私的にその『VIPシェルター』はバッドエンドなので全力で譲ります〜ゾンビ世界の悪役家族に通行証を奪われた私は、鬼将軍の『契約後妻』になって可愛い孫娘と要塞でぬくぬく暮らすことにしました〜
(――今はそんな勝ち誇った顔をしてるけど、いつまでその笑顔が持つかしらね)
小田原の軍用ヘリポートで私を見下ろす三人を眺めながら、私は呆れを通り越して不思議な憐れみを感じていた。
狂犬病変異ウイルス――通称『ゾンビウイルス』がパンデミックを引き起こしてから、今日で七日が経つ。
日本の主要都市が次々と封鎖される中、ここ小田原の臨時検問所には、政府の『緊急避難ヘリ』に乗ろうとする人々や、地方の民間防衛拠点へ向かう車両がひしめき合っていた。
そして今、私の目の前では、継母と一つ年下の異母妹・ミア、さらに私の婚約者だったはずのタクヤが、搭乗ゲートの手前で肩を寄せ合っていた。
「そういうわけだから、サラ。悪く思わないでくれよ」
タクヤは悪びれもせず、私の手から奪い取ったプラチナ色のカード――東京湾地下の政府VIPシェルター『箱舟』の家族用通行証(最大三名枠)を指先で弄びながら言った。
「この通行証でヘリに乗れるのは、戸籍上の家族三名までなんだ。ミアは体が弱いし、外の避難所じゃ一日も持たない。その点、君は元看護師で体力もあるんだから、一般の避難所でも十分やっていけるだろう?」
「ええ、そうよサラ」
継母がわざとらしくハンカチで目元を押さえながら、全く笑っていない冷酷な目で私を見つめる。
「十年前にあなたの実のお母様が亡くなった後、後妻に入った私とミアがずっとこの家を支えてきたのよ。半年前にあなたのお父様が亡くなってからは、この家の戸籍上の世帯主は私。だから先ほど検問所の窓口で、あなたの名前を名簿から外して、タクヤさんをミアの『婿養子予定者』として登録し直してもらったわ。お姉ちゃんなら、可愛い妹の幸せのために身を引いてくれるわよね?」
「ごめんねお姉ちゃん! 地下五十メートルの豪華シェルターでシャンパンを飲む時くらいは、お姉ちゃんのことを思い出してあげるから!」
父が生前に浮気相手だった継母との間に作っていた異母妹のミアが、タクヤの腕にギュッと抱きつき、勝ち誇った笑みを向けてくる。
私は膝の上で拳を握りしめ、俯いたまま小刻みに肩を震わせていた。
十年間も家政婦のように扱われた挙句、最後の砦まで奪われたショックで泣いている――わけではない。
今ここで吹き出して大爆笑してしまいそうなのを、必死の思いで噛み殺していたのである。
(ああ、いけないいけない。ここで笑ったら怪しまれて通行証を返されちゃう!)
「そ、そんな……あんまりよ……。その通行証は、亡くなったお母様が遺してくれたものなのに……っ」
私が両手で顔を覆って悲痛な声を絞り出すと、三人は「じゃあね、厄介者さん!」と上機嫌で搭乗ゲートを抜け、大型輸送ヘリへと乗り込んでいった。
轟音を立ててヘリコプターが離陸し、東京湾の方角へと飛び去っていく。
その姿が完全に豆粒になった瞬間、私はスッと真顔に戻り、顔を覆っていた手を離した。
そして、誰も見ていない空に向かって、はしたなくも全力で中指を突き立てた。
「――せいぜい地獄で汚物でも掻き出してろ、クソ寄生虫どもがッ!!」
私は心の底から安堵のため息をついた。
いやもう、本当に厄介払いができてスッキリしたわ!
◆◇◆
どうもパンデミックが起きてからというもの、世間の人々は映画やドラマの見過ぎで現実的な思考力を失っているらしい。
東京湾の海底地下に造られた政府VIPシェルター『箱舟』。
政治家や大企業の重役、セレブたちが逃げ込むその場所は、世間一般では『絶対安全のハッピーエンド』だと信じ込まれている。
……いや、無理無理。
私的にそれはどう考えてもバッドエンドである。
何を隠そう、十年前に病死した私の実母は国家防災インフラの衛生設計技師であり、あの『箱舟』の初期設計にも深く関わっていた。
そして私自身、ストレス耐性低めの元・小児科看護師である。
激務の割に手取りの少ない給料明細を見ては「下々から税金ぶんどりやがって……ッ」と中指を立てるくらいしか能がない小市民だが、医療と衛生管理の基礎知識だけはしっかり叩き込まれていた。
母は生前、夕食の席でよく愚痴をこぼしていたのだ。
『箱舟は政治家の見栄で作られた欠陥住宅よ。あんな密閉空間に五千人も詰め込んだら、保守要員が少しでも欠けた時点で終わりだわ』と。
現実問題として、今回の感染爆発はあまりにも急激すぎた。
シェルターを二十四時間体制で維持するはずだった上下水道の技術者や電気技師の九割近くは、東京封鎖に巻き込まれてシェルターに辿り着けていない。
そんな状態で、電球ひとつ自分で替えたこともない特権階級の人間が五千人も地下五十メートルに籠もったらどうなるか?
