晩秋のある日
【読者の皆様へ】
本作は「書」をテーマにした転生フィクションです。史実の合間を縫うような独自の解釈と物語展開を優先しております。歴史の「if」として、自由な発想でお楽しみいただければ幸いです。
2026/2/23
内容を間違えて掲載していて訂正しました。すみません。
時は隋王朝末期。煬帝が古都長安を離れ、絢爛豪華な洛陽へと移り住んでからしばらく後。帝国の栄華は砂上の楼閣のごとく崩れ始め、各地で反乱の足音が聞こえ始めた激動の時代。
そんな長安の片隅に、一人の少年がいた。身なりは貧民そのものだが、その瞳には冷徹な知性が宿り、その手には時代を揺るがす「ある特技」を秘めている。
彼は前世の記憶と、優れた「書」の特技だけを頼りに、この混乱極まる世界へと歩き出す。その筆が描く線は、滅びゆく王朝と、これから来る新時代に何をもたらすのか。多くの人と出会い、別れ、書芸術への執念を知略と筆先で乱世を往く、異色の時代サバイバル・ファンタジー。
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ここは西暦六一六年、長安。秋の収穫はとっくに終わっている。そんな晩秋の頃だ。大通りはもう昼だというのに、妙な静寂に包まれていた。人が少ないわけではない。ただ、活気がないのだ。視線を端に移せば、ある者はうずくまり、ある者はすでに事切れて息をしていない。そんな有様が、この帝都のいたるところで見受けられた。
その長安のど真ん中を、ぼろぼろの身なりの少年が一人、歩いている。九歳になったばかりの彼は、どう見ても貧民の風体であったが、その顔立ちは境遇に似つかわしくない。一言でいえば、美少年である。無造作に結ばれた黒く長い髪に隠れてはいるが、その下には、冷徹かつ鋭い眼光が輝いていた。
彼の名は橘玄功。荒廃した長安で、訳ありの男女の間に生まれた男子である。
玄功の父は、救いようのないダメ人間であった。ほんのわずかな金ができれば、そのまま遊郭へ行き散財してくるのが常である。問い詰めれば、彼は決まってこううそぶいた。
「宵越しの銭を持たないのが、俺の国の流儀なのさ!」
そんな生活を続けていれば、当然のように女房には愛想をつかされる。そうして手元に残ったのが、この少年であった。
この少年の父は、もともとこの大陸の生まれではない。本名を橘逸人。小野妹子を代表とする第二次遣隋使の一員として入国した、倭人である。
本来、逸人は国書を皇帝・煬帝に渡し、倭国との国交樹立という大業を成す一助となるはずの男だった。しかし、彼は隋のあまりにも豪華絢爛な姿に、心底あてられてしまったのだ。逸人はなんら躊躇することなく、遣隋使の集団から行方をくらました。そしてこの地で妻を娶り、子をなし、今に至った。いわば、国家を裏切った国賊である。
そんな逸人の遺伝子を濃厚に受け継いだ玄功が、普通の神経の持ち主であるはずがない。三歳で父から学問を学び、五歳で経書を理解する姿は、逸人さえ驚かせる神童ぶりであった。だが、玄功が神童に見えたのには理由がある。それは彼が天賦の才を持っていたからではない。彼が西暦二〇二五年の日本で二十八歳まで生きた、いわゆる「転生者」であったからだ。




