとガレッドは割り込むことにした。
「おお! 嬢ちゃん、いいところに来た」
「お父さんも親方も一体どうしたの?」
エレンの質問に、エレン父は渋々と答えた。
「ほらエレン、工房で洗濯箱を作ってもらっただろ。で、今その注文が殺到してるらしくてな。そのおかげでかなり繁盛してるそうだ。」
どうやらエレンの創った洗濯の魔法は、すごい勢いで広まっているらしい。
初めて洗濯箱を作ったのがこのメインテイン工房だという情報も広まっているようだ。
エレン父の言葉を補足するように、親方が話を続けた。
「おう、その通りだ。これも嬢ちゃんのおかげだ。だから何か嬢ちゃんのためにしてやれないかと思ってな。で、武器を作ろうと思ったんだが……」
「そしたらこいつが、エレンが何の武器が使えるか知りたいから町の外に連れて行ってもいいかだとさ」
3人の様子をおとなしく見ていたガレッドが口を開いた。
「なあ親方、エレンの父さんと知り合いだったんだな」
「…………まあ、ちょっとあってな」
ガレッドの言葉に、親方は急に言葉を濁した。
「ふ~ん。というか私、武器全く使えないと思うんだけど?」
「俺もそう言ったんだが、こいつが引かなくてな」
今まで剣を一度も握ったことのないエレンの言葉に父が賛同する。
「親方、町の外まで行かなくてもいいんじゃねーか?」
「いいからお前は黙ってろ」
なぜか親方に怒られているガレッド。
親方が本気で作った武器は信じられないくらい高値で取引されている。
だからこの話はとても魅力的だ。
いくら魔法が使えようとも、やはり武器が使えるに越したことはない。
「いいか、このまま入学させてみろ。あの学校だからおそらく……」
親方の言葉を聞いて、思うところがあったのか考え込むエレン父。
「……ああ、そうだったな。……本当に安全だろうな?」
「ああ、死んでも守るからよ」
「……絶対だからな」
また2人で話し合いが始まったが、すぐに決着がついた。
どうやらエレン父が認めたらしい。
そしてエレンのギルド加入の手続きをする準備を始めた。
ギルドに加入するメリットはいくつかある。
その中でも身分証明ができるというのは大きい。
王族や貴族であれば身分の証明など簡単にできる。
しかしそうではない人たちはどうだろうか。
自らの正体を偽っていないと証明するのは、この上なく大変だ。
しかしギルドカードさえあれば、身分証明ができる。
これは不正に改ざんできないよう魔法陣が刻み込まれているためだ。
もし改ざんを行おうとすれば、その瞬間にギルドカードは砕け散り、情報がギルドまで届くようになっている。
「エレン、これに魔力を込めてほしい」
そう言って差し出されたのは"魔感紙"と呼ばれる魔力に反応する紙。
製法はギルドで秘匿されている。
これに込められた魔力を元に、本人であるかを確認することができる。
こうして言われた通りに登録の手続きをしていくエレン。
最後は、登録用紙に名前・年齢・職業などを記入することで登録が完了となる。
「これで登録完了だけど……危ないと思ったらすぐに逃げるんだぞ、エレン」
「うん、分かってるよ」
「いざとなったら全力で力を使うんだぞ。最悪あいつを盾にすればいい」
そう言って親方を指差すエレン父。
「大丈夫だってのに。この町の周りに危険な魔物なんて出ないのは知ってんだろ?」
「……本当によろしく頼む」
「おう、まかせとけ」
こうしてエレンは、ガレッド親子と町の外まで行くことになるのだった。