まず二週間以内に、汚水処理ポンプのフィルターが詰まって逆流を始める。
密閉された換気システムの中で下水が溢れれば、メタンガスと悪臭が充満し、赤痢やコレラが爆発的に蔓延するのだ。
しかも、あの三人が奪っていった遺族用通行証の裏面には、米粒のような小さな文字で『非常時免責規約・第十四条』が記載されている。
『設計技師の遺族枠は、同行者の中に最低一名の医療従事者またはインフラ技術者を含む場合のみVIP居住区を保証する。専門技能者が一人も含まれない場合、入所審査と同時に全員を汚水処理およびバイオフィルター清掃の強制労働班へ徴用する』
そう、実母があの通行証を遺してくれたのは、将来医療の道に進むと言っていた私が同行することで家族全員が守られる仕組みになっていたからだ。
それなのに、あのバカ三人は唯一の医療従事者である私の名前を名簿から消してヘリに乗り込んだのである!
向こうに到着して入所審査を受けた瞬間、待っているのはシャンパンではなく『戒厳令下での一日十四時間の排泄物処理労働』なのだ!
とはいえ、通行証を手放した私がこれからどうやって生き延びるかという問題はある。
これまで私がリサーチした限り、二十四歳独身の私がこのゾンビ世界で取れる生存ルートは大きく分けて三つあった。
一つめは、一般避難所ルート。
市内の体育館や学校に逃げ込むルートだが、これは初手で却下だ。
すでにどこも定員オーバーで水道も止まり、トイレは汚物まみれで衛生観念が終わりすぎている。暴動や略奪も日常茶飯事で、ストレス耐性の低い私ならゾンビに噛まれる前に胃穿孔で死ぬ自信がある。
二つめは、サバイバー集団への合流ルート。
武装した若い男たちのグループに入れてもらう映画風のルートだが……うん、これもマジで無理。
そもそも法治国家が崩壊した世界で、戦闘力のない若い女が男所帯に混じる時点で人権がなさすぎる。良くて雑用係の奴隷、悪ければ暴力の捌け口にされて泣き寝入りだ。おまけに抗生物質もない世界で外を歩き回れば、ちょっとした擦り傷から破傷風になって一週間で死ぬ。終わってるよ!
そして三つめが、独立要塞での専門職ルート。
インフラが自立した民間の防衛拠点に、自分のスキルを売り込んで雇ってもらうルートだが……これにも大きな落とし穴があった。
実はただの一看護師として雇われるだけだと、前線で負傷してゾンビ化しかけた兵士の処置に回される危険性が非常に高いのだ。そんなロシアンルーレットみたいな職場は絶対に嫌だ。
じゃあ、どうすれば安全かつ確実に、清潔な部屋と温かいお風呂が保証された要塞の上層部に入り込めるのか?
さらに言えば、医療設備が崩壊したこの世界で、死と隣り合わせの『妊娠・出産』を強要されずに済むポジションとは何か?
(……ん? いやちょっと待てよ?)
実母が私を産んだ時に大出血で死にかけた話を昔から聞かされ、産科や小児科の実習で現代医療がなければお産がいかに命懸けの拷問であるかを目の当たりにしてきた私は、あるひとつの真理に辿り着いてしまったのである。
「すでに跡継ぎがいる要塞司令官の『契約後妻』って、最高じゃね?」と!
