第二話:宝物
学校をサボって来た所は、ライブハウスだった。
「はぁ、ライブ観るん」
「そだよ、悪い?」
亘は開き直った。
「なんかうるさいの苦手なんだよ」
「まぁ、聴いてみろって」
てか、ライブハウスの入り口からもう爆音が聴こえるのですが…。なんか、薬品らしき粉末が落ちてるし…。帰りたい。
意味があるのかわからないが、防音のための分厚い扉を開け、さらに普通のドアを開けると、もうそこは雑念と騒音の世界だった。
なんかボーカルは何を言ってるのかわからない上に頭を振っているし。あれ絶対頭痛くなるよ。
ギターなんかもう二本も弦が切れている。弦だって一生懸命なんだから大切に扱えよ。
ベースなんか高音か低音かわからない音を奏でている。多分すげえベタベタシールを貼っているからだと思うな。うん。
ドラムなんか…。あーあ。スティックが半分折れてるよ。
おまけにすげーうるさいし、なんか胴上げしてるし。誰か受験に合格したのかよ?
帰りたい。
「あの人達、みんな薬物依存症から立ち直ったんだよ」
えっ。
だから入り口に薬物らしき粉末が落ちてたのか。
「ボーカルの人から聴いたんだけど。薬物依存から立ち直るのってすげー難しいんだと。頭も痛くなって、息苦しくなって、でも立ち直ってからわかった事があるんだと」
「なんだよ?」
「やりたい事ができるってこんなに幸せだって事」
やりたい事ができる…。この人達はこんなにこのステージの上に立って、音楽を聞かせたかったのか。
そう思うと、この人達が幸せそうに見えた。
「みんな今日はほんとにありがとう!」
ボーカルが感謝を伝えると、ファンは叫び声をあげた。すげーうるさかったけど、これさえもあの人達にとっては元気の源なんだな。
ボーカルからぞろぞろとステージ裏に消えていくのを、観客は拍手で見送った。追う事などない。みんなが、拍手をしていた。
優しさがいっぱいあるなぁ。
俺たちがスタジオから出ると、今さっきまで飛び跳ねて歌っていたボーカルが待ち伏せしていた。
「わたるぅ!!」
ボーカルが日向の前に一瞬で移動し、コブラツイストを掛けた。
「いるなら連絡ぐらいしろよぉ」
「マサトさん仕事中でしょ?イテテ」
「ライブステージの上では何事もフリーなんだよ」
「そうなんすか」
「ん!誰だ、ボーイ」
置いてきぼりだった俺をやっと救ってくれたか。
「あの、竹中悠斗ですが」
「ああ、亘が言ってた…。ヘイ、悠斗。君と話したい」
「あ、いいですけど」
亘は何か知らんけどライブハウスの中に無理矢理入れられた。
薬物を売られるのか?俺?
「亘の言葉、変だろ?」
「えっ?」
「なんかさ、やってやるかって気分になるんだよ。おかしいかさ?俺?」
「別におかしくはないですよ。俺もあいつの言葉は不思議に思ってるんだよ」
「だよな」
「またこんな成績を出して…。マサト、お前やる気ってあるのか?」
「…。そんなモン全然ないわ」
「これやれば頭がようなるんだよ」
「ほんまか?」
こんな誘惑に騙されなければよかったんだよな…。
「マサト!!あんたなにやってんの?」
母さんがそう叫んでも、俺はバットで家を壊していく、俺の視界からエイリアンが消える為。
「あんな奴、息子じゃねえ!!」
そんな事、俺の目の前で言えばいいじゃねえか…。母さんに言う必要ねえじゃねえか。
俺はドラッグに侵され、居場所を無くした。だけど探す気分も無かった。やる気を全て無くしたのだ。
青々とした空も、沈黙を破る人々のざわめきや、ジングルベルのオルゴール音が、俺の心を蝕んでいく。そんな気がするんだ。
俺は親父に『よくやった』と言われたかっただけなのに…。
俺には居場所なんか無く、そのまま死んでゆくのか。
「居場所なんかたくさんありますよ」
そんな俺に亘はこう言った。
「何言ってんだ?」
「あなたが座っているここだって、居場所になるんですよ」
「そうなのか?」
「ええ、あなたの心次第で」
「…」
「あなたの心が居場所を無くしてるんですよ」
なんか勇気が出て、居場所を探すと決意した俺が、目的も無くさまよって入った場所はギターの専門店だった。そこから俺のバンドの道が出来た。
「だからあいつの言葉で、俺は宝物を見つける事が出来たんだ」
「マサトさんの宝物って?」
「バンドとギターとメンバーと亘と、そして」
マサトさんは胸に手を当てこう言った。
「ここだ」
俺はその時、ピンと来たんだ。学園で呆れられた俺が、輝けるチャンスはステージの上しか無い。俺がステージ上で輝けるのは、バンドじゃねえか…。
「マサトさん」
「ん?」
「俺に、ギターを教えてください」
「何だか知らんぐらい、いきなりな願いだがいいよ」
俺はマサトさんと共に、ライブ後のスタジオに入った。