プロローグ的なお話
魔法は現在、7つに分類される。
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初級魔法 ― 中級魔法 ― 上級魔法 ― 最上級魔法
生活魔法 ― 特殊魔法 ― 古代魔法
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しかしその昔、魔法というのは生活魔法を除く6つに分類されていた。その後、生活魔法を生み出し、その発展に身を捧げた1人の女性がいた。
これはその生活魔法にまつわるお話。
主人公の名は、"エレンシア・ヒュージー"
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私が小さい頃の記憶。
いま思い返してみても、あれは夢だったんじゃないかと思ってしまう。
それはとても静かで、仄かに冥い森の中。 微かに聞こえてくるのは、木の葉の擦れる音と鳥のさえずり。木々の合間を縫うように、木漏れ日が大地を照らしだす。
何かに導かれるかのように、私は"そいつ"を見つけた。
それは人の形をしていた。腕二本、足二本。しかし男か女かは判断できなかった。
体が透けていて、ほとんど消えかかっていたからだ。
「見つけてくれて、ありがとう――君の名前は?」
「……えれん」
「そう。よく聞いて、エレン――」
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ボクは、もうすぐ消えてしまう。
その前に、君にあえて本当に良かった
この先、君は非情な選択を迫られる。
君は大切なモノを失い、絶望に打ちひしがれる。
そうして君は、運命に翻弄されてゆく。
それでも君は生きていかなければならない
残酷な未来が君を待っている。
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「だから今、君に会えてよかった」
言いたいことはすべて伝えたようで、ほっとした様子が伝わってくる。
そして少しずつ、光が弱まっていく。
「エレン、運命にあらがう希望を君に――」
最期の言葉が放たれると同時に、2つの淡い光の球体が現れる。ふわふわ、ゆらゆら。どちらも温かい光を放っている。やがて片方の球体はわたしの中に飛び込んできた。
なんだかぽかぽかする。じんわりと体の中を満たしていく。
次第にもう1つの光球が輝きを増していった。その光もまた体の表面に纏わりついて、中にまで浸透していく。
光球は更に強い光を発し始めた。そして溢れんばかりの光は、わたしの視界を埋めつくしていく。
…………
光が弱まり、周りが見えるようになった。
気付けばわたしが立っている場所は森の中ではなく、森の入り口。
いまのは夢だったのかな?
そう思った。そして、わたしは何もなかったかのように家へ帰った。騒ぎ立ててもよかったけれど、別段なにもしない。それが正しいように思えたからだ。
家に着いて、そのまま自分のベッドに向かう。布団に入って天井と向き合い、枕の位置を調整する。
布団に入ってから数秒しか経っていないのに、あっという間に眠気が襲ってきた。
こんなに寝つきがよかったなんて、自分でも驚きだった。そのまま眠気に身をゆだねる。そして眠った。
次に私が目を覚ましたのは、それから1年後のことだった。
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「んん……」
目が覚めた。頭が重い。
朝特有の気だるさを覚えつつも、体を起こそうとする。
「ん?」
あちこちがぎしぎし痛む。体が思うように動かない。不思議に思いながらも、天井を見つめることにした。というか、それしか出来なかった。
――ガチャ。
部屋の扉が開く音がした。
首も動かなかったから、目だけを動かして扉の方を見ようと試みる。でも見えない。
一対の足音が部屋に入ってくる。
そしてふいに足音が止まった。どうやら、私が起きてることに気付いたようだ。
おはようと挨拶をしようと思ったけど、声が出せなかった。
「エレン!?」
お母さんの声だ。
声の感じから察すると、何やら驚いている様子だ。
止まっていた足音が再び動き出すと、今度はすごい勢いでベッドの側まで近づいてきた。
わたしの視界にお母さんが映る。さらさらの銀髪が垂れ下がってきた。
一体どうしたんだろうか。
お母さんの表情は驚きに満ち溢れていた。ところが、驚きだけではなくて、喜びとか心配とか、とにかく色んな感情が入り交じった表情だった。
「エレン! 起きたのね!」
お母さんの言葉に応えたかったけど、声が出せない。だから「まばたき」をすることで、私は意思を示した。
まばたきを確認したお母さんは、壊れ物を扱うような優しい手つきで私の頬に触れた。
「ああ、よかった。本当によかった」
お母さんの目には涙が溜まりつつあった。初めてお母さんの涙を見た気がする。
いつも元気で明るくて、持ち前の天然さで周りまでも明るくしてしまう。そんなお母さんの涙。やっぱり初めて見た。
(どうしたんだろう?)
まだ状況が掴めていない私には、お母さんの涙が理解できなかった。
寝て、起きた。ただそれだけの筈なのに、体はまったく動かない。その上、お母さんが泣いている。
「エレン、体うごく?」
少し時間が経って、お母さんは落ち着きを取り戻した。これまでのやり取りを通して私が動けない事を察したようだ。
「声も出ない、そうなのね?」
私は肯定の意味合いを込めて、まばたきをする。
それを確認したお母さんは悲しげな表情を浮かべた。再び泣いてしまいそうな雰囲気さえあった。
「そしたら、正しい時はまばたきを一回、間違ってる時はまばたきを二回してくれる?」
ぱちりとまばたきを一回。これで少しなら会話が出来そうだ。
「うーんとね、えっとね」
なにやら一生懸命考え込んでいる。
これは母の癖だ。なにかを考え込むときは、両手で自分のほっぺたを左右から挟む。お昼ご飯の献立を考えたり、晩御飯の献立を考えたりするときに見かける姿でもある。
「そうだ! エレン、お腹空いてる?」
ずっと考え込んだ結果、ご飯にたどり着いた。
わたしはまだ困惑していたのだが、取りあえずおなかは空いたので、まばたきを一回。
「そうよね。すぐに持ってくるから、ちょっとだけ待っててね。すっかり忘れてたけど、お父さんにも教えてあげなきゃね」
まばたきを確認した母は、閉まっていたカーテンを開いて、左右で纏める。
窓を開けると、心地よい風が部屋に流れ込んできた。それからお母さんはご飯の準備をすべく、私の部屋から出て行った。
静寂が訪れる。
四角い窓からは、ぽかぽかの陽射しが入り込み、部屋を明るく照らしていた。
風が気持ちいい。
とても静かな部屋。爽やかな風。穏やかな日の光。普段なら気付かない些細なことかもしれないけど、この部屋にはとてもゆったりとした時間が流れているように私は感じた。
そして気付けば、再び眠気が私を包み込む。
寝ることが好きな私には理解できた。
ずっと起きていようと心に決めても、やがて睡魔が襲ってくる。うとうとし始める。すこし妥協してちょっとだけ目を閉じてみたら、気づいた時には朝だったということはよくある話だ。
今回の眠気もその類だ。抵抗するだけ無駄だと悟ったので、あっさりと眠気に身をゆだねて意識を手放した。