◆◇◆
私は医療用キットの詰まったバックパックを背負い直し、ヘリポートの反対側――検問所の端で待機していた重装甲車の車列へと真っ直ぐ歩いていった。
そこには、一般の避難民たちが恐ろしげに遠巻きに眺める一団がいた。
率いているのは、『鬼将軍』の異名を持つ元陸上自衛隊施設科の一等陸佐、黒澤竜司様、五十歳である。
身長百九十センチ近い巌のような体躯に、短く刈り込んだ白髪交じりの黒髪。左頬には古い破片創の傷跡が走る、威厳の塊のようなナイスミドルだ。
彼は三年前に退官した後、私財と人脈を投じて伊豆半島の断崖にある旧・地熱発電試験場を買い取り、元部下たちと共に完全自給自足の『伊豆地熱要塞』を築き上げていた。
地熱による無尽蔵の電力と温泉、巨大な温室農園、そして高さ六メートルのコンクリート防壁。間違いなく日本一安全な聖域である。
しかも彼は数年前に妻に先立たれており、要塞の副司令官を務める優秀な長男(二十六歳)という確固たる跡継ぎがすでにいる。
ただ、二日前の東京脱出の際に次男夫婦がゾンビから娘を庇って亡くなり、残された三歳の孫娘・ヒナちゃんがショックで声も出せず食事も摂れなくなってしまっていたのだ。
それだけではない。黒澤様の持つ莫大な食料と電力に目を付けた地方政治家や有力者たちが、「うちの娘を後妻にしろ」と毎日のように縁談を押し付けてきており、困り果てた黒澤様が検問所の医療本部に『小児ケアの経験があり、政略結婚の防波堤として形式上の後妻になってくれる女性』を極秘で募っているという話を、私は今朝医療テントの手伝いをした際に耳にしていたのである。
「……通行証を家族に奪われただと? それでなぜ、私のところへ来た」
装甲車の横に設営された簡易テントの中で、黒澤様が腕を組んで私を射抜くように見つめてくる。
普通ならちびりそうな迫力だが、小児科のモンスターペアレントや怖い外科医長に揉まれてきた私の目には、彼の目の下のクマが『孫娘を心配して眠れていない優しいおじいちゃん』のそれにしか見えなかった。
「はい。黒澤様が現在、お孫さんのヒナちゃんの養育と、周囲からの政略結婚の押し付けをかわすための『形式上の後妻』を探しておられると伺いました」
私は背筋を伸ばし、人生最大の就職面接に臨むつもりでプレゼンを始めた。
「私は元小児科看護師で、乳幼児のメンタルケアと栄養管理、および感染症予防の実務経験が三年あります。身寄りは先ほどヘリで消えましたので、実家からタカリや干渉が来ることは未来永劫ありません」
よし、ここまでは完璧な自己アピールだ。
しかし、昔から面接で緊張すると余計な本音までポロッと口走ってしまう悪癖のある私は、つい一番デリケートな条件まで一気にまくし立ててしまった。
「……ただ、私は夫婦としての実態のない『白い結婚』を希望します! なぜなら私、子供を産むのが怖いんです! 麻酔も輸血用血液も滅菌手術室も満足にないこんな崩壊した世界で妊娠・出産なんてしたら、母子ともに死ぬ確率が高すぎます! それに私、ゾンビも痛いのも大嫌いな臆病者なんです! 死にたくないんです! 安全で清潔な場所で、ただ生きていたいんです……っ!」
「…………」
言っちゃった。完全にやらかした。
軍人として命を懸けて戦ってきた方の前で「私は臆病者だから死にたくない」なんて、呆れられてつまみ出されるに決まっている。
私が諦念の滲んだ瞳を伏せて不採用の宣告を待っていると、沈黙を破って黒澤様の低く落ち着いた声が響いた。
「……死ぬのが怖いのは、当たり前のことだ」
「えっ」
「戦場に立つ兵士だって、誰一人として死を恐れない者などいない。ましてや医療の崩壊した世界で、女性が命を懸ける出産を恐れるのは極めて合理的でまともな判断だ。……むしろ私の方こそ、君のような若い娘に防波堤としての名前だけの結婚と、傷ついた孫の母親役を押し付けることになってしまう」
黒澤様は少し寂しそうに目を細めると、装甲車の後部ハッチを開けた。
「あの子は両親を亡くした二日前から、水以外のものをすべて拒絶している。……もしあの子が君を受け入れてくれたなら、君の条件をすべて呑んで契約書にサインしよう」
暖かい車内の隅で、大きな軍用毛布にくるまって震えている小さな女の子が見えた。
真っ黒な髪に、涙で腫れた大きな瞳。小児科看護師の目で見て、典型的な急性ストレス反応による嚥下拒否と軽度の脱水症状だった。
私はすぐには近づかず、二メートルほど離れた床にぺたんと座り込んだ。
怯えている子供に大人の目線で上から迫るのは一番のNGだ。
