洗濯についてのお話
ここから先、改稿予定地。
エレンは、あの日起こったことを両親に話した。
魔法が創れることや、保有魔力が多いことも。
そして、これからのことを皆で話し合った。
いま住んでいるのは、名前もないとても小さな村。
エレン一家はこの村を出て、もっと大きな町に行くことになった。
とても大きいその町の名前は"エンゼルシア"。
さすがに王都に比べれば小さいけど、とても活気がある。
武器屋や道具屋、冒険者ギルドもあるし、何よりこの町には学校がある。
魔法をもっとしっかりした所で学んだ方がいい。
それなら学校に行くのが一番という感じでこの町に決まった。
これは、エンゼルシアに移ってから数日後の入学前のお話。
< < < < < < < < < < < < < <
< < < < < < < < < < < < < <
「ちょっとエレン、お願いがあるんだけどー」
2階でのんびりくつろいでいるエレンに、1階からエレン母の声が響く。
「どうしたの? お母さん」
階段を下りながら返事をするエレン。
1階まで降りると、困った顔をしているエレン母の姿があった。
「ねえ、エレン……洗濯用の魔法つくってくれない?」
「洗濯用の魔法?」
「そう……洗濯って大変なのよー」
困った顔をしているが、なぜか目が輝いている。
洗濯というのは力仕事である。
高さ1m、直径70cmくらいの円筒に衣服と水を入れて、横に付いているハンドルを数分まわし続ける。
とても高価なものであれば、一定の魔力を込めるだけで動く"魔動式"があるが、目が飛び出るほどに高い。
「……汚れもなかなか落ちないのよねー」
「う……うん、分かった。頑張ってみる」
< < < < < < < < < < < < < <
< < < < < < < < < < < < < <
エレンの能力にもちょっとした法則がある。
それは、創りたいモノに近い魔法から介入するとより自由に介入できる、ということ。
つまり、[アイスボール]―→[ファイアーアロー] として創るよりも、
[ファイアーボール]―→[ファイアーアロー]として創るほうが効果の高いモノが創れる。
母親の頼みを引き受けたエレンは自室に戻り、椅子に座って机に向かう。
(洗濯用の魔法って……何の魔法から創ればいいんだろう?)
やっぱり水系統の魔法がいいのかな、などと銀色の髪先を指でいじる。
しかしどんな魔法があるか全く知らないエレンは、父親に聞きに行こうと決めた。
< < < < < < < < < < < < < <
< < < < < < < < < < < < < <
「ふんふふ~ん♪」
鼻歌まじりの軽快な足取りで向かった先は冒険者ギルド。
まだ引っ越してきて数日しか経っていないが、すでにエレン父はここで働いている。
扉を開け中に入ると、昼前というのもあってそれなりの人で賑わっていた。
正面のカウンターに並ぶ人もいれば、カウンターの横にある依頼掲示板を眺めている人もいる。
また、雑談スペースで椅子に座ってのんびりお喋りする人などもいた。
エレンは真っ直ぐカウンターに向かう。
エレンが並ぼうとしている列には、すでに3人ほど並んでいるが他の列より進みが早い。
5分ほど並んでいると、すぐにエレンの順番が回ってきた。
「では次の方どうぞ……ってエレンじゃないか、どうしたんだ?」
「ええっと、ちょっと聞きたいことがあってね」
エレンは、洗濯用の魔法を創ろうとしていることを告げた。
「……ってことなんだけど、どうしよう?」
「それなら……[ウォーターヴォルテックス]なんてどうだ?」
そう言って、どこから取り出したのか「簡易魔法辞典」と書かれた分厚い本を取り出し、あるページを指差した。
◎ウォーターヴォルテックス………水の中級魔法、水による渦を発生させる。
「おおー、いいかも」
「これがウォーターヴォルテックスの詠唱文だ」
――水の渦よ、その奔流をもって全てを飲み込め―― [ウォーターヴォルテックス]
「お父さん、ありがとう」
「ああ、母さんのためにもがんばれよー」
―――――――――――――――――――――――――――
洗濯用の魔法について
・必要最低魔力量――略して、必低量
……この魔法を使うのはお母さんだし、かなり低めにしなきゃね。
・限界最大魔力量――略して、限大量
……面白そうだし、高くしとこ。
・詠唱文
…………ああ、空が青いなー。
・イメージ
…………まあ、こんな感じでしょ。
――――――――――――――――――――――――
(詠唱文どうしようかな?)
詠唱文は、創りたい魔法にある程度合っていなければならない。
エレンは取りあえず、いくつか考えてみたが……。
「――何を着ているかによってそれ自体が情報の発信源となり他に対して意味を与えると同時に来ている人自身の個性を示し、他との差別化が他の認識の要請を必要とすることでそれ自身の本質を維持するという記号的な可能性を内包する衣服が衣服たらしめているアイデンティティーとその存在意義を守るため我は彼の服に付きし不浄が滅されることを願う――」
(意味不明なんだけどー、長すぎんだけどー)
「―――ピッチ、パッチ、チャップ、チョップ、ランランラン―――」
(おお? 天才か、私)
「―――洗濯、洗濯、たのしいな―――」
(いやー、さすがに駄目だね)
「――衣服に純白の輝きを――」
(これだと、全部の服が白く輝くだけだよねー)
「――汚れを落とす奔流となれ――」
(まあ、無難かな?)
「――きれいになーれ――」
(水がきれいになりそうー)
…………
「……お母さん、手伝って」
結局決めることができなかったエレンは、のんびり掃除をしていた母親に助けを求めた。
「はいはい、どうしたの?」
「詠唱文で困ってるんだけど……」
「詠唱文ねえ……うーん」
――衣服をきれいにする水の流れよ――
「みたいな感じでどうかしら?」
「おおー、さすがお母さん」
「でしょー」
考える素振りをしながらも即答するエレン母。
おそらく洗濯の魔法を創るようお願いした時から考えていたに違いない。
右手にはハタキを持ったまま、胸を張って満面の笑みを浮かべている。
「あとは魔法の名前なんだけど……」
「そんなの"洗濯"でいいのよ」
一番わかりやすいでしょ、そう言う母の目が輝きを増す。
もうすぐ魔法が完成すると分かっているからだ。
「洗濯の魔法できたよー」
「じゃあ一度試してみなきゃね」
いそいそと外にでる2人。
「全力でいっきまーす」
――衣服をきれいにする水の流れよ―― [洗濯]
エレンは、限界まで魔力を込めて洗濯の魔法を放った。
面白半分で限大量を高く設定したのをすっかり忘れている。
だから当然まわりはビショ濡れ。しかも土の地面が少しえぐれている。
「……全力すぎない?」
「……ごめんなさい」
母の言葉に、エレンはしょんぼりした様子で答えた。
「しかも洗濯用に場所を確保しないとダメじゃないかしら?」
「……そうだね、使ったところビショ濡れだしね。」
もっと改善してちゃんとした魔法を創るぞと心に決めたエレンの1日であった。