私は非常用バックパックから小型のアルコールストーブとシェラカップを取り出し、手持ちのミネラルウォーターを温め始めた。
そこへ、小児科の非常持ち出し袋に入れておいた『幼児用のすりおろしリンゴパウチ』と少量のブドウ糖、そして電解質ととろみを補うための経口補水パウダーを溶かし込む。
パニック状態の子供の胃腸は緊張で固まっているため、固形物や油分のある軍用レーションは受け付けない。
やがて車内に、鉄と消毒液の匂いを打ち消すような、甘くて優しい『温かいリンゴ』の香りがふんわりと広がった。
私はそれを冷たい金属の食器ではなく、キャンプ用の口当たりの柔らかい木製マグカップに注ぎ、自分でひとくちフーフーして飲んでみせた。
「ん〜、あったかくて甘いなぁ。お腹のなかがポカポカするわ」
独り言のように呟きながら、木のカップと木製スプーンを私とヒナちゃんの中間にそっと置き、プレッシャーを与えないよう少しだけ視線を外して微笑んだ。
一分ほどの静寂。
ハッチの外で、黒澤様が息を呑んで見守っているのが分かる。
やがて、カサリと毛布が揺れた。
小さな手が恐る恐る伸びてきて、木のカップに触れる。
ヒナちゃんは甘いリンゴの湯気をくんくんと嗅ぐと、木のスプーンですくって小さな口に運んだ。
ぱちり、とヒナちゃんの瞳が大きく見開かれた。
二口、三口とスプーンが進み、温かい糖分が冷え切った体に染み渡っていくにつれて、その小さな瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
そして、カップの底が空になると、ヒナちゃんは涙とリンゴの雫で濡れた顔を私に向け、かすれた小さな声で言ったのだ。
「……もっと、たべたい」
背後で、ガタンと何かが揺れる音がした。
振り返ると、百九十センチの鬼将軍が、大きな掌で顔を覆って肩を震わせていた。
「……採用だ、サラ君。いや、今日から私の妻として、ヒナの母として、要塞のすべてを君に任せよう」
こうして私は、非常時特例に基づく婚姻届と要塞内の安全保障契約書にサインを済ませ、念願の『完全防備・温泉&農園付き要塞の奥様』という最高の就職先を手に入れたのだった。やったね!
◆◇◆
「おかあしゃま〜〜!」
「あらあらヒナちゃん、そんなに走ると転んじゃうわよ?」
書類整理を終えて談話室へ向かおうとしていた私は、廊下の向こうからよちよちと駆けてきた小さな天使をしゃがみ込んで抱き止めた。
黒澤様の契約後妻として伊豆地熱要塞に入ってから、一年が経つ。
あの日、言葉も出せず震えていたヒナちゃんは、今ではぷくぷくとしたピンク色のほっぺたを揺らしながら、毎日元気にお喋りをしてくれるようになった。
もともと子供好きだった私は、自分を真っ直ぐ『おかあしゃま』と呼んで慕ってくれるヒナちゃんが可愛くて可愛くて、もう目に入れても痛くないレベルで溺愛しまくっていた。
「これ! おかあしゃまに、ん!」
「まあ、真っ白なお花! 私にくれるの?」
「ん! ヒナね、温室でタクマおにーちゃんと摘んだの! おかあしゃまみたいにキレイだからって!」
ヒナちゃんの後ろからやってきた温室管理担当の若手隊員・タクマくん(黒澤様の甥っ子で二十歳)が、耳まで真っ赤にして「い、いえ! それはヒナちゃんが自分で言ったことで……!」と慌てて手を振っている。
「ふふ、ありがとうヒナちゃん、タクマくん! とっても嬉しいわ、さっそく談話室に飾りましょう!」
要塞での暮らしは、驚くほど快適で平和だった。
長男で副司令官のシンイチさん(二十六歳)も、最初は年下の継母という立場に少し戸惑っていたようだが、私がヒナちゃんのケアと要塞内の衛生・栄養管理を徹底してからは「母上が来てくれて本当に助かりました」と頼りにしてくれている。
そして夜になり、ヒナちゃんを寝かしつけた後の談話室。
地熱暖房でぽかぽかに温まった部屋で、私は黒澤様と向かい合ってハーブティーを飲んでいた。
結婚してから毎日続けている情報共有の時間だが、厳しい軍服を脱いでリラックスした黒澤様の渋いイケオジぶりを間近で堪能できるこの時間が、最近の私の密かな楽しみになっていた。
「サラ、ヒナがまた君の自慢をしてから眠りについたよ。君がこの家に来てくれて、本当に感謝している」
黒澤様が優しく目を細め、シャツの胸元に手を当てる。
その下に、亡き前妻の方の結婚指輪がネックレスとして下げられているのを私は知っている。亡き妻を一途に愛し続けながら、私のことも大切なパートナーとして尊重してくれるこの誠実さが、たまらなく素敵だなと思う。
「私の方こそ、こんなに穏やかで安全な毎日をいただいて感謝しかありませんわ。……ところで黒澤様、なんだか先ほどから少し楽しそうですね?」
「ああ、実は君に面白い報告があってね。君の『元ご家族』のことだよ」
ニヤリと笑った黒澤様は、敵対勢力をやり込める時のワイルドな色気を纏っていて、思わずドキッとしてしまう。
「今日、東京湾の政府シェルター『箱舟』から、うちの要塞宛てに必死な救援要請の無線が入ったんだ」
「まあ、『箱舟』からですか?」
「君が一年前に予言した通りだったよ、サラ。あそこは二週間目でフィルターが詰まり始め、三ヶ月目には下水処理ポンプが完全に破裂したそうだ。しかも君の継母たちは、入場審査で『医療従事者である君を名簿から外した』ことが発覚したせいで、到着初日にVIP資格を剥奪され、規約通りに下層エリアの『汚水バケツリレー班』へ叩き込まれたらしい」
「うわぁ……想像以上の自爆っぷりですわね」
「それだけじゃない。上層部の政治家たちが自分たちの居住区を守るために下層エリアを隔壁で封鎖したせいで、継母と異母妹は一番過酷なバイオフィルター清掃班から抜け出せなくなり、『あんたがサラを追い出したせいだ!』と毎日カビの生えた乾パンをかじりながら髪の毛を掴み合って喧嘩しているそうだ」
「あらあらまあまあ……自業自得とはいえ、見事な転落ぶりですこと」
「元婚約者の男の方はもっと悲惨だぞ。なんでも汚水処理から逃れようとして、五十代の女性議員に取り入って異母妹をあっさり捨てたらしいのだが、議員の夫にバレてボコボコにされ、今はボイラー室の奥で一日十四時間、人力発電のペダルを漕がされているそうだ」
私は思わずカップを持ったまま目を丸くした。
まさか本当に、文字通りのバッドエンドに突き進んでいたとは。
「それでね、今日『箱舟』の委員会が無線でこう言ってきたんだ。『貴様の要塞にいる元看護師のサラをただちに箱舟へ引き渡し、新鮮な野菜と肉の備蓄を半分献上しろ。代わりに政府の特別債券をやる』とね」
「ええっ!? それで、黒澤様はどうお返事されたんですか!?」
「こう返してやったよ。『うちの大切な妻は、いま孫娘と昼寝中で忙しい。それに余った野菜はすべて要塞のニワトリにやっている。ニワトリは新鮮な卵を産むが、お前たち特権階級が産み出すのは処理できない汚物だけだからな』と伝えて、無線を切ってやった」
そう言ってお茶目にウインクしてみせる黒澤様に、私は三秒ほどぽかんとした後、ぷっと吹き出して笑ってしまった。
「ふふっ、あははは! ちょっと黒澤様、いくらなんでも言い過ぎですわ!」
「ははは、君を捨てた連中と、それを庇う腐った上層部へのささやかなお返しだよ。……やり過ぎて、ガッカリさせたかい?」
急に不安そうに眉を下げるイケオジのしょんぼり顔に、私の心臓がギュンと跳ねる。
やめてください、いきなりそんな可愛いギャップを投下しないでくださいませ!
「ガッカリだなんてとんでもない! その……すごくスッキリしましたわ!」
私が笑顔で答えると、黒澤様はホッとしたように表情を緩め、大きな手で私の頭をぽんぽんと優しく撫でてくれた。
実の父からも貰えなかったその大きくて温かい手のひらに、胸の奥がじんわりと満たされていく。
「私は……本当に幸せ者ですね」
自然とこぼれた私の言葉に、黒澤様は深く穏やかな声で応えてくれた。
「ああ。これからもずっと、ここで一番の幸せ者でいてもらうさ」
窓の外では冷たい海風が吹いているけれど、地熱の温もりに包まれたこの部屋は春のように暖かくて。
私は白いお花が飾られたテーブルを見つめながら、自分で選び取ったこの最高のハッピーエンドを、心ゆくまで満喫するのでした。
パンデミック映画などで「政府の巨大シェルターに逃げ込んでハッピーエンド!」という展開を見るたびに、「いや、インフラ保守要員がいない密閉空間とかその後の衛生状態や人間関係が地獄すぎない……?」と思っていたので書きました。
サラちゃんは実家で得られなかった包容力のある父性にメロついているだけで、黒澤様もサラちゃんのことを傷ついた孫娘を救ってくれた大切な家族(娘のような存在)として尊重している紳士のため、結婚こそしておりますが恋愛関係がメインではないのでヒューマンドラマカテゴリにしております。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!
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